ラ・マンチャの女 -Mujer de la mancha- 7
さて、列車は連邦世界ならシェリー酒の名産地だというヘレスなる町を過ぎて、カディスの港付近にある湿地帯に差し掛かっています。
ヘレスからはまっすぐカディスに進むのではなく、エル・プエルト・デ・サンタマリアという町からカディス湾に沿って時計回りにぐるっと回って砂洲の先にあるカディスに達するように線路が敷かれています。
しかし、先程も申しましたが、カディス湾に沿って進むとなりますと、連邦世界同様に、海岸の軟弱な地盤や湿地帯を避けて内陸部に大きく迂回するか、はたまた、場合によっては水上を進むルートを選ぶかの二択となりました。
で、現地を視察したまりりからのオーダーは「海、見えるようにしようよ。観光の目玉になるじゃん」という意見を実現するためにはですね…さながら開通当時の新橋〜横浜間を思わせる光景にせざるを得ないだろうと関係者が頭を抱える話になりました。
(なるべくなら高架橋や橋は作りたくなかったんですけどなぁ)
(この時代だと保守技術、特に鉄橋はねぇ…)
ええそうです、そんなもの作れば防錆用のペンキ塗り職人の育成から始めるか、エマちゃんやカシウスちゃん、ロンギヌスちゃんといった「できる人」にお願いするハメになってしまいます。
で、悩んだエマちゃんと私の答え。
(オーストリアのセメリング線の石橋あるでしょ、橋梁構造、あれで行こう)
(なるほど…あれやったらこの時代でもあんまり違和感ありまへんな)
で、その石橋とやらなんですけど、具体的にはセメリング線、またはゼンメリング鉄道と言われる区間にこんな橋が合計100箇所は存在すると思ってください。ちなみに皆様の地球だと世界遺産に指定されているはずですよっ。
で、こんな橋を海岸沿いの軟弱地盤の上に建設しました。ただ…単に石橋を作っただけでは沈み込んだり、地震や津波でも来ようものなら根元から倒れかねません。
という訳で、まずは線路を敷く予定地…軌道敷にコンクリートならぬ石の杭…それも地下数十メートルにまで達するものを何百本も打ち込んで安定させることにしようとなりました。
更に、人工…というべきでしょうか、エマちゃんがその杭の上に石盤を並べて一種の人工地盤を構築。その基礎の上に石の高架橋を建設しています。
これ、実は宮城県の利府に存在する東北新幹線の車両基地と、その付近を走行する新幹線の高架橋を建設する際にも取られた工法です。
高速で走行する新幹線の本線線路はもちろんのこと、夜になれば何十本も新幹線電車を留置する車庫だけでなく、作業工程によっては精密さを要求される整備工場もその敷地に存在しますので、地面を安定させることは絶対条件だったと緑社の方からも伺っています。
もっとも、利府基地…新幹線総合車両センターは、コンクリートの杭を打ち込んだ上に、トンネルを掘った際に出た土を何メートルも被せて土の重さをかけて安定させていますが、こちらではエマちゃんが人工岩盤を構築して重石にしていますね。
(杭や人工地盤はもちろんですけど、石橋にも例の結晶生命体を仕込んで自動保守させますわ…橋脚部への塩害はもちろん、潮風による劣化や風化は起きると思いますさかい)
で、実際にはローマの水道橋まがいのご立派な石橋が海岸に沿い、時には海の上に出て延々と伸びる光景が出現する事になりました。
そして湿地帯はもちろんのこと、ヘレスから先はグアダレテ川やサン・ペドロ川が作り出した沖積平野ということで、路盤が安定するまでは速度制限をかける話になりまして、この界隈の最高速度は時速100キロから140キロに制限されています。
(それでも並の蒸気機関車牽引列車に比べたら充分以上に速いんだけどねぇ)
(貨物は85キロ制限に設定してますしな)
と言ってると、またしてもカディスからマドリードへと向かっているとおぼしき試運転列車が、反対側から。
普通の機関車に比べてかなり低い屋根の牽引機が、芋虫を連ねたようなタルゴ客車を引っ張っている急行用編成です。
(まりり…あの機関車も改名よ…S801型って何よ、新車の時から腐ってる名前にするんじゃないわよ…)
えーとですね。銀色の車体に赤帯を巻いたS354というディーゼル機関車が、かつてのスペインには存在しました。
