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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽彼氏を依頼されたので全力で堕としにいきます

作者: 鈴華

二作目、三人称の練習です。

三人称で綺麗にまとめる人凄いです。私には無理でした(屍)

 



「お願い姫花!アタシの彼氏になって!そしてデートしましょう!」


「ふえぇ!?り、里音ちゃんそっち系の人だったの!?」


 授業終わりの放課後。親友の里音からいきなり告白を受けた姫花は、間抜けな声を上げながら身を守るように自身の体を抱きしめて一歩後ずさった。




 里音は他校にも名を轟かせるほどの美少女だ。


 スレンダーだが、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる造形美のような身体付き。その上にちょこんと乗せたような小顔のパーツは一つ一つが端正で、つり目がちの大きな眼とツインテールが勝気な印象を与える。


 下駄箱や机の中に無数のラブレターを隠し、幾たびと男子に呼び出されているのを見かけられることからわかるように、里音の人気は誰もが知るもの。


 強気で率先して動く彼女はみんなのリーダーであり信頼も厚い。嫉妬や妬みをものともせず、自分の道を突き進む姿に惹かれる人間は非常に多い。


 しかし、そんな里音だが浮ついた噂が一つも立たない。


 何故かとは思っていたが、意外すぎる理由を知ってしまい恐々とする姫花に、里音は悪戯な笑みを作った。


「あはは、何よそのビビり方。本物の彼氏なわけないじゃない」


「はえ?」


「あくまで彼氏役よ。ぷふふ、思った以上に面白い反応をしてくれて大満足よ」


「も、もう!またからかって!」


「アタシは恋なんてしないって常日頃から言ってるでしょ?あんなの馬鹿のやることよ。時間の無駄無駄」


 右手をひらひら振りながら全国のリア充を敵に回す里音。


 文武両道を掲げるストイックな里音が愛だの恋だのを全否定しているのをよく知っているのに、大慌てしてしまったことに姫花は顔を赤くする。


 里音はしたり顔、間違いなく確信犯だ。


「むうう、そんな事言って好きな人が出来ても知らないからね。それで、彼氏役ってなんなの。演劇でもするの?」


「んなもんアタシに出来る訳ないでしょ。まあそんなとこね。違うのは劇の内容がフィクションだとバレちゃいけないところかしら」


「……どういうこと?」


「男子どもの盛った求愛がね、鬱陶しいのよ」


「里音ちゃんモテるもんね。この間、バスケ部のイケメン君にも告白されてたし」


「あー、あいつね。しつこかったから股ぐらに蹴り入れたわ」


「なんて酷い事を!?彼の彼が再起不能になったらどうするの!?」


「蹴ったくらいで無くなるくらいならどの道仕事しないわよ」


 酷過ぎる物言いに、姫花は顔をひきつらせる。


 昔から里音に男嫌いな節があるのは知っていたが、最近それが加速している気がする。いずれ息子を粉砕される人が出てきそうな勢いだ。


 しかし、このくだりで姫花は彼氏役の意味についてぼんやりと気付けた。


「あっ……だから、彼氏がいるという噂を流して虫除けをしたい。って感じ?」


「さっすがアタシの親友!理解が早くて助かるわ!」


 姫花は里音が言わんとすることは理解出来た。


 確かに里音は毎日のように呼び出されるなり、行きずりに告白されるなりしている。時間の浪費と、男にまとわりつかれるのが嫌だと思うのは、里音なら自然なことだろう。


 しかし、意味不明な点が一つ。


「な、なんで彼氏役が私なの?普通に男の人に頼めば良いのに」


「嫌よ。男とデートしてそいつがアタシに惚れたらどうすんのよ。なら、最初から安全に女の子に男装させるわ」


「さらっとエゲツないこと考えるね!?確かに里音ちゃんなら惚れさせかねないけど!男装させられた方の女の子は社会的に危機だよ!?ていうかなんで白羽の矢が立ったのが私なの!?」


