弥助の大冒険 -少年は巴里を目指す- 7.1
八百比丘尼国は江戸のはめ離宮…いえ、浜離宮のすぐ前に設けられた江戸港、竹芝桟橋。
そこに停泊しているのは、ぴかぴかの全金属製の大型貨客船です。
この船、いよいよと比丘尼国大使としてパリへ旅立つプラウファーネさんと、その侍従である弥助くんの家族を連れて欧州への航海に向かうのです。
ただし、この船自体は既に、シルク・シップとしてマルセイユまたはカレーへの航路への就航を経験しています。
そう…富岡製糸工場を中心とした、比丘尼国内で生産された絹糸や織物を、欧州へ届けるのが、この船の主な任務なのです。
そして、このお船はわたくし室見理恵の後輩である勅使河原絹枝・痴女皇国厚労局第二女官管理室長の実家のグンマーの温泉旅館たる、珠絹亭から名前が取られました。
その名も、珠絹丸。
もちろん、シルクだけでなく他の貨物や旅客も乗せられる貨客船なのですが、除湿調整付きの空調を完備した専用のシルクルームなる貨物室が設けられておりまして、ここに積まれた高級絹糸や織物を痛めずに欧州か、または茸島のファインテック・アパレルの半生体素材縫製・再生工場へと運ぶことが可能になっているのです。
(そうなのですよね、ですから航路としてはまず、この竹芝桟橋を出港した後は茸島に立ち寄って蚕の繭を降ろすとか言われまして…)
ええとですね。
富岡製糸工場ですが、そこの周辺で蚕の栽培もやってます。
しかし、そこでの絹糸、蚕の繭を煮て取ってはいないのです。
では、どうやっているのか。
まず、刃物で繭を一文字に切り開いて、蚕のさなぎを取り出します。
そして、さなぎたちは孵化するための棚に並べられるのです。
つまり、聖院規範から伝承された、痴女皇国の不殺の掟を守るために、敢えてさなぎを取り出しているのです。
しかし、それでは繭の絹糸が切られてしまい、一本の絹糸が取れないことになってしまいます。
そう、せっかくの蚕の繭が、単なる糸屑になってしまうと思われるでしょう。
そこで、さなぎを取り出した後の残骸の繭、煮沸や乾燥の工程を経た後で茸島のファインテック・アパレル社に持ち込むことによって、原反である絹織物や、はたまた一本の絹糸に再加工することが考えられました。
そして、この方法だと痴女皇国女官の瞬間更衣システムで選べる服のラインナップに、シルクのドレスや下着が加わることになるのです。
つまり、この珠絹丸、必ず茸島に寄る必要があるのです。
そして、欧州からの帰国便も必ず茸島に寄港して、ファインテック社の茸島工場で製造された絹糸の原糸…比丘尼国向けに製造されたぶんを受け取っているのですよ。
で、今回は幕府…ひいては比丘尼国としての親善航海という意味もあって、軍艦が付き従うそうです。
んで、その軍艦ですけどねぇ。
痴女皇国世界の江戸幕府と親しいのは、英国です。
これ、連邦世界の明治維新前後と全く違う経緯ですのでご注意ください。
そして、フランス王国ですが、現在は痴女皇国南欧行政局フランス支部として再建中であり、アルトさんを暫定支部長として派遣していた時を経て、現在ではテレーズ王女殿下が支部長、そしてスペイン王国の筆頭王女であるフラメンシア殿下が副支部長として統治されている状態です。
そして、フランス王国はその軍事力や海上輸送力を整備中です。
これまた連邦世界での歴史とは大きく異なる話でして、聖院時代からまりり…マリアリーゼ・痴女皇国皇帝を経て上皇と接触していたイギリスには近代化で大きく遅れをとっていたのです。
しかし、連邦世界のフランス共和国の後押しもあって、テレーズ殿下が国の実権を掌握した後はそれまでの遅れを取り戻すどころか、自動車生産国にすらなったのです。
そして、フランス共和国から提供された海軍艦船資料を元に建造されたのがルイ16世級巡洋艦とかいう、フランスの現在の国情と戦争勃発の可能性を鑑みて設計された船だそうです。
で、軍事知識についてはどちらかというと弱々しい部類のわたくし室見理恵ですが、まりりに要所要所で助けを求めつつも、頑張って解説しますと。
このルイ16世級巡洋艦とやら、フランスが第二次大戦前に就役させていた機雷敷設巡洋艦なる形式のうち、エミール・ベルタンという船が原型に選ばれています。
しかし、痴女皇国世界ではもはや戦争などというものはそう簡単に起こせなくなっておりますので、どちらかといえば艦船建造や金属鋳造・鍛造技術の継承をという理由で設計を大幅に変更しているそうです。
具体的に言えば、機雷倉庫や艦載水上機格納庫などを撤去して、船室または貨物室に充てているそうです。
つまり、輸送船の性質を持っていると。
そして、このエミール・ベルタンという船、当時のフランス海軍のお船が高速艦揃いだった中でも極めて速い部類で、公称値で35ノット、公式試験では39ノットを記録したこともあるお船だそうです。
つまり、痴女皇国流のヘリカル水流ジェットエンジンを増設または交換搭載しても高速性を維持しやすい船型ということで選ばれたようです。
そして、このルイ16世級汎用巡洋艦なるお船、フランス王国では量産に入っているそうですけどね。
そのうちの2隻が日本の朝廷の依頼によって建造され、江戸幕府に預けられております。
艦名は、英国から提供された戦艦三笠と金剛に続いて、那智と華厳という名前が名付けられました。
つまり、滝が由来なのですね。
そして今回、華厳というお船がフランスまでの航海に付き従うことになったのです。
いわば、里帰りのようなもの。
で、英国と親しい幕府としては、英国の造船所に発注したことになっている珠絹丸を派遣することで、釣り合いを取ろうとしたようです。
(金剛型をよこせとか言われた圧力があったが、あたしが止めた…そもそも、金剛と三笠も親善航海で欧州に一度行ってるんだよ、おまつさんと家綱くんを乗せて…)
で、今回はフランスへの旅ということで、英国本国からの国威発揚の話を差し止めたまりりですが。
そもそもこの珠絹丸って、日本のお船が原型では…。
(畿内丸という太平洋航路の貨物船がベースだ。で、貨物付き添い人のための船室を貴賓仕様にした)
で、連邦世界の貨物船であっても、大型船の場合は付き添い人と呼ばれる貨物監視目的で乗船する人のための客室を設ける場合があるのを教わっています。
そして、コンテナ船のそれを利用したツアーが存在することも…。
で、畿内丸というその、第二次大戦前の日本が建造した画期的な大型貨物船をベースにした珠絹丸なるお船。
実際に戦争前までは太平洋航路に投入されて貨物輸送に威力を発揮したお船を元にしておりまして、特に危険物倉庫やシルクルームを備えていることから選ばれたようです。
この2隻による航海ですが、今回は茸島に寄港した後で、寄り道が予定されています。
そう…弥助くんのお父さんの弥助さんが生まれた国である、暗黒大陸南東の…連邦世界ではモザンビークという国になる辺りに寄港するのです…。




