傾く天秤
ガラガラと音を立て、床が崩れる。転落して、背中感じる熱気がじりじりと全身を焼き、火山岩で出来た天井が視界を埋め尽くす。手を伸ばすも、もう戻れない。
(まだ一か月も経っていない。まだあの手料理を食べていないのに......ようやく希望を手に入れたのに。このまま、俺はここで死ぬしかないのか......)
走馬灯がこれほど厄介だとは、と思う讐花。引き伸ばされた残り間もないこの時間が、自分に未練を与えるのが苦痛でしかないと考える。そして、諦めの雫が目尻から滑り落ちた。
そうしてあっさりと訪れた終わりに、讐花は沈んでいった。
ここは【ギルリス大火山】。讐花達が実戦訓練として訪れた、魔物が巣食う場所の一つ。
「どうして、こうなった......」
同じ班で、近くにいた勇輝が讐花の落ちてったマグマの池を見ながら、そう呟いた。その傍には天芽と糸紡がおり、二人も勇輝と同じ思いだった。
事の始まりは昨日、訓練前日の自由行動が許されたあの時まで遡る。
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【ギルリス大火山】の麓で、生徒達はその日の予定を決めるために話し合っていた。それは勇輝、天芽、糸紡も同じで、讐花も誘うために探していると...
「お取込みのところ申し訳ありません。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
丁寧な物言いで話しかけてきた者がいた。魔法師団のローブ身に纏い、手を前に添えて、綺麗なお辞儀をするのは、魔法師団副団長のリクスだ。
三人は顔を見合わせ肯くと、代表して勇輝が「いいですよ」と言う。
「単刀直入に申し上げます。明日の訓練、そこで聖徒カミグラ様を倒して貰いたいのです」
「「「え?」」」
リクスから言われた一言に、三人は耳を疑う。リクスは「理由を説明します」と再び話始める。
「カミグラ様のステータスはご存知ですか?」
「...ええ、ステータスの殆どが分からなかったのは、あの場にいた全員が知っています」
讐花の黒く塗り潰されたあのステータス。見た目の印象が変わり、彼はどんな能力があるのかと少し注目されていたためか、誰もがそのステータスを憶えている。その記憶が脳裏に浮かんだのか、天芽が答えた。
「そうです。その原因を考えたところ、カミグラ様が魔物という可能性があります。根拠は、先日の修練場で魔法を消したことに-」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
勇輝が、さっきから言っている意味が分からない、と言わんばかりに話を中断させる。
「讐花君が魔物?彼は俺達と同じ人間で、クラスメイトですよ?」
「嘘いわないで下さい!」という自分の意見を瞳にうっすらと宿らせ、勇輝はリクスを睨む。
「ユウキ様、それは私も知っています。しかし、カミグラ様が魔物だと考えるのには、訳があります」
「訳、ですか?」
「はい。カミグラ様が魔法を消したのは、本来魔物や魔族、魔王にしか使えない〝固有魔法〟を使ったと考えられます」
「〝固有魔法〟ってなんですか?」
糸縫が疑問を口にする。まだ異世界に来てから間もないので、分からないことも多い。
「我々が魔法を使う際、媒体となるアーティファクトが必要です。しかし魔物や魔族、魔王は魔力操作が人族よりも高いため、それを必要としません。が魔法の汎用性は低く一個体に一つか二つの魔法しか使えません。それが〝固有魔法〟です」
「でもそれじゃ讐花さんも使えないですよね?」
「そうね」
「そうだよな」
糸縫の疑問は最もで、勇輝と天芽も首を傾げる。少し下を向きながら、リクスは話始める。
「確かに人族には〝固有魔法〟を使えません。ですが例外があります。魔族や魔王に魅入られ、魔物へ堕ちた存在...我々は〝堕人〟と呼んでいます」
「おち、びと?」
「眷属となり魔族、魔王に無意識のまま尽くすようになる彼らは、見た目には何も変化がなく、魔力が変化し体に負担かけて、最後には塵になって消えてしまう。何も残らない〝堕人〟を止めるには......」
そこで一度言葉を切り、そして断言した。
「その生命活動を止める、即ち殺すしかありません」