「姫花はアタシが一番信用する子だもの」


「ふえっ…!?ふへへ、嬉しい」


「あと出るとこ出てないスットン体型だから男装しても違和感なさそうだし、【悪魔】の護衛があるなら安心安全だし」


「余計なお世話だよ!あと悪魔はやめて心に来るよぉ……」


 信頼に喜んだ後に突き落とされ、姫花はがくりと項垂れた。


 姫花は里音と違い全くと言って良いほどモテない。


 百四十を少し過ぎたくらいしか身長が無く、採寸するとウエストとバストの数値に悲しいほどに差が無い貧しい体型。


 しかし顔立ちは良く、垂れ目がちな瞳とボブカットは柔らかな雰囲気を醸している。一部の【無い方】が好きな方々からすれば魅力的なはずなのだが、告白どころか友達も少ない。


 何故なら、


「良いじゃない悪魔。近辺で悪逆非道の限りを尽くした大悪童。悪魔を止めるために色んな学校の精鋭を集めてやっと相打ちだったんだっけ?」


「わあああああああっ!やめてぇ!」


 かつての過ちを掘り返されて姫花は耳を塞ぎこむ。


 この一帯の子供達はあの悪魔に心を折られ、近寄るだけで顔を青ざめさせる。それが姫花がぼっちたる所以。自業自得だった。


「ゆるしてつかぁさい、ゆるしてつかぁさい……わかげのいたりなんですぅ…」


「ま、アタシの前で天使でいてくれたらそれで良いのよ。で、やる?やらない?」


「やらないよ!これ以上黒歴史が増えるの嫌だもん!」


 案の定断られる。しかし、里音はそこまで予想通りといった具合に顔色を変えない。むしろ待ってましたとばかりに、懐から一つのストラップを取り出した。


「ふうん、じゃあこれ私いらないし捨てちゃおうっと」


「そ、それは……!?」


 アホ面が描かれたふさふさの緑の球体。


「ま、まりもちゃんストラップのアホ面バージョン!懸賞でしか当たらない特別限定版!す、捨てちゃ駄目だよ!大切に来世まで持っていかなきゃ!」


 それは姫花のこよなく愛するキャラクターのストラップだった。それもかなり貴重な一品。いつ懸賞に応募したのかは分からないが、郵便で届いたそれを手に入れていた。


「でもアタシ要らないし。あー、誰かが男装を引き受けてくれて街中デートしてくれたらあげるのになー」


「やる!やるからそれちょうだい!まりもちゃん!」


「はい、まいどあり〜!」


 こうしてあっさりと釣り上げられ、デートの予定を取り決められたのだった。



 ***







「しっかし、流石に無茶言っちゃったかしら」


 土曜、午前十時前。


 駅前の待ち合わせ場所へと向けて歩きつつ、里音は姫花に課した男装という試練について考えていた。


 姫花は体付きこそストンとしているが纏う雰囲気は柔らかい女の子らしいもの。顔立ちも男性に見せるには可愛らしすぎるし、何より身長が低すぎる。


 彼氏、というよりはボーイッシュな女の子に見えてしまわないかという懸念があった。


「ま、姫花なら心配ないか」


 しかし、里音は直ぐにその思考をぽいっと投げ捨てた。


 姫花は抜けているように見えて、めちゃくちゃスペックが高い。スポンジのように学びを吸収するため、見たもの聞いたものを直ぐに習得してしまう。


 そのせいで嫉妬され、疎まれ、やさぐれて悪魔なんてものが爆誕してしまったらしい。


 しかし、里音にとって姫花の才能は嫉妬の対象ではない。


 昔、男のストーカーから里音を守ってくれたその日から、姫花は憧れであり目指すべき人なのだ。


「恋愛なんて頭の弱いものに、うつつを抜かしてる暇ないっての」


 彼女の隣に立つには凡人である里音はどこまでも努力しなければいけない。

 最近では周りから天才やら何やら言われているが、本当の天才とは姫花や彼女の姉の事をいうのだ。


 付き合うにしてもせめて、相手が姫花のように賢くて、姫花のように強くて、姫花のように可愛くてかっこよくて、姫花のように優しくて気が利くのなら良い。


 しかし、そんな人間は高望みすぎるのは分かっている。半端な想いで付き合えば後悔するのは間違いないし、男嫌いの自覚がある。


(つまり、アタシが恋愛なんて万に一もあり得ないのよ)


