-穴と雪と氷の国-嫁入り皇帝ものがたり・4
ヴォイキッツァ総主教の発言に、驚く私。
というか、そう来ますかという感想しか…。
しかし、しかしですよ。
そう、上手く行くものなのか。
こちらの指導や指示、ちゃんと聞いてくれるのか。
ジーナ様には悪いと思いますけどね、ぶっちゃけ私、北方帝国領内の人々については、あんまり良い印象がないのです。
理由は、北方帝国攻略戦当時の、兵士の方々の振る舞いです。
有り体に申しますと、かつて北方帝国を征服しにきた鬼汗国を参考にしたのかとも思える…いえ、それ以上の鬼畜蛮族戦法が目についたのです。
穀物倉庫や飼料庫に毒や爆薬を仕込むとか、井戸に毒を入れるくらいは当たり前にやって来られましたから。
しかし、普通の軍隊には通用しても、私たち痴女種には全く足止め効果を発揮しませんよ、それやっても。
むしろ逆に、仕込む手間の分、退却時間が稼げずに私たちに捕縛された兵士も多数だったのです。
という訳でクレーニャさん…メーテヒルデさんに、密かにお聞きしてみます。
(正直、北方人に受け入れてもらえるもんでしょうか)
(雅美さんいわく、このゾフィーさんが正に受け入れられた例だと…連邦世界だと、ドイツからロシアに嫁入りしたものの、旦那さんのピョートル3世に裏切られかけて軍や正教会の支持を得てクーデターを起こして皇帝に即位したエカチェリーナ2世その人らしいのですよ)
どぇええええ。
マジすか。
なるほど…それで中独支部が推挙した形を取ったと…。
(今回、北方側は痴女皇国の行政指導を受け入れざるを得ないでしょう。そして現状、向こう側に女帝の器量を備えた人物が不在に等しいのも今回の紹介に繋がっておるのです…)
これは、円卓の向こうにおられるシェヘラザード様からの心話です。
(で、承諾させるエサがあたしっちゅう訳よ、ジニア…)
何でまた、理恵母様が。
ええ。
理由をお聞きした時に、あま甘デーツと鯖挟珈琲を頂いてるところだったのは失敗でした。
あわや、噴き出しかけたのです。
(シベリア鉄道建設が北方帝国に対するエサなのよね…)
理恵かーさまいわく、アンドレ・シトロエンという中仏支部…つまりストラスブールゆかりの人物が、シベリアから中原龍皇国奥地の砂漠地帯を探検中であると。
この探検、実はシベリア開発のための情報収集目的を理由にしているというのが非常に大きいそうでして、なんといけにえ村作戦当時に北欧神話神種族やいけにえの風習に絡んだ情報収集を担当したり、あげく実際の作戦に従事して頂いたご縁があるスヴェン・ヘディンという自由恋愛王国出身の学者先生が隊長となっており、シトロエン氏は自社開発の軍用装甲車を提供した立場だそうです。
https://ncode.syosetu.com/n6615gx/56/
更にはヘディン氏の探検のお師匠様であるというノルデンショルドという北欧の大学教授の方、海路で北極海を比丘尼国に向けて進んでおられるそうです。
(でさぁ、正直言っちゃうけど、北方は北方で以前からシベリア探検をやってはいたみたいなのよね)
で、この理恵母様のお話がまた、人によっては噴き出しかける内容ではないかと。
(これ雅美さんが「歴史が違う案件またしても発生…とか言って乳上や歴史差異研究室の人たちと頭抱えててたみたいなんだけど、アレクセイ・クロパトキンという北方帝国の将軍様がいてね、カシュガル地方…キルギスやタジキスタンにかなり近い中原龍皇国領土内を探検した話を本にしてるのよ。それが自由恋愛王国の国立図書館にも収蔵されててね)
で、この北欧の探検家の方々にお金を出資した中に、北方帝国の識者もおられて、このクロパトキンなる将軍様と今回の調査に関わっている探検家の方々との交流を取り持ったこともあると。
言うなればこの探検、シベリアの大地に眠る資源の調査を期待している北方帝国の密かな後押しもあるそうです。
つまり、北方帝国自体は野蛮な力任せの侵略が大好きの国というわけでもなく、それなりに知識階級が存在している模様。
