第2話 わたしの王子さま
「──じゃあこの問題を……瀬戸さん。答えて」
「……へっ……!?」
思わず固まる私。ニッコリとした表情の、数学教師。冷や汗が垂れるのが分かる。
某市立高校の2年生の私、瀬戸可鈴。これといって取り柄のない私。そして、中でも数学が大の苦手な私。
私は、先生の方を見るとヘラッと笑う。
フラフラと歩き始めると、黒板へと向かう。ああ……無理だよ。分かんないよ。辛いよ……。
「どうしたの?瀬戸さん。授業聞いてたら答えられる問題だよ?」
そう言って、またまた笑う数学教師。
私もつられて笑う。
「……いや~……分かりませんねぇ~……」
私が、そう言った瞬間、「ブフッ!!」と噴き出す声が聞こえた。私は、すぐさまその方向に視線を向ける。
そこには、皆の王子さま、幸坂直登さまが座っていらっしゃった。
「幸坂くん。どうかしましたか?」
数学教師は、眼鏡の奥をキラリと光らせて、直登の事を睨み付ける。この数学教師、何か直登の事毛嫌いしてるよね。イケメンでモテるからかな?
そして、私が数学が大の苦手だって事を知ってて、問題を解かせるのもいつも私を狙ってくる。まあ、一癖ある教師だって事だよね。
私が、うんうんと頷いた時、直登が立ち上がる。
そして、気づけば私の隣に立っていた。
「瀬戸さん。僕に貸して?」
「あ、はい。」
そう言われ、チョークを差し出す。
先程までの私への態度はどこへ消えたのだろうか、今は完全なる王子を演じている。
チラッと後ろを見ると、キラキラと目を輝かせている女子生徒たち、怪訝そうな顔でこちらを見る数学教師の姿があった。
カチャリ。
その音で我に返る。
気づけば、黒板には数式が書かれていて、チョークは元の位置に戻されていた。
「先生、これでどうですか?」
「幸坂くん、僕は瀬戸さんに解くように言ったんだけど──」
「──瀬戸さんが分からなかったみたいなので、代わりに僕が解きました。僕の答えは合っていますか?」
被せ気味で言い返す直登。教室の空気が、ピリピリした物に変わる。直登は、ニコニコと笑っているが、その笑顔は偽物。心中穏やかでは無いのだろう。
「……………合ってる」
先生がそう言うと、直登はフッと笑った。
「よし。じゃあ、瀬戸さんも席に戻ろっか!」
そう言って、笑顔で私の背中を押す。
私と直登の二人が席に着いた時には、教室は大騒ぎになっていた。女子の悲鳴がおさまらず、先生はすっかり困ってしまっている様子だ。これに懲りて、もう私を指名することは無いだろう。
ふと直登の方に視線を移すと、何事も無かったかのように、教科書を開き、ノートに問題を解いていた。
そんなスマートに何でもこなしちゃえば、そりゃモテるよね。一人で納得をする。
でも、本当に助かったな~……。
今日だけは直登さまと呼ぶことにしよう。
***
「直登さま」
「は?」
「直登さま、あの──」
「──やめろ。気持ち悪い」
冷たい言葉と視線が、グサリと突き刺さる。
授業の時の優しさは、一体どこに消えてしまったの……!?私は、涙をこらえ空を見上げる。
「いやー、直登さまは本当に勉強もスポーツも出来て素晴らしいですよね!!その才能私にも──」
「──機嫌とりのつもりか?余計な事すんな」
話しては撃沈、話しては撃沈の繰り返し。私は、遠くを見つめます。すると、隣を歩いている直登さまは、急に足を止めます。別に、信号が赤に変わった訳でもなく、歩道の真ん中で止まる直登さま。
「……言いたいことあるなら、ちゃんと言え。言わなきゃ分かんねぇだろ……。」
そう言った直登の顔は、心なしか赤く染まっていた。
「……直登……。……数学の時は……ありがとう。すっごく助かったし……嬉しかった……よ…?」
私も、頬を赤く染めて直登にそう伝える。
その私の言葉に、直登は私の目を見て慌てふためく。そして、顔を真っ赤に染めたまま俯く。
「そっ、そんな事っ……今さら言わなくていいだろ!!」
突然キレ始める直登。私は、ポカンとして答える。
「え?でも、直登が言わないと分からないって──」
「──あー、うるせぇうるせぇうるせぇ!!!良いからお前は黙ってろ!!!」
「ちょ、直登!落ち着いてよ!!」
「うるせぇ!!いいから着いて来んな!!」
「そんな事言われても、私たち家隣だし……」
「…………チッ」
あー……また舌打ちされちゃったよ……。本日2度目の舌打ちだよ……。ため息をつき、前を見ると、同じ高校の生徒が向こうから歩いてくるのが見えた。私は慌てて直登に話しかける。
「ちょ、直登!」
「話しかけんな」
「違うよ!前見て!前!」
「はぁ?」
直登も前を見て気づいたのか、急にスイッチが入れ替わる。纏うオーラはキラキラとした物に変わり、顔立ちもキリッとする。そして、女子生徒とすれ違いざまに……
「今から帰り?車に気を付けて帰ってね。」
そして、とびきりのスマイルをプレゼントする。
当たり前のようにあがる悲鳴。満足そうな、直登の顔。
恐るべき、王子魂……。
「……ねぇ、直登」
「どうしたの?瀬戸さん」
まだ、まわりに生徒がいることを警戒してか、王子モードを崩さない直登。何か、凄いを通り越して、呆れちゃうんだけど……。
「家でもそのスタイルなの?」
「そのスタイルって何の事?僕はいつでも、こうじゃないか。瀬戸さん、面白いこと言うねー」
そう言いながら、こっそり私の腕をつねる直登。
「ちょっ、いった、い!!痛い痛い痛い!!!」
「どうしたの?瀬戸さん、大丈夫?」
「バカ直登おおおお!!!!!!」
***
そんな私たちを、陰で見つめる人が一人。
その人物が、私たちの関係を掻き乱すなんて、思ってもみなかったんだ──。