もちろん、連邦世界でのお話です。
このS353/354型機関車は、屋根も車体も連結器位置も低いタルゴ客車の専用機関車として作られましたが、後に客車側で他の機関車に対応できるようにしたために用途廃止されたものです。
で、我々はスペインの博物館に保存されたそれの車体をベースに精気駆動システム一式を載せて急行用機関車として使うことにしました。
何せ、タルゴ専用機として設計された、軽く小さく低い車体は魅力的でした。
とにかく、普通の客車とはあまりに違う姿のタルゴのために作られた機関車というのを理解して頂ければと。
実際にどんな機関車かは天の声のTwitterに載せたそうです…。
https://twitter.com/725578cc/status/1602488445565181952?s=20&t=gN_w3qNtHND5JfomHDOnFg
https://twitter.com/725578cc/status/1602489685187919872?s=20&t=gN_w3qNtHND5JfomHDOnFg
更には、痴女皇国仕様では時速250キロ以上での走行を可能とする精気発電機と駆動用モーターを装備。
前後に機関車を連結すれば、時速300キロすら出せる凶悪仕様で量産型を出場させています。
しかし、何故にこの機関車に腐った数字など付けたのやら。
(やおい漫画でマイムマイムしてたの連想した)
まりり。
ちょっとカディス着いたら海に投げ込んでいいかな。
オルカのじょーい君たちがいたら、サメ呼んでもらうから。
(ふっ、りええ如きに遅れは取らねぇぜ)
(ねーさん。それよりもあそこに今マルセイユ型かサンティシマ型の帆船いませんか。船尾からロープで吊して全力航行する方が効きますよ)
(分かった。まりりの分のイワシの蒲焼弁当、あたしが食べるから。着いたら休憩の時にって用意してくれてるらしいよ。あ、ベラちゃんの分はイザベルさんに回すからねっ)
(汚ねぇぞ!)
(そんな鬼のような行為が許されていいんですか!)
ふほほほほ、かかりおったわ。
ちなみにこのお弁当、セキュリティエリアの中にある乗務員休憩室で配給を受けますので、いかに金主たるまりりやベラちゃんであろうとも簡単には入って来れません。
あ、まりりはテンプレス・レイルウェイズの社長だからいけなくはないか。
(パイセン、食べ物の恨みって怖いの、わかってますよね…)
(今度父が浜名湖のうなぎ送ってくれるんだけど)
(ひ、卑怯者ぉおおおおおお)
(ベラ子、今度比丘尼国に行ったら稚魚を捕まえてこよう…)
(っていうか痴女島の辺の川ってウナギ育つ環境なんかい…)
(聖院湖での養殖を試みてやるっ)
(連邦世界でも稚魚から養殖できるんだし、自分で食べるんなら普通にあっちで買って来なさいよ…)
さて、食事の必要性がないはずなのに食い意地の張った皇帝姉妹はほっときますとしても、カディス湾です。
この辺の線路については先ほどご説明しました通り、連邦世界の同区間からすると大幅なショートカットと、車窓の眺めを重視した設計になりました。
まず、カディス近辺の地図をご覧ください。
で、連邦世界での鉄道は湾の奥、陸地の方へぐっと迂回して大回りしています。
おおまかに申し上げますと、線路は2枚目の地図の高速A4号線…黄色い線に並走するように敷かれています。
ですが、我々は海の上を行くがごとき景観を出現させました。
具体的には、プエルト・レアル駅を出るとカディス湾に向かいます。そして遠浅の海岸線から少し離れた海上を緩やかな曲線で進み、サン・フェルナンドの街手前で再び陸上に戻るコースを取るようにしました。
で、インドのほとんど最南端にあるラーメシュワラムへ向かう鉄道が途中で通過するパーンバン橋や、はたまたタイのロップリー県にあるパーサック・チョンラシットダムのダム湖を渡る線路のような光景が出現することに。
(ただ、いくら湾の奥に作ると言っても、あそこまで低い橋だとちょっとスリリング過ぎますやん…ですから、カディス湾に敷いた海上高架橋はパンバンの道路橋と鉄道橋の中間くらいの高さにしてますよ)
とは、エマちゃんの解説です。
で、実際にここを通過する際は、複線の鉄橋ならぬ石橋を通過。