そして自国の領土として東進を続けているシベリア方面の開拓開発のために、鉄道を欲している貴族や商人に軍人などなど、利権の匂いに聡い方々が現在の女帝エリザヴェータ様を焚きつけてはいるようなのです。
なぁるほど、それで理恵かーさま、サンクトペテルブルグというか北方帝国方面に行くのを嫌がってると。
(寒いのは苦手なんだけど、それ以前にさ、ジニアの攻略当時の体験がね、体験談がね…)
ええ。
春先の雪解けで泥濘地になるのです、北方帝国の南側、特に穀倉地帯。
皆様にわかりやすく申しますと、ロシア南部からウクライナにかけて。
ウクライナ・ロシア戦争でも判明したことですが、無限軌道という荒地向けの仕掛けで走る戦車や装甲車ですら時に立ち往生するほどの泥沼に変わるのです。
女官種互換状態で周囲に放熱すれば泥は確かに乾きますが、ダリアかーさまやアルトさん辺りが戦闘状態かつ本気でそれをやると、数十万度から一億度…つまり原子爆弾や核融合爆弾を爆発させたくらいの熱輻射を辺りに撒き散らしてしまい、燃えなくてもよいものまで燃えるとか地面が乾くどころかガラス化しかねないとの懸念も出たのです。
いえ、実際に地球以外の惑星でそれを実験したところ「洒落にならん結果になった」のがデータとしてはっきり残されてしまったそうなのですよ…。
(いや、既にエマちゃん…エマニエル部長も泣いてたのよ…シベリア鉄道を敷くってなったら、エマちゃんでもしんどいって…)
なんでまた。
(連邦世界のシベリア鉄道まんまで敷くと、電気機関車よりもはるかに勾配に弱い蒸気機関車の時代の線路の敷き方になるからカーブが多くなるのよ。で、あたしたちの基準だともっと直線を増やしてスピードアップできるでしょうとなるのよね、単純に)
つまり、シベリア鉄道そのものを再現するだけではなくて、理恵かーさまにとって理想の線路を敷くように計画する必要があるみたいですけど…まぁ、1万キロの線路全てを見直して云々の作業量が発生することだけは理解できました、私にも。
で、現状の北方帝国、痴女皇国の支配を受け入れた代償に、鉄道が存在します。
(とりあえずこのコンスタンチノープルからキエフとか経由してモスクワとサンクトペテルブルグまで鉄道、敷くには敷いたのよね。北方帝国は北方帝国で外貨を稼ぎたい要望があったし、痴女皇国も美男公のお店やエドワード商会の扱い品の輸出入のルートをつけたかったからさ…)
そう、このコンスタンチノープルから、乳上の管理する(この当時は)東欧行政支局の領土を経由して、北方帝国方面に向かっても伸びております、鉄道。
そして鉄道の力で、既に北方帝国支部の稼ぎとなるような物資や人の移動が始まっているのです。
(一部は黒海沿岸を経由して、オデッサなどから船積みしたり荷下ろししてもらってるわよ)
お分かりでしょうか、乳上とシェヘラザード様が仲良しな理由。
このお二方の管轄、その立地条件から「仲良くせざるを得ない」のです、いろんな意味で。
そしてこの場に同席しておられるメーテヒルデさんも、かつては人手不足の際にこのコンスタンチノープルや連邦世界でいうブルガリア・ルーマニア・ハンガリーといった東欧方面を担当されていたお立場。
いわば、この場におる痴女皇国関係者、割とコンスタンチノープルから東ヨーロッパにかけての一帯に縁があるお方ばかりなのです。
で、それもあってこれらの一帯、東方聖母教会の管理管轄地域として定められています。
それとですねぇ。
ゾフィー様をこの、コンスタンチノープルにお呼びした理由。
「有り体に申し上げますと、エリザヴェータ陛下よりも東方聖母教会の幹部尼僧に相応しい人物として教育を施したい」
これに尽きるそうです。
つまり、今後の北方帝国の政府中枢にあえて外国人の女性、それも東方聖母教会のしかるべき尼僧資格を持った方を送り込むことで、北方帝国特有の閉鎖性を改めさせたい思いもあると。
(しかし、ゾフィーさんもよく承知されましたね、北方帝国行き…)
