マダム・スタール -詩人の血- Madame de Staël, -Le Sang D'un Poete-
その少年に初めて会ったのは、バスチーユ監獄改め、バスチーユ矯正感化院の面会室でした。
私と、もう1人の方をここまで案内してきた聖女騎士団所属の刑務騎士が立ち会う中、その少年は「いったい俺に何の用だ」と言わんばかりに私と同行の方、そして騎士を睨みつけて来たのです。
しかし、その考えを口にはしません。
「あなた…ジャン・ジュネと申しましたね…そして、私がどこの誰かは理解してくれているようですね…であれば話は早いというもの。手早く進めましょう」
ええ、時とは金に匹敵する貴重なもの。
辣腕の銀行家であり、財務官僚でもある父からはそう、仕込まれております。
その、貴重な貴重な時の進みを弄れる方々が今のフランスを牛耳っておられるのはともかく、私は父親であるジャック・ネッケルという銀行家の勧めもあって、今このパリに舞い戻っております。
そして、フランス王国の官庁の顧問という立場の椅子を与えられ、文学や思想に関する教育機関での授業内容を監修する立場。
で、自己紹介をさせて頂きますが、元来の私の名前、日本の方にはすぐにご理解が難しいであろう規則に則っているせいもあって、ものすごく長いのです。
まず、今の私は亭主と死別しておりますが、一応は貴族夫人の立場です。
すなわち、スタール=ホルシュタイン男爵夫人アンヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ネッケルとなります。
しかしまぁ、これでは長ったらしいことこの上ないでしょう。
ですので、私の事は故人となった夫で自由恋愛王国男爵のエリック・マグヌス・スタール・フォン・ホルシュタインの妻、スタール夫人と覚えておいて頂ければ。
Anne-Louise Germaine Necker, baronne de Staël-Holstein スタール夫人 Ten Suction.(Limited Hundred )十人卒(限定百人卒) Female Visual. 女性外観 Saints Chevaliers, Antenne régionale française, Bureau d'administration de l'Europe du Sud 南欧行政局フランス広域支部・聖女騎士団 Pink Rosy knights, Imperial of Temptress. 桃薔薇騎士団 Conseiller à l'éducation littéraire, ministère royal de la Culture et des Arts フランス王立芸術文化庁教育顧問
で、私がなぜ、かつては鬼も恐れギロチン送りにされそうな犯罪者が泣き喚いたバスチーユの監獄…いえ、もと・監獄に来ているのか。
私の隣の方…ロレーヌ公たるマリアンヌ公女殿下の依頼であるからです。
Marienne de Lorraine マリー Million Suction(Limited Ten million, Limited Orge mode)百万卒(限定千万卒・限定鬼化能力者) Slut Visual. 痴女外観 Red Rosy knights, Imperial of Temptress. 赤薔薇騎士団 Cardinal de Lyon 罰姦聖母教会リヨン地区担当枢機卿
で、ロレーヌ公は現在、元来の領地であるストラスブールをお離れとなってリヨンの統治回復にと従事なさっているお立場。
その過程で、救世主教の牧師や尼僧たちが密かに働いていた犯罪に関わっていたとされ、ことによると強姦と堕胎の遠因となって殺人の疑いすら課せられているこの少年を発見し、矯正のためにバスチーユへの収監処置を決定した人物です。
で、この少年。
