小さな世界で
お楽しみください。
くわしくはあらすじをどうぞ!
燦々と降り注ぐ太陽の光に、黒い地面が暑く熱せられ地平線はボワッと揺らいでいた。
その地平線を少し眺めながら、私は重い重い荷物を運んでいる。
後ろ振り返るとそこには私と同じ姿の姉妹がズラッと列をなして歩いており、皆同じような荷物を運んでいた。
私たちの使命の全ては、我らが主、女王陛下が建立した地下帝国に食料を運ぶこと。
――ただそれだけ。毎日毎日、奴隷のように働き続ける。
だけど、それを悔いたことは一度もない。
それがこの世界には普通の事なのだと知っているから。
死ぬまでの間、毎日せっせと働くことも悔いではない。
だけど――
私がこの地下帝国へ帰ってくる度に、必ず帰ってこない姉妹が何人かいた。
それだけ、それだけが私の心を侵食した。
この世界は女性が中心の共産主義な帝国で、全権は女王陛下が握っているといっても過言ではない。
女王陛下はひたすら子を産み、子孫を残し帝国の繁栄だけを考えていた。
それを支えるのが、私たち数多くの姉妹の仕事でもある。
女王陛下に仕え、女王陛下の為に戦い、女王陛下の為に死す。
遥か昔からそのスタンツは変わることなく今へと至っていた。
それでは男性はいないのか。
いや、いるにはいる。
だが、その数は女性に比べれば限りなく少なく、数多くの姉妹のなかでその姿を見たものはほぼ皆無だった。
その希少さから、男性は神聖な者であると小さな頃から本能的に知っていた。
生涯その姿を見ることなく死す者も少なくないし、一部では “男は都市伝説”的な話だと言って疑わない者がいるほどだ。
そんな世界で、私は偶然。女王との面会の帰りに会ってしまった。
この地下帝国で何百分の一の確立で私は始めて男性と対面した。
彼は自らを兄だと言った。そして、ほんのひと時。私達は時間を共有した。
彼にはいろいろなことを話した。帝国の外の話。女王の話。そして・・・私の話。
彼はやさしく頷き、そして笑ってくれた。
そして最後に一言、「次の満月の夜、再びこの場所で待っています」と言い残して彼は去ってしまった。
それ以来、奴隷のように重労働に勤しんでいるときも、女王陛下に接しているときもずっと彼のことを考えてしまうのだった。
―――それは傍からみれば叶わぬ、身分違いの恋だった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ねぇ・・・アリーセッ」
いつもと同じく、外の世界から地下帝国へと食料を運んでいた私は熱く熱せられた黒い地面の上で汗まみれになりながら、自分の3倍以上もある大きな食料を少し年上の姉と二人で引きずっているところだった。
横にいる姉にアリーセと呼ばれた少女は、振り返った。
「なんです姉さん?」
同じく汗まみれになっている姉は食料を引きずりつつも目をキラキラさせながらアリーセに問いかけてきた。
「あの噂、ホントなの?」
「あぁ、はい。本当ですけど・・・」
あの噂とはおそらく伝説視されていた男性に会ったあの話のことだろう。
ちなみにこの問いかけをされるのはもう100回目ぐらいだったりする。
どこで噂を聞いたのか、あの日以来外で一緒に働く姉妹から必ず聞かれるのだ。
「いいわぁねぇ~・・・私も肖りたいものだわぁ・・・」
少し年上の姉は、頬を赤く染めどこか遠い目をしながら手に持っていた食料をドスンッと地面に下ろした。
「わわ・・・っ!」
アリーセは突然離された手にバランスを崩しかけたが、足に全霊の力を込めなんとか押しとどまる事が出来てホッと息をつく。
「な、なんてことをするんですかぁ!!」
もしもアリーセがバランスを崩していたら危うく地面に食料を全部ぶちまけてしまうところだ。
アリーセが必死に抗議するが、少し年上の姉はそんなことはお構い無しにアリーセに向かって宣言した。
「そうだわアリーセッ!今度私もその男性と出会った場所へ連れてってくださいなっ」
こう宣言されるのももう100回目ぐらいだ。
アリーセはため息をこらえつつも担いでいた食料を地面に置き、もう100回目ぐらいになる返答をする。
「無理ですよ、もう二度と会えないでしょうから!」
「そんなぁ~・・・」
少し年上の姉は肩をガックリ落として、再び地面に下ろされた食料を持ち上げた。
