番外編・吉原よいとこ一度はおいで 2.8 柴又の虎さん編
にわかに緊縛、いえ緊迫した様相を示す吉原神社境内。
「な、何と、狂い犬…それも群れを成してとは…甚右衛門殿、急ぎ大門を閉めさせましょうぞ」
「うむ、小太郎殿、忘八頭をここに…」
(Cariburn. Emergency. This is Mariabella Wordsworth calling PAN,PAN,…エマちゃん、緊急であたしの所在地から半径5km以内の狂犬病ウィルス発症生態のスキャンとサーチお願い、できれば衛星追跡も)
(へいへい、映像は聖環に送りました。アルトさんの言う通り、犬の数は10匹。アルトさんとおかみ様が何とかしてベラ子かーさまのおるあたりに誘導中ですわ…)
えええええ…。
なんでまた、よりによって吉原に連れて来るのかと思いましたが、考えてみれば恐ろしい狂犬病に感染した犬たちです。
途中の農家でも襲ったひには、一般の人にはあまりにも危険な致死性の伝染病を広められてしまうでしょう。
むしろ、対応可能な人材が揃っている今の吉原で迎撃した方が、諸方面に見せ場が出来てSe funziona, è un risultato…結果オーライでしょう。
ええ、色々とヤラセの匂いがしますけど、むしろ狂犬病が発症した犬をこの吉原で倒す方向で話を進めるべきでしたね…。
「しかし、狂い犬とは…宗矩、一番近い奉行所へ急ぎ、火盗改方の手勢を吉原に寄越すように使いを遣って命じることは可能であるか。何となれば余の馬を使うても構わぬ」と、伊賀忍者の棟梁の柳生宗矩さんに申される家光さんですが。
「あわてるな。いえみつ…いくさについては、このばではけいじろうが一番にけいけんがあるやろう。けいじろう、べらことあるとについて、ぬしが軍師をつとめてもらおうとおもうんやけど、いえみつ、それでかまへんか」
皆に向かい、落ち着いた様相でおかみ様が申されます。
「は…余としたことが…承知でございまする…おかみ様の此度の差配、異議のありようも無し。むしろ是非に慶次郎殿のいくさぶり、見聞したく存じ仕りまする」
で、慶次郎さんの方を向いて頭を下げる家光さん。
「慶次郎殿、余からであるが、なるたけ人死に、あろう事ならば犬をむごたらしく殺すのは避けて頂きたく願いたし。傾免状をお持ちの方に申し訳なき願いではござるが、流血の惨事あらば吉原のみならず江戸の風評に関わる話となり、ここな信綱や宗矩の勤めにも差し障りがござる。何卒平らに差配願いたし…」
「確かに狂うた犬畜生と申せど、花の廓に血生臭い沙汰は似つかわしうはござらぬ。公方様の願い、なるべく叶うよう致しましょうぞ」
(公方様、心労お察しします…慶次郎様、亭主が関白様に無理難題を申されたあの時同様、ご無理を申しますが、吉原での流血や狂い犬の流行り病があれば幕府にも迷惑千万な話でしょう、よろしくお願い致しますよ…)と、おまつさんからも心話が来ます。
(はっはっはっ、この吉原に何かあれば甚右衛門や小太郎のみならず、御免色里を許した幕府の長たる公方様にも面子はござろうが、妹姫様もおられるし心配無用じゃ、おまつ様は吉報を待って下さればよろしき話にござる)
ああ、おまつさんが心配してるんですね。
それと、いけにえ村作戦の時や道南アイヌ調伏戦の時もそうでしたが、おまつさんは慶次郎さんの動きが鈍い時に肩を押したり、あるいは掴んで押し留める役柄のようです。
(おかみ様…それに慶次郎殿に芳春院殿、誠、かたじけなき話ですが、八方丸く納めて頂かねば、余がここにおる件を咎めて、それ見たことかと不始末をなじる阿呆が江戸城内に何人かおりますのでな…せめて信綱には迷惑をかけとうなき故、八方丸う収まる話にして頂きますれば…)
(まぁ、いえみつ…おまえの立場もわかっとるからしんぱいすな)
(は、申し訳なき仕儀に存じまする)
(それにおまえ、おもいだしてみい…ほんまのところはけいじろうどころか、わしかあるとかべらこが出ていったらやな、あんないぬのじゅっぴきどころか千匹万匹とおったかて、あっちゅうまにしばけるのを知っとるやろ)
(ふほほほほほ、ほんとうはあたくしならば、このばからうごかなくとも、いますぐにでもあんな犬のごときはちょいちょいなのです…ですが、あたくしやべらこへいかがそれをやると、みなさまがあとでいろいろたすかったり、おいしいおもいができないのです…ふふふふふ)
(で、あるとがゆうとおりに、ここはとらじろうとけいじろうのみせばにしたることで、みながええ思いをするようにしこむっちゅうすんぽうや。あと、いえみつにのぶつな、それからじんないとこたろう。おまえらにもちゃんとけいじろうやべらこがやくめをわたすやろからしんぱいすな)
(は。とは申せ、一応は刀の一つも提げて現れねば余も武士の端くれでありますから…宗矩、すまぬが余の刀を頼む)
(承知)
