第53話 話をしよう
絶体絶命とはこの事を言うのでしょうか?
目の前で怖い顔をする直登に、私は冷や汗を垂らすばかり。
ギシッ……とベッドの軋む音が聞こえる。それと同時に体はベッドに沈んでいく。直登の重さと、怖さを感じながら、私は何も出来ないでいた。
「……可鈴。正直に言って欲しい」
「……な、何……?」
「……桐谷と何かあったか……?」
「……へ?」
今日の直登は、やはりおかしいようだ。多分、私を保健室に迎えに来た時からだ。
優しく抱き締めてくれた筈だったのに、急に突き放されて……でも、家に帰った瞬間私の部屋を訪ねてきて、押し倒されている。
「……な、何かって……?」
「……話そうとしないんだな。それなら……」
そう言って、直登が私のスカートに手を伸ばしたところで危機を感じ、私は大きな声で叫ぶ。
「わあああああ!!!!分かった分かった!!あの空き教室であったこと全部話せば良いんでしょ!?」
私がそう言うと、直登の手の動きはピタッと止まる。そして、私の上を退くと、ベッドに腰かける。私は、髪の毛やスカートの裾を直しながら、同じようにベッドに腰かける。
「……あのね、怒らないで聞いてよ……?」
***
直登は私の話を聞いて、それなりに納得したようだ。そりゃ、あれだけ抱き締めてたら、香水の臭いもついちゃうよね。
とりあえず、何か飲み物でも持って来ようと思い、立ち上がろうとしたその瞬間、肩を押さえつけられる。
驚いて、彼の顔を見ると真剣な顔をしていた。
そのまま、後ろに倒れる体。目の前いっぱいに映る、彼の綺麗な顔。
「……桐谷ばっかりズルい」
「……え?」
「……俺のことも……抱き締めてよ」
顔を赤くして、目をそらしながらそう言う直登。私は愛しくなって、彼のことを思いきり抱き締めた。二人の心音が心地よく重なり、体に響き渡る。
「あー、ダメ。もう限界」
耳元で掠れた声が響く。
「このまま襲っても……良いよね?」
ドクンッ……!!
一層激しくなった心臓の音。
「……ばか」
私は、そのまま直登に溺れていった──。
***
「……はぁ」
真っ暗な寝室に、自分のため息がむなしく響く。今、一体何時なんだろう?……明日も学校あるのに。
すっかり暗闇になれた目で、自分の部屋をボーッと見回す。そして、今日の出来事を振り返っていた。
瀬戸さんは俺を抱き締めて言った。
「もっと自分の思いを口にして発信するべきだ」
「ちゃんと会話をするべきだ」
考えてみれば、父と話したのも本当に久しぶりだった。それなのに、急に叱られて……。まあ、叱られることをしたのは俺自身だから仕方ないんだけどね。
それに、あの人があそこまで取り乱したことも気になる。子育てしてないという言葉に過敏に反応していた。
もしかすると、俺は知らないことだらけなのかもしれない。
その知らない部分を知ってしまった瀬戸さんが、俺に向けて助言をしてくれたのかもしれない。
それなら俺がするべきことはたった一つ。
決意を新たに、俺は目を閉じた。
***
次の日。学校が終わると、すぐに家に帰った。
父とあの人の靴は無く、少し安心している自分がいた。
「……お、おかえり」
あまりに早い帰宅に、祖母は驚いているようだった。
俺は辺りを見回して祖母に尋ねる。
「……ただいま。……春哉は?」
「春哉なら楓奈さんと出掛けてるけど……」
「ちょうど良かった。……ばあちゃんに話したいことがあるんだ」
俺の言葉に、祖母は少し緊張している様子だ。
大きく息を吐き、心を落ち着かせる。
「俺さ……進学するのやめる」
「……え?」
長い沈黙の後、祖母は尋ねてくる。
「……どうして?」
「就職したいんだ」
「で、でも、つい最近まであんなに勉強頑張って……三者懇談でも、国立大学狙えるって……一体何があったの?」
祖母は明らかに戸惑っているようだった。急な話だ。受け入れられないのは仕方がない。
「自立したいんだよ。もうこれ以上、ばあちゃんにも迷惑かけられないし。……あの人妊娠してるんでしょ?」
「確かにそうだけど……。楓奈さんの妊娠と、おばあちゃんはの迷惑とは関係ないんじゃないの?」
「関係あるよ」
俺の真剣な目に、その言葉に祖母は息を呑む。
「……今までだってそうだった。……全部ばあちゃんに負担がかかってた。……だから──」
「──それは違うわ。湊」