リクスは「皆様の英断、期待しております」と言い残すと、踵を返し何処かへ去っていった。
「.........どうするの?勇輝さん」
リクスが見えなくなると、糸縫が重たげに口を開く。
「......まだ、彼がそうと決まった訳ではないわ。けど、もし本当だった場合は...」
「俺が、いや俺達が、止めてあげるしかないのか...」
訓練当日。
「さて皆さん!準備はいいですか?ここから中は-」
フェイル少年が、今から訓練とはいえ戦いに行く雰囲気とは思えない声で【ギルリス大火山】の説明をしていた。
「「「ふあぁ~~」」」
「どうした、寝不足か?」
話は班ごとに集まって聞いていたため、すぐ近くにいた讐花が心配する。
「え!?いや、何でもないよ、な?」
「う、うんうん!」
「えぇ」
「......ならいいんだが」
慌てて答える三人に、「本当に大丈夫か?」という目を一瞬向けるが、またすぐにフェイル少年の話を聞き始めた。
まさか、讐花のことで眠れなかったなんて、とてもじゃないが言えない。三人は、気づかれないようにそっと息を吐くのだった。
「では渡された物をしまったら、順に中へ入りますよ」
話を聞き終わり、班に一人、魔法師団の者が就くと、讐花達は【ギルリス大火山】の中へ入っていく。
入ってすぐはそんなに暑くはなかったが、十分程進むと地面を熱したような暑さになり、全員がダラダラと垂れてくる汗を拭う。
その時、道の脇に転がっている球体が動く。先頭にいた生徒の一人がそれに驚く。
「え?う、動いた!?」
球体、否、その生物は、言うなればアルマジロだった。
「お、ファイアアーマードですね」
勇輝達に混じっていた筈のフェイル少年が、初めてとなる魔物との遭遇を察知したのか、近くに来てアルマジロの解説を始めた。ご丁寧に生徒全体に聞こえる声で。
「ファイアアーマードの甲羅は鉄と同等に硬く、その上赤熱化しています。攻撃方法は転がって突進してくるだけなので対処は簡単です......えいっ」
「グゥゥゥゥ!?」
解説の隙に丸まろうとするファイアーアーマードに、可愛らしい掛け声で魔法を使う。地面を動かして土に埋める。
「では、初めての実戦訓練の始まりです!......ほら、きますよ?」
前と後ろから次々と出てくるファイアーアーマードA、B、C、D.........Z。それぞれが生徒を見るなり突進してくる。
隊列を組み、前衛が前に出る。
「前衛の皆さん!試しにその剣を当てて下さい。当てるだけでいいです!」
それだけでいけるのか?という疑問を抱きながら、武器を構える前衛。目の前まで接近してきたファイアーアーマードAに刃を当てる。
「「「グッ!?」」」
「「「「え?」」」」
すると、拍子抜けになる程あっさりと斬れるファイアーアーマードA。ベチャッという生々しい音を立てて、ファイアーアーマードAだったものは動かなくなる。
-う、うぉえぇぇぇ...
内臓が曝け出され、グロテスクな光景に生徒の何人かが吐いてしまう。その中には勇輝もおり、斬った時の感触を思い出したのか動かなくなる。
それに構わず、残ったファイアーアーマード達は迫ってくる。その直線状には、勇輝が捉えられていた。
「勇輝さん!」
「.........チッ」
避けられない勇輝に、叫ぶフェイル少年。チラリと讐花のほうを見る。讐花は舌打ちしすると、〝喰らう者〟を出す。
「喰らえ」
ファイアーアーマード達に黒い靄が纏わり付き、その硬い甲羅すらも紙のように喰らっていく。一分も経たない内に、火山に住むアルマジロは跡形もなくなった。
「す、凄い......」
生徒の一人が、そう声を漏らす。
「......」
讐花の右腕に纏わる黒い靄、〝喰らう者〟を勇輝はじっと見つめる。そして同時に、リクスに言われたことを思い出していた。
(...堕人になった者は戻らない。その行動を止めるには、俺は-)
「どうした、大丈夫か?」
「......え?」
考えるのに夢中になっていたためか、讐花が右手を差し伸べ心配することに、間を置いてしまう。
「大丈夫、そっちは?」
「大丈夫だ」
勇輝が立ち上がると、また奥へ進み始める。二十分程進むと、少し開けた場所に出た。目の前には五つに道が分かれており、生徒は立ち尽くす。
彼らは思った。それは即ち、
-何処を進めばいい!?
