第46話 夜空に咲く……
「……遅いなー」
直登がトイレに行くと言ってから、15分以上が過ぎた。直登が帰ってくる気配は無い。
迷ったのかな?でも、これで探しに行けば入れ違いになりそうだし……。隣の屋台から香るソースの香りに少しずつうんざりし始めた。
それにしても、すごい人だなぁ。まわりを見てると、家族連れはもちろん、カップルや友達同士で来ている人もいる。
「……あれ?」
そんな人たちを見ていて、私は見覚えのある顔に気がついた。あれは、どこからどう見ても湊くんだよね?よくよく見ると、近くには弟の春哉くんもいる。
「あ、春哉く──」
声をかけようとして、私は固まった。
湊くんに笑顔で話しかける女性の姿。20代前半に見える女性は、とても綺麗だった。
しかし、湊くんはというとダルそうに女性の言葉に返事をしているようだった。どういう関係なんだ……?まさか、彼女とか……?でも、それなら春哉くんと一緒に出掛けるかな?それとも、もうそういう仲とか?
てか、凪沙と待ち合わせしてるんじゃないの……!?てっきり、あの人っていうから湊くんの事かと思ってたけど、違ったの……?
そんな事を考えている内に、3人は人混みの中に消えてしまった。
一体何だったんだろう?湊くんのあの態度も気になる……。また学校で聞いてみよう。
「──ごめん、瀬戸さん!遅くなっちゃった!」
すると息を切らした直登が帰ってきた。
「学校の女の子達に声かけられてさ……全然逃げられなくて」
「……ふーん……大変だったね」
「……怒ってる……?」
「別に」
「……分かった」
直登はそう言うと、私の腕をガシッと握る。驚いて直登の方を見ると、悪戯っぽく笑う。
「……じゃあ、二人きりになれる所……行こっか」
「へっ……!?」
ドキッとする間もなく、腕を引っ張られ私たちは人混みを抜ける。先ほどの賑やかさ、明るさはどんどん遠ざかっていく。
真っ暗な夜道を、カランコロン、カランコロンと下駄の弾む音が駆けていく。
私は息を切らしながらも、彼に必死についていった。そして、石畳の階段を駆け上がるとようやく直登は足を止めた。
「はあっ……はあっ……はあっ……!!ここどこっ……!?」
ようやく絞り出した声。直登も息を切らしながらも、すごく楽しそうに笑っていた。
「はあっ……二人っきりにっ……なれる所ってっ……言っただろっ……!?」
辺りを見回すと、鳥居が見えた。神社まで来たのか……。
先ほどまで歩いていた屋台の明かりが遠くに見える。オレンジ色の優しい明かりの中をたくさんの人が行き来しているのを私はボーッと眺めていた。
「──可鈴」
名前を呼ばれて、我に返る。直登は階段の上に座り、手招きをしていた。私はそっと彼の隣に腰をかける。熱く火照った体と対照的に、石畳の階段はひんやりと冷たかった。
「……これでも、俺毎日不安なんだよ」
直登がぽつりと呟く。彼は、真っ直ぐ前を向いたまま話を続ける。
「俺、いつも人によって態度変えてるだろ?……確かに、最初の内は楽しかったんだ。あんなの本当の俺の姿じゃないのに、皆キャーキャー言ってさ……。でも、可鈴と付き合い始めてから、本当にそれで良いのか?って思った」
私も直登と同じように真っ直ぐに前を向いて、その声に耳を傾けた。
「……あんな事続けて、可鈴に愛想つかされるんじゃないかって、どれだけ思ったか分かんない」
直登の言葉に、私も言葉を返す。
「……確かに、私もうんざりしてた時期はあったよ?皆にはあんなに優しいのに、どうして私にだけはすごく厳しいんだろう?って。そんなにコロコロ態度変えなくても良いのにって。……でもね、直登と付き合い始めてから考えが変わったの。だって、私はそんな意地悪な直登の事を知っていて、そんな直登の事を好きになったんだから。……何か皆より特別な感じがしない?」
そう言って、直登に笑顔を向ける。
「私は、皆の前でキラキラしている直登も、私の前で素直になれない直登も……全部含めて好きなんだから。だから、不安になんてならなくて良いの。直登はそれで良いんだよ」
「……可鈴」
直登がそう言って、私の肩をグイッと引き寄せたその瞬間──
ヒュゥゥゥ……………………ドォォンッ………!!!!
真っ暗な空に、一輪の花が咲き誇る。
下の屋台からも、歓声が上がった。
私は、直登の肩に寄りかかり、花火を見つめる。本当に、幸せに満ち溢れた時間だった──。




