叶う願いは林檎味
遅くなって済みません。
「......ん...ん?」
目に刺さる日の光によって、讐花は目を覚ます。
「いつの間にか寝ていたのか?......あれは、夢だったのか?」
あの時の事を思い出しながら、右手に力を込める。
「.........夢...じゃなかったんだな」
すると、真実を知らせるかのように〝黒い靄〟-〝喰らう者〟が右腕に纏い、黒く染まる。二回目という事もあり、冷静な讐花。
「じゃあ、あの女の言っていたことも......」
讐花はRの言っていたことを思い出す。
「『それに関しては起きてみたら分かります』......か」
俺にはまだ分からない、と思っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「讐花さん、起きていますか?僕です、フェイルです」
「......ああ、起きている」
なぜここへ?という疑問を抱えながら、ドアを開ける。フェイル少年は、果物が入った籠を片手に、もう片方の手に手紙らしき物を持っていた。
「おはようございます、昨夜はお疲れだったんですね。もうお昼ですよ」
「え?」
その言葉を聞いて、讐花は急いで部屋の窓から外を見る。この世界にも太陽のような星は存在していて、空の真上でギラギラと地上を照らしていた。
「嘘だろ......」
「朝にも来たんですけど返事がなかったので。その様子だと今起きたのですね?手紙の言う通り、持ってきて正解でした」
「寝坊した......」と項垂れる讐花に、苦笑いしながら籠の中の果物を渡すフェイル少年。
讐花は今にも腹の音が鳴りそうな空腹感に、無味と分かっていながらも一口。そこで、忘れかけていた感覚が奔る。
「んっ!?あ、味が感じる、だと......」
シャクッ!という音と同時に、甘酸っぱい果物特有の果汁、林檎に近い味が口の中を満たし、喉を通り、讐花に味を運んできた。
その変わりのない事実に讐花は震えた。なぜなら、
「ん?どうして泣いているんですか?」
そう、泣いていたからだ。あの時流した悲しみに溢れた涙とは逆の、嬉しさが込められた涙を。
「ちくしょう、そう言うことかよ」
そして理解したのだ、Rの言っていたあの言葉の意味を。確かに、讐花は味覚障害になり味覚を感じなくなった。だが、彼の半身となった喰らう者は違う。喰らう者が感じた味覚などを、讐花に送ることで、疑似的に味を感じることが出来るようになったのだ。
「そ、そんなに美味しかったんですか?」
そんな讐花の思いを、フェイル少年は当然知っている訳ないので、果物が美味すぎて感激して泣いていると捉えた様だ。
「......すまん。少し私情でな」
「そ、そうですか......」
「本当に何があったんですかぁぁぁ!?」と内心で困惑しながらも、返事を返すフェイル少年。対応の困っていると......
「なんだ、もう既に起きていたのか」
という声が聞こえてきた。声の方を見るとドアの所には天芽がいた。
「......それよりも、どうして君が泣いているんだ?」
「それは......」
讐花は日本でのいじめや昨夜のことも含め、訳を説明した。
「...............つら...」
「ん?会長どうし-」
「なぁにしてんのあいつらぁぁ!!」
「ちょ、会長落ち着いて!」
「今のを聞いて落ち着いていられますか!讐君悔しくないの?」
結果はこの通り、怒りの天芽である。つい口調が戻っているあたりから、相当頭に来ているらしい。今にも殴り込みに行きそうで、讐花が必死に抑える。
「......ごめんね、落ち着いたわ」
「会長、口調」
「いいの、久しぶりの会話だから」
「......ならいいです。じゃあ皆の所へ...って、フェイルは?」
「あ、本当。一体どこへ?」
見当たらないフェイル少年。実は、讐花が説明している途中で、空気を察して退出していた。実に察しの良い子である。
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その後、天芽が自身の記憶を頼りに、三十分かけて皆のいる修練場にやっと着いた。讐花が「広過ぎだろ」と城内の広さにそう思っていると、生徒が一人近付いて来る。
「天芽、何処へ行ってたんだ。急に居なくなって」
「済まない。生徒が一人居ないと気付いて捜しにいってたんだ」
天芽のことを呼び捨てにしたのは、生徒の中で一番能力が高い、職業〝勇者〟の御十神勇輝だ。天芽と同じ生徒会の副会長で、高いルックスに、天芽にも引けを取らないカリスマ性の持ち主。
天芽の仕草から、讐花のことを言っていると分かったのか、サラサラの茶髪を揺らして讐花を見る。
「えっと、讐花君だよね?容姿が大分変わっているけど......」
「......そうだ」
そう言って首を傾げる勇輝。讐花は、一瞬の間を置いてから肯定する。そこに、
「二人共、話はそれぐらいにしておいて私達も訓練をしようじゃないか」
と言われて木剣を投げられてくる。投げて来た方を見ると、除け者にされたのが嫌だったのか、少し不機嫌な天芽は杖を持って近付いて来ていた。
訓練といっても、初日だからなのか兵士による審判の元、各自で練習し合うというものだった。恐らく実力を測るためなのだろう。周りを見ると、近接が得意な生徒は同じような生徒と練習していた。弓や杖を持っている生徒も、的に向かって練習している。なので、本来なら天芽は的に向かって練習を、勇輝は誰かと組んで練習する筈なのだが......
