讐花の祈願と喰らう者
「は?」
拍子抜けな声を出す讐花。無理もない、不明な点だらけの自分の説明書を見せられたら、誰もが目を点にする...筈だ。
「結果が出たらこちらに持ってきて下さい」
フェイル少年がそう言うと、ぞろぞろと生徒が周りに集まり、紙を出していく。
「ふむ、ステータスが一番高いのは御十神勇輝さんで...天職は〝勇者〟ですか。......ん?一枚足りない?」
きょろきょろと周りを見渡し、紙を持っていた讐花を見つける。自然と讐花に注目が集まる。
「どうしたんですか?讐花さん、何か問題でも?」
フェイル少年は首を傾げ、とことこと讐花に近寄り、讐花の持っていた紙を見る。
「ん?」
目を擦り、もう一度見てみるが、変わらない。瞬きし、また見るが、変わらない。他の生徒の紙と比べてみるが、讐花以外、全ヶ所しっかり数値や文字が記されていた。
「こんな事、初めてです。前例なんて無いですし、あったとしても僕には分からないですけど...讐花さん、何か心当たりは?」
「残念だが......」
首を横に振る讐花。
「...そうですか」
肩を落とすフェイル少年。そして、何かを考えて、アシスタントのローブの人に耳打ちする。
「聖徒様、次は自分に合った道具を選んで頂きます。案内しますので、付いて来て下さい」
ローブの男は生徒を連れて、讐花とフェイル少年だけを残して、部屋を出ていった。
「では讐花さん、一緒に色々試しましょう!」
フェイル少年が目を輝かせ、勢いよく言う。反対に、讐花は顔を引きつらせ、天井を見上げてため息をついた。
フェイル少年は有言実行と言わんばかりにトライ&エラーを繰り返した。別の紙でもう一度試してみたり、垂らす血の量を増やしてみたり、場所が悪いのかと、王城の庭で試してみたり。
しかしどれもこれも失敗、結果は変わらず。その後も原因を考えてみたが、結局分からずじまい。
「まだです、まだ何か方法が!...イタッ!」
椅子から立ち上がりそう叫ぶ。が讐花の拳骨によって我に返る。
「外をよく見ろ、もう日が暮れる。続きは明日だ」
はっ!と窓を見ると、既に日が落ち始めていた。
「ごめんなさい!僕ばっかり熱くなって...ってうわ!?やめてください!」
顔を赤くし、急に縮こまるフェイル少年に、讐花は髪をわしゃわしゃする。
「子供がそんなに縮こまるな、それよりも食堂かどっかに連れていってくれ。朝から何も食っていないから、さっきから腹の虫が鳴りっぱなしだ」
讐花はそうお腹を抑えた言う。そして、偶然なのか必然なのか、タイミング良くグ~~~と音がなった。
フェイル少年は、その音にくすりと笑う。
「そうなんですか、実は僕も結構空いてたので、いきましょうか」
「おう」
そっけない言葉で讐花は返す。フェイル少年はその言葉から、原因は明日に引き伸ばしだけど、讐花さんとの仲は深まったのかな、と内心で思いながら、讐花と一緒の食堂に向かうのだった。
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食堂には先客として、生徒達がいた。しかし制服姿ではなく、個性豊かな服装をしている。恐らく、それが彼らの装備なのだろう。
讐花が来た事に生徒達も気付いたのか、和気藹々としたざわつきが、別の物に変わる。
「わ、わぁぁ!皆さん凄いですね。皆さんのそれ、〝アーティファクト〟じゃないですか!」
その空気を察して、話題を変えようと頑張るフェイル少年。生徒達にはそう見えるだろう。しかし讐花は、一日共に行動してフェイル少年が生粋の魔法オタクということを理解させられたため、素で興奮していることが分かった。
ちなみに、アーティファクトとは古代に作られた遺物のことで、現在では作成不可能な物の事を指す。讐花達が使ったあの紙もアーティファクトなのだが、あれはホラリア聖教国が所有するアーティファクトによって作られたもので、唯一量産可能な物だったりする。
「そ、そんなに凄い物なのか?いまいち、私には理解できん」
天芽がそれに便乗して、身につけているフードと、持っている杖を見る。
「いいえそんな事ありませんよ!天芽さんは確か〝賢者〟ですよね?そのフードは魔力回復力を上げ、魔法攻撃によるダメージを軽減してくれます。更に!その杖は魔力伝導率と魔法威力を上昇させ、魔力の底上げをしてくれます」
フェイル少年は目を輝かせ、体全体を使って熱弁する。既に重い空気はなくなり、フェイル少年の様子に笑っている。
そのまま讐花達は食事が運ばれてきた。讐花は味を感じなかったことに胸を締め付けられながらも、腹の虫は収まらないので、口に料理を流し込んだ。
食事を済ませた後、讐花達は部屋に案内された。
「讐花様の部屋はこちらになります」
メイドさんに案内され、讐花は中に入る。部屋には見事な天蓋付きベットがあり、窓から差し込む月明かりは神秘的だ。フェイル少年に連れまわされ、ふかふかのベットにダイブしようとするが、そこで気付く。
「...手紙?」
そう枕元に手紙だ置いてあったのだ。讐花は不思議に思いながら、手紙を読み上げる。
『こんばんわ、無事異世界転移を果たしてようですね。大変喜ばしいことです。さて、眠いことは重々承知ですが、お願いが御座います。今から数十分後、外にお出でください。そこに、貴方の祈願と共にお待ちしております Rより』
意味が分からなかった。しかし、行かなけらばならない事だけは、讐花には理解出来た。正直、今にも飛び出したかった。が、待つべきだ、と自分を諌め、じっとその時がくるまで待つことにした。
この世界には時計がないため、どの位時間が経ったかは分からない。大体三十分が経過したと思った時、コンッコンッとドアの方から音がなった。
「.........」
無言で立ち上がり、ドアを開ける。しかし外には誰もいなかった。そこに...