本来ならば、私とは犬猿の仲にも程がある人物たち…ジョルジュ・バタイユやジャン・ジャック・ルソーはもちろん、稀代の悪徳尼僧兼女優として悪名轟くシモーヌ・エドワルダが所属する王立歌劇団…いえ、過激団に属しております。
そればかりか、各地の罰姦聖母教会での婦女暴行任務を監督するという黄薔薇騎士団なる犯罪者集団としか思えない軍隊に入れられるところだったらしいのです。
しかし、ロレーヌ公にして枢機卿は、その措置に待ったをかけたのです。
そういうことをさせるにしても、リヨンで起きた嬰児遺骸大量遺棄事件の件があるから、ある程度の犯罪傾向の矯正を図っておいた方がいいのでは、とご自身の意見を申されたのです。
(スタール夫人…このジャン・ジュネなる遺棄児、本当ならばサン・ドニ送りか、いっそのことフラメンシア殿下の伝手でマドリードの愛染隣保会館送りにしてしまう方がよろしき悪童。しかし、罰姦聖女でもある痴女皇国上皇マリアリーゼ陛下のお達しでは、その前に試して欲しいことがあるとの仰せでしてよ)
はぁ。
その、痴女皇国という女が支配する南洋の孤島が本拠という国、なぜか私もそこの身分を与えられておりますね。
いえ、その身分を有していないと生きることが叶わないようにされてしまいました。
しかし、その処置によって、私は耽溺していた阿片中毒を根絶したばかりか、二十代の若さを取り戻し…いえ、人も羨みそうな美貌と肢体を手に入れることが出来たのです。
しかし、私は社交界のために女の武器を使うのではなく、フランス文壇界に相応しい文士を育成するための教育制度の制定に関わることになったのですよ。
いわば、今の女の女たるやの武器は、私の文芸家や批評家としての能力を全盛期以上に引き上げるための副産物らしいのです。
しかし、この方がやりやすいのも事実でしょう。
なんと申しましても、フランス王家の顧問としてお越しになっているスペイン王家のフラメンシア王女殿下。
私の上司でもあるこのフラメンシア殿下の要望によれば、カルチェ・ラタン…非・技術系理数系大学街にたむろしておりそうな貧乏学生たちを文作や教養の場に走らせるためには、美貌の女教師を大量に必要とすると力説なさっておいでなのですから。
で、昔のようにサロンを開くのではなく、知己の文士たちにも声をかけて公的教育機関での雇用を斡旋してフランス王国の文芸・思想著述の底を上げる活動に勤しむことになった私です。
そんな私が、バスチーユに連れて来られて何をさせられるのやら。
しかし、マリアンヌ殿下は、このジャン・ジュネなる少年の捨て児であった過去を掘り返した際に「あー、これをマリア様は言うておられるのか」と、とある思い出を私にも見せられるのです。
それは、ジュネ少年が捨てられる前に仲良くしていた少女にありました。
この少女はジュネ少年の当時の居宅の近所に住まう立場でしたが、業病に冒されて帰らぬ人となってしまったのです。
その悲しみに加えて、父親の病気を理由に苦しい家計のためにと捨てられてしまったジャン少年。
いわば、二重の拒絶にあったことがジャン少年を非行と悪事の道に進ませたのでは。
これを申されたいのですね、マリアンヌ殿下。
(で、私からもお願いしたいのですわ…このジャンという男の子に、その少女との日々を思い出させて書き記させて欲しいのです。できれば、詩文や私小説めいた体裁で。多少のさくぶん…でっち上げも構わないと思いますわよ。なにせフラメンシア殿下やマルハレータ殿下は、まっとうな恋の話も広めたいと熱心にお考えなんですから…)
ええ、痴女皇国では女官たちを殴る蹴るだのびんたで張り飛ばすだの、凶暴な教官役だったそうですが、意外にもというべきか、こうした方面への理解を示される方ですね、マリアンヌ様。
(ふぉほほほほほ、こーいうこともやっておきませんと、人っちゅうもん…特に男は生きる希望を失うばかり。スタール夫人、あなたにしてもサロンでわかーい男たちに囲まれておって、心がときめいたり胸がどきどきするような出会いがあったんじゃございませんこと?)