で、巫女さんに預かってもらっていたらしい、ちょっと長めの刀が家光さんのもとに届けられます。
(実は助光でしてな、刀身三尺近い長さ故に、鞘から抜くに少々こつがございまして…もうちょっと短いもの、武具蔵にはなかったのかと申しましたが、手頃なもの、祖父家康が権現様として祀られる前後にあちこちの神社に寄贈しましてな…)
つまり、それまでタヌキさんが持っていた数々の日本刀ですけど、太平の世になったのだからと言うことで、天下を取る際に協力してくれていた家臣の方やご親戚、更にはご縁のあった神社にあらかた寄贈してしまったようなのです…。
で、この刀も元来ならばお正月の儀礼ですとか、おかみ様や朝廷の方、外国の施設を公式にお迎えする際の儀礼服の付帯装備として持つためのものらしいのです…。
(まぁ、上様が抜くことなきよう、我らにて差配を致しまする故、ご安心を…)
(信綱、ぬしは吉原役宅へのお役目ご来訪ということで、帯刀御免で来ておったな)
(は、この錚々たる面々の中でそれがしが抜く必要があるかはともかく、一応は太刀と脇差は提げてございまする)と、腰の刀を家光さんに確認してもらっています。
ええ、刀が武士の方々の身分証としても機能しているの、あたしも知ってますし、何よりもこうした緊急事態に備える姿勢であるということを吉原の皆様に見せておく必要性はあると思いますから、武装自体はしてもらって構わないでしょう。
(まぁ、慶次郎様ととらじらう様があっという間に犬畜生風情、平らげて下さいましょうが、差し物の一つもぶら下げておきませぬと、この宗矩とて格好がつきませぬからな…はっはっはっ)
と、申しながらも、いつの間にか忍び刀を腰に用意しておられる柳生宗矩さんです。
更には、同じく忍び刀と…ドレイン弾を発射する拳銃を準備している捨丸さんと骨さん。
「おかみ様、公方様、委細承知。べらこ様、あると様…天狗のわざでその犬ども、どちらからどのように来るか、絵図に示す事はできませぬか。軍議の図としたくござる」
で、あたしとアルトさんの前に膝をついて依頼される慶次郎さん。
つまり、聖環機能でこの辺り一体の上空からの図面を出して欲しいというお願いですね。
(エマ助ごめん、あたしのラップトップ出してっ)
(人を青いタヌキ型ロボットのように…かーさま、別に茶筒パソコンでなくても聖環に送った映像と情報でええやないですか…)
はいはい。
で、ここで吉原神社の備品…火災や水害の際に吉原の中へ消火役や誘導役を配置する時のための指揮に使うという、折りたたみ式の木製の地図板と駒の入った袋が届けられて来ました。
そして、あたしが出した聖環からの衛星偵察画像をもとにして地図板の上に駒を配置していく小太郎さんと甚右衛門さん。
「慶次郎様にはこれ、馴染み深きものかと」
「うむ、これはいくさ用の評定図と変わらんな…」この手のものには、この中では一番詳しいであろう慶次郎さんが唸っています。
「ええ、あれを参考に作らせましたので。で、賊が来ることも想定して迎撃の手順も決めておりますから、賊を示す駒を犬としてこう…」
赤く塗られた駒を山谷堀の横の堤に配して、皆さんに大体の状況を把握してもらおうとする甚右衛門さん。
で、アルトさんの望遠視覚も併用しての実際の犬群の観察では、おかみ様が用意した足止め役の大きなドブネズミや狸やイタチを相手に死闘を繰り広げているようです。
(かわいそうやけど、なんぼかでもじかんかせぎをせんとな。しんだやつらはやきはらったろう)
ええ…真剣に、汚物は消毒するしかないでしょう…。
で、時間稼ぎの間に、日本堤で営業しているか、夜に備えて営業準備中の屋台を急遽、閉めてもらうべきか…。
「はいはい、なんか狂犬病に冒された犬の群れが出たと聞きまして」
「私は比丘尼国初体験ということで、ついでに」
あら。
拝殿の前に、黒薔薇…それも実戦装備のダリアさんとペルセポネーゼちゃんが飛ばされて来ました。
「おや、だりあとぺるせぽねーぜちゃんではないですか。いそがしいところすみませんが、おかしくなったいぬたちがこの先のかわぞいのていぼうをつたってくるようです。ていぼうからこのよしわらのせいもんのほうへまがるように誘導してほしいのですが、できますか」
「はいはい、お安い御用ですわ」
はりせんをぱしん、と鳴らして頷くダリアさん。
「狂った犬の群れが来るけどここで食い止めて吉原で退治すると言えばよいですね。ダリア統括、参りましょう」
と、スキー用のゴーグル型ミラーグラスにも似た情報表示用のフェイスディスプレイを下ろすペルセポネーゼちゃん。
(ふふふ、私も一応は神の矜持に賭けてでも、人の作ったもの風情は使いこなさねばならないのです…どこかの運命選定種の女のように、ぱそこんごときで文句を言ってるようではぁっ)
と、どっかのスクルドさんをさりげなくこき下ろしていますが、聞かなかった事にしましょう…。
「ほな、何かあったら心話で」