「火よ、球に集え、《火球》」
天芽は火の玉を周りに作り出し的、ではなく二人に向かって放った。弾速はそんなに速くないので良く見れば避けられるが、当たれば火傷では済まないだろう。
「あれ、おこってるな」
「はは、じゃあ練習がてら全部避けてみよう」
「いや、必要ない」
勇輝は避けようと言うが、讐花は思い付いたある事を試すことにた。
讐花は右手に力を込め、喰らう者を出した。
「危ない!」
勇輝の警告を無視して、目の前に迫った火球に対して右手を出す。そして唱えた。
「喰らえ、喰らう者」
それに呼応するかのように、喰らう者が火球を包み、喰らった。
「え!?」
「嘘!?」
一瞬の出来事に、目が点になる勇輝と天芽。二人には火球が直撃し、火傷を負う讐花が幻視出来ただろう。
「ちょっとぉ!!何したんですかぁ!!」
と其処に今のことを見ていたのか兵士、ではなく何故かフェイル少年がやって来た。
「御十神勇輝さん!逆神天芽さん!そして神喰讐花さん!今すぐ来てください!」
「「はい!」」
フェイル少年の言うことを素直に聞く勇輝と天芽。讐花は不思議に思いながらフェイル少年の元へ行く。
「まず天芽さん!なんで聖徒に向かって魔法を使っていたんですか?駄目ですよ!というかなぜあんな数の《火球》が出せたんですか!?」
「ついカッとなって、そしたら何故か出来ました」
「ええぇ!?」
讐花がフェイル少年の元に着くと、天芽が何故か怒られていた。
「そして讐花さん!」
「え、俺?」
いきなり呼ばれたので驚く讐花。
「そうです、一体何をしたら魔法が消えるんですか!?」
「それは勿論喰らう者で」と言おうとしたが、言ってはいけない気がして、
「何故か出来ました」
「二人とも天才!?」
そう言うと、そんなことを言って悩み始めるフェイル少年。そもそも魔法とは、杖などの媒体を通して長い詠唱というものを唱えた上で発現するので、装備のことを考えても早すぎるのである。讐花は言わずもがな。
「う~ん、そうすると天芽さんと讐花さんもあそこに......いや讐花さんはまだ......」
と何だか訳の分からないことを言い出すフェイル少年。なので讐花は訊く。
「何を悩んでんだ?それより、何で此処にいるんだ?」
「え!?讐花君知らないの?」
「何を?」
「はぁ、彼はこの隣国の第三王子でこの国の魔法師団団長だ」
その言葉に勇輝が驚き、天芽がため息をつきながら説明する。
「え、えぇぇぇぇええぇぇぇぇぇえ!?」
ばっとフェイル少年の方を見る。と「お恥ずかしながら...」と言いながら照れる仕草をするフェイル少年。真実だと思い知らされる讐花。
「なんだ?」
「どうした?」
讐花の声によって、他の生徒が集まってくる。
「皆さ~ん!聞いて下さい!」
それをチャンスとばかりにフェイル少年が生徒全体に何かを言い始める。生徒達も静かに聞き始める。
「今日から一週間後、魔王を倒す一歩として【ギルリス大火山】に行き、魔物を倒す実戦訓練をします」
魔物を倒す実戦訓練。その言葉に不安になる生徒達。しかしフェイル少年は止まらない。
「そこで、僕達の独断と偏見で、グループ分けを行ないます」
「「「「「えぇ~」」」」」
フェイル少年のグループ分けを、嫌そうにする生徒達。その雰囲気はまるで生徒と先生がいる教室のよう。余談だが、既にフェイル少年と師弟関係にある生徒もいたりする。
