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大禍時より愛を込めて  作者: 児玉虎太郎
8/10

決着

 屋敷の中に避難していたアスハは、外から何かが激しく打ち付けられる音を聞くと、何事かと思い恐る恐る外を覗く。そこには、幾人かの村人が地に伏せていた。意識を失っているのか、起き上がってくる気配はない。呼吸はしているように見えるので、命は無事だろう。アスハは目線を上げる。キッカが、それを見下すようにして睨みつけている巨大な鬼と対峙していた。鬼の放つ威圧感に、アスハは身震いする。


 アスハの脳裏には、こんな大きな鬼に姉さまは勝てるのだろうかという不安がよぎっていた。


 その鬼と戦い始めたキッカは、飯綱の風の力を使って、一方的に押しているように見える。キッカの鎌鼬を避けることに終始しており、その身体は少しずつであるが、切り刻まれていたのである。そして、鬼の腕が切り裂れる。アスハは、これでキッカが勝つだろうと安堵し、強張った身体が弛緩していく感覚を味わっていた。


 しかし、別の方向から迫ってくるもう1匹の大きな鬼の姿を、アスハはその瞳に捉える。暴力が形を為したように、家々をなぎ倒しながらキッカ目掛けて突き進んできたのだ。キッカは、何か言葉を発するのに集中しきっていて、その鬼の接近に気づいていない。鬼は、見る見るうちにキッカへと近づいていた。


 虫の知らせか、言い様のない不安が、アスハの胸に波紋を広げていく。無意識のうちに、アスハは姉に向かって走り出していた。アスハには、自分がこの大きな鬼をどうにか出来るなんて考えられない。それでも、姉の元に行かなればならないと思ったのだ。今、姉を助けられるのは自分だけだという予感めいた使命感が、アスハを突き動かす。眼の前では、キッカが新たに現れた大きな鬼に吹き飛ばされていた。キッカの身体は宙を舞っている。しかし、まだ姉は大丈夫だと、アスハは確証はないが、確信を得ていた。そして、小さな身体を必死に使ってアスハが、姉の、キッカの元へと辿り着く。


 牛頭が、キッカに止めを差そうと、にじり寄っていた。


 「姉さまを、いじめるなぁぁぁ!」


 間一髪といったところで、キッカと牛頭の間へと割り込んだアスハは、キッカを背に牛頭の前に立ちはだかる。少しでもその小さな体を大きく見せようとして、両の手を大きく広げていた。眼の前にそびえ立つ鬼はアスハが見上げても、その顔が見えない程に大きい。その体は、暴力を体現するといっても過言ではない筋肉に覆われている。しかし、アスハは鬼の存在を目の前にしても、不思議と怖いと感じなかった。キッカを守るのだという使命感の方が、恐怖よりも勝っていたのである。


 牛頭は、アスハを見下ろすと、その矮小な体躯をあざ笑うかのように鼻を鳴らしている。

 

 「アスハ!何をやっているの!速く下がってきなさい!」


 急に屋敷から飛び出し、ましてや、牛頭の前に姿を晒すというアスハの愚行に仰天した母は、悲鳴混じりの怒声を上げる。その一方で、父は屋敷の中からもはっきりと見ることができる、強大な鬼の威容に腰を抜かし声も出せずにいた。


 「アスハ…」


 アスハの背に匿われたキッカのできることは、その小さな背中を見つめることだけであった。キッカは動けなかった。傷ついた身体は言うことを聞かない。このままでは、アスハ諸共やられてしまうと、キッカは悔しさと後悔が入り交じるかのように奥歯を噛み締める。


 キッカの視線の先では、牛頭が腕を頭上にかざしている。そして、羽虫でも払うかのように、その悪意の溢れる腕を振り下ろした。


 「嫌ぁぁぁぁ!」


 母は、悲痛な叫び声をあげると卒倒してしまう。父はただ呆然と、その様子を眺めていた。二人には、この凶行に為す術などなく、アスハの無事を祈ることさえ出来なかった。


 牛頭の振り下ろした腕が、アスハを叩き潰す瞬間が間も無く訪れようとしていた。しかしその寸前、アスハの身体から吹き出た暴風が、土煙をあげながら渦を巻き起こす。竜巻とも言うべき風の奔流は牛頭の腕を絡め取ると、その身体ごと高々と宙に放り投げた。風の渦に飲み込まれた牛頭は、より高くより上へと巻き上げられていく。


