第2話 うるさい子犬とはがれた猫(2)
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――ガンッ
あ。気付いた時には机を蹴っていた。
それと同時に、「ブチッ」と頭の奥で何かが引き千切れる音がした。
「・・・さっきからキャンキャン吠えないでください。いい加減うるさいですよ子犬ちゃん?鴫澤支部長もコレに余計なこと吹き込むんじゃねぇ・・・んん”っ・・・吹き込まないでください。良いですね?」
支部長は頭を抱え、子犬――水谷は先程までのヘラッとした笑みが凍りついていて心なしか青褪めて見える。
あーあ、やらかした。どうやらさっき切れたのは、被っていた猫を繋ぎ止める為の糸だったらしい。
「・・・えっと、砥上くん。・・・今日、何か嫌なことでもあったのかい?」
数秒静まり返った後、支部長が恐る恐るといった風に聞いてきた。
「いえ、そういうわけではないのですが、頭に血が上っていた様です。・・・まぁ、先程の女性が知人と似ていて、気が立っていたのは事実ですが」
しれっと猫を被り直しておく。
「そうかい。それで、もう大丈夫なの?」
「はい」
お気遣い無く。
そう言おうとした時、未だに固まっている水谷の姿が視界に入った。そう言えばコイツ、新人だったな。
「私は昼食を摂ってきます。水谷がフリーズしてるんで諸々教えておいて下さい」
「諸々?」
「新人教育ですよ」たった今思い出しましたが。
「・・・あぁそう言えば、水谷さん今朝ここに来たばっかりだったね。馴染みすぎてて忘れてたよ。了解」
アンタも忘れてたのかよ。
「では」子犬の躾けはよろしくー。
我ながら上司使いが荒いとは思うが、この場合においては正しい対処法だった筈。俺に教育は不向きだ。
もう少し猫を被っている筈だったのに、あの女を思い出してしまった所為で台無しだった。
さっきの女もあの女も、一体何を考えているのだろう。
まだ義務教育も終えていない子供を残して逝くなんて。
何が「大丈夫」なんだ?
「あの子は私よりもしっかりしてるから」って?
あの女もそう思ったんだろうか。
勝手すぎなんだよ!
脳裏にあの女の面影が朧気に映し出される。
『コウちゃん、私のこと嫌いでしょ?』
あぁ大っ嫌いだよ。俺を捨てたアンタなんか。何考えてんだよ。
『いやねぇ、私の人生じゃない。どう生きようがいつ死のうが、ぜーんぶ私の自由に決まってるでしょ?』
自由?あの時俺はまだ小学生だったんだぞ?!育てる気が無いなら子供なんて産むんじゃねーよ!
『仕方ないじゃない。気が変わったんだもの。それに、弟夫婦に貴方の世話は頼んだわよ?ちゃんと』
気が変わった?ふざけんな。俺はアンタの所有物か?アンタこそ俺のことが嫌いなんだろ?だから俺をあの家に預けた。違うか?
『何言ってるのよ。そんなわけ無いじゃない』
じゃあなんで同じくらいの歳の子供がいる家庭に俺を放り込んだんだよ。それが俺の為?
・・・は?アンタ頭可笑しいんじゃねーの?
あの家に俺の居場所なんて、どこにも無かったよ。
俺の人生、アンタの所為で滅茶苦茶だ!
アンタなんか大嫌いなのに。憎くて憎くて仕方が無いのに。
何でまだ俺の前に出てくるんだよ。
『そりゃ、コウちゃん。貴方が私を忘れられないから。未練があるからよ』
未練?そんなモンこれっぽっちもねーよ。
『あるのよ。ほら、よく聞くでしょ?〇〇さんはあなたの心の中で生き続けるってやつ。それを貴女は体現してるの。未練がありすぎてね』
うるさい!
「さっさと失せろよ!」
首にかかった細いネックレスのチェーンを指先でなぞりながら、深呼吸する。
「スゥ——・・・ハァ――・・・」
キッチリ切り替えれば、もうあの女――母の声は聞こえてこない。
「はぁ。どいつもこいつも面倒だ」
俺は溜息を一つ吐くと、昼食確保の為に客もまばらな真っ昼間のコンビニの自動ドアを潜った。
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