「じゃあAグループから。逆神天芽さん」
「はい」
「傀奏糸縫さん」
「はい」
次々と生徒達が呼ばれグループが組まれていく。が一向に讐花の名が呼ばれる気配がなく、遂に讐花を除いた最後の一人が呼ばれ、讐花だけが残った。
「あの~俺は何処に入れば?」
なので、フェイル少年に聞いてみる。ポツンと残された讐花の言葉がやけに響いた。周りの声が静かになる。
「え?あ!そういえば讐花さんのこと忘れてました......」
実はこのグループ分け、生徒の能力が書かれた紙を板に写したもの-ステータスプレートを元に分けられているため、ステータスの分からなかった讐花は入っていなかったのである。
「ステータスは分からなかったけど、魔法を消したあれは凄かった......けどあれの発動条件が厳しい物だったら......」
フェイル少年は同じ所をグルグル、時折しゃがみながら考える。そして結論が出たのか、回るのを止めた。
「では讐花さんは彼女らのグループに入って下さい」
そう言って指差したのは天芽達Aグループだった。それに驚きを隠せない生徒達と、フェイル少年の周りにいる魔法師団の人達。その中から他より色の濃いローブを着た男が前に出る。
「団長!よろしいでしょうか?」
「なんでしょう?リクス副団長」
副団長というリクスに、何処かほわほわしたフェイル少年とは異なる、魔法師団団長の威厳が表れたような言葉と態度をとるフェイル少年。
「このグループ分け、各聖徒が足枷にならぬよう、ある程度実力の近い者同士で組ませる、と団長ご自身が言った筈です」
「......えぇ」
リクスの言ったことに、間を置いて返す。すぐに返さなかったのは、生徒との距離を縮めたい、生徒達に失望されたくないから。幸い近くにいた讐花以外には聞こえておらず、グループで話していた。
「彼は〝不力者〟です。そんな彼に付いて行ける実力があると?」
〝不力者〟とは、讐花がステータスを確認したあの時からの、魔法師団の中での讐花の呼び名である。
「確かに彼のステータスは分かりません。ですが、貴方の見たでしょう魔法を消したあの瞬間を」
魔法師団からしたら不思議でしかない讐花の能力。誰にも真似できないことを〝不力者〟ができるとなると、反論できなくなるリクス。
「あれは我々、いや人類にとって大きな力になる筈です」
「そうですが......」
「ならば下がりなさい。これ以上の話は無駄でしかありません」
結局、リクスが何も出来ないまま話が終わり、讐花は天芽達Aグループに入ることになった。
「やぁ、さっきぶりだね讐花君」
「は、初めまして」
向かって早々讐花を歓迎したのは勇輝。その次は糸縫だ。
「よろしく勇輝、糸縫。後、俺讐花だから。初めましてじゃないから」
「え、神喰君!?本当に!?色々と変わってて、てっきり他クラスの人か転校生かと思ってたよ」
「俺はさっき自己紹介したから分かってたけど、慣れないなその姿」
「......俺は気にしてない」
「「いや、気にしようよ!?」」
そっけなく言う讐花だが、二人は明るく返してくる。久しぶりに会話をした様な気がして少し茶目っ気を出すと、ツッコミを入れてくる。そして天芽がいないことに気付いて、周りを見ると......