「まっ、機会があれば私にも会えるかもしれないわね・・・」
「そ、そうですよっ」
少し上の姉はなんと一人で重い食料を運び始めた。
「いいわねぇ・・・いつか私も女王様みたいに――――」
一瞬の刹那、大きな物が目の前を突風とともに通り過ぎた。
気がつくと今まで楽しそうに話していた少し年上の姉は私の前から姿を消していた。
そう、私は忘れていたのだ。
帝国の外は、常に死と隣り合わせなのだと。
その晩、深く沈んだ気分をアリーセは消すことが出来なかった。
それでも少し年上の姉が運んでいた食料を代わりに帝国まで運び、それを女王陛下の下へ届けなくてはいけない。
地下帝国は狭い入り口からまるで木の根のように通路がいくつも枝分かれしており、その通路の先に各何かの部屋があった。
女王陛下の部屋はその部屋よりもさらに深いところにある。
部屋の広さも通常の5倍の面積があり、中で子供を生むことに事欠かないように設計されていた。
「失礼いたします女王陛下」
「・・・入レ」
アリーセは女王の返答の後、目を伏せながらソロソロと女王陛下の部屋に入った。
「お食事をお持ちいたしました」
「ゴ苦労、アリーセ」
アリーセが女王に食料を差し出す。
すると女王は運んできた食料を見るなり、飛びつくように食べ始めた。
アリーセは部屋の入り口横に立ち、その食事が終わるのをひたすら黙って待っていた。
女王はアリーセなど、普通の姉妹に比べても非常に体が大きい。
その三倍もの大きさの巨体が持ってきた食料に飛びついているのをみているとなぜか姿を消した少し年上の姉の顔を思い出し、女王に対してお仕えしている身とは思えないようなことを思ってしまうのであった。
「ドウシタ、アリーセ。気分デモ悪イノカイ?」
いつの間にか食料を食べつくした女王はアリーセを見るなりそう問いかけた。
「い、いえ!滅相もございませぬっ」
顔に出てしまっていただろうか?アリーセは頭を何度も下げ取り乱した。
「わたしは――」
「アリーセ」
女王が名前を呼んだ。それは黙って聞けということと同義である。
アリーセは女王の紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「アリーセ、オソラクオ前ハ、イロイロ悩ムコトダロウ。ソレハオ前ダケニ許サレタ特権ナノダ・・・サァ、我ニ話シテミロ」
初めての事だった。女王陛下が相談に乗ってくれることなど今まで一度もなかったのだ。
いや、もしかしたら他の姉妹にも経験がないのかもしれない。
「では女王様、実は――」
あなたの食事風景にとても嫌悪感を抱いてしまうのです。
・・・などと言えるはずもなく、アリーセは今日消えた少し年上の姉や、今までに帰ってこなかった姉妹の話をした。
すると・・・
「クダラヌ悩ミヨノォ、アリーセ?ソノ様ナ至極当然ナ事。アレラハソノ為ニ生ンデヤッタノダヨ?ソンナ些細ナ事、悩マナクテモ良イ。代エナラバスグニ生マレヨウ」
そういうと女王は自身の腹を三回程摩りつつ口を醜く歪めながらキャッキャッと笑い始めた。
「他ニハ無イカエ?何デモ良イノダゾ」
「いえ、失礼いたしました・・・」
アリーセは女王の食べた食料の残骸を脇に抱え、足早にそこを後にした。
数日後、その日アリーセに割り当てられた仕事は、地下帝国の拡張工事に関わることだった。
最近この帝国の周りには帝国を一瞬で破壊できるほどの恐ろしい生物が蔓延っているらしく、さらにそれだけに止まらずこの帝国の上に彼らは住み着こうとしているそうな。
現に二週間ほど前に彼らの住処の建造のために地下帝国の一部が大幅に崩壊し、再建には新しい通路を作っていくより他にはないという見解からの仕事だった。
長い通路を重たい土砂を担いで外まで運び出す。
その作業の繰り返しだったが、途中休憩の際にとある姉妹の噂話を聞いてしまった。
「ねぇ聞いた?次の満月の夜の話!」
「聞いた~。婚姻の儀の話でしょ?」
「アリーセが会ったって言う彼もご出席されるんでしょ?一目でいいからその雄姿をこの目で拝みたいわぁ~!」
「って事はそろそろお母様も・・・?」
「そうね。世代交代も近いはずよ」
「そういえば次の女王って――」
アリーセはいてもたってもいられなくなり、その場を後にした。
頭の中はあの日に会った彼のことで渦巻いている。
次の満月の夜といえばもう三日後ではないか!
