鬼さんパリへ行く -Le diable va à Paris- ・6
リヨン・パールデュー駅と申す停車場。
フランス王国の内陸部にあって、パリに次ぐ都会であるとのことで、パリからの汽車が向かう大きな停車場も2つが存在するそうです。
このパールデュー駅、日の本ことばに直すとリヨン第2駅となるそうでして、比丘尼国の江戸で申せば東京驛に対する上野または品川に当たる規模の停車場であるというのが、室見様からお聞きした説明です。
で、この駅でカタロニア号という汽車の後ろに繋がっておりました比丘尼国公使輸送列車を切り離した後、私どもと合流した映画撮影隊、その列車に乗って当初の予定通りにパリを目指すことになる模様。
先ほど映画の脇役で熱演しておりました、銀行の頭取とか名乗ったエッシャーという男ですが、弥助と、サラ・ベルナール嬢や監督、そしてフラメンシア殿下と歓談の後に、従者や商談の客と共にカタロニア号に再び乗り込んでジュネーブ…痴女皇国欧州地区本部の管轄となりますが、国境に近い商都の一つを目指すそうです。
(フランスとの取引の都合上、バーゼルにも私どもの支店がございますが、何分にもリヨンから近いとなりますとジュネーブでございますな。そちら様の拠点のシヨン城…モントルーからも離れてはおらず、交通の利便のよろしい場所でございますから、私どもの同業もいくつか店開きをしておりますよ)
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| 都 々 逸 帝 国
フ ラ ン ス 王 国 |
バーデン=バーデン◯
ストラスブール◯|
←パリ ◯ディジョン |
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◯マコン |◯バーゼル
----------- チューリッヒ◯
| ◯ベルン ス
|------- イ
| ◯ローザンヌ ス
ジュネーブ◯ ◯モントルー 連
◯リヨン------- 邦
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|イタリア連合公国
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そして、カタロニア号の方で映画を撮影しておりました面々も、公使輸送列車の側に乗り移ってパリに戻ることになる段取りがついておりますようで、銀色の方の汽車にあれこれと運び入れたり人が乗り移っております。
室見局長…理恵さんも、この停車場からは再び汽車の御者を務めるということで、前の方のくるまの御者台に向かわれます。
(あ、この列車の終着はリヨン駅でなくてRERベルサイユ駅となります。ベルサイユ宮殿直結の地下宮廷ホームに入ってしまいますので…)
あ…ええ、私もフランス赴任時に汽車でマルセイユからパリに送って頂いたことを思い出しました。
先程のマドリードでのピオ皇子駅同様、そのベルサイユ駅という地下の穴の中の停車場に参りますと、そこから直接にベルサイユ宮殿の中に入れるのです。
(本来ならば、リヨン駅からくるまなり馬車なりを仕立てて王宮正面からお入り頂くのが筋かと思いますが…)
(まぁ、堅苦しい儀礼は抜きにしまして…どうせ、公使様の駐在時には幾度となくベルサイユにお越し頂くことになりますから、その際には正門を経由する道順でお入り頂くことになりますかと…)
ですねぇ。
私も王宮差し回しのお車ですとか、大使館付きのくるまで送って頂いたことがございます。
そればかりか、非公式の訪問の際には通用門からじてんしゃで入らせて頂くことも…。
これ、実は王族の方々とかなり親しい間柄でないと許してはおらぬ行為らしいのです。
と申しますのも、そういうお呼ばれの場合、まず確実にトレアノン宮という小さめの宮殿に直接来て欲しいという要請となっていました…それと、私一人のために公用車というくるまを仕立てて走らせるのも、ちょっと遠慮しようかという時間に呼ばれることがほとんどだったのです。
