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こんにちわ、マリア Je vous salue, Marie  作者: すずめのおやど


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鬼さんパリへ行く -Le diable va à Paris- ・10

北方帝国支部かつ、北方帝国の第一首都となる都であるモスクワ。


このモスクワで暮らす上に、当代の北方皇帝であるエカテリーナ1世陛下の皇配であるという大黒屋光太夫氏との面談に臨んでおるのは私・茨木童子とその姉である外道丸です。


でまぁ、新しく比丘尼国からパリに赴任した新任の公使となる支倉常長氏との引き継ぎを済ませた私と、支倉氏をパリに連れて来る付き添い人の立場で来ていた姉ですが、比丘尼国または痴女皇国への帰路につく際に、モスクワに寄って欲しいという話を受けておりました。


まぁ、トルコ石商会という商家を経営しているラドゥ3世殿下こと通称・美男公の招きもあったのですが。


でまぁ、美男公は北方帝国の前帝エリザヴェータ陛下の皇配であることも公開され、モスクワとサンクトペテルブルグを往来して商売に精を出す日が続いているそうですが、今回はモスクワを経由する私たちの行程に合わせて頂いた模様。


で、今回のモスクワ訪問の目的の一つなのですが、北方帝国の地に生きる比丘尼国人の状況などを光太夫氏にお聞きしております。


そして、すでに開始されている北方帝国支部とフランス支部の人や物の往来についての話はもちろん、比丘尼国との交易の件にも言及しておいて欲しいとのこと。


と言っても、その辺は北方帝国の東の外れの町に開かれた通商館と比丘尼国側で実際の商いも始まっておりますから、おおまかなところだけを聞き取るか、幕府からの話を伝える程度で。


むしろ、今後は新潟からしべりあの大地に渡り、更に陸路で欧州を目指す比丘尼国人も増える見込みであることから、汽車の往来の利便を上げるので要望があれば随時こちらに伝えて欲しいとの話、エカテリーナ陛下からも切り出されます。


「ゲドウ様とイバラキ様はまさに、その道のりを逆順でお帰りになるとのこと…」


「何やら二日でその、ウラジオストックとか申す街まで往来する列車が走っておるようですね…」

https://ncode.syosetu.com/n6615gx/211/


で、こういう話は姉が正直苦手とするところっぽいので、私と北方側の人々とで進めて行きます。


(姉さんも支部長会議とかでエカテリーナ支部長と面識があるでしょうに…)


(いばらき…わしにその辺の人のややこしいはなしに噛めと?)


(はいはい、とりあえずわかりましたからっ)


で。


堅苦しい話を嫌がる姉ですけどね。


もっと堅苦しい話があるんですよ。


実はこのモスクワにですね。


美男公だけじゃなくて、他にも私との顔馴染みが最低二人、臨時でお越しなんです。


そのお一人は、ご存じ乳上こと、アルテローゼ東欧行政局長。


もうお一方が、シェヘラザード中東行政局長。


顔馴染みって言った理由、おわかりでしょうか。


そして、姉ともまんざら知らない仲じゃないはずなんですよ、このお二方なら…絶対に!


「まぁまぁ、せっかくの再会とでも言うべき場ではないですか…ふふふ」


「そうですわよアルセイィド・プラウファーネ…」


ええ、ええ。


乳上が痴女宮に来た時から今に至るまではもちろん、シェヘラザード様…かつて銀衣騎士アルトリーネを名乗っておられた方が下級女官だった時からのことも、一応は存じておる私です。


