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こんにちわ、マリア Je vous salue, Marie  作者: すずめのおやど


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ラ・マンチャの女 -Mujer de la mancha- 6

確かに、まりりの話は事実です。


鉄道を使えば、それまで、担ぎ屋さんやロバやら牛やら馬で運んでいた陸上輸送手段とは桁違いの輸送力の恩恵を受ける事になります。


しかも今回のスペイン、幹線は最大で4,000トン級の重量貨物列車を通すことを想定しています。


ですけどね。


仮に4,000トンの小麦なりトウモロコシなりお豆なりお芋なり、いきなりマドリードに運び込んで(さば)けるのか。


倉庫や市場までの運搬、どうすんの。


更には値付けや流通・販売手段などの問題を解決する必要がありますよね。


むろん、食料だけではありません。


様々なものが運ばれて来たり、あるいは港を目指して動いてゆく事になります。これらについての物流も、今までのように行商人やらに頼る訳には行かないでしょう。


郵便にしても(しか)り。


ここで、中世欧州郵便事情の一端をご紹介しましょう…多分、知らない人は絶対に驚くと思うのです…。


(ほら、イザベルさんに教えて頂いたあの件。肉屋さんに頼むって…あたし、それ知った時5秒くらい口を開けてましたよ…)


(わたくしも故国(フランス)で早文を出す時はそれでしたわよ…今は聖環がございますし、実家にはパリに潜んでいる者を経由してあがもごごごご)


(イザベルさん…それはまだ機密事項だ…しかし、肉屋郵便ってのは本当に存在してるんだよ…肉を鮮度の高いうちに届けるってのがあってな…それを繋いで飛脚のように使うってのが、下手に自分で早馬を仕立てるより早いとかな…)


ええ、まりりが頭を抱えてますけど、これ…つまり、肉屋さんが新鮮なお肉を届けるために走らせている早馬にお手紙を託していた件、事実でした…。


しかも、この時代は連邦世界での歴史同様、イギリスに端を発した郵便改革なんて、まだ起きていない時期です。


封筒という概念すら存在しません。


(日本の飛脚に該当する郵便屋に出すにしても、便箋の枚数や重さで料金が変わってたし、そもそも紙が貴重品だからって、折った手紙の束に直接封蝋をして出してた時代なんだよな…封筒や切手っつーか、まず紙の生産からだぜ…)


更には銀行はまぁ、各地の聖母教会では郵便貯金よろしくやっているから良いとしても、郵便物の輸送のためには郵便車というものを作るしかない状況です…。


(比丘尼国じゃ国主の皆さんが郵便輸送ができるんじゃね?って早々と感付いてくれたけどな、欧州はなぁ…)


つまり、我々の仕事の中には、郵便局の設置から始まるものもあるんですよ!


(パイセン…当面は聖母教会でコンビニみたいに郵便物や宅配便の受付をさせた方がいいですよ…最初からそんな組織、スペイン国内だけでも立ち上げに苦労しますって…)


(まぁ、スペインとイタリアには納税者証明として国民に簡易聖環を普及させていってるから、全員じゃないけど、聖環を渡してるやつはまだメールが使えるんだよな…)


(国際郵便制度の整備とかマジ勘弁って感じよ…)


(今回の鉄道開業をスペインが真っ先にやるって件さ、デステさんや英国があまり文句言ってないのに注目な。これ…道路整備はもちろん、中世の貴族領地、ひいては土地所有制度や税制にまで近代化の波をぶつけないと実現出来ねぇからなってあたしが言ったからなんだよ)


この、まりりの爆弾発言も事実です。


鉄道というのは軍事的な価値を含めて、国家的事業とならざるを得ない輸送設備です。


おらが村おらが町を通せいや無用云々の意見だけでルートを決めてもらっても困るというのが、為政者の本音でしょう。


更には、桁違いの輸送量と速度によってカイゼンされる物資や人の流動を考えますと、国単位での物価やら何やらにも影響を及ぼす話。


しかし、いきなり町中の商人や農民の皆様に、貨幣経済や市場価格云々のお話をして理解を得られるものか。


そこでイザベル陛下と我々、有力貴族の皆様相手に比丘尼国の政体移行と類似の激変緩和措置をご提案。


まず、スペイン領内の主要農業生産品、国が設立した王立農業公社なる組織が買い取る事にしました。


これ、ひらたく申し上げますと国立の農協です。


そして、売り主は…領地を所有する貴族の皆様と、王室領に居住する農民の方々。


で、これをやる理由は、言うまでもなく農産物の買い上げ価格保証並びに販売価格の統制です。


南北米大陸から持ち込める、安価な小麦や大豆などの主食系農産物と、スペイン領内の古典的な方法で作られた同じものを自由競争にさらせば、品質にあまり変わりがなければ安いものに人が集まりますよね。


