第11話 近づく距離?
ザアアアア……!!
「………雨………すごすぎ……」
あれから、3週間ほどが過ぎていた。私たちの関係に全く変わりはない。
今までのように、皆の前で王子を演じ、私の前では本性をさらけ出す直登。そして、そんな直登へ恋心を抱きながらも、それを伝えられない私。
そして、毎日の登下校も変わらず一緒だ。
ちょうど、帰ろうとして教室から一階へ降りていた時、パラパラと雨が降り始めた。直登は、トイレに行くと言ったので、一足先に下駄箱へとやって来た。
すると、この状況だ。
困った……傘持ってないんだけど。
そんな事を考えていると、後ろから足音が聞こえた。
「うっわ、雨ヤバすぎ」
トイレを済ませてやって来た直登は、外の様子を見て呟く。しかし、躊躇うことなく靴を履き、私の隣に立った。
「よし!帰るか!」
「え?あ、うん!」
私も、慌てて靴を履き直登についていく。
そして、玄関を出たところで、直登はニコッとして私の方を見る。
「さあ、帰ろう」
「う、うん!」
そうは言うものの、二人とも動く気配は無い。
「……え、待って?直登傘持ってるんじゃないの?」
素朴な疑問を直登にぶつけると、キッと睨まれた。
「は?俺が持ってる訳ねぇだろ。そういうお前こそ持ってねぇのかよ?」
「えええっ!?持ってないよ!!さっさと出ていくから、てっきり直登が傘持ってるんだと思った……!!」
「はあ!?ふざけんなよ!?こういう時は、お前が傘持ってて『……アイアイ傘で良いなら……入る?』の展開の筈だろ!?!?」
「何それ!?少女漫画じゃあるまいし、人生はそう簡単には行かないんだから!!」
そこまで、言い合ったところで、直登は「ブッ!!」と噴き出す。
「あーあ、おかしいわ!確かに、変な期待した俺が馬鹿だった!」
「……私だって、少しは期待してたし」
そこまで言ったところで、直登は大雨が降る校庭に飛び出した。私は、驚きで目を見開く。
「──やっば!!冷たっ!!」
「ちょっ、直登!?風邪引く──」
「ほら!走って帰るぞ!!甘い展開なんか期待してんじゃねぇぞ!!」
「そっ、そんなんじゃないもんっ!!!!」
私もそう言うと、雨の中に飛び込んだ。あっという間に体がびしょ濡れになって気持ち悪い。でも……それ以上にすごく楽しい。
「ちょっ、直登!!走るの早すぎっ!!」
「うるせぇよ!早くついてこい!!濡れるぞ!!」
「も、もう濡れてるし!!!!」
雨の勢いがすごいので、二人とも必然的に大声での会話になる。すると、直登がようやく足を止めてくれた。
「お前、靴が濡れるの気にしてるから遅くなるんだよ!ほら、ついてこい!」
そう言うと直登は、私の手を握る。まさかの行動に、私の心臓の音は急激に早くなる。
雨に濡れて体は冷たい筈なのに、赤く染まった頬と、繋がれた左手だけが、とても温かかった──。
***
「──はっくしょん!!!!」
ズズズと鼻をすする音。そして、目の前にダルそうに立っている直登。
「……何してるの?」
思わず、そう尋ねていた。
「……見で、分がんない?……風邪引いだんだよ」
「……見て分かる。だからこそ、何してるの?って聞いたんだよ。……はあ、自分で雨の中に飛び出して行ったのに……」
「うるぜぇ……っくしょん!!!」
「……ゆっくり休んで早く治しなよ?」
「分かっでる……」
そう言って、直登に別れを告げると、学校へと向かう。
……それにしても、学校ってこんなに遠かったっけ?
いつもは、直登が隣にいて、他愛もない話をしながら通っているから、こんなにも静かでつまらない通学路は、本当に記憶にない。それだけ、直登の存在は私にとって当たり前になっているんだ。
少し、しんみりして歩いていると、後ろから声をかけられた。
「──えー!瀬戸さん一人で登校ですか?なんとお寂しい事でしょう!」
その喋り方、言い回し、声のトーン。
振り向かなくても、あの人が後ろに立っている事が丸分かりだ。
「……そういう湊くんだって一人じゃん」
「俺はいつも一人だから良いんだよ。瀬戸さんが、今日は一人で登校してるから……ブフッ!……喧嘩でもしたの?心配だよ」
「……今、笑ったよね!?」
「それともフラれちゃったのかな?大丈夫だよ。俺なら、そんな君を丸ごと受けとめられ──」
「──風邪引いたの!!風邪っ!!」
湊くんの妄想が、暴走してしまいそうだったので早めに否定をする。
「あー、もしかして昨日の雨?」
「そうなの。二人とも傘持ってなかったから、大雨の中走って帰っちゃって」
「それで、幸坂だけが風邪を引いたってこと?」
「そうなの」
すると、湊くんは何かを考え始める。そして、次の瞬間口元を押さえる。……この人ニヤニヤしてません?
そして、急に冷静になったかと思うと私に告げる。
「馬鹿は風邪引かないって本当なんだね」
「ちょっと、酷くない!?!?」
***
ピンポーン──。
湊くんのいじりがある中、なんとか1日が終了した。学校が終わってから、すぐに家に帰り、今日の配布物を持って、直登の家にやって来た。
ガチャリ。
いつもより、重たそうに開くドア。そこから覗くのは、顔色の悪い直登。目は、あまり開いていないし、マスクをしていていかにも病人だ。
「……可鈴か」
「調子はどう?」
「……この通りだよ」
「おばさんはいないの?」
「仕事」
「そっかー」
私は、そこで今日の配布物を渡そうとする。
すると、腕をガシッと掴まれた。いつもよりも、熱くそして力が強い。
「……そこで帰ろうとすんな」
「へ?」
そのまま、腕をグイッと引っ張られ、私の体は直登の腕にスッポリとおさまってしまった。まさかの出来事に、私の思考は停止する。そして、直登から逃れようと、私は必死で言葉を発する。
「──!?ちょ、ちょちょちょ、直登っ!?」
「もう限界。……部屋まで運んで?」
もう立っていられないのか、直登は私の肩に額を乗せる。ズシッと体重がかかる。
こ、これは緊張してる暇は無いぞ!本当に、部屋に運んであげないと……!!
私は、直登を支え、一緒に部屋まで歩いていった。