更には、風速25mを超す風を検知した際には目立たないように設置した収納式の防風板が展開するようにしました。
(もっとも、湾の入り口の港へ出入りする帆船のためにも鉄扇公女能力を使った域内気象制御を入れてるんですけどな…まぁ、強風で列車が転覆して乗客もろとも海の中へ真っ逆さまなんてことは絶対にないように二重三重の防衛装置を置いてると思うて頂ければ)
そして、この区間、やろうと思えば曲線半径から逆算しますと…S1919型やタルゴ列車なら時速180キロで通過することも可能です。
しかし、先程も申し上げました遠浅の砂州や湿地帯の上に強制的に杭打ちして固めた上に人工地盤を敷いて橋を建設した場所です。
地盤や路盤の安定を確認するまでは無茶はできません。
何より、この絶景を楽しめる程度の速度で流すのが筋というものでしょう。
そこで、この区間では試走を重ねて最高時速100キロ、営業運転時には時速80キロ程度で「流す」走行時刻設定で行くことに。
(確かにこの線路の案についてはりええと散々に言い合ったけどな…乗客サービスにはいいだろ?…)
(絶景というものですね。しかしパイセン、海を見たいというお客さんが片側に集まるとかありませんかね)
(だからこの区間、最初は急行以上しか走らせないようにすんのよ…座席以上の人間を乗せなきゃ、そうそう偏りが原因のトラブルにはならないわよ…)
確かに、町や港が発展すれば、いずれはサン・フェルナンドやプエルト・レアルからカディスに通勤したり、あるいは逆の流れができるかも知れません。
しかし、最初は通勤列車を走らせるほどの需要はないでしょう。そうした現代風の生活がこの地に根付くには5年から10年は要すると私は考えています。
まずは、カディスやプエルト・レアルにエル・プエルト・デ・サンタ・マリアといった従来からの港湾を整備して貨物港として機能させることと、船と鉄道との間の貨物の積み替え設備を建設することが先でしょう。
言ってみれば、このS1919型や他の客車列車、人口が増えるまでの走る宣伝広告…客寄せパンダのようなものです。
ただ、単なる客寄せパンダだけではなく、現地採用の運転士ほか、鉄道員を養成するための実地教育施設でもあるわけです。
これは、ストラスブールや江戸〜横濱間でも同様の措置を取ることになっています。
以前もお伝えしましたが、この世界では民主主義とか以前に現代的な都市生活を営むという文化自体がまだまだハッテン途上。
お客様予定の皆様だけでなく、乗員や駅員など鉄道という文明の産物に関わる全ての人に「慣れてもらう」必要があります。
(流石にあの横浜の赤い電車の利用者みたいなさ、よく訓練されたプロの乗客が育つかどうかは期待しないけどね…)
(あれは異常ですよ…あたし横須賀基地に寄港したテンプレス2世に戻る時にあっち乗るハメになったんですけどね、突然行き先が変わるとか運転中止とか一体なんなんですかあの電車)
(文句はあの会社に言いなさい…)
ええ、ベラちゃんが操船訓練で海上自衛軍の横須賀基地に行った際に、実習艦としてテンプレス2世ごと行ってるんですよ。
さすがに連邦世界の横須賀で私たちサイドが勝手に航行するわけにもいきませんので、本当なら「かが」か「あかぎ」で実習しようという話にしたかったそうですけど、両艦ともに多忙な航行スケジュールを組まれていてベラちゃんの訓練だけで動かすのは難しいとか言われたそうでして…。
では仕方ないと言うことで、テンプレス2世を連邦世界に持ち込んで実習用に使うことになりました。
以前、アルトさんのお話にも出ていましたけど、連邦世界で日本や連邦政府を支援したり航行する必要がある場合に備えて、レンタル船として活動する際の船籍を貰っているのは、テンプレス2世が国土局海事部の所轄であることから私も知っています。
https://novel18.syosetu.com/n5728gy/89/
で、その際には海上自衛軍の航空機搭載護衛艦「すずや」として活動するのですけど…。
Self diffence force Navy, Japan. DDCV-199 Suzuya.(HMS Temptress 2nd, Imperial of Temptress.)