それに、農薬や肥料に工夫を凝らしただけでなく、遺伝子改良された農産物と古典的農作物では、作付面積当たりの収穫量はもちろん、栄養価や味すら違います。


従って…国内農業を保護するためにも、統制価格を強いる必要があるのです。


もちろん、麦を買うパン屋さんにも、そのパンを購入して食べる人々にも配慮したものです。


昨日まで500ペソで買えたパンが、今朝からいきなり1,000ペソとか倍のお値段になってしまったら、誰もがふざけるなって怒るお話になりますよね。


(それに近いことが起きたのが大塩平八郎の乱だな。ただ…あんな子供じみた反乱よりもっと洒落にならねぇのがフランス革命だよ。あの革命が起きた理由や結果、イザベルさんにも教えただろ? )


(だからこそ平和裡に立憲君主国家とやらを目指して欲しいのですわよね…仮にもあたくしの実家と故郷ではございますから…)


実は…日本でも、お米などの国民生活に深刻な影響を及ぼすものについては国が関与して価格を管理しています。


今回のスペインでは、私たち連邦世界のこうした経済制度を輸入して、物価や国民生活を管理して近代化に慣れてもらう政策を多数、打ち出していく予定です。


で…そんなゴタゴタがある上に、NBにも高速鉄道開通準備とかですねぇ…まりり、あたし本当に追加の分体出してもらわなきゃNBの時点で詰んでたわよっ。


(実はりええには必要に応じて複数分体を使えるようにしたんだけど、ほんとにこれをやらないと大変なんだよ、今の国土局…)


(JRや国交省から出向者を出してもらってるだけじゃなしに、英国にフランスに連邦政府からも人を借りてるからね…)


さて。


お話をセビリアに戻しましょう。


セビリアという街、連邦世界では人口70万人程度の…まぁ、そこそこの大きさです。


ですが、痴女皇国世界ではまだ10万人も住んでいません。


そこで、私たちは土地が空いているのを良いことに、街の西側を流れるグアダルキビル川のほとりに作られた河川港の側に貨物駅を建設しました。


(マリア・ルイサ公園の南側辺りになるって天の声が言わせます…鉱石の積み出し施設が港に見えるらしいんですけど、あの辺りに貨物駅を作ったみたいですよ…)


言わされたとはいえ、解説ありがとう、ベラちゃん。


そして、サンタ=フスタ駅から地下を抜けてセビリア・バージェン=デル=ロッキオ駅で地表に出て来る連邦世界のRENFEの路線同様に線路を敷き、町外れに車両基地を建設。


在来線はそこから、ドス・エルマナスやヘレスといった町を縫ってカディスのやや南側にあるサン・フェルナンドというところを目指しました。これも、連邦世界のスペイン鉄道網と概ね、同じ。


このサン・フェルナンドという町、レオン島という陸続きではないもののイベリア半島本土と水路で隔てられただけの島にあります。


日本でこれに近い地形なのは志摩半島の賢島ですかね。


で、ここから線路は釣り針のようにぐいっと曲がって北を向き、カディスに繋がる砂州の上を走り、カディス市街へと入って駅を目指します。


では、実際にセビリアからカディスを目指してみましょう。


堀割りの中に作られた体のセビリア・サンタ=フスタ駅。


その先には地下トンネルが口を開けています。


ここからは在来線で、サンタ=フスタ駅に停車している間に車両側のモードを切り替えるようになっているんですけど…ここで、痴女皇国世界のスペイン王立鉄道(R F E)が連邦世界のRENFEと少し異なる事情がありまして。


本当なら、高速線ほどには速く走らない在来線ならば、その速度に見合う信号装置を用意すべき話です。


しかし、西暦1600年代相当のこの時代に、地上信号機による運転が果たして良いものか。


信号を付けると、光らせるための電力を供給するための電線が必要ですし、もちろん、信号やポイントを制御するためのケーブル類の敷設も必須となります。


で、その信号を視認してからブレーキをかける必要が生じた場合でも、速度を上げれば上げるほど間に合わない可能性がありますよね。


更には、このスペイン王立鉄道、在来線であっても極力、踏切を廃して立体交差に努めた結果、場所によっては時速200キロ以上の速度を許容した設計で作っています。


つまり、日本の在来線…踏切のある路線の基準で言う、600mの停止距離を守れなくなります。


そこで、ETCSと連動させる車上信号装置のATPレベル3に該当するものを導入して、列車自体が自分の位置や先行車両との距離などの速度制限要素を判断するシステムを搭載することに。