アリーセは、それからと言うもの彼と会ったあの場所へしきりに顔を出すようになった。
・・・だが、彼は一度も顔を出すことはなかった。
――そしてとうとう来てしまった三日後の朝、今日の仕事の割り当てはまた外へ食料の調達のはずだったが、今日に限って女王に部屋に来るようにとのご通達が入り、食料の調達は午後からの参加になった。
(早く仕事を終わらせて、あの場所に行きたいのにっ・・・!)
そんな思いが、アリーセの中を駆け巡るが相手はこの帝国の女王だ。
私事で女王に対する粗相があっては絶対にあり得ない。
「失礼致します」
いつも通りアリーセが女王の部屋の前で頭を垂れながらドアをノックする。
「・・・・・・・」
いつもならばすぐに「入レ」と言われ入室するのだがなぜか部屋の中からは声どころか赤ん坊の声すら聞こえてこない。
「女王様?」
もう一度ドアをノックしてみるが変わらず室内からは何も聞こえてこない。
もしかして退出中かと思ったが、今日に限ってそれもあるまい。
「失礼致しますよ?」
アリーセは仕方なく、ドアを開けた。
中に入ると、中には確かに女王がいた。
だが、その姿はあまりにも弱々しくあれほど立派に張っていた腹も今は萎んでしまっている。
「女王様っ!!」
アリーセがあわてて駆け寄るが、女王が手を上げそれを制する。
「女王さ、ま・・・?」
「アリーセ、時間ガナイ・・・我ノ話ヲ良ク聞クノダ」
女王は弱々しくも威厳のある女王に相応しき声色でアリーセ手を握り締め、静かに語りかけ始めた。
「知ッテイルカモシレイガ、今日ハ満月ノ婚姻ノ儀。オ前ガアノ日出会ッタ息子ハ今日ソノ婚姻ノ儀ニ出席スルダロウ。知ラナイト思ッタカ娘ヨ。私ガ知ッテイルノモ当然。アレハ我ガ全テ仕組ンダモノダッタノダヨ・・・」
アリーセは驚きで女王の手を握ったままその場に崩れ落ちた。
「でもっあれは偶然で・・・」
「偶然デハナイ。アノ日、我ノ下ヘ食事ヲ運ンダ後、我ハ密カニ息子ヲアノ場所ヘ行クヨウニト命令シテオイタノダ。ソシテ必然的ニオ前ト出会ウコトニナッタ」
「でも!なぜそのようなことを!?」
「アリーセ、マダ分カラヌカ。オ前ガナゼコウモ我ノ下ヘ来ルコトガ多イノカ。オ前ガナゼコウモ物事ヲ考エ思イ悩ムノカ。ソシテ、ナゼイママデ生キ残ッテイラレタノカ・・・」
女王は少し咳き込みながら、アリーセの目を見て続ける。
「オ前ハ特別ナノダ。オ前ニハ我ヲ同ジ役割ヲ担ウダケノ力ガアル。イヤ、我以上ナノカモ知レヌ。ダガ、アリーセ、オ前ニハソンナ責務ヲ担ッテホシクナカッタ・・・」
アリーセは女王の目に溜まっていく涙に、何もかもを悟ってしまった。
そしてそれは抑えきれぬ感情とともに言葉になって溢れ出る。
「ではっ、女王様は私にこの帝国の女王になれと仰るのでありますか!」
「本当ハ、ソウハ思ッテイナカッタ。一人ノ、タダノ娘トシテ生涯ヲ終エテ欲シカッタ・・・、ダガ先日ノ大キナ崩落ヲ覚エテオルカ?」
アリーセは一瞬でピンときた。そう、先日この地下帝国の上に強大な生物が住処を建造しており、そのために帝国の一部が大きな崩落にした。
