第32話 悩みの種
「──ねえねえ、凪沙は樋野綾人くんって知ってる?」
「……へ?」
席替えをした翌日のこと。
今までは、凪沙が私の席までやって来て話をすることが定番だったが、今回は私が凪沙の席に来て話をするようになった。
凪沙は、いつも直登と私より早く学校に来ているので、学校に来てすぐにここまでやって来た。
「……う、うーん……初めて聞いたよ」
そう言って、わざとらしく笑う凪沙。その様子に、私は首を傾げる。何かおかしくない……?
私の疑念の目から逃れるように、凪沙は持っていた本に視線を落とした。
「直登は知ってる?」
「僕も聞いたことないよ」
そう言って、ニコッと笑う直登だが、密かに私の座っている椅子を蹴ってくるの止めてください!!!!
「──樋野綾人?それって生徒会の役員の人の事?」
後ろから聞こえてきた声に、凪沙が一番に反応する。そして、ポッと顔を赤く染める。
登校してきた湊くんは、私が座っている席に鞄をどんっ!と置く。
私は今湊くんの席に座っているんだけど……何これ。どけろって意味ですか?
「てか、生徒会に入ってるの!?あの人!!」
「瀬戸さん。僕からのサインに気づいてくれないなんて、残念すぎるよ」
「あんな可愛らしくて弱々しい感じなのに……湊くんにこき使われてなければ良いんだけど……」
「こきなんて使うわけないでしょ?人聞きの悪いこと言わないでよね」
そう言って笑ってはいるが、さっきの直登と同じように椅子蹴るの止めてくれます!?
「って言ってたら、ご本人さん登場みたいだね」
今日も、柔らかい不思議なオーラを纏ったまま、すーっと教室に入ってきた樋野くん。
バチっと目が合った瞬間、ニコッと微笑んでくれた。
天使だ……!!!!
「さてと、樋野くんも来たことだし、私も自分の席に戻るとしますか~!!」
そう言って、立ち上がって伸びをする。直登に冷たい目で見られたが、そんな事は気にせず、席に戻った。
***
「──井上さん?」
「……へっ?」
心配するように覗き込む顔に、私はハッと驚く。
「何か様子がおかしいけど、瀬戸さんと何かあったの?」
「え、い、いやっ……そんな事ないよっ」
「そっか。それなら良いんだけど」
桐谷くんはそう言うと、席に着き準備を始める。
桐谷くんと、隣の席になって夢のような気分だが、今は可鈴が樋野綾人と近づいてしまうことが、何よりも不安だ。もし、仲良くなって、一緒に過ごそうなんて言い始めたら……?そんな事になった時には、私がこのグループを抜けるしかない。そうするしかない。
「──樋野って……」
突然、桐谷くんの後ろの席の幸坂くんが声を出す。
ちょうど考えていた人物の事を話し始めるので、私は驚き固まる。
「何者なの?」
「何者ってどういう事?」
「瀬戸さんが、すごく興味持ってるから、何者なのかなー?って気になったんだよねー」
「へー。それは彼氏として心配だよねー」
「……桐谷。屋上行こうか」
「ん?お断り」
そんな二人のやり取りを面白いと感じながらも、私の胸は激しく音をたてる。
とにかく、今はこの状況を堪え抜くしかない。
可鈴には、いずれ話すことにして、今は私の中で留めておこう。
大丈夫。大丈夫だから。
そう自分に言い聞かせながらも、どんどん大きくなる心臓の音に、気持ち悪さが増していった──。