いわば、緑社のATACS(ほぼじどううんてん)を ETCS準拠プラス痴女皇国世界用に仕立てたようなものです。


これを積むとどうなるかと申しますと、列車自体が指令所と交信して運転情報を得ます。


更には地上の要所に置かれたトランスポンダや通信設備はもちろん、GPSや衛星通信すら活用して自分から制限速度や停止・通過を判断して運転士に適切な操作をさせるように支援してくれます。


で、信号や通信用の電線を延々と線路沿いに這わせたり、電柱を立てる必要が薄まるわけですね。


従って、在来線区間でも線路脇には信号機は建植…立っていません。


その代わりにヘッドアップディスプレイというのですか、前の窓の右側に6灯式信号機が表示されます。


更には、運転支援表示が前方左側に出て、都合、三閉塞先までの速度制限予告を出してくれます。


さて、ここからは本当ならば遠藤さんたちの後ろで見ている話になりますが、本日は臨時でこの列車を続行出発させています。


そしてこのまま続行運転させる予定はないようですので、分散して乗り込んでいた計測や測定要員の方々や、まりりとベラちゃんたちともども列車を移ります。


「カディスまで続行させてよっ」


「うるせぇっ黙って運転席に乗って来いっ」


などと言い合いながらも、待ち構えていた運転主任の腕章をつけた係員の方に列車を引き渡して、ホームの左側の在来線本線に停車中のT101列車の運転台にお邪魔します。


「はい、試高貨2201レ先行通過ですね。了解しました…室見さん、指令から連絡です。試運転中の高速貨物列車、本来ならカディスまで我々が先行するはずでしたが、先に通してドス・エルマナス駅で追い抜くよう指示を受けました」と、受話器を戻した遠藤さんから説明を受けます。


そして、びーっびーっという警報とともに、ずどどどどっと地響きを立てて列車の更に左側を通過するものが現れます。


更には、列車を牽引する機関車が私たちの乗った車両の横を通過する時のブロワという強制冷却が発する風の音、壮絶にも程がある騒音でした。


ええ、貨車を多数連ねた貨物列車がガタゴトと音を立てて走り去って行きます。


本番では家畜運搬車や農産物を積んだ有蓋貨車、そして材木輸送車が主に連結されるようですが…本日は試運転とあって、赤茶色の有蓋車…屋根のある貨車を連ねた編成です。


そして、前回のサンタ=フスタ駅の構内配線で言うと駅の一番外側にある貨物用の線路を走って私たちのT101列車の左側を抜かして行きます。


その線路を直進すると先ほど申し上げましたセビリアの貨物駅に達しますが、この2201列車はカディス手前にあるサン・フェルナンドという街の港に設けた貨物駅を目指すようです。


従って、駅の外れのX字型分岐器…ダイヤモンド・クロッシングというポイントを渡って在来線に移っていますね。


そうそう。


この貨物列車ですけど、レールの継ぎ目を車輪が踏む音、ガタンガタンではなくガタタン・ガタタンでした。つまり、2軸ボギー台車を履いた大型貨車です。


「二軸貨車で高速用なんて、今や東ヨーロッパでも希少になってますからね…広大な貨物ヤードを作って突放で編成を組成するの、室見さんはやりたかったと思いますけど…」


「463パレットを積んで代わりにしようって話になりましたからねぇ」


ま、この辺りのお話ですが、私の趣味だけで事が進んではいないとお考えください。


そして、貨物列車を牽引していた機関車ですが、あのBE69改めBD69じゃ、ないんですよ…。


とりあえず貨物用、そして在来線用機関車はいくつかの種類が納入されていますが、今、横を通って行った本線用の機関車については後で追い抜く際のお楽しみにっ。


「室見さん、このまま篠塚にハンドルを握らせても良いのですが、もしよろしければ如何ですか」と遠藤さんがおっしゃいます。


時刻は折りしも12時前。


つまり、日本の労基法に準拠したことですけど、JRの規則で2時間を超す連続運転は極力避けるようにしている件ですね…。


いよっし。


ご指名とあらば。


(えええええ!)


