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こんにちわ、マリア Je vous salue, Marie  作者: すずめのおやど


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ああ無情にもパリは燃えているか -Il ordonna impitoyablement l'incendie de Paris.- 6

ぬぬっ。


アントワネット殿下の、この発言。


これ、実は結構無茶言ってるように受け取れます。


いえ、実際に無茶だと思うのです。


なぜならば、シェフ・中井の極意を伝授するばかりか、料理学校を作ってほしい。


こんな虫のいい話はないように思えるのです。


(いいよ。ただ…そうだね、王妃殿下はさ、ある人物と話をして欲しいんだよね)


いきなり脳内に聞こえる、マリアリーゼ陛下のお声。


(と言っても、難しいことは言わないよ。シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール…タレーラン外交相にさ、おすすめの料理人を尋ねて欲しいだけなんだよね)


ふむ。確かタレーランと言えば、過日のルイ16世陛下襲撃事件の情報を宮廷側に漏洩させた人物。

https://novel18.syosetu.com/n5728gy/290/


革命派の一部は、この男性を裏切り者とまで罵り、命を狙っていたともお聞きしました。


(まぁ、希代の外交タヌキだね、見た目通りの)


(マリアさん…ちょっと待ってくださいよ…それ、ややこしい話になるんじゃ…ファーブルの実用料理百科大事典だの、カレームの19世紀実用フランス料理術に関わってませんか、そのタレーランっておっさん…)


と、外から見ている限りはほぼ、血相を変えずにおられるシェフ・中井ですが内心ではかなり焦っておいで。


なぜなのでしょうか。


(うん、痴女皇国世界じゃ歴史が変わってるし、何より三色旗がフランス王国国旗に採用されてるみたいな、とんでもないことが起きてるんだけどさ…ふふふ、ま、迷わず呼べよ、呼べばわかるさってやつだよ)


この、マリアリーゼ陛下の怪しい助言ですが、アントワネット妃殿下は早速にも実行なさいました。


普通ならば使いをやり、タレーラン氏をルーブル宮殿に訪ねるべきですが、今や我々の腕には聖環が存在します。


そして、タレーラン氏は聖環を装着することで身の潔白を証明せざるを得ない立場に追い込まれてはいたようです。


(かしこまりました…妃殿下の主旨も理解できまする…ただ、わたくしが推薦申し上げたい男は目下、パリでは新進気鋭の菓子職人として名を上げております故、明日の午餐に間に合うようにヴェルサイユを訪ねさせてよろしうございますかな。可能であれば厨房を拝借したく)


(つまり、一品作ってもらえるってことかな)


(は…マリアリーゼ様でございますか…むろん、私めの狙いはまさにその通り。料理人を紹介するならば、実際の腕前を披露させるが筋というもの。明日の朝にはヴェルサイユに向かわせたく存じまする)


(つまり、朝の仕込みが必要ってことか…いいでしょ。望みの食材とかあったらさ、あたしに連絡してよ。可能なら揃えたげるよ。なんならこっちから馬車か車出すから、指定した場所に迎えに行くよ)


(ありがたき配慮、恐縮に存じます…何やらヴェルサイユの料理人はそちらで用立てられた方が指揮を取られておるとか、私が推薦する者といずれは会わせたかった事もございます故、明日昼には私も伺うてよろしうございますかな)


(アントワネットさん、タレーラン氏の紹介だし、こっちに売り込みたい人物のようだから来訪頂いて構わないかな)


(かしこまりました。マリアリーゼ陛下のお心のままに)


で、こちら…ベルサイユ側にだけ聞こえる心話でお伺いしたところ、このタレーラン伯爵が腕前を見込んで支援している料理人が、後にフランス宮廷料理の基礎を作り、フランス料理アカデミーなる学校を創設した人間からは神格化されるほどの活躍を見せるのだそうです。


ですが、この人物。


(うん、ばっきばきの第三身分。連邦世界ではフランス革命に前後して捨て子になってるんだわ。そして安食堂の下働きから、菓子屋の料理人になった)


(マリアさん、もしかしなくても明日来るの、カレームですか)


(だね。間違いないよ)


(ううううう、なんか緊張するなぁ…だってフランス料理アカデミーのバッジの中心の肖像画の人物っすよ…俺が名前知ってるくらいだし…)


(ま、ジョセフ・ファーブルやレニエールやブリア・サヴァランあたりの本、フランス料理を本気でやるなら避けて通れねぇもんね…)


つまり、マリアリーゼ陛下とシェフ・中井は明日、どんな人物が来るのかをある程度周知しておられるようです。


(そうだね…あたしや中井くんだとさ、4大ソースを定義した人って認識なんだけど、普通の人にはさ、結婚式で使うようなでっかいウェディングケーキとか、パリのパティスリーの有名どころに飾ってある装飾菓子を始めた人っていう方が通りがいいかな)


