-穴と雪と氷の国-嫁入り皇帝ものがたり・2
北方帝国皇帝にして、現・北方帝国支部長のエリザヴェータ1世陛下の問題発言に「おいおい」と頭を抱える同室者、全員。
よりによって支部長を男性または偽女種とか、頭は大丈夫かと考える者まで出る始末。
(あのですね陛下、痴女種でなくば支部長、無理ですわ…)
(それは分かるのですが、せめて罰姦のように首長を男、補佐役を痴女にするわけには参らぬのでしょうか…)
と、あくまでも後継者を男にと食い下がるエリザヴェータ陛下。
その理由…実のところははっきりとしておるのです。
実の息子さんではありませんが、養子同然の男児が身内にいらっしゃるからです。
それも、2人も。
で、エリザヴェータ陛下、建前上は独身です。
しかし実際には、愛人というか内縁の亭主というべきお方がいらっしゃいます。
それが痴女皇国世界では、なんと美男公。
で、二人の間の実際のお子様というのは既におられます。
実はそのお子様というのが、マリア・ヴォイキッツァ総主教。
つまり、女性です。
更には、既に北方帝国と関係ない場所で偉くなってしまっておるのです。
そして、ヴォイキッツァ総主教が偉くなるのはまだしも、サンクトペテルブルグに来て偉くなって欲しいのです。
(せめてモスクワで…)
(おかーさま。それが困難だから私も、他の皆様も頭を抱えとるのです…)
(マリア。そんな子に育てたつもりは…)
(そう思うのだったらピョートルとパーヴェルばっかり溺愛してたご自身を反省してくださいっ)
お分かりでしょうか。
後でお話ししますけど、内規がありまして、これを変えない限りは東方聖母教会の拠点をコンスタンチノープル以外に移すのは不可能なのです。
それ以前にまず、ヴォイキッツァ総主教ご自身が「北方帝国に行くなんざまっぴらごめん。ましてや一番の拠点である全地総主教庁を北方帝国領内に移させようとするのが目に見えてますからっ」とけんもほろろな態度を崩す気配が全くありません。
で、本当なら「それなりの血統と地位もある上に出来が良い」シェリーちゃんが全地総主教でも構わないのではと思ったのですが、そこで邪魔するのがシェリーちゃんの親御さんの出自なのです。
シェヘラザード様…よりによって聖院時代にアルトリーネという出家名でご活躍された銀衣騎士。
つまり、聖院時代生え抜きの大幹部も大幹部です。
で、シェリーちゃんの母親役。
他ならぬアルトさんです。
で、アルトさんも聖院時代には、クレーゼ通商局長様が金衣を勤められた際の銀衣騎士でした。
つまり、シェリーちゃんのご両親役、揃いも揃って聖院の銀衣血統者なのです。
これがおそろしあ支部ならまだしも、北方帝国は北方帝国で皇帝の一族血統が存在するからには、そっちの血統を優先すべしとなるそうです…。
(特定国家に銀衣や金衣の血統の者、うかつに肩入れさせられないって聖院規範に引っかかるらしいのですよね…)
お分かりでしょうか。
スペイン王国が噛んでる南欧支部とか、あるいは北方帝国支部のような地元の王家が絡む支部の長にシェリーちゃんを就任させるわけにはいかないのです。
これがまだ、中東支部ならば多少は何とかなるそうですが…。
「ヴォイキッツァをサンクトペテルブルグに行かせる事も考えたのですが…」
で、これがダメな理由。
先程も申しました、東方聖母教会の内規や、ひいては聖典記載事項に引っかかるのです。
東方聖母教会、実は初代様や他の痴女皇国関係者が知恵を絞ってでっち上げた「なんちゃって宗教」なのです。
そしてその正体は、痴女皇国が各国を間接あるいは直接統治するための偽装宗教団体です。
とは言え、田中雅美・内務局長や田野瀬麻里子財務部長など、当時の痴女皇国の錚々たるお歴々が宗教としての内容を考えに考えただけあって、その組織や教義についてはかなり真面目に定められております。
で、コンスタンチノープルに神品教衆の根幹たる総主教座を置く理由。