明察でございます。
反論の余地なし。
そして、ジャン少年の矯正のためにも、そうした少年の時の美しい思い出を呼び起こし呼び覚まさせることは、文芸人という以前に人の道を取り戻させるためにも有益でしょう。
そして、バスチーユに囚われるような悪人であっても、文才を鍛えれば名作を遺すということで、学生たちにも発奮の要素となる話。
乗った。
というわけで、マリアンヌ殿下と二人して、説得にかかる私です。
といっても、素直に聞くような子なら何もバスチーユに収監されとらんでしょう。
何せ、私の経験からしてもこの子、もう少し生まれ育ちが良ければあの悪漢ドナイシタン・サド…いえ、稀代の鬼畜変態文豪として身の毛もよだつ変態性欲小説を多数上梓しやがったドナシアン・サド侯爵の書いた話も真っ青の犯罪行為に走ったことでしょう。
しかも、このジャン少年の悪徳思考を見咎めたシモーヌ・エドワルダの悪事の下僕にされかけておったのですから。
言っちゃなんですが、あの女の手下にされて振り回されておっては、これまた悪徳貴族になってしまったジョルジュ・バタイユの二の舞ってもの。
あのバタイユについては痴女皇国の女官としての身体を得た今ですからはっきりとわかりますが、シモーヌの色香と魔性に惑わされた哀れな子羊とでも言うべき男でしょう。
しかし、人の持つ禍々しい思考を研ぎ澄ますような悪事の日々に投じられたバタイユは、完全に道を誤ってしまった。
これが、私のジョルジュ・バタイユという人物への評価です。
で、ジャン・ジュネ少年。
この少年を単純に更生させるのではなく、いわばこの男の子にとって、幼い美しい日々を思い出させて書き綴らせて行くのがまず、とっかかりとなるでしょう。
その結果、今の世が灰色やどぶ川の色に見えても、それはそれ。
まずは、追憶の日々を語らせるか、ペンを取らせてやろう。
そのための時間は、労役苦役から外してもあげようというのが、まずはこちらの交渉材料です。
それと、交渉に当たって、ジャン少年を指導偽女種という性別に昇格させておこうというのがマリアンヌ殿下の企み。
そのために、ある人物にこのバスチーユへのご来臨をお願いしたそうです。
(よろしいのでしょうか…)
(打てる手は打ちますし、やれることはやったんさい。これはマリア様にも話を通しとりますっ)
むう、なんて強引な。
流石はストラスブールとアルザス・ロレーヌをフランス王国から半ば切り離して統治しておるも同然の体制を築かれた殿下だけのことはおありかと。
しかし、その強引な政策によって、招かれた人物もジャン少年を驚かせたのです。
「あなた…お作法とまでは申しませんけど、せめて読み書きの才覚くらいは身につけておいてもそんはしませんわよ…いえ、ほんらいならばたいへんなおかねがかかるところを、ただでいろいろと施してもらえるのです。こんなおとくな話はそうそうありませんわよ…」
その人物…少女は、こう申されます。
いえ、ただの少女ではありません。
ジャン少年の記憶にあった幼なじみに近い年齢の見た目でお越しになられたそのお方こそ、誰あろうマリー・ソフィー・ヘレーネ・ベアトリクス・ド・フランス…ソフィー王女殿下その人、だったのです。
Marie Sophie Hélène Béatrix de France ソフィー Thousand Suction (Limited Ten thousand) . 千人卒(限定万卒)Slut Visual. 痴女外観 Red Rosy knights. 赤薔薇騎士団 France branch, European Headquarters, Imperial of Temptress. 痴女皇国欧州地区本部フランス支部
そして、この場には居られませんけど、マリアリーゼ陛下の後押しと力によって、ソフィー殿下と思い出の地に立って記憶を蘇らせるような錯覚、ジャン少年は見せられたのです。
(あなたが人生をやりなおそうとおもっても、むずかしいかも知れません。そして、びょうきでしんでしまったポリーヌとかいう女のこを生き返らせるのもまた、むずかしいはなしです。しかし、あなたがそのポリーヌとのおもいでを話してくださるか、可能ならばこのスタールふじんをうならせるような内容でかいてくださるのならば、このマリー・ソフィーのなまえにおいてあなたをこのバスチーユから出してさしあげますわ)