(ご実家の復興がかかってるんですよ…実のところ、バーデン・バーデン作戦の際にヴァレンシュタインから徴兵税をたっぷり召し上げられたとか、ヴァレンシュタイン失脚後の神聖ローマ帝国軍の建て直しに私財を使うことを余儀なくされたとか…)
つまり、財政難に見舞われているご実家に対する聖母記念銀行の融資をネタにして承知させたようです…メーテヒルデさんの暴露によれば…。
なんという不幸なお話でしょうか。
(しかしですねぇ、ゾフィー…あなたが北方皇帝に選出された場合の利権ですとか諸々手に入るものを考えれば、これは承知すべき話ではなかろうかと思うのですけど)
(そうですねぇ…メーテヒルデ様はご存知ですけど、うちの家、早期に夭逝した弟や妹の件もあって、後継が私か弟のフリードリヒしか残ってなかったのもあったのですよね)
(神聖ローマ帝国内の聖母教会建設を早めるきっかけにもなったのよねぇ…)
なるほど。
この時代、貴族と言わず平民と言わず、結構多産系なのでした。
その理由は、医学が発達していなかったから。
つまり子供を産んでも、成人可能なのは大体半分くらいだったようなのです。
ですが、聖院と…それを引き継いだ痴女皇国の拠点のある地域では、話は全く変わってしまいます。
一言で言えば、孕んだら生まれます。
そればかりか、健康な状態で育ちます。
(ただ、代償は支払ってもらうことになるんですけどね…)
(北方の地でも農奴は使い捨てに近いと聞いておりますが…)
(貴重な資源である人を活用するためにも、人道的な見地で人の面倒を見てあげるためにも東方聖母教会の建設と普及が急務。いわば、聖母教会は国家に変わって荘園と農村の運営や経営を代行する立場なのですから…)
その代わりに、その国を実質的に支配してしまいますけど…。
ですが、国家の治安は向上します。
まかり間違っても街道に山賊とか出てきません。
海路でも、海賊はあらかた一掃されてしまいましたし…。
それに、農村や都市では些細な犯罪すら起きなくなるのです。
いえ、起こせなくなると言った方がよいでしょう。
犯罪を企てた瞬間に、尼僧女官に伝わるからです。
そして拾った財布の中身をガメる程度でも、どこの誰がどうやったか、調べ上げられ犯人を追求されます。
で、罪人扱いとなって、下手すれば痴女島またはグァンタナモかアトス送り。
(粗衣者、本当にいなくなるのですよね…町から)
そう、この辺りに目が行く人なのですね、ゾフィー様。
結果的に犯罪を犯せなくなるか、犯したら犯したで速やかに処分されるのです。
そして、痴女皇国が関与した国では、居所不定者や不明者がいなくなってしまうのです。
極端な話、サーカスですらも今や免状が必要。
(というかあれ、ジプシーを痴女種化して痴女皇国の利権にしとるがな…ジニアは知ってるでしょ、警務局と内務の管轄なの…)
ええ、サーカス団、今や見かけはともかく実態は痴女皇国のスパイ部隊兼・スカウト部隊なのです。
もっとも昨今ではあまり偵察で動くことはなく、聖母教会のある町や村の巡察を兼ねた、本当の意味での娯楽提供団体でもありますし、聖隷騎士団と連携して子供たちへの福利厚生で回ることも多いんですけどね。
そして、同様の措置は占い師や呪術師にも及んでいます。
この辺の人々も、紫薔薇騎士団員が偽装していることが圧倒的なのです、欧州では。
中には、堕天使の方が憑依されてそれっぽく見せていることも…。
(賭博や富くじの利権も手中になさっておられますからねぇ…私の所領でも、収入改善と称してそうした施策を実行して頂きまして、父が大喜びしておりました…むろん、農地の収穫は確実かつ増大となったのは申し上げるまでもありません…麦の病に悩まされることもなく、更には淫化発祥というあのカートッフェルのおかげで民は飢餓とは無縁となったのですから…)
そう、ゾフィー様の北方帝国行き、ご実家は二つ返事での送り出しだったそうなのですよ…。
