-穴と雪と氷の国-嫁入り皇帝ものがたり・11.6
岬の先端の入り組んだ地形に築かれたという港湾都市、ウラジオストック。
その港のいくつか存在する岸壁の一つのすぐ側に、ウラジオストク駅が設けられたという説明を受けておりましたが、実際に港に着く前から、何やら複雑そうな地形を思わせる中を通って来たシベリア超特急・極東号。
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痴女種能力があるとは言え、3日少々の時間をほぼ、運転しっ放しだった室見局長ですが、大丈夫でしょうか。
(それどころか最近は、隣の悪友兼上司の上皇の策動で複数分体出させられてんですよ…)
(だからあたしが隣にいて白金衣同等能力で助けてんじゃねぇの…りええの分の紅茶も作らされたしよ…)
(やっぱり英国の軍用車とロシアの機関車には運転席に湯沸かし器よね…)
まぁ、お元気なようで何よりですとしか。
それはともかく。
ウラジオストク聖母被昇天教会の司祭や駐在代官など、地元の名士が出迎える中、私たちは夕日が照らすホームに降り立ちます。
ここでは、その地元の名士たちの前に立って、1等から3等車に至るまで、降り立った赴任者や移住者たちに祝福を捧げることに。
…そう、1万キロに近い道程を経て、私たちが乗った列車、極東号はとうとう、ウラジオストックの駅に到着したのです。
さて、ここでは間もなく夜になろうということで、普通ならばこの歓迎の儀式のあとは、旅荘なり教会に入るべき。
しかし、私はもはや、北方皇帝。
その格式に相応しい宿を用意するに当たって、現地では揉めたそうです。
なんせ痴女皇国の拠点としては開発が始まったばかりのこの港町です。
総督公舎だの聖母教会だの、ようよう整備が進んだか始まったばかり。
で、ここで話を聞きつけた室見様、対策を出して下さいました。
我々が乗って来た展望寝台車とやらの後ろに、小さなきかんしゃが連結されました。
で、我々の3日の住まいとなっていたその展望寝台車と供奉車、極東号の車の連なりから外し、少しばかり後ろに持って行かれたのです。
(中国やロシアだのじゃ結構やってた手口なんですよ。政府や党幹部の専用車を繋いで視察するの)
で、現地までこうして運び込んでは、駅なり然るべき場所に据え置いていたそうです。
これなら、長い極東号の本体と言えるべき車列、お掃除や備品補充などの整備をするための場所に送り込めますし、我々のくるまには供奉の者がいますから、食料なりリネンの類を貰えれば、ここでもう1泊も可能。
(ただ、明日夜の臨時極東号に繋いでモスクワに行く際に、この展望車が今の向きだと都合が悪いんですよ。…というわけで、ちょっと向きを変えて来ますから、エカテリーナさん…エカテリーナ陛下はその間に調印式に参列願います)
で、今日の極東号、本来の到着線である陸側の1番線ではなく、港に面した貴賓駅舎側の4番線に入っておるそうです。
そしてこの4番線、普段はあまり使わない…いわば外国からの賓客などが目の前の港に着いた際、すぐに船から列車へと案内できるようにもなっております。
つまり、今、私たちの目の前に、西日を背景として停泊している大きめの帆船…アタカマルの姿も。
という訳で、私たちとマリアリーゼ陛下は、アタカマルの横に用意されたという、調印式場に赴くことに。
そこには、サムライの皆様や慈母寺の尼僧姿か、あるいは赤や白の神職衣装に身を包んだ女性数名が揃っておられます。
そして、その一団の中央に進み出る、割と派手目のサムライ衣装の少年が。
ただ…その腰の剣、他のサムライたちの剣のように緩く湾曲していないのですよ。
真っ直ぐです。
更には、痴女皇国制式装備の数々でお馴染みの、あの恥ずかしい握りに交換されている模様。
「おお甚右衛門、大義だったな」
「うえさ…いやさ徳田様、こちらが…」
「そうそう、この度、おそろしあの新しい帝となられたどどいつのお貴族様出身の姫様じゃ。えかてりな様、これが我が比丘尼国の河原者頭にして偽女種の長たる庄司甚右衛門にて仕る。ほれ甚右衛門、挨拶を致せ」
「ははっ」
ええ、トクダ様の指示で、一瞬にして私の前に跪く少年。
その行動からも、かなりの身のこなしで戦える部類なのでしょう。
で、私はその前にしゃがんで手を取ります。
「ショウジ様とか申されましたね。私が当代の北方帝国皇帝にして、痴女皇国北方帝国支部長のエカテリーナと申します。この度はトクダ様ともども、遠路はるばるのお越し、痛み入ります。さ、面をお上げになって」
え。
女慣れ、しておられないのですか。
いくら私が東方聖母教会総主教服に近い皇帝略装でも、ちょっと反応が過剰すぎるのでは。
(ああ…しすこんが発動したのか…帝様、この甚右衛門、その昔に大層な美人の姉がおりましてな…それはもう、姉弟で仲良くしておったのですよ…)