(ジャン君。この方は正真正銘のフランス王国王女のソフィー殿下ですわよ)
と、王女殿下に対して、臣下の礼を取るマリアンヌ殿下。
薄暗いはずのバスチーユの面会室を華の社交場に変えてしまわんばかりの装いの王女殿下のお姿もあって、さしも疑うことが毎日だった犯罪生活者のジャン少年であっても、信じざるを得なかったようです。
そして、この場でジャン少年を指導偽女種に変えてしまう措置、マリアンヌ殿下がお取りになります。
理由は。
「普通の少年であれば数年…最低でも1年以上は要する初等教育だけでなく、スタール夫人がおもちの文才に関わる知識の一部も授けるのですから、この子には大変な負荷となるのですわ…可能ならば、指導偽女種にしておいて上げてからやる方が、成功率は高い話となるでしょう…」
ええ、ジャン少年の知能を一気に引き上げる措置、この場でやってしまうようです。
そして、その処置は指導偽女種に変えることを含めても、5分とかからないのも。
しかし…その措置の間、下手をすれば頭にかかる負荷によってジャン少年の生死に関わるかも知れないことになる。
それが、この面会に、マリアンヌ殿下が絶対に付き添う必要があった理由の1つでもあるそうです。
では、この一連の処置の結果として、ジャン少年は果たして、どうなったのか。
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その後、私は王族向けの教壇を担うということで、時々はベルサイユ宮殿に招かれておりました。
で、ある時「◯◯日の早朝7時30分という時間ではあるが、ベルサイユ宮殿に来て欲しい」との依頼、ソフィー殿下から受け取ることになりました。
ですが、そのような朝も早うから、一体ぜんたい、何事なのかと普通は思いましょう。
ただ、王族の…分けても私が国語文語をお教えする立場のソフィー殿下のご依頼。
断る道理、ありませんね…。
で、指定された期日に、宮殿差し回しの自動車にてベルサイユに招かれた私ですが。
なんと、宮殿の地下にあって王宮関係者や官庁関係者の専用駅となっておる地下の停車場に連れて行かれるのです。
そして、その地下停車場に据え付けられた列車の前には。
黄薔薇騎士団という、その特殊な婦女暴行専門部隊の制服を着用した方が2人。
いえ、その方だけではありません。
「しかし、また思い切った政策を取られる話となるもので…ソフィー殿下、よろしいのですか」
「いえいえアルテローゼ様、あなたがいらっしゃるからこそと、フラメンシアお義姉さまもあとおしできたはなしですわよ…」
ええ、聖女騎士団幹部の制服に身を固められたソフィー殿下が、そこに。
そして、フラメンシア殿下やテレーズ殿下、シャルル王太子殿下にジョセフ王太子殿下といった方々が、お見送りにお越しなのです。
どなたのお見送りなのか。
「さぁジャン、これからあなたはえいが撮影のために、わたくしの侍従あつかいでリヨンへ行くたちば。そしてあなたのみがらをあずかってくださるアルテローゼ殿下と、聖女マリアンヌさまにごあいさつするのですよ…」
な、なんと。
罰姦聖女扱いのマリアンヌ・タカギという方…その黄薔薇騎士団を担当する痴女皇国皇族とはお伺いしましたが。
「ええとですね、ソフィーちゃん…ソフィー王女殿下は、1年の期限つきですけど、箔付けのためにもということでリヨン特別市の行政担当枢機卿…市長としてリヨンに赴任。これで合ってるわよね、乳上」
「その通りですよ、マリアンヌ様」
そう、黄薔薇騎士団の猥褻な制服を着用されたこのお二人…マリアンヌ様とアルテローゼ様は、いわばここからリヨン・パールデューという停車場に向かう列車に同乗して、ソフィー殿下を護衛するお立場らしいのです。
それと、罰姦聖母教会の事務職担当制服姿のジャン少年がこの場におります。
「ではフラメンシアちゃん、ソフィーちゃんとジャン君をリヨン市の市長公邸に送り届ければいいのよね」
「ですわマリアンヌ様、えいがの撮影隊については後日、ロントモン過激団の連中…恐らくルネ・バタイユ夫人を隊長として向かわせることになると思いますので、一つよろしうに」
「じゃ、乳上…ソフィーちゃん、行きましょうか」
ええ、窓の上に金文字でLe Mistralと書かれた青い車の中に乗り込まれるご一行。
リヨン市の行政体制構築に向かわれるようなのです。
そして、ジャン少年が同行している理由。
