鬼さんパリへ行く -Le diable va à Paris- ・5
バルセロナという街ですが、実のところは直接に眺めることができません。
なぜならば、マドリード同様に古い街並みを潰してまで汽車の道や停車場をこしらえるのもどうかという話があったことから、汽車は穴の中を通ることにされておるからです。
しかし、痴女種女官と同等類似の体をもろうたこの茨木童子、ある程度はものを透かして眺められます。
まぁ、そこそこの賑わい…比丘尼国で言えば大坂くらいでしょうかね。
しかし、私は街の眺めの物見、早々に切り上げる必要が生じてしまいました。
なぜならば、弥助のみならず、彼と良い仲であるというサラ・ベルナール嬢が活動写真の撮影でこのバルセロナに来ているとあっては、弥助の後見人であるこの私が顔を出さないわけにも行かなかったのです。
「ああ、プラウファーネ様は大使のお仕事でございましたか…これはこれは」
そして、私の横に来たつなぎ服姿の室見局長…理恵さんは連邦世界でのお偉方向けの服装に一瞬で変わると、私の代わりに後ろ側の比丘尼国大使専用列車に乗り込んで下さることになるのです。
「リヨンまではジュネーブ行TEE…国際特急カタロニア号の後ろに公使がお乗りの臨時列車を繋ぎます。そこまでは撮影の見学、OKですよ」
ええと、わたくしどもが乗って参った汽車の前に、色違いの汽車が繋がっております。
私は汽車とか鉄の道のことどもに詳しぅありませんので、理恵さん、ご説明をば…。
「ええとですね、このカタロニア号に使っているグラン・コンフォルト型TGV-Gですが、ビジネス客…プラウファーネさん向けに申し上げますと、商人、わけても金貸しの方の利用を想定していまして、個室と開放席の比率が半々くらいなのです。そして個室車は密談に向いた作りにされています」
で、金貸しが多く店を開いておるジュネーブに向けて走る汽車ということで、その金貸しの接待のためにも鉄道娼婦や娼夫が乗り込んでおるという筋書きだとの話をお伺いします。
そして、バルセロナの街に居を構える貴族の金持ちと、そのジュネーブの街におる金貸しが融資の話やら何やらをいたす席に、サラ嬢と弥助が給仕をするという筋書きだそうです…活動写真の台本ですと。
しかし、ここで悲しいことが起きる演出が入ります。
弥助の肌の浅黒さと見た目に対して、その銀行家とやらが婉曲に苦情を申し立て、給仕を交代させられるのです。
「なんとも困った話よ…わしは白磁のごとき肌の者をと事前に願うたはずなのですが…」
完璧な給仕をしたつもりであるというのに、肌の色だけを理由に、特命の仕事から外されてさめざめと泣く弥助。
そして弥助と組んでいる上に、自身が現役の花形娼婦でもある鉄道淫売娼婦のサラ嬢が激怒して、その銀行家なる金貸しと、いすぱにあの貴族が歓談しておる席に殴り込んで怒るという場面の撮影に、そのカタロニア号の車内が使われるようです。
(ただ、これはあくまでも映画での話…実際には肌の色のみならず、実績も載ったかたろぐで、給仕の娼婦や娼夫を選べるのです…むろん、私なら私の指名なぞしようものならば、かなりの金額がかかることになりますが…)
そう、実際には肌の色で文句をつける者、欧州ではどんどんと数を減らしてはいるみたいなのですよ。
ですが、弥助が欧州を訪れる前には真剣に、黄色や色黒き者と食卓やら宴席を同じく出来るかと言って激怒して席を立つなどといった話もあった様子。
そう…弥助が欧州に招かれて役者をしているのも、この辺りの偏見を改める目的があってのことなのです。
で、激怒したサラ嬢がその銀行家に酒をぶっかける場面の撮影が終わった後、その失礼な発言をしてとっちめられる役柄だった方の身支度を整え直す、当のサラ嬢。
「いやいや、まさか活動写真の悪役になるとは…はっはっはっ」
と、呵呵大笑しているのは、ひげの豊かな恰幅のよさげな大男。
聞けば、遊撃騎兵隊のメラニー夫人の旦那様の雇い主でもあるとかで、イスパニア貴族の方ともども「本当の融資の話」をしているところに、この映画出演の件が舞い込んだそうなのです。
で、普通ならば人を肌の色で偏見する役柄、断ると思うのです。
しかし、このアルフレート・エッシャーと申される御仁、それなりの考えがあって応諾された模様。
「ふふふ、わたくしの経営するクレディ銀行と保険合同社は今やそれなりの会社でございますからな。妙な役柄で悪評が立とうとも、それが評判となるのであれば私が頭取をしておる会社の宣伝にもなろうというもの…」
「申し訳ございません、エッシャー様…本気で怒っておきませぬと、銀幕での迫真感が出せませぬもので…」
「いえいえ、金貸しが女遊びに耽ることは本来ならば禁句も禁句。しかし、欧州で話題をさらっておられるサラ様の助けにとなればこれまた重畳の限りでございますよ…」
聞けばこのエッシャーという御仁、他の金持ちから金を巻き上げ…いえいえ投資の話を引き出すための債券の発行にも関わっており、金を集める技に長けた人物なのだそうです。
この、エッシャー氏のやりくちは比丘尼国でも参考にすべきということもあって、私も弥助の顔を覗きに来た以外の目的で、汽車の席を移った次第。
「イバラキ様でしたか。わたくしの家の者はイスパニアを通じて灸場での珈琲淫農場の展開にも投資をさせて頂いておりまする。わたくし自身もスイスの山に、足ごしらえや着物をさほど気遣わずに登れるよう鉄の道の整備の計画、痴女皇国スイス支部と連携して進めております立場にございますが、比丘尼国で金を動かす話ですとか、あるいはこの欧州への投資の一件がございましたならば、必ずやこのエッシャーにお声かけをばと存じます。絶対に損はさせませぬ故に…」
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いばらき「なにわのあきんどもかくや」
めらにー「うちの亭主も本来ならばスイスでうっはうっはとやってたんですけどねぇ」
てれこ「メラニー、あんたはあんたで金集めに邁進してもらわんとな…フランス王国発行の鉄道債の件、あんたの亭主のエドモンとうちの財政院で進めさせたっとるやんけ…」
ふらこ「という訳で、パリはもちろんですけどな、バルセロナとジュネーブやチューリヒを結ぶ必要もある昨今なのですわ…」
いばらき「うう、ぜにかねの話よりも色気の話がしたいっ」
りええ(そんなプラウファーネさんもパリでは結構な発展家をしていた模様…)
いばらき(その辺の話は追ってまた…)




