雑談する二人の学生
「俺思うんだけどさ」
「何だ。脈絡もなく急に」
「異世界モノで異世界に月があるっておかしいと思うんだよね」
「クソ下らねぇ予感しかしねぇ。その話続けるのか?」
「どうせ暇じゃん学校サボってるし」
「でさでさ、そもそも異世界ってのは異なる世界なわけよ。星の成り立ちからしてもう違ったりもする訳じゃん? つまり異世界モノってのは一種のSF的な要素を内包してる訳よ」
「否定は出来んがな。サイエンス・フィクションの定義ってのはそもそも、SF作家の間でも話が割れてるだろ。魔法を空想上の科学として認めるかどうかとか、ばかばかしい。SFの元祖はルキアノスかヒューゴーかなんてマニアの間だけで喋ってりゃいい」
「はは、それは俺も興味ないわ。まぁそれはそれとして、そもそも地球に月があんのは偶然じゃん? 星の成り立ちの時に偶然ぽこんと衛星出来ただけじゃん? なのに異世界系は月がある癖に星座は違うとか、月が二つ三つあるとかさ。月のない世界作ろうとか発想ないのかなーって不思議に思うのよ」
「古典的なイメージとして夜を想起させる月を排除するのが面倒なだけだろ。それにそういった作品も多分ある。そもそもファンタジーものってのは、なんだ。よく知らんが精霊だの神だのを登場させたがるんだろ? 昔の人間は太陽神とか月の神とか好きだったらしいし」
「まぁね。今もそうじゃない?」
「……かもな。俺は青空は嫌いだが」
「そりゃお前さんの偏屈な人生観のせいだろ」
「話が大回りしちゃったけどさ、つまり異世界異世界言ってる割に、発想が現実から離れきれてないんだよね。異世界ってのはつまり物理法則からして根本的に、根幹的に違う訳じゃん」
「お前の言うことはつまり世界の常識や法則をもっと変えろってか?」
「そういうのがあってもいいじゃん? 西洋ファンタジー書くために西洋のこと知る必要は必ずしもないってのが俺の自論。一から構築するのも作者の力量試されそうだろ?」
「そんな七面倒くさいこと、それこそSF作家の仕事だ。重力のない世界なんぞ想像するか? 人間に該当する知的生命体の存在しない世界で話を回して楽しいか? G型主系列星が近くに存在しない星に生き物は住めるかどうかから疑ってかかってもキリがねえだろ。結局人間は定番を選ぶんだよ」
「それもそっかー。異世界モノとか基本的にエンターテインメントだもんなぁ。楽しむことが目的ならそんなエッセンスいらんというか邪魔だな」
「そういうことだ」
「ところでG型主系列星って何?」
「外出て空見てこい。そこにあるのがそうだ」
「流石は学園主席……より賢いのに出席日数足りてない男!」
「出席日数足りてない上に賢くない男よりはましだろ?」
「ぐぅ」
「あれ、なんか外騒がしくない?」
「どうせどっかの組織の抗争か、どっかの馬鹿の新術式ぶっぱか、どっかのテロリストの襲撃だろ。いつものことだ、放っておけ」
「そだな。コーヒー飲むか。何の豆使ってんのかな?」
「地球人的発想だな。コーヒーは豆からってのが」
「なんだよー、SFの話蒸し返す気かー?」
「いや、メニュー表よく見てみろ。ほれ、ここ」
「……人工香味調節器で再現度100%ぉ? つまりこれコーヒーもどきかよ! 全然気づいてなかったよ!!」
「馬鹿め、今更天然の豆なんぞ使う店ねーよ。機械が勝手に合成した調味料と香料があれば大抵の飲み物は再現されちまうからな」
「ちくしょー! 古き良き手作り時代は何処へ消えたぁー!! これだから科学全盛時代は!!」
「魔術も呪術もあるぞ。霊力と魔力が学術的に証明されたことと術式パソコンで打ってる以外は昔と変わってねぇ筈だ」
「そういやコーヒーには微量だが発癌性物質入ってるって話が大昔にあったらしいな」