(ふふふふふ、ですからゾフィーさんの今後については心配無用っちゅうやつなのですわ…しくじってもろたら困るんは私らも同じですからな…うちが同席しとる時点で、手厚い支援をさせて頂けると思うてくださいな…)
(そーそー、ダリアがここに来てる時点でね、北方帝国への更なる介入については本国もそれなりに重視してると思って欲しいわけなのよ…)
と、私の父母が揃って申します。
「確かに室見女官長資格と、ダリア総括の同席だけでも手形への裏書きとしては充分でしょうが、中東行政支局も決して無関係ではないのです…ウクライナ黒土帯から得られる麦、今や人のみならず家畜の餌としても重要物資。連邦世界のイスラム地域と違い、この鯖挟国や他でも豚を畜肉として非常に重視しておりますしね…」
(それに例のチョウザメの卵の塩漬け、特産品として高値で売れますからね…あれの養殖と、サメが生きたままで卵を取り出す技術のおかげでそれなりに量産が効きますし…)
(麦やお豆、人間のみならず家畜の餌としても有益とは…)
ええ、シェヘラザード支局長や乳上のお話にもあります通り、北方南部を抑えるだけでも、色々と得られるもんはあるのですよ、中東や東欧。
「確かに聖母教会の提供するお食事、肉類が絶対に入っておりますわね…聖隷騎士団の活動に参加させていただいた時も、平民にかくも豪勢な食事を与えるとはと絶句したことがございます…」
「蛋白質を与えませんとね、ほほほ…」
ふむ。ゾフィー様が聖隷騎士団の団員になっていたのは吉報でしょう。あれに参加するということは、必然的に慈善活動を通じて聖母教会への理解を必要としますし。
ですが、理恵かーさまの失言は皆がスルーしました。
ええ、うちの母親の下半身の無節操…いえいえ、方々の方々との仲良しっぷり、嫌でも知る立場なのです。
私、それなりに階級的には上の立場ですので、女官や尼僧の噂話とか、聞きたくなくとも思考共有で入って来てしまう立場なのですから…。
https://x.com/725578cc/status/1785723775344054470
それとですねぇ、↑で私たちの業務報償金のお話、理恵かーさまがバラしてますけどねっ。
シェリーちゃんに報償金が安いのどうにかなりませんかとか言われる程度には、もらっとるのです、私…。
もっともコンスタンチノープルにいる時はあまり使い道、ありませんけどね…行政支局からの接待や交際経費、それなりに使用を認められている立場ですし…。
あ、特別対内工作費、シェリーの方がもらってますからね。
私は聖母教会騎士の統括ですけど、更に上がいますから、そういう奢りや施しのための経費はその方のお名前で出ることが多いのですっ。
(うそです。ジニアさんのほーが部下は多いはずなのに)
はいはい。
でまぁ、ゾフィー様の現状。
罰姦聖母教会・助祭資格者だそうで。
東方聖母教会では輔祭という役柄になりまして、教会を仕切る司祭の直接補助者の資格があるということです。
つまり、東方聖母教会への転換教育と司祭教育の実施が同時となるはず…。
(司祭教程、祖国にいる間に一応は済ませてるわよ…あとは東方教会への転換教育と昇格試験だけ…)
と、メーテヒルデさんから「こういう事もあろうかと」的な内緒話が。
つまり、ゾフィー様がコンスタンチノープルにおられる間に、かなりの詰め込み教育が行われるということ。
(ジニア、その間やけどうちについて理恵さんの護衛な。シベリア方面の視察に行く予定がな、入れられてるんよ…)
げ。
ダリアかーさま、めっちゃ嫌そうな顔ですけど。
もちろん、春先のシベリアとか、遠慮したいこともこの上なく。
(しかし、現場を見に行かんとどうもならんでしょ…)
ううううう。
という訳で、ゾフィー様の教会実習ですが、その過程でですね、シベリア方面に既に存在する東方聖母教会でも行うそうなのです…。
(ほら、昔、あの辺にも紫薔薇の偵察員、何名か地域生活に潜り込ませる形で派遣したの知ってるやろ…あの人らが司祭になって教会開かせてるやん…ブリヤートとかチェチェンとか…)