で、宮殿正面の正門ではなく、料理の材料やら何やらを運び入れたり、あるいは何かしらを運び出したり使いの者が通る通用口から出入りすることになるのです。
(私が歩くか、走る方が速かったりするせいもあるのですよねぇ、くるまより)
そう…内々に招かれたり入れてもらえるほど、親しいお付き合いというわけです。
そして、王宮を警備する衛士の統率がそれだけ取れていることになりますね。
なにせ、パリでの私、公務の場はともかく、こうした場での装い、をかま娼婦のなりで過ごしていたのですよ…。
でまぁ、私も昨今では洋装、びじねすすーつとかいう装いになることも多い昨今。
「プラウファーネ様の正体を知らなければ、まぁ普通の東洋のおなごにしか見えませんわなぁ」
ええ。
みにすかぱんちらとか、開襟しゃつでむねもとみせつけとか、堅苦しそうな服でもやりようはあると雅美さん辺りが申されますし、何よりベラ子陛下やマリアさん、そして連邦世界に行かれた際のクレーゼ様やジーナさんも今の私みたいな格好をされたこと、拝見しております。
要は、痴女皇国におると結構、連邦世界の装いで身を固めることも多くなるのですよ。
(そして男を騙す茨木の性格の良さたるや)
(姉さんだって、アレ生やして人を驚かせてたじゃないですか…もののけ族じゃあるまいし)
姉に言わせると、私の性格はかなり悪いそうです。
「ごめん俺、男」という嫌味な行為、確かに人をからかうのにはうってつけなんですけどねぇ。
ただ…昨今のブローニュやヴァンセンヌですと、たとえ陰間であることを暴露したとしてもですよ、「私は一向に構わんっ」というのもおりますので、人をからかうのはほどほどにしておいた方が良いと申し上げるべきでしょうか。
(ところでプラウファーネ殿、サンクトペテルブルグにお越しになる予定は)
(おやおや、ラドゥ様…毛皮屋の商いが順調とは伺っておりますが…帰路につきましては私と姉と、弥助の家族となりますね…他の諸々のこともございますから、パリを発つ際に行程を組ませて頂こうかと)
ええ…美男公とも、若干の面識はあるのです、私。
それとですね、今、私どもがおりますの個室の面子、サラ嬢と弥助が加わっておりますが、偽女種ではなく男児の状態の弥助と、そして支倉常長氏以外の全員が、見た目は同じなのですよね。
つまり、よくよく見るか股ぐらに手を伸ばさない限りは、あれ?と思われることなく騙しおおせる部類。
この状況で平然としておられる支倉氏もなかなかに鍛えておられるようですが、実のところ日の本のさむらい、上の位のものは助平なようでいて、意外に身持ちが固い方もいらっしゃるのですよ。
(正直申し上げますると、股ぐらが漲らぬようにやせ我慢を致すのも無礼な話かと)
つまり、美人を見て反応しないのも、この場では失礼だとお考えなのです。
これ、さむらいの方にしては進歩的な考えに思うんですよ。
というのも比丘尼国の武士は蛮族のようなものでしたけど、あまりに野蛮が過ぎたせいで中原龍皇国の流行りの教書などを取り入れ、ちょっとはおつむでものを考えろとされた事があります。
ただ…その際に、好色ぶりは露骨に誇るものではない、更には武士たるもの女を見て鼻の下を伸ばすような行為は隙を作るようなものであり、はしたないという考えも取り入れられたのです。
まぁ確かに、もののけの中には女の外観で人を油断させたり、人間のおんなでも男を油断させるのがおりますから間違ってはいないのでしょうけどね。
ですが、支倉氏は「女を褒めるのも男の甲斐性ではないか、女房なら女房の献身や見た目を整える努力を讃えるべきではないか」とお思いなのです。
(連邦世界の支倉常長氏は救世主教に改修してたり、結構進取的な考えをする人だったのよね…)
と、田中雅美・痴女皇国内務局長からご連絡が。
(なるほど、さむらいの慎みはあれど、男尊女卑一辺倒でもないと)
(それよりプラウファーネさん、支倉さんはある意味で純粋というかいい人みたいなのよ…まぁ今更女遊びで身を持ち崩すような方じゃないと思うんですけど、支倉さんには内緒でパリ支部にその辺を注意して欲しいって釘刺し、お願いしても大丈夫かしら…)




