第9話 新たな始まり
「──ふーん。幸坂に聞いたんだねー。まぁ、仕方ないよね」
私の目の前には、吹っ切れて普段の自分を出す桐谷くんの姿がある。ダルそうに私の方を見て、深くため息をつく。
私は、桐谷くんに別れようと切り出したのだ。その瞬間、桐谷くんの態度が一変した。そして、今の状況に至る訳だ。
「でも、桐谷くんのお陰で大切な事に気づけたから、感謝はしてるよ!」
私のキラキラした表情を見てか、彼は露骨にイライラした態度を見せる。
「は?幸せアピールするの止めてくんない?ヘドが出そうなんだけど」
「ええっ!?酷くないですか!?だ、誰も幸せだなんて──」
「顔に書いてあるんだよ!私、幸せです!だってあの人の事が好きってやっと気づいたんだもん!ってね」
「ちょっ、な、何でその事をっ……!?」
「え、聞こえてなかったぁ?だーかーらー、顔に書いてあるっつってんでしょ?何度も言わせないでくれる?」
そう言って、私にデコピンをかます桐谷くん。
私は、顔を真っ赤にして額を押さえる。
「……でっ、でもっ、何で好きでもない私に告白なんかしたの……?」
「ん?……まあ、今だから言うけどさ、1位になりたかったんだよ」
「1位?」
突然出てきたその単語に、私は首をかしげる。
「そうそう。幸坂のヤツ、テストの時毎回1位取ってるだろ?それで、俺は毎回2位。どれだけ努力したって、敵わないんだよ。だったら、幸坂の方を崩してしまえば良いんじゃないか?そう思った。それで、幸坂の大切な人を奪って傷つけてやろうって思ったんだけど……」
そこまで、話して私の顔をチラッと見ると、またまた深くため息をつく。
「この人は、完全に幸坂の事が好きだし、なかなか、おちないだろうなー、時間かかるのも面倒くさいしなーって思ったんだよね」
「めっ、面倒っ……!?」
「そう。だから、幸坂にさっさと本当の事を話してぶちギレさせて、その事を伝えてもらった訳。どう?これで満足?」
「……はい」
彼は、また大きくため息をつく。
今の間に、何度ため息をつかれたんだろう……。
「ほら、別れた俺にはもう用なしでしょ?さっさと帰りなよ」
「え?あ、うん……」
「何しんみりしちゃってるの?」
「うーん……何だろう。せっかく知り合えたのに、これっきりっていうのも寂しいよね」
「何それ?今さら俺の魅力に気づいたの?」
そう冗談交じりに言って、クールな笑みを浮かべる。
「瀬戸さん分かってる?俺は、君を騙して君の好きな人まで傷つけた、最低な男だよ?もう近寄らないのが普通でしょ?」
「そう言われればそうなんだけどー……だって、今の桐谷くん、私好きだもん」
「……!?」
「やっぱりね、人っていくら偽りの姿で飾ったって、限界があるでしょ?それなら、こうやって本当の姿を出せる人と一緒に、本当の事を言って、本当の笑顔で笑い合えるのが、一番だと思うよ?だからね、今の桐谷くんは、本当に輝いて見える」
「ハハッ……。何言ってんだよっ……」
私は、桐谷くんの手を握ると目を見つめる。彼と、ようやく、きちんと目が合わせられた気がする。
「これからよろしくね!桐谷くん!!」
「───いい」
「……へ?」
「桐谷くんじゃなくて……湊でいい」
「分かった!!湊くん!よろしくね!」
私がそう言うと、湊くんは優しい笑顔を見せてくれた。付き合ってた頃の、偽りの笑顔じゃなくて、本当の笑顔。私もつられて笑った。
「──おい、可鈴。話長すぎだろ」
空き教室の入り口から聞こえた声。
「あ、直登ごめん!!そういえば待たせてたの忘れてた!!」
「はあ!?お前、ふざけんなよ!?」
「ごめんごめん!今行くから!!じゃあ、湊くん、また明日ね!」
「はいはーい。お幸せにー」
湊くんは、またダルそうに手を振ってくれた。私は直登に両手を合わせて謝ると、歩き始める。
「……はぁ、やっぱり可愛いわ」
そんな、湊くんの呟きなんて聞こえる筈も無かった。
