表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ルンバUK32-HIDACHIの華麗なる日常(三十と一夜の短篇 第28回)

作者: 猫の玉三郎

 私はルンバ。名前はUK32-HIDACHI。家庭用丸型自動掃除機だ。最近は知名度も上がってきて普及数も少しずつ増えてきた。電気屋さんの実演ケースの中に入れられ、日々営業をし主を待つ身である。

 

 実演ケースの中には今、種類の違う五台のルンバが並べられており、前を通り過ぎるお客さんたちに必死に自らの性能をアピールしている。私も例外ではない。私を開発したスタッフやメーカーの為にも、一台として売れ残るわけにはいかない。この見た目とスペックで、必ずや客をメロメロにしてみせよう。

 

 一人の女性客が実演ケースに近づいてきた。私も含めた五台のルンバが一斉に目を光らせる。ターゲット情報の解析開始。おそらく大卒の新米会社員。休日の買い物か。アパートで一人暮らし。もしかしたら小さなペットがいるかもしれない。服と小物のセンスからして、女性らしい可愛らしいのが好きな傾向がありそうだ。少し不利かもしれない。私はどちらかというと男性が好みそうな外見をしている。

 

 そうこう考えていると、一台のルンバがスピードを上げてきた。やはり来たか、R2P-ソニカ。女性向けに作られた小さ目ボディとポップなピンクカラーが目を引く。性能は高くないが、そこは見た目でカバーしている外面重視の奴だ。R2P-ソニカはあざと可愛い動きで客の気を引く作戦にでた。


 しかし別の二台は奥の充電コーナーに引っ込んでいった。奴らは高性能高価格をうたった気位の高い奴らだ。あの女性客の雰囲気をみて、「予算は少なめ、かつそこまで本格的なものを探している訳ではない」と踏んで無駄な努力をやめたのだろう。その推測はおそらく正しいと思われる。しかし客を値踏みして自ら舞台をおりるのは賢い考えではない。パッとみの情報なんて当てにならないし、どこでどうお買い上げに繋がるかは分からない。アイツらはおそらく相当期間売れ残ることになるだろう。これは決してひがみではない。たぶん。

 

 まずい、客がR2P-ソニカのパンフレットを手に取った。私も負けてはいられない。得意の吸引力を見せつけようと客に近づくと、N8000-松崎の大きくてごついボディが私を追い越していく。奴は他にはない重量感とトリッキーな機能が売りだ。スピード調整に長時間稼働な高性能バッテリー、さらに畳とフローリングを区別できる機能などがある。(正直羨ましい。BGMの機能は不要だと思うが)

 その時だった。店のスタッフが床を散らかしにきた。デモンストレーション用の小さい紙屑たちだ。私はチャンスだと思った。あのいけ好かない高級ルンバの性能にはかなわないが、私の性能は値段に対してかなり良い。方向転換してゴミに向かって素早く移動する。

 

 さあ、見てくれ、私のこの吸引力! この静かさ! 

 

 すごいだろう、欲しいだろう。開発スタッフたちは家庭を顧みずに研究し、性能を高めてくれた。下請けの部品メーカーは非情なコストダウンを涙を飲んで受け入れてくれた。おかげで、ルンバの中では抜群にコストパフォーマンスが良いと評判だ。さあ、もっと見てくれ。角を曲がるぞ。曲がっちゃうぞ。ふふ、この方向転換が好きなんだろう? 

 

 ちらりとライバルたちを覗き見ると、彼らも己の方向転換を見てもらおうとくねくね曲がりだした。やはりR2P-ソニカの動きは実にあざとい。ランプを点滅させながらどちらに行こうか迷っている。一方のN8000-松崎はカラフルに光りだした。

 

 我々の一人の女性をめぐる戦いはそのあとも続いた。

 

 私たち五台はいわば選ばれた営業だ。陳列棚には同胞が並べられ、お買い上げの瞬間を今か今かと待っている。ダンボールで包装され、ただ暗闇でじっと待つしかない仲間たちの為にも、私たちは必死に自分をアピールする。例えこの身がボロボロになっても。例え「展示品につき特別価格」とメーカー希望小売店価格から大幅に下げられても。私達はただひたすら実演ケースでゴミを吸い続ける。

 

 ◇

 

 私もついに実演ケースから出るときがきた。仲間はすでに売れ、残すは私一台。あちこち傷がつき、内部に少しホコリがたまっているが、まだまだ吸引力に衰えはない。仕入れ価格にちょっとだけ上乗せした程度の値段で私は売れた。

 

 私の開発から販売、全てに関わった人たちへ。私はやりとげた。仲間を全て見送ることが出来た。これ以上嬉しいことはない。ありがとう。

 

 そして今、私は本来の職務である掃除機の役割をこなしている。電気店に居た時とはまた違い、生活ごみを吸い込む毎日である。しかしここが実にやり甲斐がある家だった。


 一人暮らしのサラリーマン。ペット付き。

 

 掃除以外にもペットの相手をしなきゃいけない所が泣かせてくれる。


 さあ来い、抜け毛の悪魔め。対決の時間だ。

 充電コードから体を離し、私は戦場に向かった。視線の先には、目をらんらんと輝かせ、今か今かと私を待っている奴がいる。

「にゃおぉん」

 換毛期のお前の抜け毛、この私が全てひろってやろう。相手に不足はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ルンバを見る目が変わりました。 玉ちゃん様の着眼点すごすぎます。 まさか展示ルンバが主人公……(笑) ルンバ同士のアピール合戦が面白かったです。 [気になる点] ソニカや松崎の売れ行きはど…
[一言] 無機物なのに行動が性格を表しているように思えます。なぜか人っぽくてなんだか不思議です。 今後、AIが進歩するともっといやらしい掃除ロボットが生まれるかもしれません。扱いにくくてしかないです…
[良い点] このまま実写化できそうです。 [一言] お掃除ロボットごとの個性がよくわかります。 そんなに色んな種類があるんですね。 彼が特別分析家なのか、各機種たちもそれぞれ互いの出方を見ているのか、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