第3話 まさかの展開
「……はぁ、幸坂くんって本当にカッコいい……」
私の前で、そう幸せそうに呟くのは、クラスメイトの井上凪沙。凪沙とは、中学生からの仲。とても女の子らしく、妹のような可愛さがある。
「……そうかな……?」
私がそう言うと、凪沙は厳しい目付きで私を見る。
「そうかな?じゃない!!幸坂くんほどカッコよくて、優しくて、勉強もスポーツも出来て……って人この学校にいないんだから!!」
熱を入れてそう言われるが、私の心には刺さってこない。だって、それは彼が作り上げた偽の姿だから。
まあ、顔はどうやっても作れないから、そこは認めるんだけどね。
「幸坂くんと幼馴染みとか羨ましすぎる…!!しかも、家も隣で毎日一緒に登下校!?本当信じられないんだけど!!私もいつでも側にいたい……!!」
「いれば良いのに……。凪沙、幸坂くんが来るといつも逃げるんだから」
「そりゃあ、カッコよすぎて直視出来ないんだもん!仲良くなりたいと思っても、近づくことさえ出来ないような存在なんだよ!!」
「……へ、へぇー」
言っている事が矛盾してると思いながら、私は話を聞く。
皆が、直登の本当の姿を知ったらどうなるんだろう?一気に冷める?きっと、そんな事は無いだろう。
『冷たい幸坂くんも素敵!!』と、更に騒ぎだす女子が増えるんじゃないだろうか?それは、それで凄いとは思うけど……。
「──瀬戸さーん」
そう考え事をしていると、声をかけられ私はハッと
する。そして、声のした方へ向くと、クラスメイトの男子が立っていた。
「瀬戸さんの事呼んでるよ」
「え?誰が?」
「隣のクラスのヤツだよ」
「へ?」
隣のクラスに知り合いなんていたっけ?そんな事を考えながら廊下に出ると、本当に知らない男子が立っていた。
「……ど、どうも。瀬戸可鈴です」
***
気づけば空き教室に、知らない男子生徒と二人きり。どうして良いのかも分からず、私は男子生徒の事をじっと見つめていた。
彼は、少し大人っぽい雰囲気を持っていて、余裕を感じる。年上なのではないかと思うほどだ。綺麗な黒髪と、黒縁眼鏡がそう思わせるのかもしれない。
「あ、自己紹介が遅れました。2年C組の桐谷湊です」
「あ、2年B組の瀬戸可鈴です」
「どうも。あの、本当に突然で申し訳ないんですけど……瀬戸さんの事が好きです。」
「…………へ?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
へ? 好き?
この人が、私の事を……?
「もし良ければ、僕とお付き合いして貰えませんか?」
「…………え?」
頭の中が全く整理できないまま、話はどんどん進んでいく。
「混乱させてしまっているみたいでごめんなさい。……とりあえず、瀬戸さんとゆっくり話もしてみたいので、今日の放課後迎えに行きますね。家まで送ります」
「へ?あ、は、はい」
訳の分からないまま返事をしてしまったが、何か大事な事を忘れているような……?何だろう?まあ、良いか。私たちは、そこで別れて、そのまま、それぞれの教室へと帰って行った。
***
「──告白されたっ!?」
「しーっ!!!!」
お弁当を食べている時に、凪沙に今朝の事を報告すると、大きな声で驚かれたので、彼女の口を手で塞ぐ。
「ちょっ、声が大きいってば…!!」
「だ、だって、ビックリしたんだもん…!!……それで……?どうするの?付き合うの?」
小声でそう尋ねてくる凪沙。
「付き合うって言ったって……私、全く知らない人なんだけど」
「はあっ!?桐谷湊くんの事を知らないっ!?」
再び大きな声になる凪沙。私は、また彼女の口を手で塞ぐ。塞ぎながら、まわりを見ている時、直登とバチっと目が合ってしまった。私は、慌ててそらす。
「そ、そんなに有名な人なの?」
「当たり前でしょ…!?次期生徒会長とも言われているかなりのエリートで、顔良し、性格良し、成績良しの三拍子揃ってるんだもん…!幸坂くんと同じくらいモテるんだから…!!」
「へぇ~…?幸坂くんとね……」
「──僕が一体どうしたって?」
その声に、二人して振り返る。そして、凪沙が固まるのが分かった。
「こ、こ、こ、幸坂くんっ……!!」
そこには、笑顔の直登が立っていた。凪沙がプルプルと震えているのが分かる。今日は、逃げないだけ成長してるか。
「凪沙、ちゃんと息吸って?」
私は、凪沙の背中をポンポンと叩く。
そして、今朝の事を思い出すと、
「あ、幸坂くん、今日は一緒に帰らないから」
と、伝える。
その瞬間、直登の表情が変わるのが分かった。
「……どうして?」
「んー……ちょっと外せない用事が出来たっていうか、先約が入ったっていうかー」
「ふーん……?そうなのかー」
直登のその口調から、イライラが伝わってくる。ん?これは、ちょっとヤバイ感じじゃないですか?このままイライラしてると、素の直登が出てくるのでは……?
「分かった!じゃあ、また後でね!」
私の心配をよそに、直登はそのまま席に戻っていった。そして、いつもと変わらず皆でお弁当を食べ始める。
何だ。私の心配しすぎか。私は、凪沙を介抱しつつ、またお弁当を食べ始めた。
***
「おい」
トイレから出てくると、待っていたのは直登。私は、驚いて一瞬固まる。
「……あんまり女子トイレの前にいない方が良いよ?」
「余計な事言うんじゃねぇよっ…!ちょっと来い」
私は、そのまま渋々着いていく。そして、昨日の空き教室に辿り着いた。
「……用があるなら、早めに済ませてね?人待たせてるから」
私が、そう言うと直登がまた不機嫌になるのが分かった。そんな怖い顔しなくても……。
「待たせてるって……誰だよ?」
「隣のクラスの、桐谷湊くん」
「桐谷湊……!?」
直登が、顔をしかめる。直登が、ここまで人の名前に反応するのも珍しいな……。
「何で桐谷を待たせてるんだよ……?」
「あー、実は今朝告白されたん──」
「──告白っ!?!?」
直登が珍しく、こんなに驚いているので私も少し困惑を隠せなかった。
「告白って……返事はどうすんだよ?」
「返事より何より、私桐谷くんの事何も知らないから、まずは彼の事知らなきゃ何とも言えないなぁ」
「…………」
最終的には黙り込んでしまった直登。
「……じゃあ、私もう行くね」
そう言って直登に背を向け歩き出す。すると、腕をガシッと掴まれた。振り返ると、直登は俯いたままだった。握る手は、少し震えている。
「直登……?」
「……………からな」
「………へ?」
「…………帰るからな」
あれ?やっぱり怒ってるのかな?
私が、そう思った瞬間、直登が顔をあげて話した。
「明日は俺と一緒に帰るからなっ!?いいな!?」
直登は、真っ赤な顔でそう言って、そのまま教室を出て行った。私は、ポカンとして固まる。
そして、一人で呟く。
「何、今の……?めっちゃ可愛い」