***
「──えーっと、つまり、今さらですが好きな事に気づいたって事ですか?」
「つまり、そういうことです……」
湊くんと別れた次の日の放課後の事。
いつものように向かい合って座る、凪沙と私。すると、凪沙が急に噴き出した。私は、その事に驚く。
「アハハッ!良かったね!可鈴もようやく、恋を知れたって事でしょう?私も嬉しいよ!」
「凪沙……!!」
私と凪沙は、ギューッと抱き合う。
「私応援するね!」
「凪沙!ありがとう~!!」
そう。恋に気づいた私。それは、私にとって一つの成長であり、嬉しいことだと思っていた。
でも、1つだけ問題があるんだよね。
「──瀬戸さーん。井上さーん」
その声に、私はドキッとする。
「あ、幸坂くん!どうしたの?」
そこには、いつもの王子モードの直登が立っていた。その姿を見るだけで、私の心臓は高鳴ってしまう。もう、病気なのでは無いかと思うほどだ。
一方凪沙は、慣れたもので逃げずに対応が出来るようになった。慣れって凄いなーと思う。
「いや、暇だったから遊びに来たんだ!」
「あ、本当!?じゃあ、一緒に話そっか!」
「そうだね!……って、瀬戸さん?どうしたの?」
私は、直登の方を向けないでいた。だって、何か、キラキラしてて見れないんだもん……!!
そう、問題はこれだ。
好きだと分かった瞬間から、直登とどう接して良いのか分からなくなってしまったのだ。
「あ、ちょ、ちょっと目にゴミが入っちゃったみたいでー」
「え?それは大変。僕に見せて?」
そう言って、腕を掴まれ顔を覗き込まれる。
間近にある、直登の顔。
私の頭は、ボンッ!!と音を立てる。
そして、顔は真っ赤に染まる。
「は?」
思わず、普通の声が出てしまっている直登。
「瀬戸さん、顔真っ赤にしてどうしたの?もしかして、体調でも悪いの?保健室に──」
「──け、結構ですっ!!!!」
私は、そう叫んで直登の手を振り払う。直登は、驚きで目を丸くする。
「……瀬戸さん?」
「わ、私、ちょっとトイレ!!」
そう言って、その場から逃げるようにしてトイレへと向かった。トイレの個室に入り、鍵を閉めると、私は胸に手を当てる。
心臓の音が、物凄い早さで刻まれている。
ダッ……ダメだっ……!!
私、今までどうやって直登に接してきたか分からなくなってる。どうしよう、普通にしないと……!!ていうか、普通って何?
あー、ダメだっ!!完全にパニックだあああ!!!!
私は、そこから5分くらいトイレに籠って、気持ちを落ち着かせた。
大丈夫。私なら出来る。そう言い聞かせて、トイレの外に出る。教室が近づいてくるにつれて、緊張が高まる。そろーっと、教室を覗くと、凪沙と直登は仲良さげに話をしていた。
何だ、私がいなくても大丈夫じゃん!!
でも、なかなか入れなくて、私は教室の中を覗き込むばかりだった。と、その時──
「──うわー、不審者がいるんですけどー」
後ろから聞こえたその声にビクッとする。そして、振り返ると──
「あ、桐谷く──」
「──湊くんね」
間髪入れず、否定をされ私は苦笑いをしながら言い直す。
「あ。み、湊くん……」
「何してるの?通報して良い?」
「えっ!?えええっ!?や、やめてよ!!あ、ちょうど良かった!湊くんに、少し相談があるの!!」
「えー。面倒くさそうな予感しか──」
そこまで話した時、私のクラスから女子生徒が出てきた。その様子を見た湊くんも、直登と同様スイッチが切り替わる。
「──瀬戸さん。俺で良ければ話聞くよ?」
「え、あ、ど、どうも……」
女子生徒は、湊くんをチラッと見て嬉しそうに頬を染める。
「き、桐谷くんっ!ま、また明日っ!」
その女子生徒が、勇気を出して湊くんに話しかける。
「うん、また明日」
そう言って、クールな笑みを浮かべ手を振る。
キャー!!!!と大きな悲鳴が上がる。
本当に、直登も湊くんも凄いな……。呆れる。
「……で?何を悩んでんの?お嬢さんは」
「え?あ、えっとー……」