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こんにちわ、マリア Je vous salue, Marie  作者: すずめのおやど


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南洋残酷ものがたり〜缶詰王女奮戦記〜・5

むぐぎぎぎぎぎぎ。


あの中井ティアラの野郎、絶対に絶対に許さねぇ…。

https://novel18.syosetu.com/n5728gy/201/


ええ、思い出すだに私の心を掻き乱す、あの屈辱の夏の日。


可能なら何とかしてあの女を這いつくばらせたいのです、私は。


「なーにを今だに根に持ってんのさ」


「あんたには分からないわよ、この私の怒りと悲しみは…」


「そのセリフは還俗してから言うべきね…お互いのハラの中、丸見えなの忘れたの…」


ぐぎぎぎぎぃっ。


ええ、目の前のアニサすら敵に見えてしまう私、南洋行政局臨時局長代行、マルハレータ。


「まぁともかく今日はこれから盆踊りよ。昨日はボロブドゥールでやったけど、今日は王宮前庭が会場なんだから…しかも北町門を開けるのよ?」


はいはい。


後述しますが、本当ならカルノとディードが王宮側と北町側で悪霊退治の役を勤めるのですが、例のマドゥラ騒動の余韻があるため、混乱が収まるまでは最低でも私・ディード・そして黒薔薇から応援者として来て頂いたワルトヒルディーネ嬢のうち誰かがスラバヤに常駐することになっています。


このため、昨日のボロブドゥール夏期供養舞踊講…即ちボンオドリには臨時でアンヌマリーが来て除霊騎士を務めてくれたのです。


ですがぁ、今日のジョクジャカルタ夏期供養舞踊講、なんと私が除霊騎士を務めるのだとか…。


そして、メフラウ・オリューレが南洋王代行として退魔剣を私に授ける役になるのです…。


「メフラウ、大丈夫かしら…」


「これくらいならいけるとは言ってくれたけど…」


で。


ベテハリとカルノに関する特殊措置が取られた件をお話させて頂きましょう。


南洋王国のみならず、痴女皇国の聖環装着者は余さず健康状態を管理されているそうです。


そして新陳代謝というのですか。


本当の体にせよ、人間の体を模倣している義体とやらにせよ、体の中を常に新しいものにする機能が正常に作動しているかも点検されているそうですね。


ですが、カルノとベテハリについて、微弱ながら懲罰偽女種のそれであるかのような反応が返って来たということで厚労局からメフラウとディードとアニサ、そして私に緊急通告が入りました。


で、原因をマリアリーゼ陛下と聖父様、それからなぜかエマニエル建設部長が診断されましたところ…。


「懲罰偽女種と同じ過剰疲労傾向が出てる。つまり、このままのペースで毎日を過ごすと寿命が危ない。原因は調査するが、差し当たって仮死措置を取ろうと思う」


「鬼細胞によって安定した生理反応が崩れた可能性があるね…僕と違ってこの子たちは有機細胞ベース身体だし…」


「いずれにせよ再構成して鬼細胞影響を除去する事を試みようと思いますけどな、懸念があります。一応は再構成シミュレーションの結果を見てからにしますけど…現時点ですらある懸念が出てますねや」


沈痛な表情で、ボロブドゥールの地下の一室で告げるのはエマニエル部長。ベラ子陛下と初代聖母様の娘様であらせられるそうですが、普段の人夫服ではなく、桃色の天使の羽を備えた神々しいお姿です。


なるほど…ベラ子陛下はこの方を産まれたから二代目聖母として任じられた、と。


まぁ、エマニエル部長のお言葉に話を戻しますと、その懸念とやらをお聞きになったメフラウ…そしてアニサには受け入れ難い話となったのです。


即ち、カルノならカルノの記憶を全て保持した状態で心身を再生出来るかどうか怪しい。


刷新自体は可能だが、一番の問題はこれ…カルノは、己が産まれてからスカルノ一世となって今に至った経緯の記憶を失う可能性がある件でしょう。


そうですよ…アニサとベテハリの子であるばかりか。メフラウとの思い出を忘れかねないのだと。


いわば、アニサにはベテハリと。


そして、メフラウにはカルノと一からやり直せと言われたにも等しい話となっているのです。


むろん、当のエマニエル部長もそのむごい副作用の結果をお分かりだからこそ、実施の前に我々にあらかじめそれを告げ、実際にカルノとベテハリの寿命延長処理の方法が他にないか模索させて欲しいと懇願(こんがん)しておられるのです。