(ちなみにこの名前の命名はねーさんです。あたしはホ別3とか5という行為を連想させる船の名前だっての、教えられるまで知らなかったんですからね…)
(いくらうちの国が売春を国家事業にしてるって言っても、まりり…ちょっと考え直さない?)
(あたしはいまだに樺太を返す気がないロシア政府への抗議の意味を込めて案を出したんだけどな。海上自衛軍の皆様も防衛省のお偉いさんも田淵総理も快く賛成なさったぞ)
で、実習中は分体を池尻大橋のマンションから通わせていたらしいんですけど、ある時に雨で横須賀線が止まった事があった際に、振替輸送で赤い電車に乗る羽目になったようなんですよね、ベラちゃん。
ええ、あの赤い電車をお使いの方ならお分かりでしょう。
逝っとけダイヤとやらが発動して、いきなり列車種別や行き先が変わったり運転取り止めになった電車が折り返し品川行きに変身するとか、あの電車を日常的に利用しておられる方以外は恐慌状態になってもおかしくない状況が出現するあれに巻き込まれたベラちゃん、私に救いの心話を求めてきたんですよ。
ですが、あの電車が混乱した場合は「そういうこともある」以外の知識を持たなかった私としては、とりあえずホームの案内放送をよく聞いて行動することや、他のお客さんの意識を探って対処方法を学習しろとしかアドバイスできませんでした…。
(とにかく行きたい方に向かう電車が用意されるまで待つ方が間違いないって言われましてね…何かこう、お客さん全員が防災訓練やってるような雰囲気だったのが強く印象に残りました…)
(確かにあの線の乗客はプロだ、間違いねぇ…)
(しかし、住民全てが普段から兵士や騎士のような訓練を受けているほどに育てるまでには大変な労苦を要しますでしょうに…)
(イザベルさん。あれは日本人でも選ばれた人種だ。そして、あの赤い電車の沿線に住むと否応なく非常時にはあれに慣れるように訓練されてしまうんだよ…)
(ベラ子陛下の体験は教訓とするには異常すぎる、これは間違いありませんわね…)
まぁ、そういう事にしておいてください。
(しかし、この砂州には松でも植えた方が良いのでは?)サン・フェルナンドから再び陸地に戻り、カディスへの砂州に差し掛かった列車の車窓の感想でしょう。ベラちゃんが申しますが。
(灌木くらいしか生えてないし、確かに殺風景よねぇ。まりり、天橋立から松を分けてもらえないかな)
(んなもんより絶林檎を植えた方が手っ取り早いだろ。緊急食料にもなるし)
(やめようよ、これ以上海辺にあれ植えるの…迷惑よ…)
(防砂林にするにはあれが手っ取り早いんだよ…いや、松でもいいか)
悪い予感がしましたので、まりりに聞いてみます。
(あのさぁ、確か松って赤松とかクロマツって種類あったよね。何を植えるつもりよ)
(赤松だな。で、根元に生える茸が取れるようにもしたい)
(ベラちゃん。お姉さんの頭、悪いけど殴ってくれるかな。はりせんでいいから)
(理由もないどつき芸懲罰には加担できませんよ、パイセン)
(まりり。松茸を植えたいのはわかるけどさ。まさかその松茸)
(もちろんファインテック茸島支社で開発した変種だ。マラタケという名前もついてんだけど)
すぱこーん。
またしても、いい音が響いた気がしました。
確かに、タケリタケとかいうち○ぽそのものにしか見えないキノコが存在するのは知っています。
そして、茸島で絶賛栽培中の痴女皇国戦略指定物資たるインポタケ。
あれの改良版、収穫タイミングを逃して地表に出て来たものについては…タケリタケ以上に、男性のそれにそっくりな外観なんですよね…。
