ハードボイルドが大好きだ!
俺は私立探偵。社会の影にひっそりと這いずり回る存在だ。
虫けらのような人間がいくら死んでも、世間様は無関心。それが当たり前だ。
これが光の差さない世界に生きる者の宿命である。
日陰で冷たいコンクリートのビルにある一室に自宅兼事務所を構えていた。
「ぼふー。おなかすいたー!」
……俺の部屋には居候がいる。ピンク色の怪獣だ。頭に真っ赤なリボンを付けていた。
名前はモモラ。去年、迷子の飼い猫を探した過程で卵を発見したのである。
ビルに囲まれた空き地で、なんで卵が見つかったのかわからない。
「パパー、ごはんまだー?」
モモラは甘えてくる。ゴリラ並に体が大きいが、性格はおとなしい。
ちなみに名前は大家の孫娘が付けた。俺としては追い出したいがそいつが許さない。
俺は独身なのにパパと呼ばれるのはこそばゆいな。
「……飯はもうじきカオリが持ってくる。それまで待つんだな」
カオリは孫娘の名前だ。小学六年生だがモデルのように背が高い。
こいつはスーパーなどの廃棄食品を持ってくる。おかげで食費はかからないが。
正直、モモラは大食らいで俺の稼いだ金では食わせられない。だが情けないので涙が出てくる。
「わーい。カオリおねーちゃん、だーいすき!!」
モモラははしゃいでいる。どたどたと暴れるから、建物自体が揺れた。
まるで地震の様である。こいつは力だけはアフリカゾウ並みに強いのだ。
俺が寝ているこいつをどかそうとしても、びくともしないのである。
「おじゃましまーす」
部屋に入ってきたのは大家の孫娘のカオリだ。金髪でギャルメイクの小学生である。
発育は成人顔負けだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいた。
見た目に反して世間の荒波を乗り越え、スーパーから廃棄食品をちょろまかすのだ。
「おじさん、モモラちゃんを暴れさせないでよね。うちのビルが崩れるじゃない」
「それは俺のせいじゃない。モモラに言ってくれ」
「おじさんはモモラちゃんの保護者でしょう。子供の躾は親の仕事だよ」
いや俺は親じゃないぞ。モモラは居候だ。あとカオリは段ボール箱を抱えている。
廃棄食品をたっぷりと詰めているのだ。世間では廃棄食品は捨てるべきだと言われているが、こいつは無視している。
「そういえばおじさん、浮気調査をするんでしょう。あたしも手伝うよ」
なぜかカオリは俺の仕事を知っていた。こいつはなぜか俺の動きを探っている。
「子供が首を突っ込む話じゃない。俺ひとりで十分だ」
「尾行がひとりでできるわけないでしょう。あたしとモモラちゃんが手伝えば簡単だよ」
「おー、モモラがんばるー!」
「ありえないだろう! カオリはともかく、モモラが尾行をしたら一発でばれるだろうが!!」
「むしろ逆だよ。モモラちゃんの見た目は可愛いから、チンドン屋かと間違うかもね。あたしもバニーガールになって看板を掲げるからさ」
こいつは実際に雑誌モデルをしていた。稼いだ金はお菓子とゲーム代で消えているそうだ。この辺りは年相応である。
「そういう問題じゃないんだ!! これは遊びじゃないんだ、ハードボイルドの仕事なんだよ!! 世間の闇を潜り抜け、誰にも評価されない仕事なんだよ!!」
「というかおじさんも遊び半分だよね。自分でハードボイルドというくらいなんだから。たぶん某ジーパン探偵のドラマにハマって探偵になった口だよね」
ぐはぁ! こいつ痛いところをつきやがる! ちなみに主役の俳優はジーパンを履いてないぞ。それは別の刑事ドラマの話だ!!
「パパー、モモラ、ハードボイルドがんばるよー!」
モモラは空気を読まずにはしゃいでいる。
「仕事をしないと金にならないよ。それだと家賃も払えない。おじさんがホームレスになるのは構わないけど、モモラちゃんのお腹を空かせるのは我慢ならないな」
「俺はどうでもいいのかよ!!」
「うん」
笑顔で肯定しやがった。なんてムカツク野郎だ。
「ちなみにおばーちゃんも同じ気持ちだよ。モモラちゃんに何かあったら、おばーちゃんのカミナリが落ちるけどいいの?」
ばーさんは今年で百歳だが元気一杯だ。以前家に押し入った未成年の強盗たちを逆に返り討ちにした強者だ。相手のガキたちは顎やあばら骨を折られ、今も入院中だという。
ばーさんを敵に回して、それで済むからまだ優しいくらいだ。本気で怒らせたら……、ぶるぶる。
「うぅぅ、ばーさんを相手にしたら命が足りない……。仕方ない、今回だけだぞ」
「今回だけって、毎回モモラちゃんが事件を解決しているじゃない。迷子の飼い猫も浮気調査もモモラちゃんのおかげでしょ? おじさんはモモラちゃんに養われているんだから、文句を言わないの」
ぐぅの音も出ない。確かにモモラは仕事ができる。飼い猫も飼い犬もあっさりと見つけるし、浮気調査もなんなくこなしていたのだ。
見た目がファンシーだから逆に相手も油断するかもしれない。しかしハードボイルドを愛する俺にとっては納得のいかないものがあった。
「モモラ、パパだーいすきだよ! だからいっしょにいたいの!」
モモラは卵から生まれた。最初に見たのが俺だから俺を親と勘違いしているのだろう。
俺は私立探偵。今までいろんな相手から恨みを買っている。依頼人でさえ調査内容を知るや否や悪態をつくなど多かった。
例えモモラが怪獣だとしても、いつ凶刃の餌食になるかわからない。
俺はそんな世界にモモラを関わらせる気はなかった。なるべく普通の生活を送ってほしかったのだ。
「というかモモラちゃんを傷つけられる人なんているの? 前に通り魔がモモラちゃんを包丁で刺そうとしたら、刺さらずに刃は折れちゃったよね? さらに高齢者の暴走車に衝突されたけど、逆に車を大破して相手が大怪我したけどさ」
カオリの言う通りだ。モモラはまったくけろっとしている。というか普通に外に出ても恐れられることはない。むしろ子供たちに大人気だ。最近はモモラを呼んでは出演料をもらっており、探偵業より儲かっている。マネージャーはカオリだ。ばーさんの命令で俺の財布を握っているのである。忌々しい。
「じゃあ、お仕事開始だね。モモラちゃんいくよー!」
「おー、カオリおねーちゃん、いくよー!」
ふたりは楽しそうに片手を上げて気合を入れていた。
俺は孤独を愛するハードボイルド。人のぬくもりに縁のない男だ。
だが賑やかなのも悪くはない。今はこの騒がしさを楽しむとしよう。
後日、カオリのバニーガールがばれてしまい、俺は大家のばーさんに大目玉を喰らった。
IDECHHI51様に誘われて参加しました。
数時間で書き上げましたね。なんとなく火浦功先生の小説を意識しました。
ハードボイルドな世界にタツノコアニメみたいな場違いなキャラが出れば、笑えると思ったのです。
これはその世界に場違いなものを出すことで、笑いを誘う方法でした。