第56話 家族って……
「それに、私もあなたたちと本当の家族になりたいと思ってるよ!」
その笑顔があまりに眩しくて、見ていられなかった。
こんなにも俺たちの事を考えてくれていたなんて思ってもみなかった。
過去の出来事から、勝手に偏見を抱いて……俺はなんて馬鹿な事をしていたんだろう。
俺は、一度も向き合おうとしなかった。いや、向き合いたくなんてなかった。
「……複雑だと思うよ?私と湊くんは年齢もそんなに離れてないし。簡単に『お母さん』なんて呼べないと思う。……でもね、少しずつでいいから認めてほしい。私を……私とお腹の中のこの子を家族の一員にしてほしい。その気持ちはね、ずっと変わらないよ」
そこまで楓奈さんが話した時、父がリビングに戻ってきた。俺と彼女が話をしている場面を見て、父は少し気まずそうな表情をした。
「……邪魔だったか?」
「ううん。あなたの話をしていたのよ」
「……そ、そうか」
楓奈さんの言葉に、父はうわずった声で答えた。そして、先ほどまで読んでいた新聞を手に取ろうとした瞬間に、俺は声をかける。
「──父さん」
そして、ポケットから祖母にもらったあの通帳を取り出した。テーブルの上に、通帳を置くと父は目を丸く見開いた。
「ばあちゃんから全部聞いた。……俺のために貯めてくれてたんだって……?」
自分の声が少し震えている事に気づく。それでも、自然と言葉が出てきた。
「……俺、何も知らないからさっ……。ずっと、父さんのこと誤解してたよ」
「……」
父は少しの間黙っていたが、ゆっくりと話し始めた。
「……お前にはたくさん迷惑かけた。子育てしてないなんて言われても、俺は何も言い返せないんだ。
だが、湊の事や春哉の事を考えない日なんてなかった。いつも気にしていた」
何だこれ。目頭が熱い。
「側にいれない分、俺は影で支えることを決めていた。今、不自由な思いをしている分、将来は少しでも楽に過ごせるように……。
だがな、後悔してるよ。もっと違う方法があったんじゃないかってな。本当なら、側にいて子育てをするのが一番大切なんだろうなって。でも、今さらそんな自信もなくてな」
少しずつ語られる父の想い。その一つ一つを噛み締める。
「……こんな俺だが、一つだけ覚えておいてほしい。……子どもの事を考えない親なんて……子どもの事を好きじゃない親なんて……いる訳ないんだからな。
辛い時には、側にいてやりたいし、楽しい気持ちも共有したい。……俺の人生は、お前たち一色だ」
ボロボロと目から涙が溢れる。拭っても拭っても、溢れ出して止まらなかった。
「……泣くなよ」
「……っ!……父さっ……んっ……!……ごめっ……!!」
「……悪いのは俺だ。謝るな」
そう言いながら、父の鼻をすする音が聞こえる。
少しの間、何も言わず二人が鼻をすする音がリビングに響いていた。楓奈さんは、いつの間にかいなくなっていた。
「……そういえば、お前就職するのか?この通帳は、湊が就職する時に渡してくれって頼んだんだが……」
「……そのつもりだったんだけど……」
「……どうした?」
「……俺、やっぱり進学したい」
「……それが良いだろう。焦らなくて良い。自分がやりたいことをすればいいんだ」
「……うん、ありがとう」
父は俺の言葉に、優しい笑みを浮かべた。
止まっていた時間は、ようやく動き出したようだ──。