(遠藤さんちょっと待ってくださいよ…うちの室見に運転させるんですか…)


「ああ、高木さん…篠塚はいい加減慣れてますよ。カディスまでの走行なら1日3仕業は入ってましたし、今回の走行も走り込みのようなものですから」と、遠藤さんが私の代わりにお返事をして下さいます。


(まぁ…遠藤さんの監視がつくならいいか…)


(不安しかありませんけど…)


なんか文句あんの、ベラちゃん。


そう問い詰めたくなりましたが、ここは大人の態度で。


で、運転席を交代します。


聖環で運転台の認証を受けて、運転者氏名が変わったのを確認して出発準備を。


で、この操作はレトロチックと申し上げるべきでしょうか。


コンソールの目立つ位置に刺さっている運転キー、中立位置から右に一杯回した状態なのを1段だけ左に回します。


「ETCSモード、ATP、よし。色灯表示よし」


正面の窓右横に現れる信号機表示を確認します。


この操作、停車中に在来線と高速線の信号装置モードを切り替える時に行うものでして、走行中であれば進入した線路や、その時の線路の設定で勝手に切り替わるのを手動でやったとお考え下さい。


そして、正面の速度計周囲のデジタル表示が一新され、制限30キロを示す小さな数字も、点灯。


横で見ている遠藤さんも、黙って頷かれます。


「ETCS、在来線認識よし。副本線。出発よし。制限30。ドア確認。リバーサー前進。電流・電圧・空気圧よし。ブレーキ緩解。セビリア、発車」


マスコンレバーを前に押すと、S1919は重々しいブロアの音と、インバータの作動音と共に動き出します。


「セビリア。場内。制限30。予告。制限45」


で、前に広がる光景、首都圏の方は小竹向原、大阪の方は近鉄の大阪難波か桜川辺りで前面にかぶりついた時と似ているとは天の声の話ですけど、ニューヨークのペン・ステーションや地下鉄のような豪快な複々線以上のトンネルというのが私の印象です。


まず、一番左側をゆるい登り勾配で分岐していくトンネルは貨物線でして、これが先ほど申し上げたセビリア貨物駅につながっています。この貨物駅への線路は、後で本線に合流してきますけどね。


そして、私が運転しているT101列車の右側の箱形複線断面トンネルは深く潜りながら、連邦世界でのセビリアコンテナ貨物駅…街の東側郊外にあります…の方角に存在する車両基地に向けて、下り勾配で北東へと進路を変えて進んで行きます。


で、私たちはどこへ行くのか。


「本線。第三閉塞、進行。制限60。予告80」


(遠藤さん…今、ノッチは力行位置で6くらいに入ってますよ…ああそうか、走行速度制限か…)


「ですね。この先で市街地を盛土で抜けて行きますし、騒音対策設定でしょう」


ちなみにさっき通った貨物列車のように、貨車がこの上り勾配を上るのは本来はイレギュラーなのですよ。


勾配表示も出ていますが、20パーミルはこのS1919編成ならば、割と簡単に上る部類です。


しかし、昔の蒸気機関車でなくとも、勾配はなるべく避けたいもの。


ですので、貨物駅へのトンネルは10パーミルの緩和勾配で設計されています。


「まるで垂井線のようですな。さしずめこちらは垂井経由と言ったところですか」


「遠藤さんは緑社の方なんですから、利府線と言われた方がよいのではないでしょうか。ほほほ」


「それを申されるならば南部縦貫鉄道ですよ…はっはっはっ」


(わ、わからん…鉄の会話はわからん…)


(昔の土木工事の技術では勾配を作るしかなかったところがあんのよ…あっそうだ、まりり…運転教習用にディーゼルエンジンの車を使いたいんだけどさ)


(え…室見さん、まさかキハ10を使うおつもりですか…)


(やですねぇ遠藤さん、ロマンじゃないですかロマン。あたし1回アレ運転したかったんですよ…?)


(りええ。そういう趣味はせめて比丘尼国の時にやれ。普通に研修用の機関車か電車用意してやってやれよ…)


(あ、高木さん…その機関車ですけどね、さっき抜いて行った貨物機のアレ…あの型番でよろしいのですか…)


(後ろで見ている女王陛下の承認も得ております。これでお願いいたします)


(ごらぁまりり…あたしは承認してないわよっ)


(いいかねりええ君。あたしたちは鉄道建設に際して真っ先に手を挙げた南欧支部長の要請に従い、こうして大規模な投資と工事や納入を行なっている立場だ。すなわち、いくらあたしの部下でりええとはステータスこそ違うが、だいたいは同格だ。そんな女王陛下の要望の数字を無理からに変えるのもよくはないとは思わないかね?)


