アルトのアメリカ大冒険 - Route 69 - 7.9
みなさまこんにちわ、マリー・テレーズ・シャルロッテ・ド・フランスと申します。
パパンはフランス王をしていたの、で、私のことをご記憶ください。
で、私と、不倶戴天の仇敵たるイスパニア王女のフラメンシア・バタイユ・ド・ヴァロワ…こいつ、私と血筋は違うのですが、ヴァロワ家というフランス王家の出身者ではあるのですよ。
で、私とフラメンシア、さる方の仲介によって英国に来ております。
そして、アメリカ大陸の開発を巡って、英国女王との舌での外交戦を繰り広げる羽目になったのです。
https://novel18.syosetu.com/n5728gy/327/
ええ、本来は我がフランス王国、タレーランというその手の外交の達人がおります。
しかし、タレーランが相手だと、絶対に英国が負けると思われたのでしょうか。
私とフラメンシアがそれぞれ、フランスとイスパニアを代表しての要人賓客として英国女王に呼びつけられた上で、秘密の面談という名の交渉ごとを繰り広げざるを得なかったのです。
で、私たちの前に現れた百戦錬磨の匿名貴婦人…他ならぬ英国女王その人だというのが完全にバレておりましたが、とにかくその貴婦人の貫禄と態度の前に、劣勢敗色濃厚だった少女のわたくしたち。
ただ一発の銃弾も発射されることなく、剣や格闘による決闘ですらない状況で、私とフラメンシアは圧倒されてしまったのです…。
ですが…私が事前に繰り広げていた「両親、それもフランス王国の王夫妻が相次いで崩御して途方に暮れるわたくしテレーズと、幼い弟や妹たちをなにとぞ」という同情大売り出し作戦が奏功したのでしょうか。
仏西英三国それぞれに、ある程度の利潤がもたらされる代わりに相応の責務も発生するような区分け、痴女皇国外務局という組織からの突如の逓信によって提案されたのです。
しかし、英国は食い下がりました。
具体的には、うちの国が痴女皇国の仕切りに納得できるかどうか、英国女王に代わって見て来る使者を行かせたい。そいつの報告で話を呑むかどうか決めさせて欲しいということを、ひっじょーに持って回った言い回しと演劇めいた演出と舞台で、我々に訴えたのです。
そして、我々に恩を売るかのごとく「貴女がたもアメリカに呼ばれているならば、大西洋を渡る手段を我が大英帝国が用意するから、視察役も同行させてぇな」という要求を、これまた回りくっどい言い回しで伝えて来られたのです。
で、宿泊場所は会談が行われたその宮殿…ではなく、交渉の成立祝いとしてバッキンガム宮殿を貴婦人自らの案内で見学の上、客間をあてがわれたのです。
ただ、これも手放しで喜べるもんなのか。
(英国にも痴女種の女官はいるはず…あたしらの密談はちょっと細工が必要よ、テレーズ…)
つまり、会談が行われたセント・ジェームス宮殿という代々の英国王室の名目本宅に泊めてもらえませんでした。
そればかりか、現在は紫薔薇騎士団のサリアン分団長やクライファーネ英国支部長も常駐して痴女皇国の英国支部を兼ねる場所だという、ケンジントン宮殿への宿泊でもなかったのです。
ええ、晩餐会でもそれはもう、肩が凝るのなんの。
ただ、私たちの付き添いだというエマ・ライオンという方。
本来は英国国教会の司教であり、ネルソン海軍司令官の専属従軍尼僧というお立場だそうですが、万卒痴女種。
この方は純粋に英国寄りの立場ではなく、痴女皇国の意向も反映して動かれる方なのは明らかです。
この、エマ嬢が私たちのバッキンガム宮殿滞在中の案内人となってくれる配慮は、ありました。
(英国流の歓迎だと絶対に、フラメンシア殿下が怒るということで…いわば監視役兼務なのですよ)
と、ご本人からは申されたのですが、確かにフラメンシアならば暴れる危険はありますね…痛いわよ。
で、揉めかける我々を尻目に、エマ嬢が申すには。
「明日は早朝にこの近くのハイドパークからのご出発を予定しております。驚かれませんように…」と、意味深な笑みを浮かべて私とフラメンシアを二人きりにしてくれます。
「っていうかテームズから船に乗せてくれるのかしらね」
「帆船は昔ほど不潔で大変じゃないようだけど、きゅうくつとは聞いているわね…ああ、気が重いわ」