彼の書いたリヨンでの少年時代の話を元に、映画を撮影するため…らしいのです。
ええ、彼の書いた話は、その後パリで出版されました。
そして、相応に評判となったのです。
当時のフランスの貧しい家庭や、悲惨な実情の中にも、牧歌的な暮らしぶりが伺えた佳作として、世間に注目されました。
そして、その淡い恋を思い出させた立役者が…まさに、ジャン少年の幼なじみの少女が生きていれば、その年嵩となっていたであろうソフィー王女殿下だったのです…。
(いいこと、ジャン…そのおんなのこをよみがえらせることができるかどうか、あたくしにもわかりませんわよ。しかし、あなたはあなたの人生をあゆむためにも、みずからがくらしたリヨンでの日々をもういちど演じるのです…よろしいわね…)
(は、はい、王女さま…)
ええ、私とソフィー殿下によって、多少の脚色こそありましたけど、ジャン少年の思い出の日々はそれなりの話として記録させて頂くに至りました。
(スタール夫人もご足労でしたわね…この件のほうびにつきましては、フラメンシアおねえさまから印税のうわのせとしてお受け取りになってくださいませ…)
ええと、できれば非課税で。
なんてことを言い出しかけた銀行家の娘たる私ですが、まぁ、それはともかく、ジャンが更生できたかどうかはわかりません。
しかし、ソフィー様のお気に入りとなっているのは明らかなのです。
そして、彼を引っ張り回してお尻に敷いているのはこの一連のやり取りでもお分かりでしょう。
その時、停車場に流れる案内の声。
『La ligne 1 "Le Lyonnais" partira prochainement. Prochain arrêt: Paris Gare de Lyon(一番線に停車中の特急ル・リヨネ号は間も無く発車します。次の停車駅はパリ・リヨン駅となります)』
ええ、朝一番のリヨン行き特急を臨時にこのベルサイユ駅から出すことで、ソフィー殿下たちをリヨンに向かわせる行程が組まれたようなのです。
そして、ぷわぉんというこの高速列車独特の警笛の音…なにせ、この後、パリ・リヨン駅を8時に出た後でリヨン・パールデューという停車場には9時に着いてしまうそうですから、驚くべき速さでしょう。
一昔前だと、川船と馬車を乗り継いでも1日じゃ済まなかったんですから、リヨンまで。
ともあれ、ジャン少年にはそれなりの著述のための知識が授けられたことと、今後の人生で彼が文壇へと上ってくるかはそれこそ神や聖母様のみが知る話、だそうです。
(スタールおくさまにも、大変にお世話になりまして…)
(それより、ソフィー殿下とのことどもも日記にはおつけしておきなさい。その思い出も、何かの宝となるでしょう)
(かしこまりました…)
ええ、先頭のくるまの貴賓席のところの大きな窓から、手を振り別れを惜しむジャンの姿が見えております。
私に、何が出来たのかはわかりません。
しかし、彼が書き記した思い出日記とでもいうべき詩文を原型に、映画が撮られるのは確実なのです。
警笛の音と共に、その大きな窓は私たちの目の前を流れ、続いている銀色の客車の飴色の光を漏らす窓の連なりが次々と穴蔵の闇の中に消えて行きます。
最後尾の赤い灯火も、パリ・リヨン駅の地下に繋がる穴に向かって速度を上げて遠ざかります。
ええ、その列車とやらと同じで、元来は人生なんて、そうそう後戻りや巻き戻しは出来ないことでしょう。
しかし、私が20歳にも満たない姿に戻れたのと同様類似で、ジャンにも何かのきっかけが与えられたのは確実です。
ですから、お読みの皆様。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ人生に、希望をお持ちになっても宜しいのではと、この不肖アンヌ・スタールより提案申し上げましょうか。
あと、その希望を叶えるためにも、勉学はしておいた方がよろしいとも。
そうそう、ジャンが主役の映画の題名ですけど。
もしも皆様が、何かしら生まれてからの記憶に鮮烈な何かをお持ちであれば、それも思い出して文章になさっておいてよろしいかも知れませんね。
なにせ、彼の人生を上向き前向きに変えたかも知れない出会いとその記憶が、まさにこの映画に結びついたのですから。
ええ、その映画の題名、決まっております。
『ami d'enfance(幼なじみ)』と。