言うなり、疾風のごとく消え去る二人ですが、吉原の外周の畦道を伝って大門側に向かったようです。
「おかみさま、いぬがきたらよしわらのゆうかくの戸をしめさせるていどでよいでしょう。おかしくなったわんこたちがこのじんじゃのまえにきたあたりで、あたくしどもがきゃんとなかせればよいみせもの。むしろ、こっちまできてもらいませんと」
「そのへんは…じんない、こたろう。だいもんはしめるな。むしろよしわらのなかをとおらして、じんじゃのまえにこさすんや。人通りがないようにしといたらかまれるやつもおらんやろ」
で、甚右衛門さんの呼びかけをおかみ様が心話中継。
(吉原色里のおのおのがたに告ぐる、小塚原刑場に住み着いた野良犬が刑場の瘴気に狂うて、群れなしてこの吉原を襲わんと駆けて来る神託がござった…であるが、なんたる天佑か、南方の巫女の国より家光様の三代征夷大将軍就任を祝って贈られた虎の件で、くだんの虎と恐れ多くも公方様が吉原神社にお越しである。更には公方様の腕利きの護衛として、前田慶次郎様に伊賀柳生の柳生宗矩様までおられるとあっては心配無用。ただし、みこの国の女将軍のかたが他に害をなさぬように犬を敢えてこの吉原におびき寄せて退治る策を出されたので、忘八や廓のものどもは従うべし)
(小太郎じゃ。今、座敷におられる客人方と遊女はそのままで結構。ただし、仲見世通りに出ておられる客人方、仲見世通りは忘八の用意する盾板で囲われるので、東西の割床通りまたは大尽通りに道を移すべし。廓の者共はこちらの合図で表戸を閉めよ)
(日本堤の屋台の者どもへ。今、みこの国の勇将お二方が向かったので案ずるにあらず。ただし、犬どもの通り道両脇となる屋台についてはみこのさむらいのお二方より臨時の店じまいを言われるので、これに疾く従うべし)
と、甚内さんと小太郎さんが手際よく吉原中に指示を出して行かれます。
(まりや様にいわれて、年に二度ほどやっております火事水害にそなえたぼうさいくんれんとやら、あの要領でございます…)
あの姉は何をやらせておるのかと思いましたけど、確かに連邦世界では吉原色里、何度かの大火事に襲われて全焼するなど、大被害をこうむっています。
ここは、緊急時や非常時に備えた意識の高さをほめておくべきでしょう。
(まぁ、色恋の果ての刀傷沙汰だの何だのも起きる事もございまして…登廓の際に刀は改めておりますが、万一の事があった場合に盾板で囲むなどするのでございます…)
ああなるほど、今まで散々貢いだのにとか言って暴れた人がいる場合、表通りに出て来たら機動隊の盾よろしく囲んでしまうこともするのですね…。
まぁ、そういう吉原ならではの苦労はともかくですね、あたしたちも配置につきます。
でまぁ、吉原というからには「そういう場所」なのです。
そして、実際に吉原らしいことをしている最中だった人たちがそれなりにいらっしゃる訳でしたが、なにせ起きた出来事が出来事です。
で、何か面白そうな事があると見せ物のように思って、何だ何だと見ようとする傾向、この江戸では特に強いそうですね。
すでに野次馬の皆さんが二階や三階の窓から覗いたり、果ては瓦屋根の上に上がって見物している人多数なのにはまぁ…仕方ないでしょう。
(むしろいまから起きること、あとでまちなかにふれ回って、うわさにしてもらわんとな…それにぎゃらりーがおったほうがおまえらもやりがい、あるやろ)
で、火事や地震の時を想定して姉が用意していた防災グッズの中に、誘導情報を表示するための空中投影式スクリーンがあります。
野良犬が入り込まないようにバリケードを作られて守られている側の東西の割床通りと大尽通りには、仲見世通りの光景がリアルタイムで表示されています。
で、神社の前の広場ではなく、見世物よろしく仲見世通りのど真ん中で犬を迎撃することに。
松風に乗って、伸縮式の槍を構えた慶次郎さんの左右両横にあたしとアルトさんが立ち、馬のすぐ側に捨丸さんと骨さんが控えています。
更には、アルトさんの傍に待機する虎次郎くん。
その後ろには、戦場の陣地で使うような折りたたみ式の椅子に座っている家光さんの両横に、抜刀できる状態で構えている松平信綱さんと柳生宗矩さん、そして普通の武士の衣装ですが柳生忍者の皆様や、忘八姿の風魔忍群の方々までもが。
野犬退治というより、ちょっとした戦争を始めるのかという勢いですが。
「まぁ、このじぶんはまだまだいくさを知っとるもんがのこっとるからの」
そう申されるおかみ様ですが、その格好はなんですか。
「びきにあーまーゆうやつやないか。べらこ、おまえらとこのむかしの騎士、こんなんばっかりやったやろが…」
そうですよ、昔の日本で使ってたらしい直刀を装備した聖院上級騎士に近いお姿です。
おばちゃん、年齢を考えてと言いたくもなりますが、考えてみればあたしやアルトさんの戦闘用装備も剣ではなくはりせんムチを装備しているくらいで、あまり変わりませんね…。
