第5話 モヤモヤ
私は、しばらくの間、驚きと戸惑いで声を出すことが出来なかった。
『───じゃあ、お前は、もし俺に告白されたらどうするんだよ?』
その答えは、いくら自分に問いかけても出てこなかった。
直登に告白されたら……?まず、そんな事考えたことも無かった。直登のことは、もちろん好きだ。でも、それが付き合うということに繋がるかどうかは、自分でも分からない。
桐谷くんと、付き合うっていうのも、桐谷くんの事が好きだからではない。悪い人じゃ無さそうだから、もしかしたら好きになるかもしれないから。そんな簡単な理由。
結局、直登が言っている事は何一つ間違いでは無いのかもしれない。
私が、あまりに長い間黙っているので、直登の方が先に口を開いた。
「……何も言えないだろ。……今のお前は、何か誰でも良いって感じがする。そんな事続けてたら、いつか痛い目見るぞ」
「……ごめん」
「……俺こそ、変なこと言って悪かった」
「……ううん、ごめん」
気まずい空気が流れる。私は、どうしようも出来ずに、その場で俯いていた。
***
目の前で、小さくなってしまった可鈴を見ながら、俺も、どうして良いのか分からずにいた。
ていうか、全部俺が悪いんだ。
一度付き合ってみるっていうのも、確かに一つの手だと思う。そこから、好きになる事だってたくさんある。それなのに、俺はそれを思いきり否定した。
可鈴は可鈴なりの考えで、桐谷の思いを尊重しようと、受け入れようとしてる。頑張っている。
それなのに、俺は何だ?
一緒に帰れないだけで酷く嫉妬して、桐谷に告白されて可鈴を奪われると思い、付き合ったことを否定した。
結局は、俺を守るための……可鈴が遠くに行ってしまわない為の言葉を繰り返していたんだ。
俺だって、今まで可鈴に想いを伝える場面はたくさんあった筈だ。それを避けてきたのは俺だ。可鈴には、恋愛感情が無いことを知っていたから。
でも、それでは彼女の気持ちを変えることなんて、出来なかった。俺は、結局ずっと逃げてたんだ。
そして、可鈴は俺の側から離れることなんて無い。そう勝手に確信していたんだ──。
***
コンコン。
ノックの音が部屋に響いた時、私も直登も我に返った。
すると、ニッコリとした笑みを浮かべた母親が入ってきた。
「あら、静かねー。直くん、これ大した物じゃ無いけど食べていって!私が一生懸命作ったのー!あ、大した物じゃ無いんだけどね!!良かったら、感想よろしくね!」
母は、そう言って笑顔を振り撒き、何度もわざとらしくウインクをしてから、ケーキと紅茶を置いて出て行った。
私と直登は、一斉に「ブフッ!!」と噴き出す。
「いやいやいやいや!!お母さん、自信に充ち溢れ過ぎててヤバイわ!!」
「相変わらずおばさん面白いな!」
「感想なんて言わなくて良いから!何なら、食べずに帰っても良いからね!?」
「いやいや、しっかり感想言って帰るわ」
先程までの気まずい空気は消え、今は二人から笑顔が溢れている。
とりあえずは、母に感謝かな……。
***
「──あー、……ねみぃ」
「だねー……」
少し肌寒い、通学路。朝に弱い私たちは、ボーッとしながら学校へ向かう。
昨日の事があってから、私は落ち着いて眠ることが出来なかった。今日、桐谷くんに会ったら何て言おう?『やっぱり付き合うのは無しにしよう。』その言葉が私に言えるだろうか……。
はぁ……朝から憂鬱だな……。
「──おはよう!幸坂くん、瀬戸さん!」
「「あ、おはよう!!」」
二人して大きな声で挨拶をする。そして、挨拶をしてきた人の顔を見て私たちは固まった。
「毎日一緒に登下校してるって本当だったんだね。正直妬けるなぁ」
眼鏡の位置を直しながら、そう話すのは、今私が一番会いたくなかった桐谷湊くん。私は、苦笑いしか出来なかった。
「でも、今瀬戸さんと付き合ってるのは俺だし、一緒に登校する権利ぐらいあるよね?」
そう言ってニコッと笑うと、私の手を握る。私も、直登も驚きで固まる。直登の眉間にしわが寄るのが分かった。
「……幸坂くん。酷い顔になってるよ?まるで君の本性が表れてるかのようにね」
「「──!?」」
先程から、桐谷くんには驚かされてばかりだ。桐谷くんは、自信ありげに直登の方を見る。繋いだ手は、ギュッと握られている。
すると、直登の目が厳しいものに変わった。普段、学校では絶対にしない目つきだ。
「本性だったら何だよ?どうせ、てめぇも何か隠してんだろ?」
「ハハハッ!!女子にキャーキャー騒がれてる君が、こんな人だなんて知ったら皆どうなるんだろうね?楽しみで仕方がないよ」
胸の辺りがモヤモヤして……直登がこんなに責められているのが苦しくて、私は自然と桐谷くんの事を睨み付けていた。
「……瀬戸さん?そんな怖い目で見ないでよ」
そう言われ、私はハッとして表情が戻る。すると、桐谷くんに、頭をわしゃわしゃと撫でられた。そして、彼は悲しげに呟く。
「……分かってるよ。」
そのまま、握られていた手は離され、気づけば桐谷くんの背中が小さくなっていた。私は、ポカンとして、その場で立ちすくむ。
……分かってるよ?……何が?
何だかスッキリせず、胸の辺りがモヤモヤする。分からないけど、本当に分からないけど涙が込み上げてきた。直登が、あんな風に言われてしまった事もあるだろうし、桐谷くんの様子も少し変だったからかもしれない。すると、そんな私の様子を見てか、直登は私の頭にタオルをバサッとかけてくれた。
直登の香りがする……。
私は、そのタオルをギュッと握りしめて、再び歩き始めた。直登は、それ以上何も言わなかった。