「確かに、流行りだという鉄のお船でお願いしたいところねぇ…」
つまり、私たちはこの時点で、てっきり…お船で送ってくれると思っておったのです。
ええ…その翌朝に、用意されたアメリカへの交通手段とやらを拝見するまでは。
--------------------------------------------------------
そして翌日早朝、ハイドパークなる公園に造成されたという、だだっ広い空き地に存在するものを見て、大いに驚く私・テレーズ。
「な、な、な、何ですかこれ」
狼狽する私とフラメンシア。
で、ニマニマとお笑いなのは、私たちをここに連れて来た案内役であるというオリバー・クロムウェルなる御仁。
そこには、大層大きな半円状の長い屋根の建物から引き出されて来たとおぼしき、巨大な銀色の物体が存在しました。
https://x.com/725578cc/status/1846593611594694878
https://x.com/725578cc/status/1846682734925959287
ええ、何をどう見てもそれは、船よりもはるかに大きく見えます。
一体全体、これは何なのか。
「ふふふふふ、これがお二方に大西洋を越えてアメリカまでお送りするためにご用意させて頂きましたるしろもの…飛行船と申しましてな、まさに空を飛ぶ船そのものでございます」
はぁ。
船は船でも、空を飛ぶ船とはこれいかに。
で、私たちにこれを披露して得意満面のクロムウェル閣下ですが、船体に書かれた文字はRMS ZEPPELIN LZ810と読めるのですけど、これ、ドイツ語では…。
そこに、こちらは卑猥な笑い声を上げながら現れたお方が。
「ふふふふふ、これはドイツ帝国大学合同研究室の設計をあたしらが技術提供して支援の上で建造されたツェッペリン級硬式飛行船実用1番艦、RMSツェッペリン号だよ。ロイヤルメール船扱いなのは英国も建造に協力してるからさ…」
ええ、マリアリーゼ陛下です。
しかし、陛下…そのお召し物は、一体ぜんたい。
茶色のつなぎ服に革らしい帽子、そして額に上げられたごつい眼鏡。
「あーこれか…これは飛行服というものだよ…なにせ、高度を上げると上空じゃ寒くなるからね…」
えええええ。
つまりなんですか、そういう寒いところに行くと…ええ、私は思い出したのです。
いきなり転送とやらで連れて行かれた淫化帝国の一件を。
私は淫化帝国…南米行政局のイリヤ様に抱えられたかと思えば、あっという間に空中高く舞い上がったのです。
そして、足が地面を掴んでいない恐怖の半刻を過ごしたのです…。
https://novel18.syosetu.com/n0112gz/355/
ええ、その時、フラメンシアめは地表を疾走する形でわたしたちを追いかけておったのです。
その時の事を思い出して爆笑しやが…ええ、気づきました、奴めも。
フラメンシアも、挿入器具の街に到着する辺りでは死にそうな顔をしていたということに。
そして、奴は奴で、山中を駆け抜け崖を飛び越え飛び降り駆け上るジョスリーヌ団長についていくだけで必死だったことに。
だから、淫化での出来事については、お互いに言わないようにした方が互いのためなのです。
しかし、それはそれとして私には恐怖が蘇るのです。
ええ、空を飛ぶことの恐怖が。
「マリアリーゼ陛下、まさかこれで私たちを…」
「だから安心させるためにもあたしが飛ばすんだよ…」
こう申されては、もはや私もフラメンシアも、この銀色の長く太く大きな何かに乗るしかないようなのです。
うう、しくしく。
諦めて、私どもは旅行かばんを手にします。
ところで、英国王室からのお客様も来るそうなのですが。
「あたしだ、あたし」
え。
「うちの家、経緯を説明するとややっこしくなるから省きたいんだけどさ、イングランドはもちろん、スコッツ貴族の継承権も持ってんだよ…でさ、あたしがそれ継承出来るってんで、lady of parliamentを名乗らされてんだよ…誰だよ女も貴族位を相続できるって免許状の付文に書いた奴は…」
つまり、英国貴族のご身分もお持ちということで、マリアリーゼ陛下おん自らがお越しになるようなのです…。