 確定的で完璧な理論だった。


 そんなことを考えている矢先、集合場所についた。十時少し前。


「姫花はっと……」


 辺りを見回すがそれらしき影は見えない。姫花の事だから遅刻はないだろうし、何処かにいるとは思うのだがどうにも見つからない。


 もしや情報に行き違いがあったかとスマホで確認しようとした時、複数人の女の猫撫で声が聞こえてきた。


「あ、あの!私達と遊びませんか?」


「ごめんね、僕、人を待ってるんだ。君みたいな可愛い子に誘われて光栄だけど、また今度にさせてもらっても良いかな?」


「は、はひっ!」


 見ると数人の女子グループが一人の金髪の低身長の男を取り囲んでいた。全く朝っぱらから盛っちゃって、と内心馬鹿にする。


「………って、え?」


 しかし、金髪の男の顔立ちを見て里音は目を丸くした。


 キリッとした眼、肩まで流した金髪、身長こそ小さいがどこか逆らえない圧を纏う少年。しかし、その中には確かに彼女のーーー姫花の面影があるような気がしたのだ。


 凝視してしまい、金髪の少年も里音に気付いた。すると、女子グループに一声告げてから離れると、真っ直ぐに里音へと向かっていった。


 そして、とけるような甘い声音と雰囲気と共に、彼は優しく微笑んだ。


「おはよう里音。私服可愛いね、よく似合ってるよ」


「………アンタ、誰?」


「ふえっ!?ひ、酷いよ!里音ちゃんが男装しろって言ったのに!」


「あ、姫花だ。おはよう」


 ゆるゆるな反応を見て、ようやく姫花と確信出来た。


 しかし、あまりの完成度の高さに顔が引きつる。ジュニアのアイドルグループに混じっていてもおかしくないほどの美少年がそこにいた。


「何よそれ。どうやったらそうなんのよ。さっきの女子との会話とか完全にプレイボーイのそれじゃない」


「絶対にバレないように私の持ちうる力全てを駆使した結果だよ。お姉ちゃんが少女漫画の男役の勉強をしてるから、その知識分けてもらったり」


「アンタのお姉ちゃん何を思ってそんなもん勉強してんのよ。でも流石天才二人の共演ね…。攻略対象みたいなキャラが完成する訳だわ」


「こうりゃくたいしょう?」


「何でも無いわよ。まあ、カッコいいに越した事はないわ。美男美女で話題になれば、早いとこアタシに彼氏がいるって噂も広まるだろうし。良くやったわ姫花」


「ありがとう里音。僕も可愛い彼女がいるって自慢できて嬉しいよ」


「………っ」


「あはは、なんちゃって」


「………写真を撮って貴女の親に渡すわ」


「ふえぇ!?やめて!理不尽にもほどがあるよ!」


 里音は不覚にも、胸が高鳴ってしまったのを自覚した。

 姫花は全く意識してないのだろうが、からかわれたような気分になって思わず八つ当たりしてしまう。


 しかし、これではドキッとしちゃいましたと宣言するようなもの。幸い姫花は気付いていないため、こほんと一つ咳をついて誤魔化した。


「冗談よ。さ、行きましょうか。その完成度なら噂もすぐ広がるでしょ」


「うん。じゃあ、はい」


「え?」


 姫花は里音へとそっと手を差し伸べてきた。