ちなみにもし、このお話に挿絵があった場合には確実にですね、それはまぎれもなく女性の登場人物が軒並みお尻剥き出しの漫画とアニメのような光景になるのだそうです…。
やがて、わんわんがおがおと鳴き喚きながら吉原大門をくぐって広い仲見世通りに駆け込んで来る犬の群れが遠くに見えます。
「良いか虎次郎、教えた通りにするのじゃぞ…」と、馬の上から虎次郎くんに呼びかける慶次郎さんですが、がおと一声鳴いて頷く虎次郎くん。
「十分に引きつけるのじゃぞ…よし、虎次郎、参れ」
慶次郎さんの合図で、恐ろしい勢いで吠えながら犬の群れに突っ込んで行く虎次郎くん。
その猛然とした突進で、何匹かの犬が踏まれ蹴散らされてしまいます。
で、一旦は野犬の群れを突っ切ることで犬たちの注意を惹きつけようというのが慶次郎さんの計略です。
(わしらのいくさの時もそうじゃが、逃げる獲物を追うのは獣には習い性みたいなものじゃ。しかし、敢えて敵に尻を見せて逃げることで罠にかける釣り野伏なんぞの戦法もあってのう…)
で、その作戦…見事に当たりました。
残った犬たちは、駆け去ろうとする虎次郎くんをぎゃんぎゃんと鳴きながら追いかけようとしますけど、速度差がありすぎます。
で、虎次郎くんは仲見世通りの途中にあって、左右両脇の通りに向かうための道の交差点に当たる場所で反転すると、再度犬たちに襲い掛かろうとして吠えて脅かします。
さすがに、多少は理性が残っているのか、犬たちが口から泡を吹いて虎次郎くんを見ながら吠えたてますけど、無謀にも襲う様子はありません。
で、ダメ押しに虎次郎くんの咆哮が出たその時。
犬たちの後ろから、捨丸さんが投げた焙烙玉…炸裂式の手榴弾が爆発します。
犬たちの注意を惹きつけるための空砲のような単なる花火というのはわかりましたが、そこに骨さんが構えたドレイン弾を発射するタイプの短機関銃が犬をめがけて撃ち込まれます。
で、射撃から漏れた犬たちも、慶次郎さんの槍の穂先ではなく石突側で殴られたり、あたしとアルトさんのはりせんムチの一撃で即座に倒されてしまいます。
約10秒程度の間で、あっという間に野犬の群れは無害化されてしまいました。
で、虎次郎くんが犬の首をくわえたり、あたしとアルトさんが担いだり抱いたりして仲見世通りに犬を並べます。
念のためにドレインしていますから、おとなしいものです。
「おおよしよし、とらじろう、よくやってくださいました」
アルトさんに喉を撫でられてご満悦の虎次郎くん。
「さすがは大将殿…姉姫様がよこした虎だけはあるのう」と、松風から降りて犬たちの前にいる虎次郎くんを感心したように見ている慶次郎さんです。
(で、ベラ子かーさま…今、手元にチン○ネックスのスプレー、送りましたけど…)
見れば、あの卑猥な形の緑色の容器が。
これは農作物用の肥料じゃないですか。
エマ助、なんでこんなもん送ってくんのよ。
(鬼細胞と駄洒落菌成分が入ってますやろ?狂犬病ウィルスに冒される以前の健康的な状態に戻せますやん。ついでに、人に従順な犬になりまっせ)
はぁ。
確かに、駄洒落菌は鬼細胞と組み合わせると「駄洒落を聞いて乾いた笑い声を上げるか、はたまた聞いて怒るか凍気を発する状態に人を戻す」復元効果があります。
言うなれば、万能治療薬めいた使い方もできるのです。
しかし、ワンちゃんに通じるものか。
(おかみ様がいてますやん。鬼細胞はそもそも、おかみ様への服従意志を示した鬼さんから取られたものでっさかい、おかみ様の能力を補助する効能も期待できますがな)
「べらこ、えまこのいうとおりや。そのくすりをかけたったら、ひとのゆうことをよう聞くええ犬になるぞ」
はぁ。
で、ワンちゃんたちがチン○ネックスの霧を吸い込んでくれるように散布します。
そして、十字路の脇道部のバリケードを解除したのか、あたしたちを取り囲む群衆の見ている前で虎次郎くんに殴られ蹴られたり、あるいは慶次郎さんの槍の柄の一撃で負傷した犬たちの怪我がみるみるうちに治っていきます。
そして、元気を取り戻した犬たちは、次々にワンと鳴くと、虎次郎くんの前に座って平伏しています。
(皆の衆、公方様のご采配によって配された皆様がたにて野良犬どもは退治られた。そしておかみ様のご差配により、人に役立つ普通の犬として病を治されてござる)
(犬どもは南方の秘薬にて人に仕える犬の心を取り戻し、とらじらうに平伏しておる故にもう大丈夫の様子。公方様)
「者共、此度の野犬騒ぎにあって吉原色里を任せた役衆の言いつけを守り、犬退治を捗らせた事、まこと天晴である…吉原仕切役二名、庄司甚右衛門並びに風魔小太郎、これにつきおかみ様より沙汰の話を頂けるとのことである。拝して聞くがよい」と、おかみ様に一礼してから話を切り出してもらう家光さんですけど。
「ははっ」