「なぁ勇輝、なんで会長はこちらを睨んでんだ?しかも少し離れた所から」
「いやね、彼女は今不機嫌だから、そっとして置いてあげて-」
「誰が不機嫌だってぇ?勇輝副会長君」
天芽が讐花を離れた所から睨んでいたので、試しに勇輝に聞いてみる。すると、どうやったのか分からないが一瞬で勇輝の背後にまわり、勇輝の肩を掴む天芽がいた。
「天芽、その手に浮いているのは何だい?」
恐る恐る後ろを見ると、肩を掴んでいる手とは反対の手に浮かんでいる物が目に入る。
「もちろん《火球》だけど?」
「おい、止めたらどうだ会長」
見る見る顔から血の気が引いていくのが分かる勇輝を見て、流石に度が過ぎていると思い止める讐花。
「いいや止めない。一度お灸を据えなければならないと思っていたんでな」
がしかし、天芽は止まらなかった。
そしてその後、糸縫も仲介に入り何とか止められたが、いつの間にか周りには生徒はおらず、フェイル少年だけがいた。
「やっと終わりましたね。もう夕食の時間ですよ」
讐花はその言葉を聞いてフェイル少年にジト目を向けるのだった。
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太陽が沈み月が昇った頃、王城が暗く静まり返る中で動く影があった。影は音を立てずにすたすたと歩きある一室の前で止まる。そして、その部屋のドアを三回ノックした。
「......合言葉を」
すると中から仮面の男が出て来て、影に確認を取った。
「集うは影。その者、闇に潜み光を嫌う者なり」
「......どうぞ」
合言葉は正解だったらしく、影は中へと入る。と同時に男と同じく仮面をつけた。
「おぉ!お待ちしてましたぞ」
「ビクス、この辺りには防音が施されているとはいえ、もう少し静かして下さい」
「む?すまない!」
「......」
中には同じように仮面をつけた男達が三人いた。
「集まれたのはこれで全員か?」
「はい、ホーシャル様」
「その名を呼ぶな」
三人の内の一人が呼んだ名に影は不機嫌な態度になる。
「ではなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「そうだな、今はRと呼べ、フィシャス」
「アール?とは」
「二千年前に召還された聖徒が使っていた〝エーゴ〟という文字の一種で、俺の名前をそれで表すと最初にくる文字の呼び方だ」
「それは失礼致しました、アール様」
「よし、それでは早速だが、これを見てもらいたい」
影改めアールは機嫌を直すと、一枚の写真、というより人相書きを見せる。
「この人物は?」
「皆は〝不力者〟の名を聞いたことがある筈だ」
「それは勿論」と口を揃えて言う男達。同時にこの人相書きの人物-讐花がそうだと理解する。
「今日、訓練中に〝不力者〟が魔法を消した。方法は分からんが、下手をしたら魔王よりも脅威になるかもしれん」
「なんと!?それは本当ですか!!」
「だから静かにしなさいと何度も......ですがビクスの言う通りですね。アール様、どうですか?」
「本当だ、そこで皆の意見が聞きたい」
アールはそう言うと、男達は黙ってしまう。そこに一人が口を開く。
「......殺すべきだ」
「バーク様!?相手は聖徒ですよ、どうするのですか?」
「......私ではなく、他の聖徒にやらせればいい」
「では〝不力者〟は殺すとしよう。幸いにも、彼らは一週間後に【ギルリス大火山】へ行く予定だ、その時に殺そう。異論は?」
「ないぞ!」
「......同じくです」
「......」
「始めようじゃないか。祖国のため、我らのため」
讐花が異世界転移してまだ一日。気づかない所で、何かが動き始めるのだった。
アール達が話していた部屋の、すぐ隣。倉庫のような部屋で、聞き耳を立てていた者がいた。
「聞いちゃった、何やら物騒な話」
彼女は身を縮め、口を押さえ震える。その様子を誰かが見たら、恐怖か何かで震えていると捉えるだろう。
「......ふ、ふふ、ふはは」
だが彼女が震えていたのは笑っているからだった。それがどの感情によるものなのかは分からない。が彼女が抱いているのは恐怖ではないのは分かった。
「目的は違えど私と同じことをしようとする人がいるなんて。何という僥倖」
彼女は立ち上がり、音を立てずに廊下に出る。
「だけど、殺るのは貴方達ではなく私だよ」
誰にも聞こえない程小さい声を、彼らのいる部屋にぶつける。
「待っててね、私の、私だけの......」
彼女は闇に向かって消え始める。
「王・子・様」
そして、そう言って完全に消えていったのだった。