で、とりあえずその、飛行船とやらに乗り込む際に、マリアリーゼ陛下からお聞きしたのは。
「つまりだね、痴女皇国世界の英国王室から、連邦世界の英国王室に嘆願が来たって思って欲しい。で、ワーズワース家はNBって星に貴族領を有する伯爵家として英国本国から免許状を貰っているというか、祖父様から受け継いだ。そしてまぁ、NBは独自に貴族としてNB国民を任じるんじゃなくて、本国にお伺いを立てることになってんだよな…うちの母の高木ジーナは本国査定でNBでの一代貴族にされてるとか、何よりクリス父さんもワーズワース家の家督相続以前に叙爵されてるのもこれなんだけど」
つまり、マリアリーゼ陛下の貴族認定も、英国が出しておることになりませんか。
「そ。だからあたしも、こっちの英国王朝や議会やらが認めるかどうかはともかく、免許状持ちなんだよ。そして悪いことに、聖院時代からだね、NBの機材や資産やら何やらを聖院に引っ張っていく条件の代わりに、こっちの英国王室に渡りをつけさせられてんだよ。つまり、聖院世界だった当時から早くも連邦世界を知ってる数少ない国家と人間が、他ならぬ大英帝国の王家のもんってわけなんだよね…」
ええーと、それ、未来の、というか文明が進歩した違う世界の英国が与えたマリアリーゼ陛下への貴族の位、こちらの英国でも生きてしまうことになるのでしょうか。
「ええと、それはよもやまさか、マリアリーゼ陛下は英国の臣下ということにっ」
狼狽して焦るフラメンシアですが、焦りたいのは私も同じです。
「でさぁ、それだと色々困るからさ、普段はそれに言及せんで欲しいってあたしも直談判入れてんだよね。だけどさ、連邦世界の英国王室や英国との付き合いもあってさ、断りづらい局面や場面があると思って欲しいんだよ…そして今回がまさに、それに該当するんだわ…」
聞けば、向こうの英国にこしらえた書類だけの会社ですとか、組織を通じて脱法的に様々な活動…主に痴女皇国の女官に連邦世界の通行手形を与えたり、マリアリーゼ陛下の資産を向こうで通じるかねに替える際に色々と役立つため、放棄破棄が難しいそうなのです、向こうの英国貴族位。
「でまぁ、名目はスコットランド貴族マリアリーゼ卿兼、イングランド貴族のマリアリーゼ・ワーズワース子爵ってことでこっちの英国議会の貴族院の席と、免状も一応もらってはいる立場なんだよねぇ…」
まぁしかし、これで謎は解けました。
なぜ、痴女皇国はあまり、英国に強く出ないのか。
そして、英国も聖母教会網から微妙に切り離されているのか。
そりゃ、聖母様や聖父様に、初代聖女であるマリアリーゼ陛下までもが英国の貴族位を得ておられるとあっては、贔屓筋になろうともいうもの。
そしてどうやら、マリアリーゼ陛下の人となりを拝見するだに「破棄したいのはやまやまなんだけど、色々なしがらみまで破壊してしまうから踏み切れない」ようなのです、英国貴族位の継承と縛り。
とりあえず、離陸準備をということで、荷物をお部屋に置いた私たちも、操舵室とやらを見学させて頂くことに。
(マリア様、なんかしらんけど俺も行く話になってさ…片隅でいいから乗っけてってくれねぇかな…)
これは、エドワード・ティーチですね。
(っていうかあんた、アメリカ行く船代ケチりてぇだけだろ…この飛行船だって本来なら4,000ポンド…40万南洋ルピーは取るんだぞ…飯代込みだけどよ…)
(船主から金取る会社がどこにあんのかってさ…)
(諦めな、近代制度ってな、そういうもんなんだ…まぁとりあえず今回も試験を兼ねた郵便飛行が主体だから、乗ったら給仕に空き部屋聞いてくれ)
で、ティーチと話をしておる間にも、他の乗組員と一緒に出航準備とやらを進めておられる陛下。
どうも、正規の乗員の研修も兼ねておるようです。
「で、昇降舵や方向舵の動作確認を欠かさないようにね…チェックリストの通りにやるんだよ…」
さて、この飛行船とやら。
飛ばし方は複数の操作員が、それぞれ舵取りや機関出力だの浮き沈みのための気嚢へのガス充填や配分などを担当するだの、船…特に帆船の操船に近い操作を要求するのだそうです。
「それと、バラストコントロールと言ってさ、ほっとくと浮いてしまう風船そのものだから、なるべく地上では大人しくさせておくための重りを通常なら積んでるんだけどね…ふふふふふ」