「えーとな、みんなもよう、きいてくれ。先立っての中山の寺でおきた女中雇いのさぎのいっけんがあるやろ。で、あれで江戸のしろのなかのえらいさむらいのおっさんどもがおこりよってな…ぼうずどもはおもてだっては、この吉原にきてあそばれへんたちばや。せやけど、おんなあそびはしたいからということで女中をあつめる計略を考えよったとか、言いよったんや」
ええええええ。
心話も併用しての、おかみ様の暴露話にあたり一帯の全員が仰天します。
「でなぁ、ようきいてくれよ。つかまったぼうずどもはな、吉原みたいな助平ができる場所があるからわしらもわるいことを考えたとか白洲でいいよったらしいんや、のう、いえみつにのぶつな、そしてむねのり」
「ははっ、おかみ様の申される通りでございますかと…宗矩、取り調べた奉行の調べ書、そちが主となって検分し、余の元に届けたのであったな。そして、余のみならず、ここな老中の信綱も調べ書には目を通しておったであろう」
「上様の申される通りにございます」
「私めも同じく。さながら、この吉原を悪しき色事の風習を広める穢れ里のごとく口汚く罵るがごとき陳述、さすがに吉原の者共のみならず、市中には広めるわけにも行きませぬ話であり、緘口令を敷いてございましたが…」
これには、おかみ様の心話中継が届いた範囲の全員が驚く話でしょう。
吉原側や利用者からすれば、言いがかりにしか聞こえませんよね…?
「で、者共…五大老はまだしも、見ての通り余も信綱もまだ若い身である。正直を申せば、忍びで吉原に来た事もある身の上のため、坊主どもの言い分はおのが罪をこの吉原になすりつけ罪一等の軽減を目論んだようにしか聞こえぬ話であるし、皆も似た思いを抱くであろう…」
この、家光さんの一言で、安堵する吉原関係者、全員。
つまり、捕まった僧侶たちの言い分はこうだそうです。
「わしらが女中に紹介するする詐欺を働いた挙句、一種の枕営業を持ちかけて美女を犯したのは吉原のえろえろな諸々を僧侶が利用できんからや。そんな破戒な色里があるから宗教関係者は世俗の色香に迷いますのや」
つまり、悪いのは吉原だと。
これに対するおかみ様の反論。
「じんない、こたろう…おまえら、ぼうずによしわら使うなとかゆうとるんか?」
(遊女を害する性癖がなくば誰でもうぇるかむでございます。例え客がおなごであっても、定めた上がりを支払い話を通して頂ければ、まら持ちの女を用意いたしまする)
(衆道男色をお望みであれば、陰間茶屋に案内をすれば済む話ですな。病気持ちでも、吉原遊女は神社の巫女が建前、即ち唐毒や淋しき病などでも治せる道理)
つまり、例え女性客であっても、痴女種で言うあれを装備した巫女種の遊女を用意して対応するということです。
同様に、ほもにも対応しますし、更には痴女宮同様に病気持ちは治してもらえます。
(こう申しては何ですが、頂く上代、例え上様であろうと、はたまたそこらの町人であろうと、門地身分その他で変えておりませぬ。太夫を所望なさるなら一晩の上代、金八十両を納めて頂ければ太夫を都合いたしまする)
つまり、将軍たる家光さんでも、はたまた商売が当たって成金になったり、富くじが当選して大金を掴んだ町人や農夫の方でも貰う料金は変わりませんよ、ということですね。
(ここだけの話、穢多非人と河原者、そして江戸普請の工夫切手や監獄国の工人状などの身分が聖環に出るものについては、非人割引とやらがございます…)
つまり、独身男性の比率が高い上に日頃から女性に縁のなさそうな業種に就いている労働者の方向け割引制度が存在すると。
これは、痴女宮の罪人割引を参考に定めたそうです。
(まぁ、百姓や漁師などが「なんでわしらは割引がないのだ、体を動かして稼いでおるのは同じなのに」とか言い出したこともございますのですがな)
(そういう者が現れた際には「糞尿や畜生の肉など、穢れたものを扱う汚れ仕事しか生業に出来ぬ穢多や、はたまた罪人扱いの非人身分に落ちる事になるが、それで良ければ近場の寺ないし神社に願い出れば身分を変えて貰えまするから、その後にお越し下され」と申しております)
(ただ…太夫と格子は客を選べますので、最初はもう少し格下の遊女にて遊び、感触を掴むことを勧めてはおりまするが…あと、南蛮語しか喋れぬ紅毛人は、南蛮ことばを解する遊女をあてがう必要がございますので、少しお高めに頂いておりまする…)
ただし、高級娼婦である太夫と格子については、態度や言動がよろしくなかったり、はたまた過激な変態趣味を持っているお客を断る権利があるそうです…ですから、身に覚えがある客はまず、格下の遊女を利用して「わしは太夫とも遊びたいんやけど、いけるやろか」と打診する方が無難だとも申しておいで。
(まぁ、この世には様々な神や仏がおわすので、信じるものによっては女遊びを悪しき習わしとして忌み嫌うやも知れませぬな)