「考えてみれば茨木て、三代目の金衣様くらいから後ろの聖院のえらい人らと大概、顔見知りなんやなぁと」


「姉さんも今や何かあったら地上に呼ばれたり出歩ける立場じゃないですか…」


「そうですわよ、居酒屋罪人で席を同じくすることもありましたかと」


でまぁ、この方々は何も私たちと旧交を温めるだけにモスクワまでお越しになった訳ではありません。


「イバラキ様、ゲドウマル様…私どもの支部も管轄しておられる東方聖母教会の要職者からも是非、お目にかかりたいとの要望がございまして…」


で、数名の女性…それも東方聖母教会の幹部らしい装いの方々が入室されたのですが、そのうちのお一人、入るなり美男公の姿を見咎めて頬をつねるのです…。


「ラドゥ…今さら、あなたの男色について私もあれこれとは申しませんけどね、私の後継についてもちょっとは配慮する気を見せて下さいな…」


ええと、マリア・デスピナ総主教様ですか。


つまり、美男公の「本来の」奥様です。


そしてですね、美男公が首をガクガク振ってる理由。


デスピナ総主教より更に、偉そうな装いの女性が隣におるからです。


マリア・ヴォイキッツァと名乗られた方が、今の東方聖母教会の頂点にして、美男公の実の娘さんなのだそうです。


ただ…ヴォイキッツァ全地総主教様、その母親はデスピナ様ではないのですよ…。


「お義母さま。父様は置いておくとしましても、母様…いえ、エリザヴェータ主教様につきましてはですねぇっ」


ええ、そうなのです。


私生児扱いだそうですけど、実の母親が北方帝国前帝エリザヴェータ陛下であるということは、もはや公然の秘密らしいんですよ。


「で。はるか東方からお越しの客人様方。帰路の途中でわざわざのお立ち寄りでありますのに、誠に申し訳ございませんが、ですね…」


「うちの母の失態とかやらかしとかはさて置きますとしても、このモスクワにお越し頂きました理由ですが…」


と、私と姉を見て、ニヤリと笑うヴォイキッツァ様。


(そそそそそそそそれでは我々はこれでぇっ)


と、光太夫殿の手を引いてそそくさと逃げ出す、エカテリーナ帝。


しかし、その後に続こうとする美男公はまだしも、エリザヴェータ様は後方からヴォイキッツァ様に羽交い締めにされております。


「なななななな何をするのですかマリアっ」


「おだまんなさい母様…ええとですねイバラキ様、パリの苗床に仕込んでもろたものと同じもの、うちの母親を介してですけどね、是非にモスクワの苗床にも仕込んで頂きたいんですよ」


「それとですね、私と乳上は東欧行政局管内の苗床に種を、シェヘラザード様とヴォイキッツァ様はそれぞれ滅姦(めっか)とコンスタンチノープルの苗床にですね、イバラキ様の精とゲドウマル様の血をちょっとばかり」


ええ、そうです。


モスクワ行きのスターリングラード(ふゆげしき)急行とかいう列車の切符を渡された時、嫌な予感がした通りだったのです。


(ごめんなさいおねがいします)


(姉がなんか考えてるようなんですけど、プラウファーネさんも外道ちゃんも東方聖母教会にも協力したげて欲しいのです…)


