第1話 みんなの王子さま
「──あ、大丈夫?怪我はない?」
ぶつかった拍子に、そう気遣いの言葉をかける一人の男子生徒。その生徒は、ぶつかった女子生徒の手をそっと握り、心配そうに顔を覗き込む。
「あ、は、はい!!大丈夫ですっ!!」
「そうか、それなら良かった!」
そう言ってとびきりの笑顔を見せる。女子生徒のハートが射ぬかれる音が響き渡る。
まわりの生徒は、その様子をポーッと頬を赤らませて見つめている。
何……何なのよ、この光景。
すっごくイライラするんだけど……。
その子に笑顔で手を振ると、その男子生徒はこちらに気づき歩いてくる。
や、やばい……逃げないと……!!
そう思って、後ろを向いたその瞬間──ガシッ!!
振り返れば、超絶笑顔の男子生徒が私の手首を掴んでいた。その光景に、まわりの生徒たちは悲鳴をあげる。
「瀬戸さん、ちょっと良いかな?」
「え?ちょっ……!」
そう言って微笑んだ彼は、そのまま私の腕を引っ張り歩き出す。まわりからは、さらに悲鳴があがる。
スラッとした体に、綺麗な黒髪。そして、抜群に整った顔立ち。そりゃ、悲鳴があがるのも分かるよ?分かるんだけどさ……
そんな事を考えていると、グイッと腕を引っ張られ、私は彼の背中にくっついた。
すると、彼はボソッと呟く。
「あんな目で見てんじゃねーよ。俺の好感度下げるつもりか?」
凍りつく体。止まる思考。
そして、離れる体。ただ、腕は掴まれたままで、どんどん引っ張られていく。
ああ……だから嫌なのよ……。
コイツと一緒にいるのは……。
コイツ……幸坂直登と一緒にいるのは!!!!
***
「──はぁ、疲れた。可鈴、何か飲み物無い?」
「……無いよ」
「はぁ?飲み物も持ってねぇの?」
「私は直登のマネージャーじゃないんだから、いちいち持ってる訳無いでしょ?」
「……チッ」
今、舌打ちをした彼が、先程キャーキャー騒がれていた幸坂直登なのです。同一人物なのです。信じられないのです。
直登は、私の幼馴染みで、とても仲は良いんですよ。それは認めます。ええ、ええ、認めますとも。
しかし、彼はかなりの良い子キャラなんですよね。演じてるんですよね。爽やかな王子キャラを。
何故かって?
騙される女の子を見るのが楽しいから。
いやいや、腐りすぎてませんか?そんな人が、あんなにキャーキャー騒がれて良いものなんですか?私は認めませんよ?絶対にね。
だって、本当の彼の姿は私の目の前に……。
その時、私は顎をクイッと持ち上げられた。
綺麗な瞳に見下ろされ、思わず心臓が高鳴る。
「何か変な事を考えているね?……全く悪い子だ」
再び、王子モードに切り替わる直登。正直、この王子モードは、実際にされるとかなりキュンとしてしまう。そんな私を見て
「何ドキドキしちゃってんの?笑えるな」
と、黒い笑みを浮かべる。
そして、顎から手を離すと何事も無かったかのように歩き出す。
「ちょっ、直登。どこ行くの?」
すると、面倒くさそうに振り返り私を睨み付ける。
「誰かさんが飲み物の1つも用意してくれてないから、買いに行くんですけど?分かりませんか?」
完全にイライラしている様子の直登。私は、怯えながら答える。
「す、すみません……」
そのまま、シュンとしてその場に立っていると、彼は私の頭を叩いた。
「いたっ…!?ちょ、何っ…!?」
突然の出来事に私は顔を上げる。すると……
「……買いに行くって言ってるんだから、黙って着いて来いよ……」
頭をわしゃわしゃと掻き、ボソッと呟いた直登。
私は、目をパチクリさせる。
「…………へ?」
「は?」
私たちは、お互いの顔を見て一瞬固まる。そして、私は問いかける。
「直登、どうしたの?」
私の発言に、プチッと何かが切れる音がした。
「はあ!?それは、こっちの台詞だっての!!!!このド天然女!!!!」
「ちょ、ド天然女ってどういうことよ!?」
「もう良い!!お前は先に教室戻ってろ!!」
「え、待ってよ!!直登っ!!!!」
荒々しくドアを開けた直登を必死で追いかける私。
彼は、とにかく早足で歩いていく。
「直登ってば~!!!!」
***
この話は
素直になれない王子さまと
そんな気持ちに気づけない鈍感な女の子の
甘くて可笑しい
恋物語──。