ふうむ。


とりあえず、どんな料理人かは…作ったものを頂いてから何かを申し上げるべきでしょう。


そんな訳で、翌朝、それも早朝。


マリアリーゼ陛下とシェフ・中井が差し回した車に乗ってやってきたのは小柄な、中年手前の男性。


(この時代のマリー・アントニエ・カレームはどこまで功績残してたかな…それでこっちの対応も変わるんだよね)


(ふむ…マリアさん経由で見せてもらった感じじゃ、まだ料理大百科の執筆には至ってませんね。タレーランさんのお抱え外交料理人として一定の評価をもらって実績積み重ねてる最中ってとこかな。英国やロシアやオーストリア帝国を渡り歩くまでには至ってない、か…カレームの功績って晩年に集中してましたね。つまり、今の時点じゃ実力はあっても完全に料理大百科の執筆に至るまでの知識はなかったかも知れませんよ…)


(そこがあの外交タヌキのタヌキってとこだよ。中井くんより腕が上ならそのまま売り込む。下なら中井くんにつけて修行とか考えてるっしょ)


(えええ…俺が近代フランス料理の開祖を弟子にですか…なんか本末転倒っちゅう気も)


(まぁまぁ、その辺がややこしくなるならさ、あたしが引き取って痴女宮の貴賓食堂に入れて仕込むカードも切れるじゃんか)


(その辺はよろしくお願いしますよ…)


どうも、シェフ・中井によれば。


(この人がいなかったら近代フランス料理は今の形になってません。そして日本のスイーツ大好き女子の好物がひとつ、消えているか今の形にすらなってなかった可能性があるんですよ)


それくらいの価値がある方らしいですね。


で、前日の打ち合わせで手順を変更し、まずはシェフ・中井が前菜からスープまでを担当。肉料理をタレーラン氏が引き受けるのと、食後の菓子を持ち込むそうです。


この手順になった理由ですが、…できればその過程で食材を一晩、寝かせておきたい調理法であると。


で、本当はもっと手間暇かけて仕込みたいそうですけど、とりあえずはシェフ・中井やマリアリーゼ陛下も加勢してのご披露となった模様。


そして、翌日の昼間。


タレーラン氏を交えての食卓ですが、ナカイ氏とマリアリーゼ陛下それぞれが押す料理ワゴン、くだんのカレーム氏に率いられて食堂に現れます。


(マリアさん、いいんですか…)


(あたしは運転手になったり二番板になる運命らしいんだ…それに真面目な話、これ、デクパージュと開封のタイミングが全てを決するようなもんじゃん…)


(ですよねぇ…給仕の段階で技能を要求されますから…)


そして、マリアリーゼ陛下考案の秘密兵器がもう一つ、投入されています。


この当時、スペインでもそうでしたけど、食器は銀が基本。


しかし、白磁のごとき陶器の皿で、今回の肉料理は供されるのだそうです。


更に、皿に盛る際の温度低下すら気になる代物ということで、皿を温めるためのワゴンが同行しているありさま。


(なんであたしがワゴンを押す羽目に!)


(うるせぇっ貴賓食堂の給仕教育のためだと思ってやれっ!それに今月はイタリア料理1回増しって貴賓食堂の厨房に言ってるだろうがっ)


ええ、その補助ワゴンとやらを押しているのは、シェフたちやマリアリーゼ陛下と同じ、白い調理服姿のベラ子陛下。


(これ、英国流でもあるんですよ。王帝の類でもやることやらせるのがうちの国でして…)


と、基本は用人にやらせる方向で日常が進むフランスやイスパニア他の貴族社会とは少し違う制度を採用していることを告げておられますね、マリアリーゼ陛下。


でまぁ、百戦錬磨の外交官にして法服貴族の最上位級文官たるタレーラン氏がこれを笑わない理由。


心話です。


痴女種が相手の全てを見透かす上に、口を動かさずに会話を成立させることを知っておられます。


つまり、マリアリーゼ陛下には今までの外交術が全く通用しないことを理解しているのですよ。


で、貴族なら体を動かさないのが当然だろう田舎者めと本当は内心で馬鹿にしたいのですが、そのマリアリーゼ陛下までもが手助けをなさった料理であると聞いては、田舎者めと罵るのもまずい、まずは料理で評価と考えておいでです。