「入ってるぞ。もちろんコーヒーもどきには入ってない。もっと得体の知れないものが入ってるかもしれんが。政府の陰謀で隠された事実。ゴシップの見出しを独占だな」
「コエーからやめろ。でもさぁ、結局コーヒーの発癌リスクを上回る利点がコーヒーにはあった訳で、この議論って結果的には何の意味もないじゃんって子供心に思ったわ」
「確か但し書きに『熱すぎるコーヒーは食道癌のリスクを高めます』ってオチがついてたんだったか。お笑いだな」
「でも当時の人はその話聞いて心休まらなかったんだろうなー。自分が当たり前に摂取しているドリンクに発癌性物質だぜ?」
「今じゃその区切りも何の意味もねぇ。ナノマシンでNK細胞の代理が出来るようになっちまってから癌検査そのものに意味が無くなっちまった」
「科学の技術ってすげー!」
「……何だ藪から棒に」
「地球人爆笑必至のジョーク」
「嘘を言うな。本当だとしたら地球人は少し自分のジョークセンスと向き合った方がいい。ハイペリア人からの警告だ」
「動くな!! これより世界に我等フィレンス料理の素晴らしさを伝えるために日夜悪しき食文化を破壊する正義のコック集団、我々『ガストロノミアン』が店の視察を行う! このコック帽こそが令状だ!!」
「……おい、この町特有のイカれた行動原理の連中が店に入り込んできたぞ」
「放っておけ。いつものことだ。和食は邪悪、ピザは邪悪、非常食は邪悪と世界に敵を量産するのが連中の仕事だ。仕事の邪魔はいけないな。それに俺の記憶が正しければ、フィレンス料理とやらの中にはコーヒーもギリギリ含まれている。これをコーヒーと分類するかは識者の見解に任せるが」
「面倒くさくて相手にしてないだけだろ……あ、俺的にはお前がよく食ってる暗黒物質みたいな見た目のレーションもイカれてると思うぞ」
「個人の趣味嗜好の問題だろ。それにあれは栄養価が高いぞ。完全食だ」
「お前のアレは限度過ぎてるんだよ。傍から見たら石油固めて食ってるようにしか見えねーからな?」
「なんだセキユって。古代の食い物か?」
「あー……そういえば、そもそも石油なかったなこの星。まぁ地球も確かに石油とっくに枯渇したけどさ……今の若い子石油って言っても分かんねーだろうなぁ」
「地球人的発想」
「うっさい。ここの政府だって月型人工衛星浮かべてんじゃねーか! 精神的地球人だ!」
「月明かりがあると便利だからな」
「そういえばアニメとか見て思うんだけど! ファンタジー世界の夜って月明かりあったとしてもめっちゃ暗い筈だと思わない!?」
「リアリティを追求して全部黒に染めた映像流すか?」
「革新的だな。革新的過ぎて誰もやらない」
「そもそもこの星の連中は地球が存在するかしないかとかどうでもいいメンタリティで生きている。ただしく地球人ではない」
「遺伝子上は地球由来だろ?」
「お前あれか? 生命の誕生は隕石の影響だから隕石が人類の母とか言い出すタイプか? なんでも地球にこじつける原理主義的だな」
「いやいやそういうことじゃなくて。ここの文化文明も元をただせば地球由来じゃないか。地球人のメンタリティはどっかで受け継がれてると思うぞ。俺だって地球出身だけどこの町を異星だと感じたことはそんなにないし」
「少なくともこのハイペリアに生きる人間に自分が地球人だと感じてるのは少数派だな。何故かというと、俺らはもう地球が爆発したところで問題なく生きていけるからだ。なんなら地球難民だって受け入れるだろう。こっちの星には地球にあるものがなく、地球にないものがある」
「育った場所こそが母星ってか。うーん、地球人的にはちょっと納得し辛いところがあるけど、理屈はなんとなーく分かったかな。要は遺伝子的には日本人だけどアメリカで暮らしてたらアメリカ人だと思うようになる的なサムシングだろ?」