東方聖母教会の設立にあたって、当時の鯖挟皇帝の後押しが必要だったからです。
そして、お告げの粘土板だか石板、このイェニ・サライの地下にある貯水池を兼ねた地下宮殿の湖から発見されたことになっておりまして、聖母教会の本拠地たる聖座はここに置けという文言が刻まれております。
おまけに、とどめを刺すが如くに東方聖典…聖書に該当する書物にも、コンスタンチノープルを聖母教会の本拠にしろと堂々、神のお告げを告げにきた東方三賢者の預言として書かれております。
つまり、東方聖母教会の側としては、サンクトペテルブルグの教会に幹部を送り込む以上の手助けや配慮はできないのです。
「ジニアさんが総主教になれば…」
「私もそれがよろしいのではとも…」
おい。
あかんねん、それ。
私の出自を忘れたのですか、シェリーちゃんにヴォイキッツァさん。
私の母親のダリアかーさまはギリシャの神話神種族の隔世遺伝の兆候が出ております。
それ故に、わっざわざエチオピアまで行って理恵かーさまと二人して私を仕込んだ立場なのですがね…。
「エチオピアって正教会の縄張りだから痴女皇国世界でも東方聖母教会管轄ですよ…」
ダメだって言ってるでしょうが。
私は白薔薇三銃士の一員なのです。
そして聖隷騎士団員です。
これ…罰姦の管轄やねん、シェリーちゃん…。
ここコンスタンチノープルに来てるのはあくまでも支援であってですね、私がイェニチェリ含めて鯖挟国の軍隊の最高指揮官をなぜかやらされている件でも「暫定」の文字が踊ってるでしょうが。
つまり、正規の人材が育ったらその人に騎士団長の位を譲る必要があんのよっ。
で、聖母教会側ではどないもならんという話に持って行こうとした時。
(あのさぁ、引退した女王やら何やらが法皇とかになった例、あるわよ)
これは田中雅美・内務局長様ですね。
(美男公から話は伺いました。まぁ、日本の例だけど、院政を敷くためとは言え、出家してお坊さんや尼さんになった例はあるのよ…つまりですねエリザヴェータ陛下。ご自身が皇帝を退位すれば、陛下のIFFステータスを変更して主教または総主教に任じる許可、厚労局に諮らせて頂きますけど…ただ、ヴォイキッツァ総主教の全地総主教選出について異論を唱えないという条件は出させて頂きますわ)
(タ、タナカ局長…それはわたくしに、宗教の長か皇帝の位かどちらかを選べと…)
(そういう事になりますわね。それと、先程も申しましたが、ヴォイキッツァ総主教の下について頂く事になります。現時点で東方聖母教会聖典編纂委員長・罰姦聖母教会聖典編纂委員長を兼務するこの田中雅美の目が黒いうちは、バチカンまたはコンスタンチノープルに常駐できない人物を教皇ないし全地総主教に任じる件に合意はできかねます)
ものすごくはっきりと申される雅美さん。
そして、この人は本当にはっきり言える権力、持ってるんですよねぇ…。
(ですので、今、ここで選択の自由を示させて頂いている内が華であるとお考え下さい…次にこの問題が私の耳に聞こえた場合、私は陛下に、内務局長としての辞令を発効するお話をさせて頂かざるを得ません…)
つまり、次に内務局長に揉めてる話が聞こえたら、エリザヴェータ陛下に対する人事異動を内務局が発令するぞ、という脅しなのですよ、これ…。
そして、それが嫌なら東方聖母教会の中で解決した話にしてくれ、という要請…いえ、実のところ命令に等しい発言です。
で、指向性心話で聞かされた内幕。
(ふふふふふ、持つべきは有能な友人…)
(いやー、乳上からエリザヴェータ陛下がわがまま言ってるって聞いたからさー…それにシェヘラザードさんにも頭抱えさせてるって話を聞いちゃ介入せざるを得なかったわよ…)
(まぁ、エリザヴェータ陛下にしてみてもすぐに決めかねる話でしょう。どのみちサンクトペテルブルグ、そしてモスクワに対する聖母教会拠点設置は急務といえば急務。どうでしょう雅美さん、ここは陛下に猶予の時をお与えになっては)
