第6話 敵対
「──え!?ちょっ、ええっ!?」
目の前に立っているのは、井上凪沙。彼女は、ダブルの意味で驚いているのだろう。まずは、親友である瀬戸可鈴が泣いていること、もう一つは、俺、幸坂直登に話しかけられていること。
しかし、今はそんな彼女の戸惑いなど気にしていられない。今は、彼女に頼るしか無いのだ。
「……ごめん。話聞いてあげてくれない?」
「へっ!?あっ、え、も、もちろんですっ!!!」
かなりの挙動不審だが、いつもなら逃げる彼女が逃げなかった事を認めて、早めにこの場を立ち去ることにしよう。彼女と、可鈴の為だ。
俺は、「よろしくね。」と言い残し、すぐに教室から出て行った。そして、足早にある場所へと向かう。目的地はただ一つ。アイツの所だ。
***
「……ごめん」
「ううん。良いんだけど……喧嘩でもしたの?」
「……喧嘩って訳じゃ無いんだけど……」
私は、凪沙と向かい合って座っている。教室の窓際の席に座り、小声で話をするなど、凪沙なりに目立たないよう配慮をしてくれた。
「……何か分かんないけど、泣いてた」
「分かんない?」
「うん、分からないんだ。自分の気持ちが」
「そっか……」
凪沙は、それ以上何も話しかけて来なかった。ただ、側にいて何も言わずに、一緒に外を眺める。
凪沙は、本当に私の事をよく分かってくれている。彼女は、多く語る方では無いけど、状況をよく見てくれている。
今は、何もしない方が良い。そう思って、黙ってくれているのだろう。そんな姿を見ると、また涙腺が緩んできて、私は直登から借りたタオルをギュッと握りしめ、外を眺め続けた。
***
「──何で、俺が呼び出されないといけないの?」
空き教室にやって来た俺たち。桐谷は、いかにもダルそうにため息をつくと、そこにある椅子にドサッと座る。長い足をクロスさせ、偉そうに腕組みをする。コイツもやっぱり、本性隠してるな……?
「で?学園の王子さまが、こんな俺に何の用?」
「……可鈴が泣いた」
「……は?」
「お前が、朝どこかへ行った瞬間にな」
「……だから何?俺のせいだって言いたいの?」
挑戦的な態度は変わらない。俺は、なるべくイライラしないように心を落ち着かせて話を続ける。
「ちょっとは心配にならないのかよ?」
「だって、それは俺には関係ないじゃん。むしろ、お前が泣かせたんじゃないの?責任擦り付けんなよ」
少しずつではあるが、口調が変わってくる桐谷。
「お前、自分の彼女が泣いてるのに、心配じゃねぇのかよ」
「だって、俺が泣かしたんじゃないもん」
その言葉に、俺はぶちギレた。
「ふざけんな!!!!好きな女が泣いてんのに、テメェはそんな平気でいられんのかよ!?!?お前が泣かした、泣かしてない以前に、アイツは何かの理由で傷ついてんだよっ!!!!」
俺の言葉に、桐谷は目を丸くする。
そして、次の瞬間「クスッ…。」と笑った。
その不気味な笑顔に、俺は凍りつく。
何だ、コイツ……!!
「……ごめん、幸坂。瀬戸さんが傷ついてるのは事実かも知らないけどさ、
────俺、瀬戸さんの事好きじゃないから」
「…………は?」
***
キーンコーンカーンコーン──。
授業開始の合図の、チャイムが鳴り響く。ふと、直登の席の方に目線を移したが、そこに彼の姿は無かった。直登……一体どこに行ったんだろう……?
私がそう考えていると、女子生徒のひそひそ話が聞こえてきた。
「幸坂くん、朝はいた筈なのにどこ行ったんだろう?」
「そういえば、今朝隣のクラスに行ってなかった?」
「隣?ああ!そういえば、桐谷くんとどっか行ってたね!!」
「あの二人が揃うなんて、夢みたい……!って皆話してたもんね!」
「でも、二人で何してるんだろう?」
「だよねー」
その話を聞いて、私の不安は更に大きくなった。今朝のあの二人の状態で、どこかへ行った……?直登も、桐谷くんも一体何を考えているんだろう?
と、その時、教室の扉がガラガラと開いた。皆の視線は、そこに注がれる。
扉を開けたのは、直登だった。明らかに不機嫌で、いつもの王子スマイルは無い。皆も、少し戸惑っている様子だ。
「幸坂くんが遅れるなんて珍しいわね?早く席に──」
英語教師がそう言った瞬間、直登は被せ気味で答える。
「──すみません、早退します」
え?
「あ、あら、そうなの?気を付けて帰ってね?」
直登は、机に置きっぱなしだった荷物を背負うと、何も言わずに出て行った。教室の中は、一気にザワザワと騒がしくなる。色々な呟きが聞こえてくる。
「何か怖くなかった?」
「いつもと雰囲気違ったよね」
「どうしたんだろう?」
「桐谷くんと一緒だったんだよね?」
「何かあったのかな?」
今すぐにでも、直登を追いかけたい。何があったのかを聞きたい。でも、私には今の状況で席を立つ勇気も、教室を飛び出す勇気もない。
私は、何て弱い人間なんだろう……。
今の、私には黙ってタオルを握ることしか出来ない。