第52話 募る不安
ガラララ──!!!!
勢いよく開いた保健室の扉。焦った表情の直登。目をぱちくりさせる私。困った顔の保健室の先生。
「はぁっ……はぁっ……!!」
静かな保健室に響く、直登の息づかい。直登は、そのままの勢いで私の元まで歩いてくると、両肩を掴む。
「怪我は!?」
「……へ?」
「桐谷はどこだよ!?」
「湊くんなら、このカーテンの向こうで寝てるけど」
「……は?」
直登は、そーっとカーテンの向こう側を覗き込むと、冷静になって戻ってきた。
「……何だよ。保健室にいるって言うから……怪我でもしたのかと思った……。心配した」
「……ごめんね?」
私は謝ると、立ち上がる。そして先生にお礼を言って二人で保健室を後にした。
「まじで焦った。桐谷の奴、様子おかしかったし、お前は帰ってこないし……完全に何かされたかと思った……」
「心配かけちゃったね……。ごめん」
「……良いよ」
そう言って、直登は私の体を優しく抱き締めた。まさかの出来事に、私は固まってしまう。私も、背中に手をまわして直登の気持ちに応えようとしたその瞬間、直登は私の肩を思いきり、ぐいっと押した。
私たちの体は一気に離れる。
「……直登?」
***
「……直登?」
可鈴の困惑した表情。でも、今の俺にはその表情にイライラしてしまうほど、全く余裕がない。
可鈴を抱き締めた瞬間に感じた違和感。
可鈴の体からは、香水の香りがした。普段、可鈴は香水なんてつけない。しかも、その香りに覚えがあった。
……桐谷がいつもつけている香水だ。
「……遅れるから、早く教室戻ろう。瀬戸さん」
「え?あ、うん」
可鈴の顔が見れない。変な汗が流れて、色んな考えが頭を巡る。
可鈴は俺の言葉に対して、謝罪をした。でも否定は全くしなかった。
桐谷の精神状態もおかしかったし、1時間目は、丸々いなかった。何もなかったと言い切れるか?
でも、可鈴に限って、桐谷に限って、そんなことは……。そう思いながらも疑ってしまう自分がいる。
はぁ……。ダメだ。モヤモヤする……。
***
カチャリ……。
静かに玄関の扉を開けると、中にそーっと入る。辺りは、すっかり暗くなっていた。
制服のネクタイを緩めながら、靴を脱いでいると、こちらに向かって歩いてくる音が聞こえる。靴紐をほどきながら、俺はわざとその人物を確認しないようにしていた。
「おかえり湊くん。……遅かったんだね」
「……そうでもないけど」
顔も見ずに受け答えをするが、誰かはすぐに分かる。さすがに失礼か……と思い、顔をあげた瞬間、俺は固まった。
「……湊。ちょっと来なさい」
偉そうに腕を組み、威圧的な態度でそう告げる。
綺麗に磨かれた革靴があったから、嫌な予感はしていた。セットされた髪の毛、高そうなスーツ。眼鏡の奥を光らせたその人。厳しい表情のまま、先にリビングへと入っていった。
俺は、渋々父親の後ろをついていった──。
「……座りなさい」
いつも食事をするテーブルにつけと言われ、俺は父の真正面に座る。
「ここ最近、学校に行ってなかったらしいな。今日、担任の先生が心配して連絡してきた。お前は、今一番大切な時期じゃないのか?そんな奴が学校に行って勉強しなくてどうする」
俺は父の目を見ず、ひたすら俯く。心配したのか、あの人もテーブルの近くに寄ってきた。
「ろくに家にも連絡しないで帰って来ずに……家族にもたくさん心配かけて。申し訳ない気持ちはないのか?皆、どれだけ心配したか──」
「──うるさいな」
自然とその言葉が出ていた。父は俺の言葉に、話すのを止めた。
「今まで、ろくに子育てしてこなかった奴が口挟むなよっ!!俺がどんな思いでいたか──」
──ドンッ!!!!
机を叩いた音が響く。俺は目を見開いて固まる。両手で机を思いきり叩いたのは、父ではなくあの人の方だった。肩をプルプルと震わせ、そして顔を上げると俺の顔を睨み付ける。その目には、涙がいっぱい浮かんでいた。
「どれだけ怒っても良いけど、その言葉だけは許さないっ!!子育てしてないっていう、その言葉だけは絶対に許さないからっ!!」
あの人が、叫ぶと父は立ち上がり彼女の肩を持つ。
「お前は何も言わなくて良い」
「何言ってるのっ!?あなたたちこのままで良いと思ってるのっ!?」
「良いからもう喋るな」
父は彼女の肩を持ち、そのまま歩き出す。そして、リビングを出るところで一度立ち止まると俺に告げる。
「今の言葉は気にしなくて良い。……とりあえず、おばあちゃんには心配かけて悪かったぐらい言っておけよ」
そのまま出ていく二人の背中を見ながら、俺は全く動くことが出来なかった。
俺は、考えることをやめてテーブルに突っ伏した。




