表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

市議会って、どんなとこ?

「――おはようございます。ただいまの出席議員は、15名であります。定足数に達しておりますので、ただいまより6月新海市議会定例会を開会いたします。直ちに、本日の会議を開きます。本日の議事日程は別紙にて配付したとおりでございます。御了承願います」


時は、ちょうど午前10時。

しんと静まり返った場に、落ち着いた声で、開会の辞が述べられる。

ここは、新海市しんかいし議会の議場だ。


今から、新海市議会の定例会…つまり、巷でイメージされるいわゆる「議会」が始まるのだ。

国会で言えば、首相と議員が長々と演説合戦をやり合うアレだ。

私は、その「議会」を見に来ていた。

なぜなら、今年、初めてこの新海市に若手議員が2人も誕生することになったからだ。


私は、選挙でこの若手候補を応援した。

その2人ともが、晴れて当選し、初の議会に臨むのだ。

これを自分の目で見に来ない手はない。

何だか、私の方が緊張する。


…そもそも、「議場」という場に来ることも初めてなのだ。

だいたいからして、普通は、私のような一般人がわざわざ「議場」に来る用事など全くない。

そもそも、中高公立、大学は私立文系で、両親は地方公務員の共働き…といった私には、ついぞ「議員」という立場の人間と会ったことすらなかった。

地元でさえ、議員などという人間と会ったこともなかったのに、引っ越してきた場所でまさか議員などという肩書のついた者と知り合うとは…、人生とは、わからないものだ。


私は、自分が座っている「傍聴席」と呼ばれる席に一旦腰を落ち着け、ぐるりと周囲を見回す。

傍聴席には、他に数名、議会を見に来たらしき人たちが座っている。

けれども、その数は用意されている席を埋めるには程遠い数だ。

片手で事足りる。

その他は、傍聴席の両サイドに「記者席」と書かれた幕が下がった机が置かれていて、地方紙の記者なんだろう、パソコンを持ち込んで何やらカシャカシャとキーボードをたたいている。


(ふーん、これが議場かあ…)


思っていたよりこじんまりしているし、思っていたより、議場にいる人たちから、私の顔が見える。

ここの傍聴席は、議場を見下ろせるような配置になっていて、2階部分から議場を一望できるのだ。

私は、人目につかないようにと思って一番後ろの席に座ったのだが、そうすると、声しか聞こえない。

仕方がなく、少しだけ前に移動しようとしたが、そうすると、役所の人たちのずらりと並んだ顔が、一斉にこちらを向く。


(ひ…!あんまり、こっち向かないで…!)


誰も知った顔がいない上に、議場の何やら緊迫感を帯びた雰囲気は、ゆるんだ日常の空気を持ち込んでいる私を委縮させる。

勝手に祈りながら、そっと、議員の後ろ姿が見える位置まで移動する。

ようやく、少しだけ議員たちの後頭部が見え始めた。


(よし、ここに座ろう)


4列あるうちの、前から2番目、ちょうど真ん中あたりに陣取って、やっと腰を落ち着けた。

行政の人たち、スーツを着込んだ怖そうなおじさんたちの顔が真正面に見えるが…まあ、もはや仕方がない。


「今期定例会招集に当たり、高岡市長から挨拶の申し出がありますので、これを許可いたします」


議長…、たぶん、あれが議長なんだろう、議場で一番高い席に座って、議会の進行を執り行っている。

一見すると、何となく、ダンディなおじさま、といった雰囲気だ。

ふんわりとした頭髪が、そう見せているのかもしれない。


「高岡市長」


はい、と軽く返事をし、『市長席』と書かれた席から一人のおじさんがサッと立ちあがる。


(あれが…)


現市長か。


「皆さん、おはようございます。6月定例会に当たりまして、一言御挨拶を申し上げます。」


ハリのある、よく響く声だ。

確かこの人は、2年前の選挙で、ほかの候補に大差をつけて再選したんだっけ。

この新海市では、それまで元県議だの元市役所OBだの、いわゆる“関係者”が多く当選を重ねていたらしいが、そんな風潮に嫌気がさして、30年以上自営業を続けてきたこの人が、突如出馬を決めて6年前に初当選。

再選を狙って出馬した2年前の選挙でも、民間経験をアピール。

市議会議員を辞職してまで立候補した候補者を蹴散らし、「市民のための」政治をうたって勝利した。

柔和そうな顔は、“市民上がりの”といった形容がいかにも似合っている。

と言っても、私もまだ、引っ越してきたばかりでよくは知らないが…。


「…議員各位にはこのように6月定例会に御参集いただきまして、まことにありがとうございます。どうかよろしくお願い申し上げます。また、先日、新海深山しんかいみやま道路、美須川みまのがわ大橋の事業着手式に多くの議員の皆様とともにお祝いすることができましたのも、本当にありがたく、うれしく思っているところであります…」


何だか、小学生の頃の校長先生の講話を思い出して冒頭から眠くなる。

議会ってのは、こんなところなのか。

新しく入ったあの議員も、さぞかし緊張しているだろうが、初めからこんなおじさんのあいさつを長々聞かされたら、嫌気がさしてくるんじゃないだろうか。


(…って、私とは違うんだから。たぶん、ちゃんと聞いてるでしょ)


議場では、まだ、市長が挨拶を続けている。


「…式典の御祝辞の中で、事業が始まってから完成まで10年と言わず6年ぐらいで何とか完成できないかというお話もありまして、我々これから早期の完成に向かって、一致団結して頑張らなければと新たに思ったところであります。

 あの道路は、命の道、またふだんの生活の道として本当に重要な道でございます。今後ともどうかよろしくお願いを申し上げます。さて、この定例会、条例の一部改正が7件、そして補正予算が2件を上程させていただいております。どうか慎重審議の上、可決いただけますようお願い申し上げまして、冒頭の御挨拶とさせていただきます。どうかよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました」


…長い挨拶だった。


このあと、いったい何をどうするんだろう。

そして、初当選したあの人たちは、いつ、出てくるんだろう。


何がどうなるのかもわからないまま、議場を眺めていると、市長が席に戻るのが見えた。

議長が市長のあいさつを引き取って軽く締めくくると、再び議会は静寂を取り戻し、次の進行に入っていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