第17話 悩み
「──さっむ!!寒すぎるだろっ!!」
そう愚痴をこぼすのは、私の幼馴染みの幸坂直登。
1ヶ月ほど前に、告白をされて、付き合うまではまだ待って欲しいと言われている状態なのだが、私たちの関係は良好だ。
12月も後半に入り、あと少しで冬休みになる。クリスマスに、大晦日にお正月。色んな行事が待ち受けている冬休みは、私たちにとって待ち遠しい存在だったのに──
***
「──じゃあ、金曜日までに記入して提出するように」
机の上に置かれた紙を見て、私は固まってしまう。
『進路希望調査』
はぁ……と思わずため息が溢れる。そうだ、浮かれてばかりではいられない。高校2年生の冬は、本当に大事な時期なんだ。分かっている筈だけど……この紙は私にとって最強の敵になっている。
***
「──え?進路どうするかって?」
「うん」
一人で悩んでいても仕方がないと思い、私は凪沙に相談をすることにした。人の進路を聞いて、自分の事を考えるっていうのも良いことだろう。
「……私はね……調理系の専門学校に行きたいと思ってるんだ」
「え!?そうだったの!?」
「うん!私、よくお菓子作って持ってくるでしょ?それを、可鈴とか他の友達とか、美味しいって笑顔で食べてくれるのが嬉しくてね……。将来は、お菓子を作ってたくさんの人を笑顔にしたいなって思ったの」
「……そ、そうなんだ……」
凪沙の夢を聞くのは、今が初めてでびっくりした。知らない内に、凪沙は自分の夢を明確に決めていたんだ……。
「──瀬戸さーん、帰ろう」
そこへ、直登がやって来る。私はハッとして、荷物を準備する。
「可鈴、また明日ね!」
「う、うんっ。また明日っ……」
私は、その場を逃げるように立ち去った。
***
「──あー、進路希望調査か」
次は、直登にも同じことを聞いてみる。
「……うーん、まあ、大学に行くつもりではいるよ」
「大学……!?」
「うん。可鈴は?大学行くのか?」
「……私は……」
私は、その先を答える事が出来なかった。
皆、知らない内に色々と考えていたんだ。私には、なりたい物もやりたい事も何もない。将来どうしたいかなんて考えてもみなかった。自分だけが、取り残されたような感覚がして、すごく苦しい。
私だけが、何も考えていない。何もない。その現実に目の前が真っ暗になった。
「私はー……とりあえず短大に行こうかなー」
「短大かー。お互いに受験、頑張らないとな」
「……そう……だね」
そう言って、私は拳を強く握りしめた。
***
その日の夜、私がリビングでボーッとしていると、母が声をかけてきた。
「冴えない顔してるけど、直登くんと何かあったの?」
「もー!!すぐに直登直登ってうるさい!!」
「だって、いつもそうじゃない。だから、今日もそうなのかと思ったのよ」
「私だって他に悩むことぐらいあるし。放っておいて!!」
私はそう言って、立ち上がると自分の部屋に入る。
扉にもたれ、下を向く。涙がポタリと落ちる。
情けない……。本当に情けない……。
母に八つ当たりをする自分も、何も考えていない自分も、本当に情けなくて大嫌いだ……。
と、その時──
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
着信音が鳴り響く。私は、涙を拭うとポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。そこには、『直登』と表示されていた。
「……もしもし」
『あー、可鈴?今からこっち来れないか?』
「……え?こっちって、直登の家の事?」
『そうそう。おばさんに言って、ちょっと来いよ。待ってるから』
「え?直登、ちょっと待っ──」
そこまで言ったところで、電話は切れてしまった。
何で今から?そう思いながらも、扉を開ける。
すると、ちょうどそこに母親が立っていた。
「あ、可鈴──」
「──ちょっと直登のところ行ってくる」
「へ?あ、分かったわ」
私は、そう言うとすぐに家を出て、隣の直登の家のインターホンを鳴らす。
すぐに扉が開き、直登のお姉さんが出てきた。
「あ、可鈴!!待ってたよー!!」
「え?あ、お、お邪魔します!」
そのまま、リビングに連れていかれる。そこには、直登もいた。
「まあ、可鈴。そこに座りなよ」
「え、あ、はい」
直登は、同じテーブルを囲んで座っているが、テレビの方を見ていて、こちらには興味が無さそうだ。
「それで?進路の事で悩んでるって本当?直登から聞いたんだけど」
「……え?」
私は、思わず直登の方を見る。しかし、直登はこちらを向くことはない。
「だから、姉貴が相談に乗ってやってくれないか?って言ってくれたの!可鈴の事なら、相談くらいは乗りたいと思ってね!」
「お姉さん……」
つまり、直登には私の嘘が丸わかりだったって事か……。それもそれで恥ずかしいな……。
「……私、将来これになりたいとか、あれをやってみたいとか、何もないんです。だから、進路希望第1~第3まで決めろって言われても、何も思い付かなくて……」
「なるほどね」
「まわりの皆は、専門学校とか大学に行って、将来こんな事をしたいとか決まってるのに、私には何もない。それが情けなくて、置いていかれているような気がして怖くて……」
「──置いていかれても良いんじゃない?」
「……へ?」
まさかの一言に、私は固まる。
「確かに、まわりが色々と決めてて自分だけが何も決まってない。焦るのは当たり前。でも、焦って適当な結果を出すのが一番良くないと思う。きちんと、自分でしっかり悩んで、自分で納得のいく答えを出すこと。それが大事な事なんじゃないかな?」
私は、大きく頷く。
「小さいことで良いと思うよ?少しでも興味があること、他には可鈴の性格とかね」
「性格……?」
「そう。私はね、可鈴は人と関わる仕事が向いてると思うよ?可鈴の優しさと、その笑顔は色んな人を癒せると思う」
お姉さんの言葉に、私は驚くことしか出来なかった。自分にそんな特性があるなんて知らなかった。そして、その特性を就職に生かせることも。
「ゆっくりでいいよ。冬休みの間にでも、色んな仕事を調べたり、大学を調べたり……それが進路に繋がる大事な一歩になるから」
「……はい」
私は、お姉さんの目を見てまっすぐ答える。
お姉さんの、その笑顔は本当に輝いていてとても綺麗だった。
「……さてと、話も終わった事だし、コンビニ付き合え。可鈴」
「へ?あ、うん!」
「全く、ちょっとは休ませてあげなよね?」
「うるさい。でも、助かったよ姉貴」
直登はそう言って、立ち上がる。
すると、お姉さんがコートを差し出してくれた。
「おばさんには言っといてあげるから、私の着て行ってきなよ」
「あ、お姉さん、本当にありがとうございます!」
「いいのいいの!しっかり悩みな!若者よ!」
そう言って、ニコッと笑う。私は、そのまま真冬の夜へと、直登と二人で飛び出していった。




