表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

一話

「ね、お願い! 今日だけでいいからさ!」


 もう一人の私である、(あんず)は仏にでも拝むように手をすりあわせ、すがるように私を見つめた。

 私は今日何度目かのため息をついて読んでいた本を閉じた。

 今度こそ、今度こそ、ちゃんと断ろう。


(あずさ)、付き合ってる人いないでしょ? あたしら双子だし、絶対ばれないから!」

「でもさ、杏の彼氏は杏本人とデートしたいのに、私とデートしたら意味無いじゃん」

「今日は絶対外せない用があるっていったでしょ?」

「じゃ、どちらかを断ればいいのに。二兎追う者一兎も得ずって言うよ?」

「やだー。観嶋(みしま)君にもしぃちゃんに世話になってるし……」

「とにかく私はやだよ」

「でも……。お願いだよ。あたしの<フリ>してしぃちゃんに会ってよ! ね?」


 思わず、もう一度ため息をついた。

 私と同じで昔から頼まれ事を断れないところは変わってない。

 でも、杏は私と違い、人望が厚くて頼りにされる事が多い(杏はそう思ってるが、本当は断れそうになさそうな風貌をしてるからかも)。勉強を手伝ったり、掃除を手伝ったり。いろんな頼まれ事をしてる。

 その頼まれ事は、杏から私へと頼まれ、いつも私はそれを断ろうとしても断れなかった。

 でも、今回の頼み事はだけは違う。聞いて迷うことなく断った。

 だって、双子の妹の鹿沢(ししざわ)杏は、私に杏の<フリ>をさせて、私のクラスメイトにして杏の彼氏――――<しぃちゃん>こと、<草ヶ部時雨(くさかべしぐれ)>とデートしろと言うのだ。

 <しぃちゃん>は、三十五度ぐらいひねくれた私から見ても、なんで杏なんかと付き合ってるのか疑問に思うぐらいの好青年だ。

 格好いいし、性格も愛想もいい。頭はどうだか知らないが、生徒だけじゃなく、教師にもかなり気に入られているようだ。

 実は私、<しぃちゃん>と話したことがあまりない。あったとしても、業務的な事を一言二言。あまり話したこともない奴といちゃつけなど、結構むずかしいことだ。


「帰りに駅前のケーキ買ってきてあげるから。ね、いいでしょ?」

「……うーん」


 駅前のケーキか。あ、ちょっとだけ迷うかも。

 私がうなっていると、杏のポケットの中から、イマドキなノリのいい曲が流れ出した。

 杏はポケットから携帯を取り出す。メールか電話が来たようだ。


「あ、しぃちゃん? うん。ごめん。今から行くよ。場所は―――――、あ、そうなの? わかった!」


 杏は早口でそう言って、通話を切る。

 そして、私の顔を懇願するように見る。目が少しだけ潤んでいる。


「どしたの?」

「………しぃちゃん、家に向かってるって」

「ふーん。で、どうするの? 観嶋かしぃちゃん、どっちにするの?」

「……ねぇ、本当にお願い。今日だけでいいの」


 少し可哀想かも知れない。

 こんなにお願いしているのに。

 自分と同じ顔を見つめながら、私はそんな事を思ってしまった。

 そして、私は――――無意識に頷いていた。

 杏の顔がぱぁっと輝く。

 またやってしまった。

 今度こそ断ろうと思ってたのに。これじゃあ、杏のためにはならないのに……。

 ため息をついて、私は杏に囁いた。


「……今日だけ、だよ?」

「ありがとう!!」


 杏は夏のひまわりみたいなまばゆい笑顔を見せる。

 私の部屋を走って出て行き、すぐにきっちりとたたまれた服を抱えて戻ってきた。

 それから、伺うような上目遣いで私を見つめる。


「ごめんだけど、服を着替えて行ってくれない?」

「はいはい」


 最初から用意周到でしたー、な綺麗にたたまれた服を見ていると、なんだか……。

 ……最初から、私が頷く事を知ってた、ってワケじゃないよね。

 さすがに、そんなわけないか。

 杏から受け取った淡いピンクの小綺麗な服を着ていると、家のチャイムが鳴った。

 杏は部屋の出口―――見えないはずの一階の玄関の方向に視線をむけから、私を見つめた。


「しぃくんが来たかも」

「はいはい。なんかあったら携帯にかけるから」

「……ごめんね」


 ふいに杏が申し訳なさそうな顔になり、顔を伏せた。消え入りそうな声で呟く。

 またこれだ。ため息をこらえて、私は杏の頭を撫でる。


「別にいいよ。その代わり、駅前のケーキ買ってきてね」

「うん。わかった」


 杏は頷いて顔を上げる。その顔にさっきの陰鬱そうな表情ではなく、少し困ったようなひまわりのような笑顔だった。

 私は立ち上がり、部屋を出る。

 部屋を出る直前、杏が思い出したように口を開いた。


「あ、しぃくんはあたしの彼氏なんだからとらないでよー」

「あー、はいはい」


 一瞬、奪ってやると言おうとしたが止めとく事にする。

 冗談でも、こんなところで言い争ってちゃ<しぃちゃん>に迷惑だ。早く<しぃちゃん>がいる玄関にむかわないと。

 私は一階へ続く、階段を早足に降り始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