「わた……僕達は恋人なんでしょ?変に疑われてもいけないし、手を繋いで歩こう?」


「な、なるほどね、分かったわ」


 里音は姫花の手を取る。


 女の子同士で手を繋ぐくらい、どうということはない事。それなのに、何故か妙に緊張してしまう。


 不思議と体が火照るような感覚。里音は持参した水筒の水をぐっと飲む。不思議と、甘い味がしたような気がした。






 ***




 結論から言う。


「姫男。どっちが良いと思う?」


 里音は選択肢を出す。左に短パンと右にフリルのスカート。

 里音は可愛いというよりは綺麗系だ。惜しげなくスタイルを生かす短パンを選ぶ人間が多数だろう。


「うーん、右かな」


「あら、案外ファッションセンスは無いのね。左の方が絶対に受けが良いわ」


「でも実は可愛い服好きでしょ?僕はどんな里音でも大好きだから。君が一番好きな服を着て笑ってくれるならそれが一番良い。だから、右」


「……ひうぅ」


 里音は男装しイケメンを演じる姫花に、心臓を幾度となく撃ち抜かれていた。



 歩いている間に、姫花が周りから注目されていると【大丈夫、僕は君だけのものだから】と言われて真っ赤に赤面。


 疾走する自転車が通り過ぎる際に、ぐいっと引っ張られ抱きとめられて【危なかったから、ごめんね】と言われて悶えた。


 途中から普通に手を繋ぐのではなく恋人繋ぎでより深い仲であるとアピールしようと言われて指を絡められ、上擦った悲鳴をあげた。


 他にも数多だが、数え始めるとキリが無い。




 とにかく、発言や行動が一々キザだ。少女漫画のキャラをトレースしたと言っていたがそれも納得のもの。


 本来ならそれだけで胸を高鳴らせる里音ではない。むしろ、馬鹿じゃないの?と一笑に付してしまうのが彼女だ。

 しかし、何故か姫花に対してはその限りではなかった。


 むしろ里音の心臓は狂ったように跳ね、体が熱くなるのを抑えきれない。


(おかしい!おかしい!こんなの絶対におかしい!だって女の子同士なのよ!?)


 幾ら姫花がイケメン化しているとはいえ、異常だった。


 もしかして、男嫌いじゃなくて面食いなだけ?と自分で自分を疑いそうになるが、バスケ部のイケメンの告白には思うところは無かったため違うだろう。


 女の子同士をおかしい、と思えているから性根がレズという訳ではないはず。となると残された理由はーーー相手が、姫花だから。


「そ、そんなわけないもん!」


「わっ、どうしたの?スイーツバイキングは嫌?」


「ご、ごめん。何でもないわ。デートプランに変更は無くて良いわよ」


 平静を装うために、里音は持参した水を飲む。なんか入ってるんじゃないかというくらい甘いのは、心持ちが変化しているせいか。


 何にせよ、里音は姫花に対してときめいてしまっているのを悟られる訳にはいかなかった。


 あれだけ姫花に恋愛することは馬鹿だと宣言しておいて、いざデートしたらきゅんきゅんしちゃってます、なんてあまりに無様すぎる。だから絶対に、認めたくない。


(気のせい!気の迷い!絶対違う!姫花の事は好きだけどラブじゃない!恋愛なんて…馬鹿のする事なのよ!あ、でも相手が姫花なら……って違う!)