(べらこ様のところでは、元来は女遊びは男を堕落させるから、男あしらいに長けた遊女と遊び身上を潰すことなかれと教えておられるようでございまするが)
(ほほほ、聖母教会に来られたら、お気持ち程度で精気を抜いておりますよ…)
ほんとは無料の場合もあるんですけど、そうして欲しいならば罪人扱いの強制労働に合意して、例えばカランバカや灸場のような特定罪人労働区域に送り込まれる必要がありますけどね…。
(まぁ、宗教上の戒律で女遊びは害悪だとか言ったり、お坊さんに女遊びはだめとか女断ちをしろとか言うのは、その宗教の都合であって、吉原側では断ることはしない、こうですよねぇ)
(左様、坊主の都合は坊主の都合、我らの側では拒みませぬ)
(ただ、あまりに倨傲が過ぎたり破戒にも程がある場合は奉行所に一報、入れるか遊びを断ることもございますが、これは町人やお武家様でも同様)
(わしはえらいんやとか、かねもってるぞとかじまんするだけならええけど、遊女につらくあたったりしたらことわらすで…じんじゃのみこ扱いしとんのをわすれてもろたらこまるわなぁ)
(つまり、比丘尼国なら誰もが崇めるべきおかみ様に仕えておる巫女に過ぎたる振る舞いを為せば、それはおかみ様に弓引き刀を抜くも同じとは登楼の際にお伝えしておりまする)
これも、痴女皇国や聖院と大筋では同じです。ただ、男尊女卑プレイがしたい場合は淋の森に来て貰うか色街旅館を利用してくれというのが痴女皇国の対応、ですね。
「で、べらこ…ぱんちにききたいんやけど、おまえとこでぼうずに女となかよくすんなとかおしえとったか、きいてくれへんか」
(いやいや、僕は…弟子に無理強いはしていませんよ。それに僕に従い修行や瞑想をした方が良いと勧めたのは悪人や、マリアヴェッラ陛下のお国の罪人のような罪を犯した者ですね。世俗の暮らしをして悩まぬ者にまで、無理からに僕の話を説いて聞かせることはしていません。悟りを開く気になるものが聞けば良いというのが僕の元来の姿勢であって、比丘尼国の皆様に伝わる仏教とやらでは、僕の死んだ後に弟子や学者たちが付け足しで色々言ってるとは思いますが、僕自身は元来、無理強いしないようにしておりましたよ)
と、当のパンチさん本人から。
これにはええっという声も出ましたけど。
(だって、自分でわかろうとしないと、数学にしても詩文にしても織物縫い物、あるいは身の回りの品々を作る細工工芸のやりかたにしても、自分自身の身につかないでしょ? 農夫でも魚獲りでもやり方があるんだから、それを学ぶ気がないと成果が出ないだけでしょう。僕が元来教えてたことって、ごく単純に言えばそこが出発点。そこから悟りの道が始まるんですよ)
そう…この話でのパンチさんは、無理強いしない人なのです…。
ただ、逆に言えば、ある意味では人を突き放す考えの人でもあります。
(だから、女遊びをするもしないも本人の選択なんですよ。人がとやかくダメといっても、聞く耳がなければ聞いてくれないのです。瞑想にしても同じで、女性のことに気をとられたら悟りが開けないままだから、ちょっとは女の人と仲良くするのを控えようって気になってくれないと、いつまでたっても一定の境地には辿り着けないから、人から言われたり無理強いされるんじゃなしに、自分でそうすべきだと思いますけどねぇ)
つまり、何がなんでも絶対に戒律を守れやという風には押し付けていないのです。
ましてや、僧侶という身分で縛るのではなく、自分に付き従う者をお弟子さんとしていただけだとも申されます。
(波羅門がそうなのですよ…階級を与えられて救いの道が開けるなら、誰もがその階級を目指すでしょ?比丘尼国のみなさんでも、戦士になって剣を与えられたら特権を得られるようだけど、戦士に必要な学びごとを極めるのとはまた別じゃないですか)
(確かに釈尊の申される通り…剣の道は剣法を修行して身につくもの、師匠に厳しくされたとしても、それは己が剣の道を選んだがためであろう…)
で、このお話の比丘尼国では、身分を移動することは全くダメ、と言う訳でもないのです。
才能があって優秀であれば、神社や…慈母宗尼僧からの推挙があります。
議会制民主主義社会ほどではありませんけど、それなりに自分の進路をある程度は選択する自由、用意されているそうです。
ですので、お坊さんたちが女遊びはダメとか言うのは、あくまでもお坊さんたちの教えの都合であって、一般民衆に押し付けたり、あんなけしからん施設があるのは世のためにならんという意見はあくまでも、意見。
そのけしからん施設とやらに営業許可を与えたり、または禁止するのは行政側の権限の範囲でするべきでしょう。
ですから、売春施設があるのに利用できないから我々は一般女性を誘い込む施設を作りましたなんて言い訳ですけどね、重ねて申し上げますけど、いくら何でも言いがかりに近い話でしょう…あたしが聞いてもそう、思いますよ。
しかし、吉原側にも全く片手落ちがないわけでもないのです。