(シェヘラザードさんの案、採用させて頂きましょう。では…エリザヴェータ陛下、このまま在位を希望される場合は東方聖母教会より主教または総主教を選出してそちらに送り込む事に合意頂きます。で…陛下が退位と出家のご意向をお見せになるのならば、代位の北方皇帝を選出する件について、有能な候補に関するご提案、申し上げます)
ええ、雅美さん…田中局長も、マリアリーゼ陛下同様に話が恐ろしく早い人です。
我々が今まで悩んでいたのは何だったのか。
あっという間に話が進んでしまいました。
(陛下、この件につきまして、お返事をいつまでも引き延ばしておる訳にも行かないでしょう。既に東方聖母教会自体は北方帝国各地に建設され、貴国の納税制度はもちろん、統治組織としても機能させ始めておりますので…)
で、密かな雅美さん、そしてシェヘラザード様と乳上からの心話。
(これが薮をつついて蛇を出すって見本よ…エリザヴェータ陛下は単に気まぐれやわがままや嫉妬で政治を動かそうとしたのはまだしも、無理難題を突きつけようとしてきたからね…)
(罰姦と東方でなぜ最高位者の性別を変えておるか…必要とあれば両者の間の子を産ませるためと何故気付かぬのでしょうか…)
(少なくとも相互に兼務者を作ったり人を融通しているのは、エリザヴェータ陛下も知っておられるはずなんですけどね…北方帝国管内の東方教会には罰姦からの応援者、それなりの数を送り込ん頂いているのだし…)
そうそう、私がアルテローゼ様を乳上とお呼びしている理由。
(ジニアには許してます)
だ、そうです。
これは、親の七光りと思われたくはないのですが、周囲の思考が読めるだけに…わかってしまうのですよ。
ええ、うちの親、両方とも痴女皇国の要職者で幹部も幹部でしょ…。
ですが、その七光りに頼ってばかりでは私も成長せんだろうということで、アルテローゼ様の下で修行をそれなりにした結果。
ええ、北方帝国攻略戦の際にも、散々文句を言いつつも、時にはダリアかーさま他、本宮からの支援メンバーの皆様と一緒に泥だらけになってたのも、この辛抱のためだったのです。
で、その結果。
(うちはいいからシェヘラザード様のところを中心に手伝ってあげて…)と言われるまでになったのです…私が今、コンスタンチノープルにいる理由。
(これこれ乳上、これはジニアが私の眼鏡に叶う人材に育ったということ…)
(出来たら本宮に返さずにこのまま中東支局へ)
(ちょっと待って下さいそれは流石にぃっ)
んで。
この件が発生した少し後に時を進めてみますね。
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東方聖母教会の八端十字騎士団制服に身を包んでおります、私、高木ジニアリーネ。
正直この制服、エロ服とかそういう以前に堅苦しいので嫌なのですけど。
で、豪華そうなテーブルに置かれた、これまた豪勢そうな金属製の鯖挟珈琲のセットの向こうに見える青い作業服姿のお方に、私は質問します。
「理恵かーさま。なんでコンスタンチノープルに」
「いや、本当はジニアに会いに来たのが目的じゃないんだけど…でジニア、その…北方帝国の件はどうなったのよ…」
「えええええ。理恵かーさまの方に回覧か何か来てないんですか?」
「いや、あたしは建設とか建築とか輸送とかだし…聖母教会には直接関わってないからね…そうそう、多分ジニアが関わってる話だと思うけど、ダリアも来てるから」
え。
で、ここで私と理恵かーさまがおる場所。
シルケジ駅の構内にある、貴賓待合室です。
アヤ・ソフィア大聖堂やイェニ・サライ宮殿の北側に作られるはずの駅ですが、痴女皇国世界では宮殿南側に作られました…。
(連邦世界のシルケジ駅の建築は踏襲したけど、もうちょっと宮殿に寄せたかったのよね。地上ホームははっきり言えばオリエント急行の発着時以外は宮廷ホームとして閉鎖するようにしてもらったし…)