(ベラちゃん。お姉さんのネーミングセンス、どうしたもんかな。あたしのこの質問の真意はわかるよね)


後ろからすぱこーんと響く音。


いえ、車両の防音はそれなりなはず。


そして、我々は加速中であり、騒音や振動をあまり気にしなくてよい動力集中式列車の先頭機関車に乗っているはずなのです。


どうして、はりせんの音がドップラー効果のごとく、先頭車両に届いたのか。不思議なこともあるものです。


まぁ、ベラちゃんが私の意図を汲んでくれた件には感謝しましょう。


なぜならば列車は、私たちが心話で話している間にもセビリア南郊を進んでいまして。


「サルディニエス・デ・ヘラクレス。通過。制限100」


で、このJardines de Hércules…ヘラクレス庭園駅、駅の前後で合流してくる貨物線や基地からの南向き回送線路が本線に合流する信号場になっています。


そしてですねぇ。


これからこの先で追い抜く貨物列車の先頭に立ってる機関車と同じ形のものが、客車列車を牽引して前から来たんですよ。


その機関車ですが、以前にルルド編でお話ししたフランスの幹線用ディーゼル機関車を参考にしたものです。


そう、リゾート地に向かうTGVを牽引したこともある、あれです。

挿絵(By みてみん)


SNCF…つまりフランスではCC72000かCC72100型と言われるこれに、BD69量産型用の小型精気発電機セットを3組組み込んだものでして、定格出力6,000キロワットまたは4,000キロワットを選択可能。


前照灯のハイ・ロービームを切り替えてこちらに合図して来られましたので、こちらも手を上げてヘッドライトで返礼。


その、前面の表板に刻まれた数字ですが。


「0721010」


そうです。痴女皇国世界用のこの機関車、CC0721型というそうです。


つまり。


おなに…。


…ベラちゃん。


まりりをしばくはりせん、もう一発追加していいわよ。


でないとここでクリスさんとやってる例のあれ、バラすわよ。


(やめてくださいパイセン! あれだけはぁっ!)


(動画配信に載せといて今更カマトトぶってんじゃないわよっ。まりりもまりりよ!BE69の時もあたし、怒ったよね?)


ええそうです。あんなキラキラネームが大好きそうな人が大喜びで自分の車の希望ナンバーにしてるあれ。


あんな数字、付けるなと。


そして、その自慰行為を連想させる数字の機関車ですけどねぇ、BE69同等以上のパワーを持たせた上に、貨物列車は牽引するわ、さきほどすれ違った試運転列車のように客車も引いている機関車です。


つまり、本線用機関車…幹線機という主力機関車なんです。


当然、量産に入っています。


更には、量産効果を考えて、NBで使う機関車、これとBD69で行くそうです。


(ミセス室見、大丈夫よ。あれがMasturbationの意味だって解るの、そうそういないわよ?)


(アグネスさん…せめてNBでは別形式にしましょうよ…)


(せっかくだけど却下ね。それに…マリアちゃんならクラス072とか提案してくるわよ)


(っていうか英国とNB版はClass 072とClass 069になってましたよっ!)


(リエさん。オレンジ色の日本製はともかく、白と青のあれがフランス製の外観というのは知ってる人は多いみたいなの。でね、うちの国の者や本国が、そういうものを素直に導入するとお思い? )ええ、アグネスさんは聖院第二公用語を日本語として理解します。


それに、ワーズワース大公ともども、普段はしゃべらないだけで日本語の俗語をも理解しておられます。


はぁ…つまり、嫌がらせということですか…。


「室見さん…スペイン版はセリエ0721で形式申請、通してますよ…」


遠藤さん。


泣きそうな声で言わないで下さい。


私が申請した訳じゃないんですから。


っていうか、私が書いた申請書、いじったでしょ…まりり。


ベラちゃん。重ねて言うけどさ、カディスに着いたらちょっと白金衣、あたしに貸してくれないかな。


うん。手加減はすると思うから。


そうだ、ベラちゃんがまりりをしばくの。代行してくれたらいいよ。


(パイセン…無茶言わないでくださいよ…港ひとつ吹き飛ばす気ですか…)


(りええ…あたしに勝てるとでも思って…待てこら!)


(あたしも何の勝算もなしに言い出さないわよ。慶次郎さんか宇賀神さんにチクるよ、マジ。それかクリスさんに言っていいかな?)


ふははははは。


自分だけで勝てる気はしないまりりですが、世の中、弱点のないものはないのです。


ひょっとしたらあるかも知れませんが、とりあえず苦手な事はないか調べてみる。


これは、新車のアラ出しにも通じる作業。


欠点を調べるのも仕事なのです。


(ぐぬぬぬぬぬ…)


(とりあえずヘレスまでの間に時速250キロチャレンジはやるわよ…一応、遅延回復は認められてるし、高速走行のデータも欲しいからね?)


