第38話 深まる謎
「──何?見てたの?」
そう言って笑う樋野くん。
ゾクッと冷えた背筋に、大きな恐怖。
触れてはいけないことに触れてしまったような気がする。
しかし、湊くんと直登は全く怯んでいないようだった。
「じゃあ、井上さんといたってことは認めるんだね?」
「認めるよ。でも……見られてたのなら、僕かっこ悪いね」
「え?」
さっきの怖さは何だったのか、一瞬で普段の雰囲気に戻る樋野くん。コロコロと変わる彼の表情に、私は戸惑いを隠せなかった。
「だって、最近凪沙が一人になることって少なかったし、チャンスだと思ったんだよね……。何か、桐谷くんが守ってるような感じだったから」
え?どういうこと?
ていうか、今『凪沙』って呼び捨てした?
しかも、チャンスって何が?
「何を企んでるの?」
落ち着いてきたのか、湊くんの口調も、大分元に戻り始める。
「企んでる訳じゃないよ!ただ……僕は凪沙と話がしたかっただけだよ」
キーンコーンカーンコーン──。
昼休み終了の合図が鳴り響く。
すると、樋野くんが慌てて話をし始めた。
「と、とりあえず簡単に説明すると、幸坂くんが凪沙のもとを離れた間に、空き教室に行ったんだよ。そしたら、めちゃくちゃ怒られて、机は倒すし、お弁当は投げ捨てるし……。嫌われてるから仕方ないんだけどね……。それに多分怒って家まで帰ってると思う。
僕から詳しいことを話して良いのかは分からないから、全部は話せないけど、とりあえず凪沙は乱暴されたって訳ではないよ!
あの状況を見てきたなら、僕の話は信じられないかもしれないけど」
「し、信じるよっ!!」
私も、樋野くんの焦りを感じたのか、焦り気味で答える。湊くんも納得いっていない様子だったが、小さく頷いていた。
とりあえず、樋野くんと凪沙は昔何かあったんだ。
そういえば、樋野くんの話を凪沙に投げ掛けた時、様子がおかしかったもんね。
でも机をなぎ倒したり、お弁当を散らかしたりするほど怒ったってことは……樋野くんが、かなり酷いことをしたって事だよね……?
結局謎は深まるばかりだったが、今は凪沙に話をしてもらうしかないのだ。
そう思いながら、教室に戻るとすぐに凪沙にメールを送った。
『今まで気づいてあげられなくてごめんね。私で良かったらいつでも話聞くから』
***
ガチャン。
玄関の扉を閉めてようやく心が落ち着いた。
何か勢いよく学校飛び出して来ちゃったけど、大丈夫だったのかな?今考えてみると、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
とりあえず、自分の部屋に行って休もうと思い靴を脱ぐ。すると、リビングの扉がガチャリと開いた。
「何?今日早くない?」
扉から顔を覗かせた母は、時計を確認しながら私に尋ねてくる。
「あー……5、6時間目の先生が体調不良で帰っちゃって、早く授業が終わっちゃったんだよねー!」
「……ふーん?そう」
私の言葉があまり信用ならないのか、母は生返事をしてリビングへと戻っていった。ホッとため息をつき、重い足取りで二階にある自分の部屋へと向かう。
自分の部屋の扉に手をかけた瞬間、隣の部屋の扉がガチャリと開いた。その音に、ビクッとして固まってしまう。その部屋から出てきたのは、私の妹、菜月だ。菜月は、私の姿を見るとプイッと顔を反らし階段を降りていく。
はぁ……とため息をつくと、部屋の中へと入る。
菜月と会話をかわさなくなったのは、一体いつからだろう?もう随分と昔のことのように感じる。
部屋に入り、ベッドにドサッと崩れ込む。そして、何も考えずにスマホを開き、私は固まった。
『今まで気づいてあげられなくてごめんね。私で良かったらいつでも話聞くから』
可鈴からメールが届いていた。
その文章を見て、涙がじわっと滲んでくる。
私、本当に何してるんだろう。バカだな……。
これ以上何も考えたくなくて、私は静かに目を閉じた。