ええ、あれの栽培地の管理も、クレーゼ通商産業局長の管理に移管するまでは私の率いる国土局と、友人の田野瀬麻里子が仕切る文化教育局との合同所轄だったんですよ…。
ですから、インポタケの外見もよく知っています。
で、インポタケは改良種も開発されていますが、もともと茸島でないと育たないマッシュルームが原型種でした。
そして、欧州でも栽培や野生種繁殖が試みられているようですが、いまいち定着しないとも。
(だからカナダあたりでも繁殖してる松茸を原型種にしてだな)
ぱちこーん。
(言っときますけどねパイセン。あたしの意志だけでこのはりせん、動いてませんからね)
(知ってるわよ。アレーゼ本部長の使ってたはりせんでしょ?)
うん、まりりがあまりにいらん事したら勝手に動いてしばくの、見た事あるから。
さて、この時代のカディスという港町ですが。
先ほどお見せした地図の通りで、スペイン本土から砂洲で繋がった島状の地形に町と港が存在します。
こうした理由は、帆船というものが何によって進むかを考えれば明白でしょう。
つまり、風向き次第ではすぐに大西洋に出て行けます。
よって、港はカディスの町の北側を中心に作られており、貨物駅もその岸壁の根元に設けることに。
いくつかの民家は移転を余儀なくされましたが、だいたいは連邦世界のカディスと同様の状況となっています。すなわち、半島北端の旧市街の東側に港が広がり、その根元に貨物駅と旅客駅が存在することに。
それと、カディスは従来は軍港でもありましたが、今後はさらに貨物船の出入りが増えると予想されていますので、カディス湾を挟んで北側のロタという街に海軍基地を置こうかという話もあります。
(ただ、これは反発の声もあるんだよ…軍人さんたちの為の聖母教会…カディス聖堂を作ってるからなぁ…ロタにも売春施設や聖母教会を作るべきかとか)
(当面はカディスを海軍拠点としても引き続き運用する方向が望ましいかと。それとマリアリーゼ陛下、エドワード商会への傭船として海軍艦を輸送艦隊として貸しております一件がございますから、なおさら今はロタを整備するのは時期尚早かと存じます)
(確かにイザベルさんの言う通りだな…輸送船が足らないってんで海軍の船も駆り出してんだよなぁ)
これもちょっと、事情を説明しておいた方がよさそうですね。
従来のスペイン海軍のお船、今は軒並み大砲を下ろして連邦世界のイタリアの会社から買い付けた機関砲や速射砲を積んでいます。
(で、余った砲は陸軍に回すと)
(痴女皇国が面倒見てるだけでも抑止力になるとは思うけど、とりあえず軍事力があるよという事はアピールしたいしな。それに駄洒落菌散布用砲弾を撃ち出す兵器は欲しいし)
まぁ、大砲のやりくりはともかく、こうした改装を行っている理由ですけど、アメリカ大陸やインド方面…果ては比丘尼国とを結ぶ輸送船の数が足らないのですよ。
有り体に申し上げて帆船ですと、あまり大量の貨物は積めません。
そして、冷蔵や冷凍状態の貨物を運搬できるお船の数はなおさら限られています。
生きた状態で牛さん豚さんを南米から運んでいる話も出たかと思いますが、これも、現地で食肉加工してもこちらに持ってくる冷凍船がまだまだ少ないからでもあるのです。
理由は、生体発電機を使えば冷蔵や冷凍に必要な電源は確保できますけど、肝心の冷蔵庫や冷凍庫、連邦世界またはNBから輸入することになるからです。