この時代には、いわゆる立ちんぼさん…夜鷹という名称の売春婦がいました。
で、吉原の色里を開くのに際して、この立ちんぼさんたちを一旦は一掃してしまい、吉原や品川で働ける売春巫女さんに変えてしまったのですよ…。
つまり、こっそりとお坊さんが女遊びをする立ちんぼさんはいなくなるか、いても特定地域での営業に限ってしまったので、立ちんぼさんを買っていると人目につくようになってしまったんです…。
そして、こうした吉原や品川の利権を守るため…もっと言えば、売春組織として存在している比丘尼国の神社の縄張りを守り精気収入を上げるための政策、朝廷はもちろん幕府も取っていました。
「で、智泉院事件を引き起こした僧侶は中山法華寺の出身であった…そうじゃ、あの上人の教えが絡んでおるのじゃ…」
ええ、このお話では迷惑僧侶たる、あのお方の教えの害をこうむったことにしたいのです。
何かあると国難につなげて日本は滅びますぞとやるような宗派扱いだそうですし…。
実際のその宗派の方には申し訳ないんですけど、お経を唱えてわしところの寺に頻繁に参詣せよ、あと欲望に身を委ねて散財蕩尽する余裕があるんやったらウチに寄進しろ、ましてや女に懸想してお尻を追いかけ回すなどはもっての他だというのが教えらしいんですよ…。
ええ、これだけで吉原やお風呂屋さんなどの他の売春業はもちろん、そもそも比丘尼国の神社に喧嘩を売るような話になってしまうでしょう。
「皆の者、しかるに私も公方様も、ここな吉原の真の姿を知るところである。更にはおかみ様への供物として男の精気を献上するためには、吉原神社のみならず最寄りの神社に参るのが比丘尼国の男の習わし、違うか」
しーん、という沈黙の後に、そうだそうだ、老中様の申される通りだという煽りを忘八さんたちが入れています。
つまり、比丘尼国では売春は正義。
普通に推奨行為です。
それを、お寺を開いたお坊さんの都合であーだこーだ言われても困るのです。こればかりは比丘尼国とほぼ同じ精気収受の行政を敷いている痴女皇国も深く同意します。
「わしはしゅうきょうの自由はいちおう、みとめさしとる。いえめんのろんげを信じようが、てんじくのぱんちを信じようがべつにかめへん。せやけど、神社でやっとることにけちをつけられるのはこまるし、何よりここにおる男どもに聞きたいんやけどな。うちのじんじゃであれがでけんかったらこまるやろ?」
ええ、おかみ様のおっしゃる通り、坊主の都合で比丘尼国の習わしや決まり事、勝手に決めんなとか…それはもう、結構偉いお侍さんやら朝廷関係者までが身分を隠してお客様で来ている今の吉原です。
その吉原を、諸悪の根源であるかのように言い放つ事など、皆さんの怒りを買っても仕方ない話に思えます。
「更には、公方様の吉原通いはこうして民草の様子をお忍びで伺うためである。そなたら、正にこうしたあらぬ風評の害、公方様が巷を知るか知らぬかで沙汰、全く変わるようには思わぬか」
と、柳生宗矩さんが申されます。
すなわち、将軍様が女遊びとは何事かと目くじらを立てて怒るのもいいが、こうして君主が城下の町の暮らしを知っているのと知らないのとでは政策に大きく変わりがあるよ、女遊びも含めて、民衆のことを知っている君主の方が良くはないか…と誘導しておられるのです。
それとですねぇ、家光さんのほも趣味。
実は、ある程度までは町民にも噂が知れ渡っています。
ただ、これも戦国時代やそれ以前の風習で、奇襲や全力戦に明け暮れていた戦場の陣地で、女性を都合してどうこうするのは危険も伴うだろうから、女性の代用として少年を小姓として側に控えさせたりする風習を知る者からは「まぁ仕方ないよね、むしろ口うるさい女房や女どものご機嫌を取るよりは売春やほもの方が気楽でいいじゃないか」などと、現代のほもの方々や風俗大王の皆様の言い訳にも似た擁護意見も出ているようです。
ようですが。
(もちろん、ほんまのところはな、いえみつやわかい幹部たちにやな、おんなどもに隠れてほもらせたるのと、ほもも偽女種もおんなもぜんぶいけるようにするためにもよしわらにかよえいうとんのや…)
(おかみ様、その目的ばかりは瓦版屋に漏れることなきように…)
(うむ、あいつらもとりつぶしができるようにしとかんとな…あいつらときたひには、すきゃんだるをめしのたねにしよるからな…)
えっと、江戸時代からいわゆるマスコミに該当する商売、ありました。
そして、中には火がくすぶっているところに火をつけて煙を立てるのはまだしも、火のないところに煙を立てるような捏造まがいの記事を市中に撒くようなこともあったそうです…。
(しかしながらおかみ様、主たる瓦版屋には風魔衆や伊賀衆、甲賀衆より選りすぐりましたるくのいちを草として忍ばせ、我らの手の内に置きつつございます…無論、くのいち共につきましては神社にて床技を修行させておりまする…)
