ああ無情にもパリは燃えているか -Il ordonna impitoyablement l'incendie de Paris.- 5
「ううううう」
「あのですねぇ、無理を言うてパリに滞在する時間を作らせてまで息子たちの面倒を見れるのですから…」
正直なところ、息子さんたちの息子の面倒を見るだけでは、と思ったのですが。
ええ、野暮は申しません。
しかし、やることはやって頂くのです。
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と申しますのも、このヴェルサイユ宮殿またはベルサイユ。
なんと最盛期では2,700名を超す用人や侍従が勤めておったそうです。
いくらなんでも多すぎやせんか、と思いましたが、考えて見ればわたしら…スペインでもオリエンテ宮殿には常時1,000名を超す者たちが詰めておったのです。
ただ、スペインの方の事情を申しますと、まず痴女皇国の女官研修そのものを受けるか、それに準拠した在寮生活を経験した者ばかり。
ですので、最低限度、自分のこたぁ自分でやれる人間ばかりなのです。
うちの母親たるイザベル1世にしても、娘の私たちや息子であるエンリケ兄様にフェリペ兄様も、自分のことは自分でできるような教育を受けて来ました。
その上で、人にやらせる事はやらせていたのです。
そして、衣類の管理などは痴女皇国の制度…例の瞬間お着替えの対象となる者ばかりでしたから、衣類の洗濯は必要最小限度で済みます。
そして、清掃も機械化省力化が図られておりますので、この時代の痴女皇国世界でありがちな「痴女皇国の施設と、それ以外の場所の開きがありすぎる」話の例に漏れずですね、調理やら何やらの裏方稼業についてはさほどの人員を必要とはしないのです…。
(それでも何だかんだ言って3〜400名は雇用するか、または当番制で女官を投入してますわよ)
そして、ベルサイユでもこのオリエンテ宮殿や、さらには乳上の人民宮殿だのシェヘラザード様のイェニ・サライ宮殿だのを参考にして、要員の整理と効率化を進めております。
で。
この作業の過程で、フランスに対してもストラスブールが主体となって女体化作戦だの強姦作戦をやった成果が生きたのです。
「継続雇用を望む方は若返りまたは女体化を希望されたし」
この告示だけで、充分でした。
そんな訳で、ベルサイユ宮の用人たちは、ほぼ全てが痴女皇国の女官または偽女種と化したのです。
病気や怪我と無縁の上、若返られるし給与や休暇の保障も手厚いということが条件として示されたせいもありますが。
で、もともとのベルサイユが存在した場所の庭園ですが、これ自体は王立庭園として残されました。
しかし、この超弩級に広い広い敷地を何もしないままというのももったない話。
ここで、作れるものは作ってしまえとばかりに、温室を整備して王宮で消費する野菜類果物類を生産することになったのです。
この処置ですけどね…ええ、まともなトイレはもちろん、そのトイレの後の汚物処理系統がまともではなかった敷地内の土壌処理のためでもあったのです。
青々と茂る芝生だけでなく、キャベツに玉ねぎに芋に林檎や葡萄の畑、更には苺だのトマトだの、寒さに弱いものを栽培するための透明な長屋の中ですくすく育つ果樹類。
これ、実は本当なら今のベルサイユのあるじである私たちのために作られておる建前です。
そして、ルイ16世陛下は私たちにお金を払ってこれらの野菜類を含めた食材を調理して食しておられるのが、建前。
しかし、ブルボン王朝の国王夫妻とお子様については国務顧問職ということにさせて頂きました。
で、イスパニア・ヴァロワ王家がその面倒を見る代わりに、私たちヴァロワ朝の王女3名の私的な顧問として引き続き、ヴェルサイユとトレアノン宮にお住まい願いたい。
ついては年金の代わりにこの、国務顧問職としての給与と、痴女皇国での非・女官職員待遇をお子様方含めてお支払いします。
上記の食材費用や調理経費、さらには宮殿をお使い頂く家賃などは天引きまたは痴女皇国の職員として雇用側が負担させて頂きました結果ですけど、実際にお渡しできる金額、これこれこういう額でどないですか。
贅沢はさせてあげられないかも知れませんが、前王としての格式を保った暮し向きは保証させて頂きまっせ。
これが、財務のテコ入れ役として呼ばれたマルハレータ殿下が、欧州王族のよしみでと国王夫妻に示した条件交渉のあらましです。
ええ。
清潔な服に、冷暖房に水道にお風呂、更には暖かいものは暖かいままの食事。
男性であり、しかも辛抱強い性格の王陛下はまだしも、王妃殿下やお子様方はこれに転びました。
結果、お昼は大トレアノンに一家揃うか、ベルサイユの食堂で私たちを交えての午餐。
朝食は男性は大トレアノン、女性は小トレアノンで。
晩餐については鏡の間か王宮食堂にて、などとなったのです。
で。
肝心の料理。
この時代のフランス、こーすめにゅーと申し上げるべきものに移行中でした。