 『あの時の加護ぉ!?こんなにぃ!?』


 アスハの身を守った暴風は、飯綱が与えた加護が顕現したものである。しかし、飯綱の想定を超えた力が発揮されたのか、飯綱の声色にははっきりと驚きの色が混じっていた。飯綱は、自身の与えた加護が牛頭の攻撃を防ぎ、あまつさえ、あの巨大な身体を天に舞い上がらせることになるなど思いもしなかったのである。


 周囲の者たちも驚愕の表情を浮かべ、この光景を見つめている。辺りをけたたましい騒音が、駆け巡っていた。間近でこの光景を見ているキッカは、強風のあまり、目を開けることもままならなかった。牛頭は手足をバタつかせ抵抗の意思を見せるが、それも虚しく身体は上昇を止めない。


 牛頭を遥か上空へと押しやった風が、吹き止む。どれ程の高さに達したのか、地面から見上げる牛頭の姿は、雀のように小さくなっている。そして、風が止むと必然、牛頭は重力に従って、膨大な加速を伴いながら落下し始めた。地が近づくにつれ、その落下速度は益々速くなっていく。風切り音が三半規管を突き抜ける中、牛頭は、必至で体制を整え着地の衝撃に備える。地を揺らすほどの轟音が鳴り、土埃が舞う。牛頭が落下してきた場所は、大きく陥没していた。


 土埃の中にいる牛頭の膝から下は、あらぬ方向に折れ曲がっている。激しい痛みを堪えることができず、嗚咽している。その身体はガタガタと震え、口からは泡のようなものが吹き出ていた。重力に引かれ、重さをました自身の体重にその足が耐えきることが出来なかったのだろう。その下半身は、もはや何の機能も果たさない重りと化し、立ち上がることさえ許さない。牛頭は、両の手を必死に動かし、此の場から逃げ去ろうとしている。地べたを芋虫が進むが如き、速さで這いつくばっていた。


 キッカとアスハは、牛頭のその無惨な姿を見つめていた。今の牛頭からは、微塵の恐怖も感じられない。


 「姉さま、今のうちに止めを」


 「そうね…」


 キッカは、全身に鈍い痛みが走る身体を無理矢理に奮い立たせ、右手を牛頭に向かって突き出す。


「くっ…」


 痛みが酷いのか、キッカの右手は小刻みに揺れ、狙いを定めることができない。


 その様子を見たアスハは、キッカの身体を支えるように寄り添い、震える右手に自身の手を添えた。キッカの右手は静止し、その手の先にある牛頭に狙いを定める。


 「敵を切り裂く真空の刃となれ…鎌鼬!」


 キッカが言霊を紡ぐと、右手から射出された鎌鼬は牛頭へと一直線に迫り、その首を刎ねる。牛頭の身体から、支えを失った首がごろりと落ちると、夥しい鮮血が吹き出した。血の噴水となった牛頭の身体は暫くすると沈黙し、牛頭の息の根が完全に止まったことを告げる。


 「アスハ、ありがとう…。まだ、終わっていないから…、下がっていなさい…」


 キッカは、アスハを抱きしめその頭を優しく撫でる。そして、身体を引き離すとアスハに屋敷の中へ行くように促すのであった。しかし、アスハは渋面を浮かべ、キッカの基から離れずに、その手を握りしめた。


 牛頭を仕留めることができたのであるが、村にはまだ馬頭が残っている。まだ、事態は解決したわけではない。


 「嫌だよ。大丈夫じゃないでしょ!?僕が支えるから!?」


 キッカは、傍目にも分かるほどに苦痛を堪えた顔をしている。さらに、その足は、今にも膝を折れてしまうかのように頼りなく震えていた。故に、アスハは、姉がこれ以上無理をする姿を見なくなかったのだ。


 しかし、この場で馬頭に止めを刺すことができるのは、キッカだけである。それはアスハも理解している。しかし、キッカがこれ以上の無理を重ねることは、納得のできず、アスハは俯いていた。


 「大丈夫だから…」


 何とか笑顔を作り、それを表情に浮かべたキッカは、アスハの手を振りほどく。そして、未だ残っている鬼の方へと痛々しい足を引き摺っていった。


 アスハは悲壮さをも感じさせる姉の笑顔を直視できす、その目には薄っすらと涙を浮かべている。姉さまが大丈夫だと確信していたものの、これほどの重症だとは考えられなかったのだ。もちろん、キッカは健在だと思い込みたかったのもあるだろう。もっと、早くに駆け出していれば良かったと後悔する。深手を負ったキッカの姿を、アスハは見るに耐えなかった。