『...おい、で......』
「!?」
声が響く。周りを見渡すが、やはり誰もいない。が変化は起きていた。
「......蝶?」
暗闇の先に、一匹の蝶がいた。その蝶は淡く輝いていて、まるで道を照らしているかのようだった。
「付いて来いってことか...」
導かれるように、讐花は蝶に付いて行く。そして、闇の中を進んで、数分。蝶は扉の前で止まる。と思いきや、そのまま蝶が扉の中に消える。
急いで扉を開け、中に入るとそこには何もなかった。使われていないのか、埃が溜まっていた。それなかで、蝶はある一点で止まり動かない。
「そこに、何かあるのか?」
動かない蝶を見て、讐花は蝶が止まっていた壁に触る。すると、
「...なるほど、隠し通路か」
壁の一部が消え、奥に続く通路が現れる。そして、また蝶が奥へ動き始める。讐花も歩き始める。
中は真っ直ぐに続いていた。その道を歩いた先にあったのは...
「...黒い、玉?」
鮮やかな黒色の、バスケットボールぐらいの大きさの球体があった。蝶はその上まで行くと、光の粒子になっていった。
「なっ!?」
いきなり消えたことで驚く讐花。しかし、そう思ったのも束の間、その粒子が集まりだし、何かを形どっていく。
『こんばんは、讐花様。そして初めまして、Rです』
それは少女だった。だが粒子の数が足りないのか、口より上がなく、とても歪だった。そして、Rは讐花にとって、衝撃的な事を口にする。
『さて、目の前にあるその球は、貴方様の求める物の、〝喰らう者〟の卵です』
そう言われて、讐花は一瞬訳が分からなかった。目の前にある球体が、どう自分の願いと関係しているのか、理解出来なかったからだ。
『驚かれるのも無理はないでしょう。しかし、私の言うことは事実であり、貴方にとってそれは思って止まない物、貴方の願いの筈です』
「!...俺の...願い」
Rは、心を読んだかのようにそう言う。讐花は、その言葉ではっ!となり、改めて〝卵〟を見る。
『〝卵〟を手に取り、目覚めろ、と念じてみてください』
真剣な声で言うRに従い、讐花は〝卵〟を手に取り、言われた通りに念じてみた。
ドクンッ!
「!?」
すると讐花は、讐花の中の〝何か〟が〝卵〟に吸い込まれ感覚に襲われ、体から力が抜ける。反対に、〝卵〟は黒く輝き、罅が入っていく。
『〝卵〟は貴方の〝魔力〟を贄とし、〝喰らう者〟となり』
その言葉と同時に〝卵〟が割れ、場がより一層黒に満たされる。それはやがて収まり、後には〝黒い靄〟が残る。
〝黒い靄〟は讐花の右腕に集まりだし、体の中に消えていった。と同時に体に力が入るようになる。
『〝喰らう者〟は貴方の体を依代に、貴方の矛となり、盾となり、半身となる』
讐花は右手を動かし、異常がないか確かめる。そして一言。
「な、ななな、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
と叫ぶ。柄にも無くそう叫んだのは、讐花の右腕が黒くなっていることが関係、というよりそれが原因である。
『大丈夫です、〝喰らう者〟は貴方には危害を加えませんから』
というR。笑いを堪えているように見えたのは讐花の見間違いの筈だ。
「まあいいとして、これと俺の願いがどう...関係し......て」
そう疑問を訊こうとした時、急に眠気が襲ってきた。瞼が重くなり、気怠さが全身にのしかかる。そして、
『それに関しては起きてみたら分かります』
Rが笑顔でそう言った直後、讐花は意識を手放していった。