どうも、その辺にこの船に投入された新しい技術の秘密がありそうなふいんき。
「よし、客用タラップ収納確認。気密扉閉鎖確認。降着輪ブレーキ確認」
「客用階段、収納いたしました」
「各部気密扉閉鎖確認。船内気密よし」
「降着輪駐機装置、作動確認よし」
「主発電機始動。1番から20番まで気嚢、水素充填率70%へ。所定値到達後、地上クルーへ給水ホース抜取り連絡」
見れば、操舵席の右を占める機関士とやらの座る位置の前のいくつもの時計めいた仕掛けの針が盛んに動き始めています。
更に、舵輪の左側に座る者の前の窓枠に配された船の形をした絵が描かれた板、ここに1から20までの数字が振られた計器とやらが取り付けられております。
この計器の針も動いておるのですが。
(それが気嚢っていうんだけど、水素ガスという軽い気体が今どれだけそこに入ってるかとか、中の圧力が異常に上がったり下がってないかを確認するための計器盤を見ながら、水素を充填する量を調整してるんだよ。そこの副操舵士席の役目は、今まさにダイニングで始まってる朝食の支度が床に落ちてしまうほど飛行船が傾かないように操作する役目もあってね…)
つまり、前後左右に船を進めるだけでなく、舳先を上げたり下げたり水平に保つ操作もできるようですね。
(それと、こんな巨大なもんが浮くわけだから、質量はともかく重量…地面にかかってる重さは軽いんだわ…何十人かで押し引きすれば、地表でも動いてしまうんだよ)
実際に、この船をあの大きな屋根…格納庫から出し入れする際には、多くの人で押し引きすることもあるそうです。
「水素充填率70%到達。水素発生器給水回路、船内給水に切り替え」
「水素発生器給水回路、切り替えよし」
「外部給水回路遮断。ホース接続栓閉め。ホース外せ」
「ホース接続解除指示、地上に伝達、よし」
「主機プロペラ作動開始。ピッチ角中立、回転数10%rpm、プロペラ主機1番から6番まで回転数、電圧、電流値確認」
ぶるぶるという、何かが回る音がどこからか聞こえて来ました。
「よし、地上に係留索解除指示。係留塔そのまま係留」
「了解、係留索のみ解除」
「係留索撤収信号受信後、客席クルーは離昇案内。係留塔鎖錠開放後、水素発生率最大、気嚢1番から20番まで充填率90%へ」
この、船長役らしき女官の指示、マリアリーゼ陛下が心話で伝えているのを復唱しているようですが。
つまり、教官役なのですね…船長氏の。
「係留索撤収信号来ました。地上クルー退避確認」
「よし、係留塔鎖錠開放連絡。係留塔は鎖錠開放後、前方に退避を指示」
「係留塔、前方に退避開始」
「主機ポッド1番から6番、仰角75度」
「主機ポッド全て仰角75度、よし」
「主機プロペラピッチ角全て前進、回転数上げ。各モーターテレグラフノッチ位置、上昇最大。LZ 810野獣号、離昇する」
「LZ810、野獣号、離昇」
ええ、その瞬間の衝撃は…ないに等しいものでした。
ふわっと言うよりも、すーっと浮かび上がる感じで。
しかも、操舵室とかいうこのお部屋、傾いてはいないのです。
つまり、この飛行船とやら、水平を保ったまま浮き上がって行くのです…。
「主機操作は操舵連動モードへ移行。高度500まで上昇後、左旋回方位270。旋回しつつ高度6,000フィートまで上昇。機体温度、気嚢内部圧力と温度を確認後に巡航速度へ」
(でね、地球の空気の流れに強く影響されるんだけどね、特にこの飛行船のようなしろものだと、アメリカから欧州に向けて戻るなら、ぐんと高い高度まで上がる方が気流の流れを利用して早く戻れるんだよ…だけど、高度を上げると空気の圧力がそれだけ低くなるから、水素を気体状態で詰めている風船…気嚢の圧力を抜いたりして破裂を防ぐんだよ)
どうやら、とんでもなく色々と監視をすべき事柄が多いようですね、この手のものを浮かせて飛ぶという行為…。
(あと、高度を上げるとそれだけ気温が下がるんだよ。あたしや、他の連中の大多数は痴女種または指導偽女種だから本当はこんな服の必要ねぇんだけどさ、客室にいる普通のお客さんとか、あと操縦を習ってる一般の人間男性には生死につながるくらいに寒くなる場所に上がることもあるからね…)