 アスハを振りほどいたキッカの視線の先には、憤怒の表情でキッカを見据えている馬頭がいる。


 切断された右腕からは、未だ流血が収まっていない。馬頭はどうにか止血をしようと左腕で様々な場所を抑えているものの、上手くいくはずがなかった。血の流れ出している場所が、大きすぎるのだ。止め処なく流れ続けた血は、馬頭の体力を奪い続けていた。大量の血を失った馬頭の顔には、もはや生気がなく、最初の頃にあった威圧するような覇気は微塵も感じられない。立つことさえ儘ならないのだろう。馬頭には、右腕を奪った張本人であるキッカが満身創痍でその姿を晒しているのに、睨みつけることしか出来なかった。


 『キッカ、終わりにするわよ!』


 お互いに重症の身であるキッカと馬頭であるが、動ける分だけキッカが圧倒的に有利であろう。キッカが馬頭を鎌鼬の射程に収めようと、ゆっくりと歩いていく。これで終幕だという思いは、飯綱と等しくキッカも抱いていた。


 最後の力を振り絞るかのように、馬頭が手元に落ちていた石を投擲してくる。その弾道はあまりに弱々しく、キッカの周囲を包んだ風によってあっさりと払い落とされた。


 もう少し、もう少しと、痛む身体に鞭打ちながら、キッカは馬頭へと近づいていく。そして、ついに、馬頭をその射程に収めた。キッカは右手を掲げるとゆっくりと言霊を紡ぐ。


 「敵を切り裂く真空の刃となれ…鎌鼬…」


 キッカの右手から放たれた真空の刃が、馬頭の首を刎ねる。そして、馬頭は物言わぬ屍となった。


 これで村を救うことができた…。キッカは天を仰ぎ見る。すると、緊張の糸が切れたのか、キッカの身体が傾いていく。


 「…!?」


 キッカの身体が地面へと倒れきる前に、アスハが駆け込み、その身体を支えることに成功した。


「姉さま!?姉さま!?」


 アスハはキッカに声をかけ続けるが、キッカは意識を失っているようであり返事はない。キッカから息が漏れだしたことで、アスハはホッと一息する。しかし、改めてその身体を見渡してみると、青痣があちこちにあり、その痛々しい様は、アスハの心に深い悲しみを落とす。


 「キッカが化物共を退治したぞ!さすが、我が娘だ!」


 後方では、キッカの父であるシンが中心となって、村人たちが歓声を上げていた。自身が成したことのように、その成果を誇らしげに吹聴している。キッカの様子を気にしている者は見受けられない。ただ、自分たちが、無事に生きている喜びを噛み締めていた。


 誰しもが、牛頭と馬頭を仕留めたことで、今回の襲撃が収まったと考えただろう。周囲には餓鬼の姿も見当たらない。戦いは終わったのだと、村人たちに安堵の和が広がっていく。


 しかし、村には餓鬼が未だに伏せていた。その事に気づく者はいない。それはアスハも同様であった。


 息を潜め身を隠していた餓鬼は、キッカとアスハを標的とした。その疲弊仕切った様子に、絶好の好機とばかりに襲いかかる。アスハは悲しげな表情で、キッカの身体を支えることに精一杯であり、無防備な姿を晒している。この間には、何の障害もなかった。


 アスハが、餓鬼の接近に気づいた時には、既に為す術がなかった。飯綱にしても、キッカと同様に気を失っているのか、何の行動を起こす気配もない。既に飯綱の加護も、その効果を失っていることだろう。


 餓鬼が奇声を発しながら、キッカとアスハへと迫っていく。その手の先には、長く伸びた爪が怪しげな光を放っている。


 姉の身だけでも守ろうと、アスハは姉を抱き寄せ、その背中を餓鬼へと晒す。来たるべき痛みに耐えようと、全身に力を込めた。しかし、痛みが、アスハへと襲いかかることはなかった。


 アスハが、身体を強張らせながら餓鬼の方へと振り返る。そこには、槍でその身を貫かれ、道端に転がっている餓鬼がいた。


 「危ない所であったな!」


 少し離れた所から、白装束に鈴懸(すずかけ)結袈裟(ゆいげさ)を身にまとった大柄な男が声を上げていた。その男は笑顔を浮かべながら近づいてくると、アスハの背を何度も叩く。


 「坊主かな?その小さな体で、何とも見上げた心意気よ!名は何と申す?」


 その勢いに、アスハは気圧される。叩かれた背中は、ジンジンと痛い。


 「アスハ…です」


 「アスハと申すか、良き名ではないか!拙者は、霊峰の行者であるオズヌと申す。宜しく頼もう」


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