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本当の君を好きになる  作者: 瑠音
第5章『彼の秘密』
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第51話 弱い姿





「──ふーん?じゃあ好きだったら良いんだな?」




 その言葉に、私の背筋はゾクッと冷えた。

 変化した口調。声色。そして、冷たい目。


 湊くんは、私の腕をガシッと掴むと、壁にドンッと押さえつけてきた。あまりの恐怖と、衝撃に私は声を出すことも出来ない。



「だったらさー……瀬戸さんが俺のこと満たしてよ」


「──っ!?」



 冷たい目。それでも、口元は笑っている。

 止まった筈の涙が、再び溢れてきた。



「好きだったら良いんでしょ?俺、何回も伝えてるよね瀬戸さんの事が好きだって」


「そ、それはっ……!」


「聞いてないなんて言わせないから。……ねぇ、瀬戸さん。良いでしょ?」


「……良く……ないっ……!!」


 必死で抵抗するが、男性の力にかなうはずもなく、私は涙を流しながら、下唇を噛むしかなかった。





「……だから言ったんだよ」





 ふいに緩んだ力。でも、私は逃げようとはしなかった。




「これ以上、首突っ込むなって」




 湊くんは、そう言うと私の体をギュッと抱き締めた。私は訳が分からないまま、彼の鼓動と体温を感じていた。


 先ほどまでの恐怖はどこへ消えたのか……。今は、彼の全てが心地良い。



「……湊……くん……?」



「逃げてよ。……すがりたくなる」



「……逃げないよ」




 私は、そっと彼の背中に手をまわした。

 彼は、さらに腕の力を強めてきた。



「……瀬戸さん……ごめんねっ」



 彼の声が震えているのが分かる。私は、何度も何度も頷いた。




***




「──どこまで知ってるの?」


 人の温度に触れて少し落ち着いたのか、湊くんは冷静に尋ねてくる。廊下側の壁に寄りかかって座り、窓の外を眺める。



「そんなに知らないよ?花火大会の時、一緒にいた女の人は、新しいお母さんだってこと。今、一緒に暮らしていること。あとは、湊くんが家に帰りたがらないのは、お母さんのことを受け入れきれてないんじゃないかなぁとか?」



「……なるほどね」



 そう返事をしながら、湊くんはまたソワソワし始める。不安なのだろう。



「……まあ、確かに受け入れきれてはいないと思うよ。本当に突然のことだったし。春哉は随分と、あの人のこと気に入ってるみたいだけど……。また、前と同じことになるんじゃないかって不安で」


「前と同じこと……?」


「……うん。あの人、妊娠してるんだよ。来年の1月には生まれるらしい。……今まで言ってなかったけど、春哉と俺は、それぞれ違う母親から生まれてきたんだ」


「……え?」



 あまりの驚きに、湊くんの方を向く。彼は、片手で顔を覆い、辛そうな様子だ。



「俺の母親は、俺が小さい時に亡くなったんだけどね。記憶にもないよ。……春哉の母親は、春哉を生んでからすぐに離婚して、家を出ていった。それ以来、おばあちゃんが、ずっと俺たちの面倒を見てくれてる」


「……お父さんは?」



 私がその言葉を発した時、彼の表情はさらに苦しそうに歪む。



「アイツは……何を考えてるのか分からない。新しい奥さんが出来る度に帰っては来るけど、ほとんど会話なんてしないし。子育てなんて、本当に関わってないだろう。……全てをおばあちゃんに押し付けて……無責任な奴だよ」


「……そうだったんだ」


「……だから、今回も不安でね。また子供が生まれたら離婚して……更におばあちゃんの負担が増えるんじゃないかって。それを考えると、あの人の事も認められなくてさ……。最近家に帰りたくないんだ」



 少しずつ語られる事実に、私は胸が一杯になる。

 こんなことを、一人で抱え込んでいたなんて……。



「そんな状態の時に、井上さんの優しい声を聞いたら、もうこの人しかいないと思って……それで……。本当に、井上さんには酷いことしたと思ってる」


「……うん」


「俺は、結局彼女を利用することしかしてない。彼女の優しさにつけこんで……最低だ……」



 湊くんは、膝を抱え込むとさらに俯く。



「……瀬戸さんもごめん。あんなに怖がらせて、酷いこと言うつもりなんて無かった」


「……私は大丈夫だよ。もう自分のこと責めないで?」


「……もう……消えてなくなりたいっ」



 弱々しく呟く湊くん。鼻をすする音、震える肩。

 私は見ていられなくなって、彼の頭をギュッと抱き寄せた。



 ゆっくりと顔を上げる湊くん。




「……瀬戸……さんっ……?」




 涙の浮かんだ目で、切なそうに私の顔を見つめる。その表情に私の胸は締め付けられる。



 こんなにも弱っている彼を見たのは初めてだ。

 どうしてあげたら良いのか、どう声をかけてあげたら良いのか。


 こんな状態だったから、凪沙も体を重ね合わせた事は仕方なかったのかもしれない。


 どんな優しい言葉よりも、人の体温と、快楽が彼の不安を少しでも和らげたのかもしれない。



 だったら、私は……一体どうしてあげたら良いの──?





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