「うちにもプライドいうもんがありますからな。人ひとりふたり幸せにできんようでは…」


ええ、特にメフラウとカルノの未来…どちらかの寿命、恐らくカルノをメフラウが看取る事になるだろうとは言われましたが、それにしても予想よりはるかに早すぎるのだそうです。


「それと、どうしようもない場合の措置がある。年に1回くらいは24時間程度、起こせる。例えば7月7日を希望するなら。その日に起こすことは可能だ…」


「ねーさん、その日はあまり縁起が…」


「七夕だろ? まぁ実際にはオリューレやアニサちゃんの希望した日にできるよ。だけど、その日の終わりに健康診断を入れさせて欲しいのはもちろんだが、未来永劫この手が使えるわけじゃないんだ…つまり、何度かの間の七夕なら七夕の日に、子作りをすることが推奨される…」


このタナバタなる風習、かつて恋仲の上にも相思相愛だった男女の仲が大河によって隔てられたのを哀れに思った神が、年に一度だけでも逢えるように計らった伝説から来ているそうですね…。


ですが、この二人にはそれだけではなく、延命措置が取れなかった場合の子作りをも言われたのです。


(アニサはどうなの…)


(私は一度ベテハリとの間にカルノを作ったから、今は逆に止められているのよ。ただねぇ…ディードも被害を受けると思うの…ディードは黙ってるけどさ…)


(その辺はアニサちゃんとディードリアーネで話し合って決めてくれ。延命処置の研究如何に関わらず、君たちが希望した日にベテハリとカルノを起こす事にあたしも異存はねぇ…すまないな、みんな…)


(僕と同じ試験義体に切り替える方法もあるけど、これをしたらしたで問題があるんだ。子孫を残す事がかなり面倒になる…一時的に純粋な人間の身体に切り替える必要があって、その際に僕なら僕の生命に関わるんだよ…)


聖父様のお顔も残念至極としか言えない悲しみを湛えておられるありさま。


(実は僕と二代目聖母の間でも同じような問題が出ているんだ。だから子供、特に男児を僕とベラちゃんは作れないに等しいんだよ…)


これも気の毒な話です。


で…カルノとベテハリは、仮死措置用の棺に収容される事になったのです…。


(このボロブドゥールに設置した即成栽培用プラントの機能の一部を使うから、安定はしているし長期間保存も可能だ。カルノ君をジョクジャ宮殿に置けない件についても済まないと言うしかない…)


(いえ、陛下が全力を尽くされているのは私も理解しています。前向きに生きるよう、私も努力しますので…)


気丈にも申されるメフラウですが、実際のところ、その衝撃が大きいのは周囲がよく理解しています。


そして、カルノの延命作業について、ある程度の見通しが立つまではメフラウも仮死状態…かつてマリアリーゼ陛下や聖父様ご自身も経験されたという、外界から隔絶されず心話は通じますが体を動かせない状態にしておく方がメフラウご自身への余命影響がないだろうとも判断されたのです。


ですので、本日のボンオドリの終了後、メフラウはボロブドゥールに向かい、カルノとベテハリを安置した地下の専用室にお入りになるのです…。


ああ、私の黒薔薇資格保有、よもやまさかこれのためではあったのでしょうか。


(そこまで出来すぎた話でもないよ。ただ…オリューレさんに何かあった際の対処の方法として、マルハレータちゃんが適任者であるという話は各所から出ていたんだ)


本当なら、ティアラをこの役目につけても良かった気がします。


なぜならば南洋王国をここまでの状態にしたのはメフラウの功績。


ティアラがメフラウに可愛がられていたのは、私も当のティアラの記憶を今や参照してしまえますので、それではっきりとわかりますから…。


(だから私は灸場とナッソー…カリブを今、離れられないんだってば…こっちはこっちであんたら南洋がボロブドゥールでやってるのと類似の施設を整える話になってんのよ…せめて盆踊りの時に来るくらいで勘弁してよ…)


(ティアラちゃん。マリアだ。なら、盆踊りのあれの役を頼めねぇか。マルハちゃんは今年がお初だし、はっきり言えば盆踊りの日を逃せば当面、オリューレさんと…そしてカルノ君とベテハリ君の顔は見れねぇぞ)


ええ…その気になればメフラウの顔を見に行ける私と違い、当面はカリブ海から長期間の遠出は出来ないそうです。


(わかりました…儀礼刀の用意、お願いします…)