「ほら、ついたよ里音」


「あ、うん」


「大丈夫、里音?ちょっと屈んで見てくれる?」


 他のことに気を取られていたせいか、里音は姫花のお願いに疑問も持たず従順に屈む。すると、額に額をくっつけられた。


 目の前に姫花の顔。良い香りが鼻孔を刺激し、唇の動きが目の前にある。


「ひ、ひゃい!?にゃ、にゃにすんのよ!」


「熱は、無いみたいだね。何だか調子が悪そうだったから心配したんだ。ごめんね」


「そ、そういうことね、あ、ありがと。アタシは大丈夫よ」


「なら良いんだけど。もし辛いなら直ぐに言ってね」


 頭を撫でられながらそう言われ、またギュウっと胸が苦しくなる。ツインテールの先をくるくると弄って照れ隠しをしながら、洒落た外装の店舗の中へと足を運んだ。


「いらっしゃいませ!」


「すみません、カップル割でスイーツビュッフェをお願いしたいんですけど」


「か、カップル…?ちょっと姫……姫男!聞いてないわよ!」


「里音も安い方が良いでしょ?せっかく僕たちは恋人同士なんだからさ。照れてないであやかろうよ」


「はうう…」


「畏まりました。ふふふ、可愛い彼女さんですね。それでは、ご案内致します」


 黒髪ロングの店員さんに連れられ、席に着く。色とりどりの甘味が目を惹き、同時にカップル割を実施しているからか若い男女のペアが多く見られる。


 自分と姫花もそう見られていると思うと、体に熱が入る。やっぱりおかしい、こんな感覚は今までに味わった事が無い。


「わぁ、色々あるんだね!里音はどれが食べてみたい?」


 何でもない会話の一言。もうそれだけで息苦しくなる。


「す、少しお手洗いに行って来るわ」


「うん、分かった。里音と一緒に選びたいから待ってるね」


 明らかな異常に、里音は一旦戦線離脱を選んだ。このままだと、いずれまともな会話すら出来なくなってしまいそうだから。


 身体の熱さを堪えつつトイレへと駆け込む。そして、鏡を見つめながら自分へと言い聞かせる。


「平常心よ、平常心。アタシは恋愛なんてしない、レズなんかじゃない。姫花がちょっといつもと違う雰囲気で驚いているだけ」


 側から見たら変人だが、そうでもしないとやっていられなかった。


「恋愛なんて馬鹿のすること。時間の無駄。アタシは姫花と対等でいたいの。そのためには努力しなくちゃいけない。愛だの恋だのに時間を割く余裕なんて無い」


 言い聞かせた後に深呼吸。そして、頬を両手でぱちんと叩く。クールダウンは完了。これならいける、と確信した。


「ふふん。むしろここからは、姫花をドキドキさせる程に良い女っぷりを見せてやろうじゃない。やられっぱなしなんて癪だわ」


 決意と共にトイレから出る。少し時間が空いてしまったため急ごうと思ったのだが、そんな里音を阻む者達が居た。


「……何か用かしら」


「いやあ、可愛い子がいるなぁと思ってさ。どう?俺たちと遊ばない?」


 二人の男と、二人の女。チャラけた服装をしており、染められた髪やピアスから優良な人間では無さそうだ。


「失礼するわ」


「あんた、ウチのあっ君が誘ってるのに逃げられると思ってるの?」


 構うだけ時間の無駄と判断して通り抜けようとしたのだが、女に邪魔をされる。


「そう硬くならずにさ。あんな冴えない金髪野郎より楽しませてやるからさ、な?」


 そこで、男が里音の琴線に触れた。姫花を馬鹿にされた。その事実にカッとなり、つい鋭い口調が飛び出る。


「消えなさいよこの脊椎で動く猿ども。アンタ達には動物園がお似合いよ」


「このガキ…ちょっと分からせる必要があるな」


「ちょ、何すんのよ!」


 店内で、人も多い。だから、多少強く出ても荒事にはならないと踏んでいたのだが、男の一人が里音の肩を押して壁へと拘束する。


「おい、どうすんだそっから」


「そこにトイレあるし、ヤッちまうか。馬鹿ップルがおイタしてるとしか思われねぇだろ」


「あーあ、かわいそ。あたし達に逆らうからよ」


「ひっ…」


 普段からは考えられない情け無い悲鳴が出る。


 男のストーカーに組み敷かれ、犯されそうになったあの日の記憶が蘇る。


 クスクスと笑う男女達。言い返してやりたい、思いっきり突き飛ばしてやりたい。しかし、体が動かなかった。


「んじゃ、美味しく頂いちまいますか」


 下卑た笑みと共に、里音は無理やりトイレに連れ込まれそうになる。もう、駄目だと諦めて目を瞑った時ーーー彼は、現れた。


「ぶべらっ!?」


「あっ君!?」


「…………?」


 里音を拘束していた男と付き添いの女が、悲鳴をあげた。同時に拘束が解ける。何事かと目を見開くと、里音と不良達の前に立ち塞がる金髪の少年の姿。一番信頼している小さな親友の背中。