(やめろおおおおお)


(もう遅い。超高速進行。制限250)


ええ、車上信号機が縦に緑色2灯を点灯させています。


そして上下の緑色が交互に点滅中。


日本の一部路線で表示される「高速進行」の更に上位を示す信号です。


(大丈夫よ、カディス本線は貨物用に70kgレール採用してるんだし。ほら、200キロ超えたよ)


今頃はクルブ席のモニターに、刻一刻と伸びる速度の数字が出ているはずです。


あ、高速制動試験も必然的にセットでやるからね。


この列車の精気駆動渦電流ディスクブレーキの効き目、試すことになるから。


(ぱ、パイセン…加速が何かこう、ルルド行くのとかストラスブールからパリ行きのと全く別物なんですけど…)


(ベラちゃん。これ、あれの倍はパワーあるからね。それでもベラちゃんの車より遥かに加速減速は鈍いんだよ…?)


ええ、定格運転リミッター、切りました。


例の30分定格のフルパワーモード、発動です。編成出力二万キロワット、二万八千馬力の威力を思い知るがいいわっ。


(ひぃいいいいいいい)


(だからこの列車の在来線モードでの性能の範囲だってば…)


(むしろ高速線よりカーブ曲がる時とかきついじゃないですか!)


(いやマリアヴェッラさん、この性能自体は予定の範囲なんですよ。ただ、高速線区間でこれをやると…時速600キロ、本当に出せますから…流石に何の準備もなくあの速度を出されるのは危ないどころじゃありませんから、室見さんも自重願いますよ…)


うう、遠藤さんに言われては諦めざるを得ません。


そして、さっき話が出た精気駆動渦電流ディスクブレーキなる代物。


実は、このTGV-Hシリーズの必殺兵器とでもいうべき代物です。


原型は、初代のぞみ号用の300系電車を始め、いくつかの新幹線電車でも採用された渦電流ディスクブレーキ、そしてドイツのICEでも採用例がある過電流レールブレーキです。


これと、30分定格出力の二万キロワットが組み合わさると、最高速チャレンジが可能になるだけではありません。


なんと、600キロからの速度で制動距離4,000m…新幹線同等の減速率を確保してしまう上に、一種の発進補助モーターとして機能してしまうのです。


その正体は、神種族細胞や鬼細胞…そして痴女種細胞を分析して誕生した「半生体発電機用細胞」を組み込んだ電磁力発生装置。


驚くべきことにこの細胞、電力や磁力を精気に転換します。


つまり、一種の回生装置として機能するんです。


そして過電流ディスクブレーキに組み込まれているものは、電磁力発生キャリパー内に封入された半生体電力発生装置の内部に、この細胞が入っています。


(ぶっちゃけ雷神っているだろ。あの鬼族に近い外観の。あの発電能力を解析したもんだよ。天の声が電気ウナギはダッチワイフ云々の話をしてたけど、発電能力は電気ウナギの比じゃねぇよ…精気はそれだけ食うけどな…)


で、このブレーキ装置の作動に必要な精気、実は機関車側でブレーキ操作をした際の回生電力から発生させてるんですよ。


原型のTGV同様に、機関車側は回生ブレーキや電気ブレーキ装置を備えていますけど、痴女皇国仕様とでもいうべき高速線には、TGVと違って電力を戻す架線が存在しません。


で、通常の回生ブレーキ搭載車の場合、電気を戻すためには条件があります。


同じ線路に、戻した電気を使ってくれる車両が走っているか、さもなくば変電所に回生電力吸収装置が設置されているのがその、条件です。


この条件を満たさない場合は回生失効、つまりブレーキが効かない状態になります。


で、それでは困るということで、大抵の回生ブレーキ搭載車は普通の電気ブレーキ…モーターを抑速装置として使うブレーキも搭載しています。


これの動作は単純で、モーターを発電機として空回しした際に起きる電力を、電気ブレーキ用として搭載した電気抵抗に電気を流して、熱として捨ててしまいます。


駅に入って来た電車の床下からホームの隙間を通じて熱気を発しているのを経験された方も多いと思いますけど、これ、その電気抵抗器がブレーキの際に使われて熱くなってる状態で発している熱なんですよ。


しかしこれでは、電気をガンガン捨てていることになりまして、もったいないお化けが出るというもの。


そして、痴女皇国世界とNBでは架線を張る費用や高電圧防護のための安全設備工事費用をケチることもさりながら、現地の人の知能レベルを鑑みて、線路側を極力「ただ線路を敷いただけ」に近い状態にしておいて、近代的未来的な技術は車両側に積む思想でもろもろを作っています。