そして、今後は船自体も帆船ではなく近代的な船型の動力船形態を建造していく予定ですので、今から輸送用の大型冷凍庫や冷蔵庫を帆船に無理に積むよりは、専用設計の貨物船を建造した方がいいだろうとなりまして…。
で、痴女皇国の存在ゆえに暇になりつつある友好各国の海軍のお仕事を作るためにも、武装商船として改装した軍用帆船を各国の商会に傭船として貸し付けたり運送業を手掛ける商会…黒ひげさんやフズールさんの商会がまさにこれです…の集めた貨物を輸送する事業を始めています。
要は軍が船舶輸送事業を扱うから、民間の商会も利用してねとやっているわけです。
そして、軍が輸送を請け負うということは、万一の場合にはその軍を保有する国が貨物の損失を補償することになります。
(実際にはロイズなんかの保険請負会社も立ち上げてんだけどな、連邦世界よりは確実に儲からねぇのは確定してんだよな…その代わりに船舶保険賭博めいた悲喜劇は起きようがないんだけど…)
で、その縄張りを整理した結果、米大陸についてはスペインと英国が合同で船便を出す事になりまして…。
英国が今回の鉄道開業一番乗りをスペインに譲った理由、実は船員教育を英国で行い海事用語も英国様式を基準に定めて行く話を数年前から進めていたからでもあります。
つまり、海事関係に関しては英国を先任者とする方向で進めて行く代わりに、陸上輸送の近代化はスペインが先陣を切るということで無理からに納得してもらう事に。
(まぁ何だ、ヤードポンド法は悪ってことだな)
(おい)
で、軍隊が輸送を引き受けるという案ですが、実はNBの輸送事情を参考にしています。
開発開始当時のNBは、惑星を可住状態にしていく開拓事業とセットで人類の可住域を広げていく過程で、民間企業任せには出来ない諸々を当時の連邦宇宙軍や宙兵隊が引き受けざるを得なかったと教わっています。
そして、NBが独立を果たした後はその体制はNB各軍に引き継がれました。民間企業が育って来るまでは軍が公共事業を引き受けるというお話がこれです。
でまぁ、痴女皇国世界でも「革新的すぎる導入技術を使用した事業は現地の民間人に任せることもよろしくない」という判断のもと、ヘリカル水流ジェットエンジンや生体モーター機関、さらには精気発電機を使用する施設や船舶については痴女皇国が管理運用の主体となるように図っております。
この状況下で、まずは国家や軍が初期投資コストや人的資源の提供を行い、採算性が高まれば民間に技術や市場を開放して民間資本や人材の参画流入を図る計画が実行中であるのが、痴女皇国世界の諸産業とお考えください。
そして、三河監獄国や痴女島の工場…更には大英帝国でも工業地帯を開発して、輸送器具や梱包材…袋やロープなども含みますよ…を市場へ大量に提供することで、動力をなるべく使わずに物流近代化を推進することになりました。
例えば、木製のパレットや、それを持ち上げて動かすハンドリフトやあるいは船舶積み下ろし用の油圧リフト。そして荷造り紐や穀物類を入れる袋など、こまごまとした物に至るまでを三河監獄国と痴女島罪人工場では製造しています。
この輸送・梱包用の資材や器具が英国・スペイン・鯖挟国の輸送船で欧州や果ては米大陸や囚人大陸に運ばれて貨物輸送に使われるわけです。
やっている事は中世代の帆船を使った物流や貿易ですが、その実態は現代にも通じる作業や輸送管理に基づいたもの。
そして、相場変動を避けたいものについては国家が関与しているぞと誇示するためにも、痴女皇国とその傘下国家が国営めいた事業者に取り扱わせているわけです。