-----------------------------------


そして、夕刻からのボンオドリが開催に備えて支度をする我々。


と言ってもジョクジャカルタ北側の市民全てを王宮前広場に収容するのも難しいため、ジョクジャカルタ北町代官と、向こうで選ばれた男女の踊り手が100名ほどこちらに来るそうです。


で、その代わりに北町の広場で開催される向こう側向けのボンオドリ、私とディードが参列して除霊騎士と剣を授ける役を演じます。


そしてこちらでは、本当ならばメフラウの臨席のもとでアニサがカルノに除霊剣を渡す段取りだったのです。


で、急遽役柄を変更することになり、メフラウが僧正衣を着てティアラに剣を授けることになりました。


これは、私も反対するつもりはありません。


今日を最後に、当面はティアラはメフラウと会えなくなります。そして、カルノとベテハリとも。


そう…私とディードも、申し訳ないのですが、北町の盆踊りの閉会までお付き合いはできないのです。


ただ、ボロブドゥールから中僧正のカーティカとヌールが来てくれまして、更には橙騎士団員に偽装したアマンディーネとリモニエディーネの二人が、それぞれ王宮側と北町側で関係者が抜けた穴埋めをしてくれると。


そんな訳で、ディード・リモニエディーネ・私・カーティカは北町のボンオドリ会場に向けてセコイや号で向かうことに。


ですが…その際に、臨時転送で到着したティアラが、私の顔を見るなりこちらに来ます。


それも、真剣な顔で。


「喧嘩じゃない喧嘩じゃない…ちょっと真面目な話なのよ…いい?」


で、私に小さな布袋を押し付けようとします。


何よこれ。


ですが、あの喧嘩の時以上の真剣な顔で、絶対にこれを持てと言わんばかりの剣幕でティアラが言うには…ですね。


「これは父から預かったもの。盆の時には死者が現世に戻るのだけど、盆が過ぎても帰ってくれなかったり、あるいは戻って来て欲しくない()()が戻ることがあるの。だからこの世の者じゃない何かが一緒について来てもらうと困る場合は、この中の塩を車なり住居の入り口に撒いて、そういう悪いものが入らないようにする日本の風習を守った方がいいかも知れないわね」


そんな迷信…と言いかけましたが、考えてみればそもそもこのボンオドリ、本当にこの地にいた悪霊を退ける意味もあって始めたというのを思い出しました。


確かに、南洋王国の統治を云々する立場なら、この話は聞き逃せない。


私はそう思ったのです。


「昔は本当にそういう悪霊や妖怪、この地にいたらしいし…で、父の得意はフランス料理だけど、ある時期海老原さんの紹介した銀座の板長について修行していたそうなの…で、その板長…料理長が、ことのほかお清めにはうるさい部類でね…色々教えてくれたらしいのよ…」


(ティアラの言う日本の風習は本当よ、マルハ。その塩は念のために持って行きなさい。そして…向こうからこちらに戻る際に車の入り口と、そして戻って来た際の駐車場入り口か、最低でも離宮への入り口に撒いておくこと…)


メフラウにまで言われては、ティアラが渡して来た袋を受け取らざるを得ません。


そして、私はセコイや号の後席左側に乗り込むと、その袋を後席左右を隔てる大型ひじかけの前にある物入れに入れました。忘れないように…。


「しかし、除霊に塩か…本宮のオボンの際にはそこまでしなかったが…」


(ディードリアーネ、あそこはそもそも聖院金衣と銀衣のすくつだし、悪霊や化け物としても最強最凶級の二人が墓守兼務じゃんか…とどめにおかみ様が出入りしてるから、そこまでしなくてもいいだろって話になったろ…)