それを感じ取ったのか、フェイル少年が前に出る。
「分かれ道は全て、次の広場にまで繋がっています。右にいく程道のりは短くなりますが、その分難易度も高くなります」
低難易度の長い分かれ道か、高難易度の短い分かれ道。何処を進むのか簡単には決められない。
フェイル少年は、「こほんっ」とわざとらしい咳をする。
「今回は、班でこのどれかを進んで終わりにします!ラストスパートです、頑張って行きましょう!」
「「「「「はい!!」」」」」
終わりが見え、喜びを滲ませて返事をする。未だ続く暑さと、初めてとなる戦闘訓練による精神疲労で、疲れてきている前衛に限らず、後衛の生徒も同じくらいに喜ぶ。
話合いの結果、大半は一番左を選び、少数が一番右を選ぶ。そして讐花達は、真ん中の道を選んだ。
「では、次の広間で会いましょう!」
そうして生徒達は別れていった。
真ん中を進んだ讐花達は、ごつごつとして道を走っていた。真ん中を選んだ理由は、魔物の強さと右と左での距離の差が分からなかったためだ。
程なくして、小さな小部屋らしき場所に出る。道がまた二つに分かれており、中央にはマグマが溢れ返る穴がある。
讐花に就いていたフェイル少年が、不思議そうな顔をする。
「おかしいですね?こんな場所、記憶にないですけど......」
見知らぬ場所を調べるため、隅々まで観察するフェイル少年。片方の分かれ道の前に立ったその時、
「-へっ!?」
変な触手が、フェイル少年の脚に絡み付いていた。
「うわあぁぁぁぁぁ~~!!」
「!?どうしたんですか!!」
勇輝がその叫び声によって振り向いたときにはもう、フェイル少年はいなかった。
「っ!?」
すぐに追い掛けようする。しかしその前に、讐花が勇輝を止める。
「......まて」
「どいてくれ!フェイルさんを助けないと!」
「......いってはだめだ」
たどたどしい言葉で進むのを拒む讐花。再び、リクスに教えられたことを思い出す。
「......それは、君が魔物の仲間だからかい?」
「は?...」
今度は、誰も止めることはなかった。
友達を手にかけたくはない。しかし、無意識のまま友達が罪に、悪事に手を染めて欲しくもない。均衡を保っていた勇輝の心の天秤が、少しづつ後者へと傾いていく。歪に形を変えながら。
何かを決めたように、呟いた。
「すまない、讐花君」
「は?---っ!?」
勇輝が剣に手をかけ、讐花へ振り抜く。讐花はそれを、屈むことで回避する。
その際、長く纏めていた髪が切れ、パラパラと空を舞う。
「勇輝!!」
「勇輝君!!」
天芽と糸縫が叫ぶ。しかし、勇輝が止まることはなかった。
「ごふっ!?」
「守れ...............ない」
勇輝は讐花の腹へ拳を入れ、膝を着かせる。今度こそ斬ろうと大振りの攻撃するが、それは叶わなかった。
「がっ!?」
友達を殺すことに、無意識に躊躇したのか、刃は讐花ではなく地面に叩きつけられた。その衝撃で、讐花は吹き飛ばされる。
その先にはマグマの池があった。
「危ない!!」
天芽が必死に叫ぶ。そのおかげか、讐花は体勢を戻し、ギリギリ崖際で止まる。
讐花はほっとし、胸をなで下ろす。しかし、それは些か軽率だった。
「あっ!?」
ガラガラと音を立て、立っていた足場が崩れる。讐花は手を伸ばすも、届くことはなかった。
そしてそのまま、讐花は沈んでいった。
静寂が訪れる。誰も口を開くことはなく、落ちてったマグマの池を眺めた。
「あ...ああ...」
しばらくして、勇輝が自分の手を見て、ついさっきのことを思い出す。手には、魔物のときとは異なる、重く苦しい何かが残っていた。
「どうして、こうなった......」
「勇輝......」
「すまない...すまない、すまなかった......」
そして、沈んでいったであろう讐花に向かって泣いた。天芽と糸縫も、涙を流して下を向いた。
そんな悲しみに満たされた場所に、
「いやぁ~、一瞬何ごとかと思いましたが、ただの魔物でした。って、あれ?皆さん何してるんですか?それに、讐花さんはどうしたんですか?」
皮肉な程に明るいフェイル少年の声が響いたのだった。