黒ひげのおじさんが経営するバーソロミュー&エドワード商会はまさにこの痴女皇国の政商とでも言うべき、聖母教会教皇庁御用商人の免状を得ている立場です。
(同様の立場に東方聖母教会御用達のバルバロッサ商会があるが、こっちはフズールが商会頭だな。そしてイタリアの主要商人…特に毒盛りの兄貴の親父さんとこ…ボルジア商会が筆頭政商指定だ)
こういう政商を雇用すると、普通は汚職だ何だとなりますが…。
(りええにベラ子。そもそも商人はなんで私腹を肥やしたり私財を溜め込もうとするんだろ)
と、聞きやがるまりり。
(えーとですね、例えば女遊びをするとしましょう。当然のように女の人に言うこと聞かせたりわがままに応えるために金品を贈り食事に誘う云々。つまり連邦世界の富豪と同じで、愛人さんなり奥さんなりに贅沢をさせる為の費用を稼ぐのも大きいのでは)
いかにも痴女皇国の頂点らしい発想ですね。
(んーとね、ベラちゃんの答えに付け加えると、この時代はまだまだ信用取引を実現するだけのもろもろ、特に治安がよろしくない時代だから、人を動かすためには賄賂だなんだは絶対必要に近いと思う。つまり、人を使う為の費用が突発的に発生しても大丈夫なように資産や資源を握っておく必要があった。これでどないだ)
(まぁ、だいたいそんなとこだな。ただ…痴女皇国があるなら、まず女遊びはあたしらが受け持つことが出来るから、女に過剰に貢ぐ必要はなくなるだろ)
そりゃまぁ、そうよね。
私たちは王族貴族富豪の買春には時価めいた代価を頂く建前だけど、逆に言えばそれが貰えるならば、あとの贈り物類はおまけ。
そして本当ならチップめいた支払いはボッシュートです。ですから仮に…ダリアがどっかの王様をお相手して、首飾りでももらったとしましょう。
規則では、この首飾りは元来なら痴女皇国に献上すべきとなります。
ただ…こうした贈り物は贈る側の面子やら何やらが絡みますので、一旦は厚労局か内務局の預かりとなって、改めてダリアに渡されます。
そして、裏を返せばこの「規定料金以上は元来は頂戴しない」制度、女性が要求したがために無用な浪費を男性に強いることを防止するためでもあります。
少なくとも、痴女皇国の提供する富裕層向け売春を利用するならば、傾国の毒婦だの魔性のなんとかに悩まされ国を傾けたり潰すことはあり得ません。
(女に入れ込んで身上潰さないためにやってるんだからなぁ、せいぜい利用してもらわねぇと)
ですから、痴女皇国の提供する女性を買春する時点で清廉潔白とは言えませんけど、後世に名を残す暗君にもならないと言えますね。
そして、女の人に喜んでもらったり気を引くためのお屋敷やら衣服などの調達、ひいては料理人や使用人の雇用も浪費の原因ですが、ここにも痴女皇国の介入が入ります。
そう、私腹を無理からに肥やす必要もないわけです。
商人の側でも、結果的に保有資産を安心安定して投資や事業運営に振り向けられますし、御用商人や大商人であれば逆に積極的に聖母教会や娯楽館への訪問を奨める話もできるというものです。
(なかば強制している人もいるのは内緒で)
(黒ひげは女に転ばないくらいに意外な堅物ですからほっといても大丈夫でしょう。逆に、こちらから強制しないとオリエンテ宮殿すら避けますわね)
ああ、そうですね、ティーチさんはこの時代の海賊出身者ですから、特に禁欲的なまでに自分を抑える癖がありますよね…。
などと話をしつつも、列車をカディス駅に停車させます。
この駅の構造や周辺の状況は次回でお話することにしましょう。
…まずは、まりりとベラちゃんを餌で懐柔、いえもとい調教しなくてはなりませんから!