料理の世界に詳しい方であれば、もしかしてご存知かも知れませんが…我がイスパニアを含めて、ちょっと前の「中世欧州」と連邦世界の方々が申されるこの時代の主流は「わんぷれーとめにゅー」だったのです。
すなわち、1枚の皿に料理がどん、と盛られたものが主菜。
飲み物やパンはつきますが、基本はこれですよ。
あと、煮物が多いのは、給仕までの間に冷めないようにするのもありますが、燃料が貴重であった等などの事情が絡んでおります。
しかし、当時の大国であり他国に比べて自国で色々な農産物が賄えるフランスでは、調理人の手間を減らし効率的に供食するためもあって、くだんのこーすめにゅーとやらが流行の端緒についておったのです。
「僕たちの披露宴でもこれだったね。まず、冷菜を中心とした前菜で時間を稼ぎ、スープや野菜の皿が登場。そして魚に肉の皿と続くんだ」
これは、私たち支部幹部が痴女宮本宮に会議で来た際の食事などでも慣れたもの。
本宮の貴賓食堂で出る食事こそ、まさにこのフランス料理の様式そのものでしたから。
もっとも、調味料の種類はもちろん、調理器具も進化している痴女皇国の食堂です。
そして重要事項。
あそこの貴賓食堂はさほど大きくはありませんが、すぐ隣の別の部屋に調理場が存在します。
すなわち、出来立てが出てくるのです…。
「小トレアノンでは地下の調理場から出てきたものがすぐ頂けましたけど、宮殿の食堂は大変でして…特に冬場は…」
で、このアントワネット妃の申される問題も、痴女皇国のもたらした技術で解決したのです。
すなわち、銀色のワゴンで運ばれてくる食事、ワゴンに載ってる間も保温加熱されておるのです。
そればかりか、この時代の私たちも当初は驚いていたのが、氷。
白ワイン、冷やされて出てくるのですがね。
その冷却に使われてるワインクーラーという容器には、氷を使うのです。
更にはデザートの水菓子はもちろん、氷菓子。
お子様方が喜んだのなんの。
更には、大人の皆様も喜んだのなんの。
で、この料理を提供できる設備や人員の監修をなさった人物が、白く長く高い帽子と、全身真っ白の衣装に身を包んで、自ら王陛下の皿に肉や副菜のキノコ類を載せておられます。
そればかりか、目の前でソースをかけ、ケッパーという植物の蕾や青野菜をあしらい、さぁどうぞとやっておられるのです。
「イタリア産乳飲み子牛のフィレ肉をグリルいたしましたものでございます。芥子ソースとケッパーでお召し上がりください。付け合わせは痴女島から提供された茸の干物を塩茹でして戻したものでして、アミガサタケのように茸の繊維も味わって頂ける程度の戻しにしております」
で、この料理の説明をすらすらと行う料理人氏、なんと白薔薇三銃士のマダ…マドモアゼルと強硬に主張なさる中井ティアラ様のお父上というではありませんか。
(美由紀…見てるか、この俺がルイ16世陛下に料理を出してるんだぞ…海老原さんと田所さんにも送っといてくれ…)
(義文さん…デザート食べ終えられるまで気を抜かないでよ…)
なんと、肉については我々が魚料理を食べている横でグリルして、出来上がったものをその場でサーブするという趣向。
この、ムッシュ・中井義文はもともと連邦世界の悪人の立場に身を落としていたそうですが、マリアリーゼ陛下に料理の腕を見込まれて今や痴女皇国の料理顧問にまで出世された方。
その方が、気取らずサクっと食べて頂けるメニューをということで、午餐の調理を自ら担当なさったのです。
(ティアラにいい格好見せたかったんですよ…)
(わかったから次は口直しのシャーベットでしょ…その後のチーズのお時間のワインの指示はおかーさんが担当としても、板長は父さんなんだからさ…)
で、この料理を召し上がった王陛下の感想は。
「ムッシュ・ナカイ…いや、シェフ・ナカイ…これは、今の私には過分に過ぎる内容に思えるが、とりあえず礼を申させて頂こう。以前のこのヴェルサイユの料理人たちは最大限の努力を尽くしていたとは思うが、今、私は進歩という言葉の意味を噛み締めている。そして、ジャポネのあなたが今やフランス料理の大家として未来の世界でも知られた人物であるという話の正確さについて、失礼ではあるが揺るがぬ評価を出させて頂きたい」
で、陛下の本音。
(ニホンジンのおじさんがここまで凄いフランス料理を出せるなんて、未来はどうなってしまったのか。そしてこの出来、フランスの絶対的な王の地位から降りた今の僕には贅沢すぎるほどに素晴らしい。出来たら僕たちのシェフとしてここで働いてくれれば、きっと王妃や子供たちは喜ぶだろうなぁ)
ええ、愛妻家っちゅう話は本当でした。
で、その愛妻家を夫にしている奥様の意見は。
「あなた…シェフ・ナカイは痴女皇国全般の料理の監修をなさっている立場とお聞きします。いかにベルサイユが世界に誇れる王宮と申しましても、シェフ・ナカイをフランスに囲う希望は、シェフを雇っておられる痴女皇国からするといささかにまずいと思われることでしょう。ここは、シェフの技術をこちらで頂けるよう、料理に関してもアカデミーを設ける必要性を感じるのですが」