つまり、皇帝陛下が列車を利用しやすいように、という配慮だそうです。
そして、ボスポラス海峡を隔ててハイダルパシャ駅を経由し、アンカラ方面へ伸びる地下鉄線が駅の下に存在するのです…一般市民はその地下ホームを利用するようになっているのです…。
「全力で中世時代じゃなくて、連邦世界のイスタンブールに近い状況になってると思いますけど…」
ええ、理恵母様に連れられて、イスタンブールやアンカラ…つまり、連邦世界のトルコを視察させてもらったこともあるのです、私。
「まぁ、オリエント急行が走り始めてるからね…フランスがまだ未侵略だからバーゼルとハンブルク経由のロンドン行きだけど…」
実はその、オリエント急行がこれから到着するそうなのですが…。
ぴょーおという警笛の音と共に、BD69 1969とか書かれた、深みのある青色に塗られた機関車がヘッドライトを点けて入って来ます。
(1000番台は標準軌仕様だからね…本当はトルコ国鉄の蒸気機関車に牽引させたかったのよぉおおおお)
えーと、理恵母様の持病らしいので、上記の発言は気にしないでおきましょう。
ともかく、その機関車の後ろの客車に、私たちが出迎えるべき人物が乗車しているはずなのです。
その人数、3名。
「Doğu Ekspresi Platform 1'e varıyor. Lütfen bir adım geri çekilin ve gelişinizi bekleyin.」
(オリエント急行が1番線に到着します。お出迎えの方は一歩下がってお待ち下さい)
で。
私と理恵母様だけではないのです、出迎え。
なんと、鯖挟皇帝…セリム1世陛下と、シェヘラザード様がお越し。
そして、今日は特別に、宮廷ホームを兼ねるという1番線に入線させるそうです。
ずらっと並ぶ、数十名のイェニチェリと鯖挟国の独自騎士団である月星騎士団員、更には軍楽隊までもが整列しています。
で、私は一応は東方聖母教会の騎士団である八端十字騎士団を率いる立場。
一応は、今回の来訪者、東方聖母教会扱いの賓客なんですよ。
「では母様、ちょっと行って来ます…」
そして、促されて立ち上がった他のお出迎えの方々の先頭に立ち、衛士が開いてくれた待合室の扉を抜けて進みます。
そう、私は先導役として、セリム陛下とシェヘラザード様と…そしてヴォイキッツァ総主教の前を歩く必要があるのです。
で。
月星騎士団の指揮官役はシェリーちゃんが何と、お勤め。
彼女の「セリム一世陛下、シェヘラザード摂政閣下、ヴォイキッツァ総主教、お成り!」の宣言と共に、軍楽隊が賑やかな曲の演奏を始めます。
(トルコ行進曲じゃないのね…)
あのぉ、理恵かーさま…楽隊が今、鳴らしてるのは伝統的な鯖挟国の軍の鼓舞行進曲なのですけど…。
(理恵ちゃん、あれはモーツァルトがトルコの軍曲に影響された、いわばインスパイアされた西洋風ぱちもんなのよ…)
(クラシックファンが聞いたら怒り狂いそうですよ…雅美さん…)
で、赤い絨毯が敷かれた先にある黄金の乗降台。
その踏面にも、赤い絨毯のような布が貼られております。
で、その乗降台の両脇に、シェリーちゃんと分かれて立つのが私です。
つまり、来賓者のお出迎えの際の儀仗兵っちゅうやつです、私の役目。
で、真っ先に出て来られたのはなんと、メーテヒルデ中独支部長様。
それも、痴女皇国本国が絡む仕事だと言わんばかりの赤薔薇騎士団制服です。流石にこの場では、本来の透けている場所も不透明にはなさっておられますが…。
で、ビシッと決めた格好のメーテヒルデ様、正面の少年皇帝たるセリム一世陛下に一礼なさると。
「セリム陛下に於かれましてはご機嫌麗しう。此度、神聖ローマ帝国国軍将官ツェルプスト侯アウグスト少将閣下が息女、ゾフィー・アウグステ様をお連れさせて頂きました。ゾフィー様、どうぞ…セリム陛下、お待ちです」




