第33話 私の願い
ザワザワとした教室内。
今は、現代文の時間なのだが、今日は担当教師がおらず自習になっているのだ。
用意されたプリントをボーッとしながら解く。
ふと前方に視線を移すと、直登と湊くんは、しっかりとプリントと向き合っていた。
まあ、そういう姿はかっこいいと思うけど……もう、そろそろ本当の姿を出しても良いんじゃないの?って思うよね。
勉強している姿に、うっとりしている女子生徒も何人もいるし……。
そんな状況に呆れていると、トントンと机を叩かれた。驚いて、そちらを見ると樋野くんだった。
「どうしたの……?」
「いや、僕現代文って苦手でさ……。良かったら、一緒に解かないかな~?って思って」
「あ、良いよ!私も得意では無いけど……。一人でやるよりは、はかどるよね!」
「うん。ありがとう」
現代文は難しい。例えば、この小説を読んでその人の気持ちを答えなさいとか分かるわけないじゃん。そんなの、その本人か作者しか分からないでしょ。
私は、綾人くんと悩みながら問題を解き始めた。
***
「──ふー、終わったー」
「流石は学年トップ。解くスピードも人とは違うね」
「そういう桐谷だって、最後の一問だよね?流石だよ」
「幸坂くん、いつもと違って気持ち悪いよ」
「それって、どういう事ですかね~?」
「ね?井上さんも、そう思うでしょ?」
「……へっ!?」
ボーッとしていた。完全にボーッとしていた。
話の内容なんて全く聞いていない。
二人の方を向いていたのは向いていたけど……。それなら、聞いていたって勘違いされても仕方ないよね。
「……ごめん、全然聞いてなかった」
私が、そう言うと桐谷くんは、はぁとため息をついた。
あぁ……呆れられちゃったよ……。
「保健室行った方が良いんじゃない?」
「……え?」
まさかの言葉に、私は目をパチクリさせる。
「朝からずっとボーッとしてるし、体調悪いんじゃないかな?って思ってね」
「そうだったの?俺、全然気づかなかったよ」
「それは、幸坂くんが瀬戸さんの事しか見てないからだよ」
「……ちょっと何を言ってるか分からないなー」
「本当に素直じゃないよね」
「さて、プリントの見直しでもするかなー」
「……まったく。……で、井上さんは保健室行く?着いていこうか?」
「えっ!?い、いや、大丈夫だよ!!」
だって体調悪い訳じゃ無いし。ただ樋野綾人の事が気になってるだけで……なんて言えない。
「遠慮しなくて良いから。ほら行こう」
そう言って、桐谷くんは立ち上がると私の手を引く。その勢いで、私も自然と立ち上がってしまう。その瞬間に、教室から悲鳴が上がる。皆の視線が突き刺さり、恥ずかしくなってしまい、私は桐谷くんの背中を押して、廊下まで出た。少し歩いてから、ようやく安心する。
「……びっ……くりしたぁ……」
私が、そう言うと湊くんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「たまには注目されるのも良いんじゃない?」
「よくないよっ……!もう教室戻れないから、保健室行くしかないね」
「ん?別に行きたくないなら行かなくてもいいけど?」
「……へ?」
「俺が話聞いてあげる。樋野綾人と何かあったんじゃないの?」
その言葉に、思わず足が止まる。開いた口が塞がらないとは、まさにこの状況の事だろう。
「どうして……?」
「何となく」
「……何となくで分かっちゃうんだ……?桐谷くんって、本当にすごい」
そう言いながら、目から涙が溢れてくるのが分かった。ああ、ダメだ。今の私は、本当に面倒くさい。こんな事で、泣き出して桐谷くんもどうして良いか分からないだろう。と思っていた時、目の前にハンカチがすっと差し出された。
「場所変えよ。ほら、着いておいで」
そう言って、優しく私の手を引く。
その優しさは、反則だよ……。
やめて。期待しちゃうから。
誰にでも優しくなんてしないで。
可鈴の事が好きなら、可鈴にだけ優しくしていれば良い。
そう思いながらも、繋がれた左手を離すことが出来ないのは、私が弱虫だからだ。
お願いだから、今だけでも私を見て。
今だけ良いから……手を離さないで──。