で、まりりやエマちゃんと相談した結果誕生したのがアレです。


即ち、比丘尼国の雷神様の協力の元、強靭で驚異的な生命力を誇る鬼細胞に雷神能力を付与した生体細胞と、発電システムを組み合わせた半生体発電機と、その派生技術。


電気を生物細胞の生命力に転換するという、普通の生命体ならあり得ない動作を実現できるということで、このTGV-Hシリーズはもちろん、BD69がまだBE69だった時から既に装備されていた精気駆動回生ブレーキです。


そして、電力転換システムを積極的に客車のブレーキに使ったのが、この精気駆動過電流ディスクブレーキ装置と思ってください。


普通は高圧電流を流すための電線、特にモーターを駆動するためには車両間だけではなく、屋根の上に高圧引き通し線なる太い電線を通して行くことすらあり得ます。


ですが、精気駆動であれば…その対象を狙い撃たせれば済みます。


そう、TGV-Hシリーズや精気駆動電気機関車、一種の生命体としても機能するんですよ。編成中に自分の子分のごとく認識可能なディスクブレーキ装置があれば、そこに蓄積精気を流し込んで動かすのです。


そして、その操作を通常の運転レベルで行うために心血が注がれています。


私に言わせれば、なんちゅうオーパーツやオーバーテクノロジーの無駄遣いという気もするのですが、とりあえずはそうなってると思っておいてください。


そして、更にはTGVの機関車に積んでいる、なかば非常用の過電流レールブレーキ装置までもが搭載済み。


で…この過電流ブレーキ、磁力極性を吸引から反発の向きに変えたら、推進力として使えると思いませんか。


で、実際の発進時に客車側でもせーの、とばかりに最初の動き出しをアシストする、一種のマイルドハイブリッド車のような動きを見せる制御も行えます。


これが、このTGV-Hシリーズを常用加速毎時毎秒2キロから3キロという電車並みの加速性能を実現するためのカラクリです。


そして、減速度も常用最大毎時毎秒5キロを実現していますが、本当はもっと激しく落とせるんですよ…。


言わば、私の思いつきと願望を痴女皇国世界のファンタジー要素で実現したとんでもない車両なのです、このTGV-Hシリーズ…。


(何で新幹線にしなかったのかと言う鉄道会社幹部もいるようですが、車両性能諸元を見せると黙り込みますからなぁ。実際に、座席数と編成長さえ合致すれば、弊社の北海道行きの運用に余裕で投入できますよ)とは遠藤さんの弁です。


まぁ…試運転の際には青函トンネルを使ったトンネル区間での影響調査目的で、新函館までは走りましたからね…。


(何かよくわかりませんが、専門家がよしと言ったことだけは理解しました…)


(あたしも正直全てを理解してる自信はねぇ。だが、りええが速度記録に挑戦したいがために色々と要求してたのはわかってるし、痴女皇国世界では普通に電線張って電車を走らせらんねぇから、仕方なく要求を飲んだだけだぞ…頼むから無茶してくれるなよ…)


ふんっ。


それくらいは百も承知よっ。


それにこれくらいの性能、持たせないとパリ〜マドリード6時間とか狂った要求仕様は満たせないわよっ。


(パイセン。うち(痴女皇国)の連絡用兼練習用で持ってるDA62(7人乗り飛行機)の最高速度より速いんですよ、時速400キロって…)


あれはジーナさんがケチってディーゼルエンジンの飛行機なんか買ったからでしょうがっ。


さすがのあたしも知ってるわよ、プロペラ機でももっと速いのがあるってくらいは。


(今後は国土局関連の稟議書や支出要請、めく○判を絶対押さないようにしますからね!)


(普通はそうでしょうがっ)


たのきち(まるさのおんな)に精査させてからにしますよっ)


(根拠のない査察には応じないわよ!)


などと言いつつも列車はカディスを目指して、スペインの荒涼とした…でもないか、この辺は。


とにかく、連邦世界同様に小麦畑も多い土地に変えるのも我が国土局のお仕事です。


そして、物流カイゼンのために敷いた鉄道なのです。


高速列車導入は、人口が増えた時を見越した先行投資なのですよ?


(絶対パイセンの趣味入りまくってますよ。おうちの庭に豆電車を走らせてるような感覚で運転してるじゃないですか!)


