第36話 大切な人
「──瀬戸さんの事、好きだから心配なんだよ」
湊くんの突然の発言に、私は何も言えずに彼の目をただただ見つめていた。私の目が、それほど驚きを物語っていたのか、湊くんはフッと笑う。
「今、引いたでしょ?まだ好きでいたのかって」
「そっ、そんなこと……」
「まあ、仕方ないじゃん。好きなんだから」
かなりあっさりと告げられ、私は目をぱちくりさせるばかりだ。
こんな私の事を、ずっと好きでいたって何の意味もないのに……?
私は、直登と付き合ってるのに……?
そもそも、私のどこに好きになる要素があるんだろうか?
頭の中が?マークで埋め尽くされる。
湊くんは、青く澄み渡った空をボーッと眺める。
「どうして瀬戸さんじゃないとダメなんだろう……?」
「……へ?」
「……諦めるならとっくの前に諦めてる筈だし、井上さんの事も好きになれれば好きになってる。……でも、瀬戸さんが俺の事好きじゃないって知ってても、振り向いてくれることはないって分かってても……好きなんだよなぁ……」
その言葉は、彼にとって独り言だったのかもしれない。ただの呟きだったのかもしれない。
それでも、私の胸をひどく締め付けて、苦しめる。
「ごめんね。」なんて、偉そうな事は言えない。
かといって「ありがとう。」なんて優しい言葉もかけられない。
本当に、とうして私のことなんか……。
そんな事を考えていた時、頭をわしゃわしゃと撫でられた。驚いて、彼の方を見るといつもの優しい笑顔。
「何、暗い顔してんの。笑いなさい」
「……はあ」
「女の子は笑ってるのが一番可愛いんだから」
「……何それ?」
湊くんの言葉に、私は呆れながら尋ねる。
「とくに好きな人の笑顔は特別でしょ?幸せそうに笑ってる姿とか見たら、こっちまで嬉しいんだよ」
「……まあ、それは……分かる」
「だからこそだと思うよ?俺が瀬戸さんの事諦めきれないのは。瀬戸さん、本当に毎日幸せそうなんだもん」
「……そっか……」
湊くんの言葉は、胸にすーっと染み渡る。
確かに、好きな人の笑顔って特別だよね。他の人とは比べ物にならない。何か、特別な魔法がかかってるようなそんな感じ。
そう考えると、自然に口角が上がるのが分かった。
「ちょっとー、何ニヤニヤしてるんですかぁ?気持ち悪いからやめてくださいよー」
「なっ!?そ、そっちが笑えって言ったんじゃ……!」
「ニヤニヤとニコニコは違うからね。それは変態に見えるから止めようね」
「もー!!うるさいっ!!」
***
何があってこうなったんだっけ?
私はこれまでの事を、一つ一つ思い出していた。
確か、お昼休みになった途端に、可鈴が逃げるように教室を出ていったんだよね。
もちろん、幸坂くんは可鈴の事を追いかけようとした。
でも、桐谷くんはそれを止めた。
「今は俺に任せて。」そう言い残して、私たちの前からいなくなった。
そこから、幸坂くんと二人になってしまったんだ。
そうだった、そうだった。
そう自分の中で納得はしたものの、幸坂くんと二人きりという状況は慣れず緊張してしまっていた。
どこか上の空の彼だが、二人の事が気になって堪らないのだろう。それは、私だって同じだ。
「何かあった?」
幸坂くんが突然そう口を開いたので、私はビクッとして、隣に座る彼を見る。
「な、何かって……何も」
「可鈴に話せないことでもあるんじゃねぇの?」
「……え?」
「最近のお前らの関係性、何か薄っぺらいもんな」
空き教室で誰もいないからか、彼の言葉は荒々しい。いや、彼はいつも通りに喋っているだけで、私にとって図星な話過ぎてそう感じるだけかもしれない。
「……可鈴には……迷惑かけたくないから……」
「……そ」
幸坂くんは、軽くそう返事をするとペットボトルに口をつける。
「迷惑ってさ、人が決めることで自分で決めることじゃないだろ」
「……へっ?」
お茶を飲み干したところで、幸坂くんはそう告げる。
「もっと可鈴の事頼れよ。アイツは……井上の事本当に大切に思ってるから」
そう言って、頭をポンポンと撫でてきた。
その言葉と優しさに、私の目から涙がブワッと溢れる。
「飲み物買ってくるわ」
そう言って、幸坂くんは教室を出ていった。一人になった教室で、私は涙を流し続けた。多くは語らない幸坂くんだけど、節々に優しさを感じる。
それと同時に、私が可鈴にしていた行動を思い返す。大切な人に、頼ってもらえないって……思ったよりも残酷なのかもしれない。迷惑をかけちゃいけないと思いながら、可鈴を苦しめていたのかもしれない。
話してみよう。可鈴に。
大切だから。大切な人だからこそ、頼ってみよう。
そう覚悟をして、涙を拭った瞬間、教室のドアがガラララと開いた。
思っていたよりも、帰ってくるのが早かったな。
そう思って顔を上げた瞬間、私は固まった。