ええ、マリアさんとベラ子陛下に頭を下げられては、断るに断れず。


「姉さん…乳上はもちろん、シェヘラザード様…先代のアルトさんまでもがお願いしますということで頭下げてるのに、私らが断れますか」


「無理やよな…」


姉も、諦め顔で腕を差し出しています。


つまり、注射で血を抜いてくれということなのです。


そして私に求められているのは、もちろん…やまらのおろちを使うこと、なんですよ…。


--


でまぁ、目的を果たした東方聖母教会の関係者の皆様、宮殿地下の転送ゲートでお帰りになった翌日。


極東(ぼすとーく)駅という停車場で、北方帝国の東の涯となる港町ウラジオストックに向けて出る特別特急おそろしあ号とやらに乗り込む私と姉、そして弥助の母親と妹たち。


私装のエカテリーナ陛下と光太夫殿、そして美男公に見送られての静かな旅立ちですが、いよいよと私たちは比丘尼国への帰路につきます。


姉は江戸城の地下にある転送ゲートで痴女島に戻ることになりますが、それまでの道中は物見旅行となります。


「何やな、穢多の河原芸と同じようなことやっとるんやな…さーかすとかいうのん」


「まぁ、今や比丘尼国だけでなく、他の地でも偽女種の活用は進んでますからねぇ」


大きな窓から流れていく、見送りの皆様が手を振る光景、後ろへ後ろへと流れて行きます。


私が次にこの地を踏むことがあるかどうかは不明ですが、少なくとも弥助の母と妹たちは大江の巫女の修行に入ることが決まっております。


そして、海の向こうに比丘尼国の拠点ができた場合、神社が必要とされた時の要員としての教育を受けるとも聞いております。


(その日のためにも紅毛人慣れしておく方がよいでしょう…)


そして、肝心の弥助。


演劇役者として大成するかどうかはまだ不明ですが、少なくとも食いっぱぐれはないでしょう。


「鬼の私が人のめんどうを見るのも何やらという気がしますけどねぇ」


「茨木はそういうさだめなんかのぅ」


「姉さんが本来はそういう役目のはずなんですよ?大江の子供らのこともですねぇっ」


はい、姉は姉で実は子持ちと言いますか、大江の元・さむらいの巫女の上役どもとの間に出来た子がおります。


それも、一人じゃないのですよ。


多くは鬼扱いですけどね。


ええ、姉は東方聖母教会の血縁のごったごた、決して笑えはしないのです。


「茨木は茨木で子供を産んだこともあるやろがっ」


そう、鬼として性別を変えることもあった私ですけどね。


ただ、言い訳させてもらうと、鬼の子は成長がめちゃくちゃに早いのです。


あっという間に大人になります。


ただ、だからと言って育児ほったらかしだった姉の子らに比べたら、私は面倒を見ていた方だと思いますよ…。


それと姉さん。


改めて言っておきます。


私は、男です。


女に化けることはあっても、あくまでも心根は男です。


ですから、子育てで自分の乳を吸わせるとか、できればやりたくはないのです。


(ううううう、そんな辛辣な性格やから後継とかどうのこうのの話ができんのやろ…)


(それ以前に私ら、純血の鬼同士で子作りとか実質禁止みたいなもんでしょ…)


ただ、純然たる鬼の血を継ぐ必要もあることから、その辺は今後、私にも浮いた話が回ってくるかも知れません。


(正直、あんたたちオーガの運命って、神種族や痴女種と同じでさ、私の完全な管理下の存在じゃないのよ…干渉はできるんだけどね)


(スクルドさんとしてはどうなのですか、その辺り)


と、ちょうどいいとばかりに心話をよこして来た運命選定種の方にお聞きしてみましょう。


(ま、イバラキに関しては自己努力っていう一面があるのよね…ただね、一つ言っておくとね、あんたが後継を作りたいという意志があるなら、それが叶うかどうかは別として機会は訪れるでしょう。あとはあんたの熱意次第だって言っておきます。これでどうかしら?)


なんとなくわかったような、わからぬような。


しかし、人はこの汽車同様に前に進むしかないのでしょう。


そして、私も鬼ではありますけど、人として人並み以上の仕事を押し付けられ命じられる立場でもありますから、何かの時に備えてあとがまを作ってくれとか言われるかも知れませんね…。


「茨木が達観しとる件」


「そりゃ、姉さんだってそうでしょ…八百年も千年も生きたら、いい加減、見聞きするだけでも色々とあるもんですよ」


そうなのです、私らはなまじ、長寿長命になった立場。


生き急いだり、焦ることはないと思ってしまうのです。


ですが…。


(マリアだけど、今後はその辺を見直すかも知れないね…北方帝国の大地を通るついでに、凍り具合とか見ておいて欲しいんだよ…あたしらの試算だと、猶予は300年はあったはずなんだ、痴女皇国開国の年から起算しても、さ…)

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