で、温める装置をつけたワゴンが登場している理由。


まずは、シェフ・ナカイの押すワゴンに載った白く丸い風船のような包みですが、縛り口の紐に続いて本体を、シェフ・カレームが慎重にナイフで切り開いて行かれます。


その、第一刀が入った瞬間に、食堂に漂う芳香。


いえ、豪香と言ってよいでしょう。


「な…なんですかなこれは…普通のヴェッシーとは違いすぎる…芳香が東方のものにも感じるが…」


思わず、立ち上がってその料理ワゴンに詰め寄らんばかりに興奮しておられるムッシュ・タレーラン。


「まぁまぁタレーラン、種明かしは後にして、給仕を待とうじゃないか。ただのトリュフソースには思えないしね…」


と、王陛下に諌められる食通おじさん。


このタレーラン氏、マサミさんによれば。


(フランスの魯山人(ろさんじん)とか獅子文六(ししぶんろく)とか、あるいは自分で作らない伊丹十三(いたみじゅうぞう)みたいな人。「この料理を作ったのは誰だぁっ!」って激怒して厨房に殴り込むおじさんに近いものがあるわね)


まぁ、ちょっと何かあると厨房に殴り込むお客も困ったものでしょうから、その辺は流すとしまして。


王陛下が毒味を兼ねて口に運ぶ様子を見たタレーラン氏の元へ、いよいよとその、風船の中身がサーブされます。


手袋をした手で温められた皿を差し出すベラ子陛下。


そこに、シェフ・カレームが切り分けてトリュフじゃなくて…また使ってますよチン◯ポルチーニ…。


とにかく、この料理の正体は若鶏の丸煮。


それも、単純に煮るのではなくいくつものトリュフを身の中に仕込んだ上でコンソメやブイヨン、、または白ワインに漬けるのです。


そして、味が逃げぬように、可能であれば干したヴェッシー…すなわち、豚の膀胱を風船がわりにして鶏と漬け汁を密封して一晩くらいは置いてから、底の深い大鍋の中でじっくりと煮込むのです。


これが、時間がかかっていた理由だそうです。


で、マリアリーゼ陛下が切り分けられたお肉に戻したインポタケの干物をいくつか添えて載せ、付け合わせの野菜をナカイ氏が盛って行き、茶色いソースをかけてタレーラン氏の前に置かれます。


(本当はソース・アルブッフェラやホワイトソース系を使う方が見た目が映えるんですけどね…)


(ま、今回はソースと漬けスープに最大の秘密があるんだから…あとは食通おじさんの口に合うか、だな)


(いやはや、中原龍皇国の流行を用いるとは…)


(でもヴェッシー使った料理はあなたも得意じゃない、あたしたちは手助けしただけだよ)


で、私たちの前にもその料理が置かれます。


もぐ。


なんですかこの濃厚極まりない味。


そして、微妙な辛味。


付け合わせが芋と、野菜やキノコのマリネサラダなのも理解できました。


香辛料と、そのほんの微量ですが唐辛子めいた何かを使うために、普通のフランス料理よりもやや刺激的なのです。


淡白な味わいの付け合わせなのは、鶏の漬け汁やソースの味の濃さを和らげるためなのでしょう。


では、種明かしをどうぞ。


(ふふふふふ、この鶏肉のヴェッシーだけどね…漬け汁に薄めた佛跳牆を使わせてもらってね…)


(原液を使うと味が濃くなりすぎますからね…)


(で、唐辛子っぽい味がするのは、五香粉という中華風七味唐辛子に近いブレンドスパイスをほーんの少し使ってるからなんです)


(これ、まともに作るとさ、本当に佛跳牆の味になっちゃうからね…若鶏の肉の味を残すために試行錯誤したんだよ…三人で…)


(時間を引き伸ばせるとは伺いましたが、まさか試行錯誤のためにお時間をとって頂けるとは…それに陛下、そしてタレーラン閣下…この鶏肉のヴェッシー包み煮、私からすると少々塩気がきつい気もしますが、同時にこの轟然とした芳香は今までにない新鮮さを感じるのです…あと、ソースも一風変わってはおりますが、パンを添えておりますのでご賞味を)


(むう…つまり、合作ということか…しかしカレーム君、この鶏を漬けた漬け汁に秘密があるようだが、君はこれを習得できるのかね…)


(痴女皇国の助けがなければ難しいでしょう。このヴェッシー、痴女皇国が飼育した若豚から採集したものだそうです。更には、漬け汁に中原龍皇国発の高級スープ…十数種類の貴重な食材を漬けて半日以上蒸し煮にした上で採集したものを使っております。この濃厚な味わいと、かつ香りの高さはなかなかに出せないもの。しかし、閣下ならば絶対にこの味の蘊蓄に気付かれるであろうとマリアリーゼ陛下とムッシュ・ナカイが口を揃えて申されましてね)

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