第7話 好き
「──瀬戸さん」
夕日が当たり、オレンジ色に輝く教室。そんなことにも気づかず、私は一人机についていた。
「……桐谷くん」
桐谷くんは、教室の入り口にニッコリと笑みを浮かべ立っていた。そして、そのままこちらへ近づいてくる。
「ずっと夕日見てたの?」
「……見てたのかな?」
「──それとも、また泣いてたの?」
「……え?」
桐谷くんの言葉に、私は思わず顔をあげる。彼は、悲しげに笑みを浮かべる。また、その笑顔だ。今朝も、その笑顔で私の事見たよね?その笑顔には、一体どんな感情が、想いが込められているの?
………お願いだから、そんな顔で笑わないで………。
次の瞬間、私は桐谷くんに抱き締められていた。
時間が止まってしまったかのような感覚。
私は、何もできず、ただ呆然とするばかりだった。
「……幸坂に、瀬戸さんが泣いたって事聞かされてから、気が気じゃ無かったよ……。ずっと、瀬戸さんの事考えてた。……でも、もし俺が泣かしたのなら……俺のせいだったら……そんな事を考えたら、足が動かなくなってね……。結局放課後になっちゃったけど、本当に心配してたよ」
「……桐谷くん」
彼は私の体を離すと、私の頭を撫でた。
「帰ろう?暗くなる前に」
「……うん」
私は、桐谷くんの瞳に吸い込まれるように、自然と手を差し出し、歩いていた。繋がれた手は、ひどく温かくて、そして……気持ち悪かった。
***
ピンポーン、ピンポーン──。
家に着いてから、私の足は勝手に動き出していた。気づけば、直登の家の前に立っていて、インターホンを押していた。
「はいよー。」
ガチャリと扉が開く。そこから出てきたのは
「え、可鈴じゃん!!久しぶり~!!」
「お姉さん、久しぶりです!」
直登の5つ上のお姉さん。アパレル関係で働いているので、オシャレさが滲み出ている。
お姉さんは、私を抱き締めると玄関に入れてくれた。
「あ、直登に用事?アイツなら部屋に籠っちゃってるよ。……喧嘩でもした?」
「あー、喧嘩って訳じゃ無いんですけど……」
「まあ、何でもいいや。アタシ今から出掛けるから、勝手に上がってて?じゃ、よろしくね~♪」
「え?ちょ、お姉さん!?」
そのまま、ガチャンと扉は閉まる。私は、仕方なく靴を脱ぐと家に上がる。何度も来た、直登の家。おばさんは、まだ仕事なのか……。直登の部屋の前に来て、私の足は固まる。
直登と喧嘩をした訳ではない。でも、こんなに直登に会うことが怖いのは、私の中で何かが引っ掛かっているからだろう。
でもここまで来たんだ。そう思いドアノブに手をかけた、その瞬間───ガチャリ。
扉が突然開き、私の体はそのまま持っていかれる。そして、何かに顔からぶつかった。私は、そのままその物体に抱きつく。
「おっとっ!?…………は?」
頭上から降ってきた声。顔を上げると、目を丸くしている直登。私も、目を丸くする。
「は!?おまっ……!?なっ…!?はああっ!?」
直登は、そのまま驚きの言葉を口にしながら、顔を真っ赤に染める。その様子を見ていた私も、顔を真っ赤にする。体は、密着したままだ。
「ちょっ、お前、一回離れろ!!!!気安くくっついてんじゃねぇぞ!!!!」
「へっ!?あっ、いや、こ、これは事故でっ!!!べ、別にわざとやったんじゃ!!!!」
「だ、だから、それは良いから、早く離れろっての!!!!」
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさいいいいい!!!!」
***
「……はぁ、まじでふざけんな……」
そう言って、顔を片手で隠す直登。私も、まだ心臓の音がいつもより早く、すごくドキドキしている。
直登、いつの間にあんなに男らしい体になったんだろう……。直登も、知らない内にどんどん大人に近づいてたんだ……。
「……姉貴は?」
「あ、お、お姉さんは、出掛けるって言ってたよ!」
「まじか……。イヤホンしてて気づかなかった……」
「ご……ごめんね……?」
「……別にいい……」
直登は、全くこちらを見ず、顔を隠したままだ。でも、耳が真っ赤なの見えてるよ?
空気が気まずいので、私はとりあえず質問をすることにした。
「あ、直登っ……。体調は大丈夫なのっ……?」
「は?体調なんか悪く…………」
直登は、そう言いながら顔を上げる。そして、一瞬固まって何かを考える。
「体調なんか…………もう良くなった」
吐き捨てるように、そう呟く。
沈黙が怖くて、私は更に話を続ける。
「そ、そっか!それなら良かった!あ、これ、今日の配布物!!持ってきたから!!」
「え、あ、ああ。サンキュー」
「あ、それとね、凪沙が幸坂くんと話せて嬉しかったー!!って言ってたよ!」
「あー、そうなんだ。そりゃ良かった」
「あ、あとね、皆すごく心配してたんだからね!明日、何か言っときなよ?」
「それも、そうだな」
「え、えっとえっと……後は──」
私が、そこまで話した時、直登に頭を抱き寄せられていた。まさかの出来事に、私の思考はストップする。
「もう良いよ。……無理に喋んな」
そう言われた瞬間、再び涙が溢れそうになった。でも、ここで泣いても直登を困らせるだけだと思い、必死で涙をこらえる。
直登の優しさが、じんわりと胸に染み渡る。直登は、口が悪いけど、本当に私の事をよく分かってくれている。一番苦しい時に、必ずフォローしてくれる。直登は……私にとって本当に大切な存在だ。
私、直登が……
直登の事が……好きだ──。