と、マリア様から言われている様子。


正直言えば、私はこの袋を受け取る気になれなかったのです。


その場で床に叩きつけたかったのですが、それは流石に大人気ない話。


それに、ティアラも両親に諭されたのでしょう。


言わば、仲直りの口実めいたものとしてこれを持って行って渡せと。


そこまでの事をされて、皆の前で子供のような振る舞いをするのも良くはないでしょうね…。


それが、私が袋を車の中に入れて…と言っても、球根詐欺国風の王妃正装に改めた私です。


その袋を入れる鞄を持つことはもちろん、ポケットの類が存在する服ではありません。


ですので、物入れの類が結構存在するセコイや号の中にとりあえずは置いておこうという判断を下したのです。


まぁ、それはさておき、我々はジョクジャカルタ駅東側にある、普段は開かれない柵門を通過します。


この柵門のところには騎士が数名出ていますが、これは今日、我々と入れ違いに王宮側を目指す北町の人々を改めるため。


運転席のディードが手を挙げると、敬礼してから棒状の灯りを振って、行ってよしの合図を送ってくれます。


で、いくつかの鉄の道の上を渡るための渡し板の上を乗り越え、北町側にも存在する柵門を通過。


そこからは、昔からのジョクジャカルタの町がその先に広がっています。


ただ、こうして我々の車が通行することもあるので、可能な限りは建物を移動させたり改築して目抜通りを広げたそうです。


で、北町側で待ち構えてくれていた副代官が乗る牛車の先導を受けて、我々はその目抜き通りを進んで行きます。


これも、北町に手を入れた大きなものごとのうちの一つだそうですが、くだんのボンオドリの会場にする事を主な目的として公園を兼ねた催事広場なるものを北側の外れに作ったそうです。


その催事広場に設けられた会場に乗り入れる我々のくるま。


先に入った牛車から降りた副代官の先導で、我々は来賓席に着席…と言っても、私はここでは授剣役なので、すぐ立てる場所に用意された椅子に案内され、ディードと一緒に座ります。


「ではここに今年の悪霊退散・先祖慰霊の夏の踊りを開催するにあたり、ボロブドゥール寺院より僧正様、そしてジョクジャ王宮より王妃様と騎士団長様がご臨席である。一同、礼!」


で、立ち上がって礼に応えた私たちは再び、着席。


「それでは、いにしえの茸島はデンパサール夏期供養舞踊講の習わしに則り、神官聖人の類の立ち合いの下で戦士は破魔除霊の剣を王より授けられることとなります。僧正様、王妃様、騎士団長様、この開会の儀のお勤めをお願いいたします」


と、副代官の紹介のもと、要職役人の案内で所定の位置につき、私はカーティカの合図で手の剣を一旦は抜いて高く掲げ、検査をするふりをします。


そして剣を鞘に収めると、片膝をつくディードの下へ歩み寄り、腰をかがめて両手で剣を授けます。


剣を受け取ったディードは、私と共に僧侶役のカーティカに向かい、ディードが一礼して抜刀、剣をカーティカに見せます。


頷いたカーティカは見物客の方を向いて右手を高く掲げます。


そして、暗闇から現れる悪霊役。


火のついた棒を捧げる町の若い男に前後を守られた、黒い布をかぶった悪霊…という役柄です。


(本物のペナンガランまんまに再現するとグロすぎるから…)


(ええ。どこからああいう発想が出てくるのか…)


で、悪霊役はひとしきり舞い踊ると、獲物がいたという喜びを示すという大袈裟な動きで、私の方に近寄ってきます。


これも、決められた通り。


(日本の獅子舞、あれまんまだそうです…)


(本物のボンオドリにあんなの出て来ないとは聞きました…)


で、その黒布の中心についた女の顔の面が左右に大きく揺れるような動きをわざと演じ、今にも私に飛び掛かろうとした時、これまた大袈裟でゆっくりとした動きでディードが悪霊を斬り伏せる真似をします。


(カブキのオオミエめいた動きの振り付けです…)


(斬られた方も叫びこそしませんけど、両手を大袈裟に振ってやられたぁーっという演技をするのです…)


そして演技の頂点として、私の足元にばったりと倒れるのですが、その間際に…その悪霊役は、私の足元を飾っていた編み込みサンダルの紐に、それまでの演技とは打って変わった迅速な動きで、密かに紙片を差し込んだのです…。


ディードですら気付かぬような、自然かつ、素早い動作で…。


そして、私がディードに救い出されるような演技をして倒れた悪霊から離れると、悪霊の前に花火の筒が置かれます。


火の棒を持った若い男たちがその筒の頂点に点火すると、人の背丈の倍近い炎のような花火の火が噴き始めます。これが、悪霊が騎士に退治されジョウブツした演出になるのだそうです。


で、この火に紛れて悪霊役は火付けの若者と一緒に隅に退くのですが、その際、心話慣れしているとしか思えない呟きを、明らかに私の方を向いて呟いたのです。


(この聖院島(カリマンタン)の出の占い師クヤンなれば、王妃様のお悩み事の相談に乗れるやも知れず。宜しければ祭りの帰りに我が呪い庵(まじないいおり)にお立ち寄りを頂ければ恐悦至極…お渡し致しました紙には不肖、このクヤンめの居処を書いてございます…)

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