(うっさいわねぇ…ちょっとベラちゃんの乱暴ルギーニ並みかそれ以上のスピードで走れるだけじゃない)


(あれも大概、四駆で出す速度じゃない速さなんですよ? それ以上のヴェロ…スピードで走るなんて。しかもパイセンの運転で!)


(だから言ってるでしょ、これ(S1919)、光電子回路と神種族と鬼族細胞のハイブリッド知能体みたいなもんで自律走行すら可能なのよ? 連邦世界の安全基準とかあるから人がハンドル握る必要あるだけにしてるようなもんなんだから…)


ええ、例え皇帝陛下(あたしのじょうし)と言えど、言うことはきっちり言わせてもらいますよ。


(本当にりええ、とことん言い返すからなぁ…遠藤さんとか呆れてるぞ…)


まりり、そう思うなら妹さんを説き伏せなさい。上皇陛下として、そしてベラちゃんの姉として頑張るのよっ。


あたしは単に新幹線みたいなのをスペインとフランスに敷くって話をまとめて現実化しただけだからね!


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マリア「その現実化の際に趣味入れまくったのが問題なんだよ…」

べらこ「なんでそこまで速く走る必要があるんですか…」

りええ「ベラちゃん。ならリニア入れるけど、この世界じゃ保守に必要な人が育つのに100年かかるよ…」

マリア「確かに、本編でも散々言ったけどさ、人々を文明に慣れさせる意味もあるんだよなぁ…鉄道建設」

べらこ「教育目的なら、もっと簡単で可愛らしいものにしましょうよ…あの子供鉄道みたいに」

りええ「あんなもんで出来ることはたかが知れて…あ!」

マリア「またりええが変なこと思いついたな…」

りええ「まりりに言われとうない。で、昔の台湾でさ、花蓮ってとこから台東まで、汽車を走らせてました」

べらこ「台湾の東側ですね」

りええ「そこさぁ、当時は陸の孤島みたいな感じで、花蓮から台北までは船で行かなきゃならないほど断崖絶壁の山や渓谷が立ちはだかってたのよ」

べらこ「日本の江戸時代から昭和にかけての紀伊半島のような感じと天の声が説明しろと」

りええ「だいたいそんな感じ。で、西側ほど本格的な鉄道を敷くに敷けなかったので、レール幅762ミリの軽便鉄道が作られました」

マリア「欧州や新幹線のレール幅の半分ちょいってとこだな」

りええ「だから客車もマッチ箱みたいな可愛いのばかり。寝台車繋いだ夜行まであったのは驚きだけどね」

べらこ「夜行だと夜が明けるまでに着くような距離じゃないですか。…あ、スピードも遅いのか」

りええ「うん。ただ、この路線さぁ…第二次大戦後に、特急が走ります」

マリア「悪い予感がするな」

りええ「まりり正解。ナローゲージってんだけど、762ミリ幅の線路の限界といわれた時速70キロで爆走する光華号ってのが走ってたのよ。日本製のディーゼルカーが無動力客車を3両くらい引っ張ってたそうだから、スリランカの急行に近いわね」

べらこ「あのその…イタリアで言うと、シチリアで走ってる可愛いのとかあのレベルですよね。あんな線路で70キロって…」

りええ「宮脇俊三って鉄道文筆界の神様がそれに乗ってね、爆走と揺れに恐怖すら覚えたそうよ」

べらこ「ひいいいいい」

マリア「つまり、りええ…豆汽車みたいなのを作っても、結局は飛ばすことになるって言いたいのかよ…」

りええ「速度は正義なのよっ」

べらこ「つまり、軽自動車みたいなフィアットで200キロ出すのと、あたしの乱暴ルギーニで200キロ出すのとの違いなんですね…」

りええ「物分かりのいい皇帝には仕える気になるわねっ」

べらこ「パイセンの態度が大きいのはいつか折檻ですね」

マリア「おめーら本当に仲がいいのな」

りええ「ちなみにその台東線、結局は花蓮から台北への線路がつながるのをきっかけに、線路幅を広げて台北から直通できるようにしてるわよ。当時は輸送量が見込めなかったのもあると思うけど、スペインで豆汽車走らせても、結局は連邦世界の鉄道史と同じでさ、需要があるところは大きくするって話になると思うのよね…」

マリア「まぁ、鉄道建設については連邦世界のスペインの国土開発の歴史も参考にして進めてるから、ベラ子には悪いがりええの路線で行こうと思う」

べらこ「腑に落ちないものがあります…」

りええ「という訳で、たどり着いたカディスはどうなってるのか」

いざべる(今回はあたくしの出番がぁあああああっ)

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