(せやったな、むねのり。わしとしたことが、おまえらが頑張ってよろん操作をしこんでくれとるのを忘れとったわ。このとらじろうのいっけんも、よしなにたのむで)
(は、お任せあれ)
で、宗矩さんの発言は、将軍様のお忍びを正当化するため…この吉原にお客として来ている男性陣の支持を集めるためなのは明白でしょう。
いわば、この場の男性はほぼ全て、同じ穴のむじな…特に妻帯者は奥様に隠れて遊ぶ、風俗大王の立場なのです…。
「皆、安心致せ。此度の騒ぎで大奥についてもおかみ様主導で手を入れ、おなごはおなごで偽女種を買えるか、神社の手伝いを致すようにする風潮を広めようと余は考えておる。であるな、信綱」
「はっ。そもそも、我ら男が遊んで女は家を守れというのも殺生な話。妻の妻たるやの掟ばかりを押し付けて息抜きをさせぬもこれはこれで良くはなき話であろうとの上様の仰せでありましょうぞ。しかし、家事をおろそかにされても男は困るということで…」
「でな、ここにおるべらこのくにでは、教会…つまり、あかげの南蛮人どものための神社があるんや。で、むこうでは7日を1週間と決めて、そのうちの1日についてはしごとをやすむ、にちようびなる日としてさだめておるのや。そして、その日におとこもおんなも、教会にきてあまさんを相手するか、おんなはあるばいというんか、りんじにあまさんとしてやとわれて男をあいてするのや」
ほうほうなるほど、うまいこと考えましたなという反応、多数。
「さらには、ぱんちのおしえの流派のひとつで、このべらこに似たほとけさんをまつる寺があって、そこはおとこのぼうずやなしに尼さんがしきっとるんや。これだけで、おまえらにはなにやってるかわかるやろ?」
この反応にはおおっ、という声が上がります。
更には、貿易船の乗船経験があるのか、南洋慈母寺や聖母教会を知っている男性陣数名から「そうそう、痴女皇国という巫女の国の皇帝陛下がベラ子様で、その領土にある教会やお寺はだな、おかみ様の言う通りで女遊びが出来るのだぞ」という話を周りにしてもらっているようですね。
「そういうわけやから、このよしわらも、いうてみたら建前の上ではよしわら神社のみこさんがあるばいとしてる形にしとるのもわかるやろ。それだけやなしに、寺の方でもおまえら男が遊びやすいように色々したるさかい、ぼうずどもにはあんまし、つらくあたらんようにしてくれ。それと、おなごがじんじゃやてらの手伝いをすることだけはみとめたってくれや」
まぁそれは仕方ないよねですとか、そもそも江戸を離れたらいまだに夜這いとか自由な男女関係もやってるよねとか、女が遊ぶのは本気にならなければいいかなという方向で、吉原一帯の男性陣の意見が統一されていきます。
(まぁ、そんなわけでおまえらにはあんましつたえてへんかったけどな、よしわらがあることに文句をつけるれんちゅうをだまらすひつようもあったわけや…)
そして、吉原や品川などの遊郭地帯、比丘尼国では神社の巫女さんを経験した女性を雇用しています。
即ち、吉原神社が正にその巫女教育を担当する施設なのですが、売春と巫女種神職の基礎を教えた後に、一種のみなし公務員として吉原に派遣する体裁を取っていますよ。
ですから、連邦世界のかつての吉原のように女性は全て遊郭住まいではなく、吉原神社の中の寮に住む女性と遊郭施設に居住する女性に分かれています。
(格子と太夫は吉原寮の住まいですが、それ未満の遊女には忘八女房という女中当番がありましてな、忘八と一緒に郭の諸々の面倒を見る役目が巡ってくるのでございます…)
(まぁ、吉原神社の厄介になった時点で、おなごには読み書きそろばんに女中の務めを習ってもらうこととなりまするが、その代わりに衣食住全ての面倒を見てもらえるのでございまする…)
つまり、比丘尼国の制度として「連邦世界の吉原では借金のカタに身売りされたり、はたまた口減らし人減らしのために売られた女性」に相当する境遇の女の人や女の子を救済するための半公営福祉施設でもあるのです、比丘尼国での吉原は…。
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「しかし、そもそもこの虎次郎めは何故に柴又からここまで来たのであろうか…。小塚原ならばこの吉原から半里とかからぬから、虎はもちろん犬の足でも充分に近いと言えようが、下総国となる葛飾柴又から吉原は三里はあろう…しかも途中に大川が3つはあったはず。虎の身では橋関所はもちろん、農民渡ですら乗れまいに」
で、騒動も終息した後、再び吉原神社の境内で虎次郎くんを撫でながら独り言のように疑問を口にされる家光さん。
「それがですねぇ…とらじろうくん、そのみせものごやのごはんにふまんがあったみたいなのですよ…それと、とらじろうくんはおすです…にんげんの男性とおなじで、とらにもめすがひつようみたいなのです…」