(うううううう上様ぁあああああ)
(事実だろうがよ…んで、そのおしゃぶという姉、北条家に嫁いだものの、豊臣家の北条攻めにあっさりと屈して小田原が落城した際に、北条と庄司の家の者によって逃がされ出家しよったんです…ただ、その際の心労やら何やらが祟って、身を寄せた寺で早々に亡くなりましてな…)
な、なんと。
(あーなるほど、つまり、エカテリーナさんは甚内くん…甚右衛門さんにとっては包容力のあるお姉さんに見えてしまったんだわ…)
(まぁ都合はいいんじゃない?これでエカテリーナさんに何かあったら、甚右衛門さんが一兵を率いてウラジオに支援に来てくれると思うわよっ)
(ちなみに一夢庵風流記の通りなら、おしゃぶさんは小田原攻めの際にエロ猿太閤に召し上げられるのを嫌った旦那さんが斬り殺してんだよな…だから痴女皇国世界じゃ、それよりはまだマシな死に方はしてるんだけど…)
ま、まぁ…色々あったのは理解しました。
しかし、聞けばこのジンエモン様、指導偽女種でもあるとか。
ちょっとちょっとペヨトル。
…アナスタシアはアナスタシアで、ジンエモン様の美少年ぶりに密かによだれ拭いてましたし、トクダ様、ちょっとジンエモン様の偽女種姿とか拝見できませんかね。
(は、はぁ…甚右衛門、帝様の娘御の所望であるそうだからよ。ちと偽女種になってくれねぇか)
(えええええ…ま、まぁそう言われるんなら…はぁ)
で、なんでジンエモン様が偽女種化をためらったのか。
全員が知りました。
なんでもショウジのお家というのは、元々は中原龍皇国の出であるそうです。
そして傀儡師とかいう、見世物の技術で名を馳せた流浪の一族であり、その実のところはニンジャ…スピオンの技術も持っておったとか。
つまり、中原龍皇人っぽい、比丘尼国人とはかなり違うすらっとした美少年なのです。
そういう御仁が偽女種化すればどうなるか。
更には、どうやらマリアリーゼ陛下の策動で、なんと比丘尼国の被差別階級である穢多出身者の偽女種が着る衣装…お尻剥き出しのギオンヤマガサなる装束の黄色版というお姿になってしまったのですから、さぁ大変。
あのですね、比丘尼国の皆様方。
見慣れてるんじゃないのですか。
鼻血出してた方もいらっしゃいましたよ。
ええ、更には偽女種ですからフンドシとかいう下着の前の膨らみ以外、見た目は女と変わりませんよ。
更には、バイセクシアルでホモなトクダ様の一種の愛人であると事前に聞いてたんですけどね、そりゃ手も出されるわなと。
(それがその、主に拙者が突く側でして)
(じじじじじじじ甚内っバラすなよっ)
(上様。拙者に人前で穢多偽女種の格好を所望するからには上様も多少は恥をかいてもらいませんと僕も面子が立ちませぬ!何でしたらまりや様にお願いして、上様も偽女種11号姿にして頂きましょうか?)
えええええ。
徳田様の偽女種姿ですか。
まぁ、それは後で拝見すると致しましょう。
それに、我が子ペヨトル。
タイツの前が膨らんでます、正直にも。
それとアナスタシア。
主教服で巧みに隠してますけどね、あれを密かに生やさないように。
ええ、うちの子らはもう、ジンエモン様の色気に毒されたようです。
確かに、私から見てもこりゃあジョウダマってやつに見えますよ。
流石は比丘尼国随一の公認売春窟であるヨシワラの女どもを従えておるだけはありますね。
で、一方のジンエモン様。
(うちのペヨトルはどうでしょうか)
(は、はぁ…帝様のお子様にしては少々細身、そして日の本の血も入っておるお子ですわな…うむ、こう申し上げては失礼千万ながらご容赦を願いたいのですが…仮にぺよとる殿、わしの差配が利く陰間茶屋のお子でありましたならば、上様との伽のお相手申しつけるところにございます…)
(ええとですね帝様、誤解ないように申しておきますと、甚内は俺の家来というか臣下の身分な上に、春売りの女や偽女種を仕切る立場なんですよ。ですから、いい女やいい小僧がいても、自分のものにするよりもまず、上客につけることを考えるのが習い性なんですわ。つまりこの場合、俺や息子の家綱のほも相手に差し出せるってことで、甚内にしてみれば最高の褒め言葉なんですよ…)
ああ、わかりますよトクダ様。
つまり、ジンエモン様はジンエモン様で、うちのペヨトルやアナスタシアの股間の盛り上がりとか、その根元の顔や身体を良い意味で値踏みしておったのです。
うむ。
(ジンエモン様、もし御身がよろしければ、ぜひ一度モスクワの都にお越しくださいませ)
(は、はぁ…身に余る光栄に存じまする…)
私、そんなに色気ありますかね。
確かにない訳ではないのですが。
いや、体型で言えばベラ子陛下とかシェヘラザード様の方が凄い気もしますけど。
(確かに肩幅ちょっとある気味のドイツ系だよな、エカテリーナさん)
(しかし、その肩幅とお尻が安心感を生んでいる模様ですね。頼れる奥様やお姉様風味なのです)