「地球人的発想」
「ごめん、今のは確かに例えとして悪かった。謝るよ、ハイペリア人」
「理解してくれてなによりだ、地球人のブラザー」
「おい貴様ら!! そのコーヒーは何だ!!」
「なんだって、店に貰ったものの冷めちゃったコーヒーもどきですけど?」
「フィレンス料理にあるのはホットコーヒーのみ!! アイスコーヒーは邪悪な文化ッ!! こんなものを飲むなッ!!」
「ああっ、俺の飲みかけ元ホットコーヒーもどきがひっくり返されたぁぁぁぁーーーーーッ!!」
「長ぇよ。というかおい、貴様」
「何だ、ホットコーヒーの素晴らしさを知らない野蛮人よ!」
「何だもクソもねえよ。俺が食いかけてたスコーンまで床にぶちまけたのはどういう了見だ?」
「このスコーンはフィレンス料理のものより甘みが強すぎるが故に排除!!」
「よーし分かった、いっぺん死んで来い」
「チーフが壁に突き刺さってる!? 貴様らぁ、さてはフィレンス料理衰退を目論む異種料理文明の手先だな!? 地球に生まれた地球唯一の味、フィレンス料理を愚弄する敵めッ!!」
「聞いたか地球人。地球人はフィレンス料理しか食わないんだってよ」
「ンな訳ねーだろ!! だいたい『ガストロノミアン』なんて組織地球じゃ聞いたこともねーよ!!」
「自称地球文明のお手本の正体見たりだな。ガバガバの絶対正義だ」
「地球人あるある!! 本場の味とか言っておいて実は作った本人本場の味知らないッ!!」
「それはハイペリアでもたまにある」
「ぐああああああ!! 何て強さだこの二人ッ! まだ学生ほどの年齢の癖にアークユニットを持っているだと!?」
「おい、これテロリストの被害より俺らが暴れた被害の方が大きくね? 正当防衛通り越して過剰防衛じゃね?」
「知らんのか。この星の警察はどんぶり勘定が得意でな。とりあえず目に付いた怪しい奴は弾丸ブチ込んで連行だから結果は変わらん。その後は怒った人権派が留置場を完全武装で襲撃し、襲撃の穴を通ってギャングやらが仲間を助けにノコノコ現れ、業を煮やした警察が留置所を衛星兵器で吹っ飛ばそうとするとどこからともなく事態を嗅ぎつけたハッカー共が衛星兵器のプロテクトに熱烈ラブコールした上に結局ぶっぱなす。この星の日常だ」
「クソみてぇな星だな。何でか知らんが嫌いになれないのが偶にむかつくわ」
「奇遇だな。俺もだ」
「結局警察もボコっちまった。先生に怒られるわー」
「まぁ形だけな。あの学校は完全中立、警察が令状持って突入しようが子供に手ぇ出した瞬間ボコボコにしてお帰り願う連中だ。大した教育ヤクザだよ、平等教育を目的とした非営利の星間機関がだぜ? どの星でも同じことやってやがる」
「ある意味テロリストより恐怖じゃねーか。つか腹減った喉乾いたリラックスしてぇ。ついでに今度は天然のコーヒー飲みてぇ」
「欲しけりゃシード研に頼んで豆作ってもらったらどうだ? ここで育てるんだよ。地球から仕入れると手続きが面倒だぞ」
「そのための設備置くスペースが部屋にねぇよ」
「敷地貸してやるよ。どうせ余ってる」
「助かるぜ家主! 流石アパートの管理人、兼同級学生、兼指名手配犯、兼……」
「よせ、キリがねぇ」
「はーい」
「あーあ、今日も異世界級に飽きねぇ日だったなー」
「行きたいか、異世界? そういう研究やってる所が転移被験者募集中だ。欠点は送られた人間がどうなったか毎度観測できないから成功か失敗か分からんことだが」
「意味ねーじゃねえか!」
「今度次元を超えて通信できるアンドロイドの開発をやるとか」
「最初を人間でやってる辺りが頭おかしいと思わないの?」
「地球人的発想」
「地球で生まれた人権が息してねぇ!!」