「ひ、ひめか…」


「ごめんね里音。怖かったでしょ?すぐ終わらせるからね」


 そう言って里音は頭を撫でられる。それだけで恐怖に雁字搦めになっていた心は癒され、もう大丈夫なんだと体の力が抜けた。


「この、クソガキ!ぶっ殺してやる」


 里音から剥がされた男は、尻餅をついたまま鋭い眼光で睨みつけてくる。

 しかし、姫花は全く怯える事なく、光の消えた瞳で男を見返した。


「ぶち殺しても良いんだけど。流石に店内で血塗れはマズイよね。デート中止になっちゃうし。ああそうだ、写真撮って後から出向こう」


 不穏なワードを並べたつつ姫花はスマホを取り出して数枚写真を撮る。

 そしてその後にウィッグを外した。すると黒髪のボブカットが現れる。男ではなく女でしたーーーという情報以上の効果がその行動にはあった。


「ひ、ひいっ!?悪魔!?なんでぇ!?」


 黒髪のボブカットと、やんわりした、それでいて刺さるような声音。かつてこの一帯に刻み付けられた悪魔への恐怖は、それだけでトラウマを掘り起こさせる。


「私の彼女に手を出した……その意味、分かってるよね?二度とお日様を見れなくしてあげるから。せいぜい余生を楽しんでね」


「「「「す、すみませんでしたああああああっ!!」」」」


 一言だけで、不良達は脱兎のように逃げ出していく。悪魔の力は火を見るよりも明らかで、絶大だった。


 しかし、そんな悪魔は後ろの里音へと振り向いた瞬間に、ふんわりと可愛らしい雰囲気に切り替わる。


「ご、ごめんねぇ里音ちゃんんん!怖かったよね?私がもっとしっかりしていればあああ……」


 里音は姫花に抱き締められる。確かに、怖かった。恐怖は今も残っている。

 しかし、今はそんな場合じゃなかった。もっと致命的な問題が発生していた。


 また、助けてもらった。颯爽と現れて、ピンチを助けてくれる正に王子様。クールダウンを終えた筈の頭は、一瞬にしてオーバーヒートした。


(む、無理無理無理無理!どきどき止まらない!ほんとにむり!す、すきになっちゃう!女の子同士なのに、恋愛なんて馬鹿だって言ってたのに!ほんとにすきになっちゃう!)


 その感情は、もう言い訳出来ないレベルになってしまった。


 お礼を、感謝を述べなければいけない。ありがとうの一言で良いのに、真っピンクの頭は何も考えることを許さない。


 というか、抱きついている姫花の身体に興奮してしまって仕方ない。このままぎゅっと抱き返したい衝動に襲われ、しかしそれをすると二度と戻れないような気もして逡巡していると、一人、その場に訪れた人間がいた。


「あなた方は、先ほどのお客様?ウィッグ……もしかして、金髪の方は男装だったのですか?」


「え、あ、あの…」


 それは先ほど、二人を案内してくれた店員さんだった。騒ぎを聞きつけたのだろうか。何にせよ、偽の恋人関係であるというのがバレるのは不味い。


 聡明な里音はいつもなら勝気に言葉を返しただろう。しかし、今ばかりは脳内がパニック状態で何も言葉が出てこずにどもる。


 しかし、姫花は動じなかった。この状況における最善策を最速で叩き出す。そして、即実行。


ーーー姫花は、里音を強引に抱き寄せると唇を奪った。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!?」


