第54話 祖母の言葉
「──それは違うわ。湊」
祖母はそう言うと、優しい笑みを浮かべる。
「私は、湊と春哉と一緒に過ごせる事、本当に嬉しく思ってるのよ。迷惑なんて思ったこと、一度もないわ」
「でも……」
「それにね、家族に迷惑をかけるのは当たり前の事なのよ。おばあちゃんだって、子どもの頃は親に迷惑をかけて育ってきたし、あなたの父親だってそうよ。それに、その迷惑も家族にとっては嬉しいことなのよ」
俺は、黙って祖母の言葉に耳を傾けていた。
「今までは今までで消すことは出来ないけれど、これからに私は期待してるわ。……楓奈さんを見てると、そう思うの」
「……え?」
「……彼女はね、私たちと家族になろうと頑張ってる。私たちに認めてもらおうと頑張ってるのよ。春哉と出掛けていることもそう。湊の事を気にかけているのもそう。それはきっと、彼女が本気であなたの父親の事を愛していて、あなたたちと本当の家族になりたいと思っているからだと思うわ」
祖母の言葉は、何故か心にすっと入ってきた。俺の頭だけでは、こんなこと考えもしなかっただろう。
「だからね、湊が心配することなんて何もないのよ。あなたの人生はまだまだこれから。おばあちゃんは、もう人生の半分以上は生きてるから、後は自分の為じゃなくて、あなたたちのために生きたいのよ」
「……ばあちゃん」
「おばあちゃんにとって、あなたたちは宝物よ。二人の笑顔や幸せが、私にとっての幸せなの。やりたいことをやりなさい。……もし、それでも、就職したいっていうなら……」
そう言って、祖母は棚を漁り始める。そこからあるものを取り出し、手渡してきた。それを受け取り、俺は固まる。
「……これを持っていきなさい」
「……これって……?」
中身を確認してから、更に固まる。
「どういう事っ……?どこにこんなお金が……?」
祖母が渡してくれたのは通帳だった。そこには俺の名前が記されている。
「おばあちゃんが毎月ちょっとずつためてたの……って言いたいところだけど……それはあなたの父親から貰ったものよ」
「……へ?」
「もし、湊が就職する時にはこの通帳を渡してやってくれって言われてね。ずっと預かっていたの」
「……父さんが……?」
「1ヶ月前くらいだったかしら?その時に貰ってね。私も湊も、あの人の事勘違いしてたみたいね」
混乱する頭。でも、この通帳を見ると父の思いがたくさん詰まっているとしか思えなかった。
「楓奈さんから色んな話を聞いてる内に、私の息子も捨てたもんじゃないわねって思ってね。それと同時に、本当に不器用な人だと思ったわ」
……だからだったのか。あの人が俺に激怒したのは。
父さんの努力や、俺たちに対する想いを一番近くで見ていたのはあの人だったから。だからこそ、俺が『ろくに子育てしてないくせに』なんて言ったから、酷く取り乱したんだ。
少しずつ話が繋がってくる。
瀬戸さんの言うように、話をするって本当に大切な事なんだな……。
「……せっかくお父さんも帰ってきてる事だし、ゆっくり話をしてみたら良いんじゃないかしら?その通帳のお礼もしないといけないからね」
「……そうだね」
と、ちょうどその時玄関から「ただいまー!!」と元気な声が聞こえてきた。
そして、仲良さそうに手を繋いでリビングに入ってくる春哉とあの人。
「あら、お帰りなさい。春哉。楓奈さん」
「お義母さん突然すみませんでした。でも、公園でたくさん遊べて良かったね!」
「うんっ!!楽しかった!!」
そんな3人の様子を眺めていると、あの人と目があった。いつものように、目をそらそうと思ったが、グッと我慢し、彼女の元へと近づく。
彼女は、まさかの行動に少し身構えていた。
「……き、昨日は……すみませんでした。反省してます」
「へっ!?」
「あと、おかえりなさい」
「ええっ!?た、ただいまっ……?」
彼女と俺のやり取りを見た祖母は、優しい笑顔を浮かべる。
これが、家族になる第一歩なのかもしれないな──。