と、マリアリーゼ陛下と室見様からも講評を頂く事に。
ええ、そんな状況でしたから、調印も進む進む。
更には、サムライの方々や尼僧に神職の皆様からも。
(これは、互いによろしき兆候…)
(うむ、若殿様も姫君様も苦しうないご様子)
(やはり甚右衛門を調印役としたのは正しき差配…)
(おまつ様の見事なお手前でございますな…)
(いえね、えかてりな様はもちろん、田中様やべらこ様まりや様からお聞きしてましたし、甚右衛門は甚右衛門で助平ですからね。ふほほほほほ)
(ですからおまつ様…そういう色仕掛けでよそ様の籠絡をですなっ)
(上様。助平外交はまりや様もお勧めでしたよ…おそろしあ相手では玄蘇行かすより甚右衛門と上様が行くほうが絶対にいいって…)
(だってお互いにさ、色気づく年頃のメンツ揃ってたじゃんか…)
ま、まぁともかくですね。
こほん。
そしてお話は、一気に翌朝に飛びます。
ええ、うちのペヨトルとアナスタシアと、そしてジンエモン様。
ダンケ号を回してもらい、聖母教会に行ってもらいました。
理由は、親睦を深めるため。
どんな親睦かは、今更申しませんけどね。
ただ、アタカマルの船内もどうよとなったので、こっちの教会でアナスタシアとソフィアが赴任するインテルセシオン大聖堂…ボクロフスキ教会という東方聖母教会に部屋を用意して歓待となりました。
で、私とトクダ様、そしてトクダ様の腹心の部下であるノブツナ様はこちらの貴賓客車に改めてお越しに。
「では…光太夫。明朝明け六つのあたり…時計で六の時に迎えに参る。そちも最早、この北方の地にあっては故郷を思うも離れがたしではあろうが、差し当たって伊勢の国に残した親や嫁子供もそちの身を案じておろう」
「まぁ、一旦は帰郷しておけってこったよ…ご先祖さんの墓参りもあるだろ?」
「は、はぁ…」
もじもじしておる光太夫ですが、とりあえずは明日、アタカマルから迎えが来る模様。
そして、明朝七時、日が昇ると共に港を離れるアタカマルによって、アオモリという港まで約10時間。
そして、そこからは比丘尼国側の鉄の道をゆく急行ハツカリ号で翌朝には比丘尼国の軍政都市であるエドに到着するそうです。
「では帝様、我らは明朝6時あたりを頃合いとしてお伺い申しまする。それまでは、ごゆるりと…」
ええ、トクダ様とノブツナ様、一旦はアタカマルに戻られる模様。
つまり…今、貴賓寝台車には繋がっている供奉車に控える女官数名以外の人物はいない状態なのです。
そして、女官たちも聖母教会の用意した偽女種少年の相伴に預かる差配を出しました。
そうです…今晩一晩、私とコウダユウは二人きり、なのです。
ですが、詳細は申せません…申せないのですが、私が泣いたことだけはお伝えしておきましょう。
これは、皇帝の威厳に賭けても言えぬ、言えぬ話なのです…。
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そして翌朝。
コンスタンチノープルと似た地形であることから名付けられたБухта Золотой Рог…すなわち、ずばり金角湾とされた場所の入り口の岸壁から、静かに離れるアタカマルを見送る私とアナスタシア、ペヨトル。
その横にはこのウラジオストクに住まうこととなったシンゾウとソフィアの夫婦もおります。
皆が手を振る中、少しばかり沖に出たアタカマルは痴女皇国の洋帆船同様に甲高い音を上げ始めますと、その尻から水流を噴き出します。
金角湾の出口の水路が狭い故に、ここでは速度を上げないようですが、それでも次第に小さくなる船。
(ジンエモン様、是非にまたのお越しを…)
(いえいえ、私の方こそ、江戸へお越しの節は…上様も家綱様も快く迎えたいとの仰せにございます…)
ええ、子供たちはジンエモン様と仲を深めた様子。
ですが、深めてもこれ以上は深めようがないのが、今の私とコウダユウの間柄です。
しかし、女官長を経験なさった貫禄でしょうか。
見送りの側におられる室見様は、こうも申されます。
「私も日本人ですからある程度は、この時代の比丘尼国人の感情や風習を理解はできますよ。日本では自分の家系の先祖を祀る風習もありますので、その地から離れることを嫌う傾向があるんです。ですから移住とかいうのは、よほど諸々の条件が整ったり、本人の覚悟がないと難しいことだと思って欲しいんです」
ああ、それはイルクーツクのデンベエも、そしてシンゾウも申しておりましたね…。
「ですから、光太夫さんは故郷の白子を離れる話をご両親に、しに行ったと思って欲しいんですよ」
「それとさ、もし光太夫さんが妻子を連れてモスクワに移住したいって希望を出したのならさ、エカテリーナさんも快く承諾して欲しいんだわ。伝兵衛さんもそうだけど、やっぱ故郷に奥さん子供残して行くのってさ、日本人だと後ろめたくなっちゃうんだよね…」