 里音は言葉にならない悲鳴を上げた。


 しかし、姫花の舌技に一瞬で腰を抜かれ為すがままにされてしまう。口内を蹂躙され、どちらが上かと本能に刻まれる。


 永遠かのような十秒間くらいのあとに、里音は解放された。姫花は艶かしく涎を垂らしつつ、店員へと向けて弁解した。


「ごめんなさい。女の子同士のカップルなんですけど、恥ずかしいから片方男装する事にしたんです。同性愛に対する変な目を気にしたくありませんでしたから」


「な、なるほど!なら、問題はありません………よね?引き続きお楽しみください。す、すごいものみちゃった……!」


 店員はその場にいるのも気まずくなったのか、逃げるように場をあとにする。姫花は直ぐにウィッグを付け直して偽装を直した後に両手を合わせた。


「ごめん、里音。強引な方法使っちゃって。バレるよるマシかと思って」


 イケメンモードで謝る姫花。しかし、里音は何も言葉を返せない。


 里音はもう脳が溶けていた。少女漫画的表現をするならば目がハートになっている。

 上手く思考がまとまらない。そのせいで、ピンク色の頭に浮かんだ言葉がそのまま飛び出た。


「し、しゅき……ひめか、しゅき…」


 言って直ぐに、里音は正気を取り戻した。そして不味いと悟る。バレた、という恐怖が体を硬ばらせる。


 しかし姫花は少し驚いたように目を見開いた後に、妖艶に笑むと返事を返した。


「ふへへ、私も里音のこと好きだよ」


 照れ臭そうに言う姫花だが、言葉の前には友達としてという言葉が付属するのだろう。


 しかし、絶賛心臓が大暴走中の里音にその言葉はあまりに重たすぎた。もはや、言い訳出来なくなっていた。里音は姫花の事をーーー


「も」


「…も?」


「もうむりいいいいぃいいいぃっ!!」


「わっ!?り、里音!?」


 それでも認めたく無い里音に出来る事といえば、危険物(姫花)から全力で逃げることだけだった。



 ***



 男装デート以来、里音への告白は後を絶った。


 金髪の美少年の噂は確かに効果を示したようだが、理由はもう一つ。最近の里音が、とある人物の前で完全に雌の顔をしているのだ。周りからも、一瞬で察せられてしまった。


「里音ちゃん、またボーっとしてる。大丈夫?」


「ひんっ!?だ、大丈夫よ」


「悩み事とかあれば聞くからね」


「あ、ありがとう」


 そんな会話をしつつ、姫花は里音の腕の中にすっぽりと収まりながらコントローラーを操作する。ゲームに応じて体が動くタイプらしく、鼻孔を姫花の柔らかな香りが包む。


 その度に下腹が疼く。


 あの日の想いは幻などでは無く、しっかりと里音の中に根付いてしまっていた。


 それだけならまだ良い。里音がバラさなければ良い話だ。しかし、あまりに姫花が無防備すぎるためにイケナイ気持ちを存分に掻き立てられてしまう。


 実は既に、無防備な姿に何回も劣情を抑えきれなくなって襲い掛かった。しかし、


『あはは。もう、またプロレスごっこ?』


 なんて言いながらあっさりと返り討ちにされる。今まで何度も頼りにしてきた姫花の強さを、ここにきて心底呪うことになってしまっていた。


(こ、告白するしかないの?もうそれしかないの?)


 秘めたる感情は爆発寸前。劣情から解放されるには、姫花に想いを伝えなければいけない。


 しかし、あれだけ恋愛について馬鹿にしておいて、デート一回で、しかも男装した女の子相手に即堕ちしましたなどとあまりに恥ずかしすぎた。


「って、姫花!?なんで脱いでるの!?」


「なんでって、夏に着る水着を見てほしいって言ったでしょ?今から着替えるから待っててね?」


「は、裸になるの!?せ、せめて部屋移しなさいよ!」


「女の子同士なんだから良いでしょ?里音が私に発情する訳でもあるまいし」


 絶賛発情中だった。


 もう駄目だった。こんな無防備な好きな人を前に獣になるなという方が無理。


 想いを伝えなければ。


「ひ、姫花。あ、あたし……」


「里音ちゃんが女の子同士で恋愛しちゃうような人じゃないの知ってるからね!絶対に告白されたくないし、絶対に恋人なんて欲しくないんだよね!ふふん、親友の私には分かってるよ!」


「ひぃん……」


 里音は過去の自分をぶん殴りたい衝動に襲われつつ、胸に抱く巨大な感情を必死で抑え込み続けるのだった。














































「ふふっ、里音ちゃんかーわいっ」


 里音が帰ったあと、姫花は一人満足気に呟く。


「先日はありがとう。やられ役なんてごめんなさいっと。……あはは、姐さんのためなら当然ですなんて。良い下僕(なかま)を持ったなぁ。余った媚薬これどうしようかなぁ。ま、いつかの時のために残しておこうか」


 そう言いつつ、手元の特別限定版アホ面まりもちゃんストラップを二つころころと弄る。


 片方、少しの間出張してもらっていたためその労いも兼ねて。


「焦らして、焦らして、焦らして、焦らして、最期には女の子同士なのも、恥も見聞も忘れて屈服した里音ちゃんを……」


 悪魔は嗤う。悪辣な笑みを浮かべながら。

自分をつよつよだと信じる女の子が女の子に即堕ちさせられるの好きです。


次・【ヤンデレ百合】

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[一言] 最高すぎなんですが……続きないんですか?
[一言] 悪魔だ…
[一言] |゜д゜)b もっと病もう
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