「ま、まさかそこに・・・」
「ソウ、ソコハ本来婚姻ノ儀ニ出席スルハズダッタ娘ガ大勢イタ場所ダッタノダ。全テ潰レテシマッタガ・・・」
女王は遠い目をしながら頬を伝う涙を拭うこともせず、アリーセの手をギュッと握った。
「我ハ最後マデ迷ッテイタ。本来オ前ニハソノ責務ハ担ッテ欲シクナカッタ。ダカラ普通ノ仕事バカリサセテイタノダ。・・・ダガ、我ノ命ハモウ長クアルマイ。次ノ婚姻ノ儀ニハ間ニ合ウ子モオラヌ。ダガ、女王タル者、一族ノ存続ガ何ヨリノ責務。ソレヲ投ゲ出スワケニハイカヌ!!」
女王は弱々しい姿から一変して圧倒される気迫とともに、アリーセに言い放った。
「――我ガ愛シキ娘アリーセ、オ前ガコノ帝国ノ次期女王ジャ」
アリーセは女王の心からの懇願に、自分の使命を自覚せざるを得なかった。
そして立ち上がり、女王に向かって毅然と言い放ったのである。
「――女王の意思、しかと受け取りましたっ」
アリーセは女王が微かに微笑むのを見逃さなかった。
そして――
「急ゲ、アリーセ!時間ガナイっ、女王ノ資格ヲ手ニ羽バタクノダっ!」
その瞬間、アリーセの身体は――
――まもなく婚姻の儀が始まる。
婚姻の儀とは夜中、誰しもが寝静まった深夜、満月の下で行われる。
そこで女王となりしものとその伴侶とともに永遠の愛を誓い合うのだ。
アリーセは走っていた。
彼が待つあの場所に向かって。
皆が寝静まっているためか通路ですれ違うものは皆無だった。
道中、少し大きくなった身体を壁にぶつけることもあったが今はそんなこと気にしない。
とにかく今は彼の元へ。
アリーセは一心不乱にそこへ向かった。
頭で以前の場所を思い出しながら右へ左へ。時には上へ下へ。
もしかしたら、彼はそこにいないかもしれない。
そんな思いが心のどこかでアリーセを乱そうとする。
「女王様に、誓ったもの!!」
走り続けて、ようやくたどり着いた先には――
「やぁ、お母様から聞いたみたいだね。その姿とても似合っているよ」
あの人変わらず、優しい笑みの彼が待っていた。
彼とはあの日以来会うことが出来なかったけれど、今夜念願を果たすことが出来たのだ。
「・・・は、はい」
アリーセは自分でもわかるくらいに顔が赤くなっていくのを感じた。
彼はアリーセの手を取り、その場に跪いて手の甲にキスをした。
「さぁ、婚姻の儀をはじめようアリーセ」
彼に手を引かれ、外へと続く通路を進んでいった。
外へ出ると、アリーセはその美しさに息を呑んだ。
月明かりに照らされ、草や石などは美しく輝き、幾億の星々は彼とアリーセを祝福するように空いっぱいに広がっていた。
「私、こんな時間まで起きていた事がないのでこんな風景初めてですっ」
アリーセがやや興奮気味に空を見上げていると、彼が
「女王陛下・・・お母様も以前同じこと言っていたよ。あの夜みた景色は二度と忘れないってさ」
「私、決めました」
アリーセが彼の手を握り決意を顕にした。
「私は、今までの女王とは違う帝国を作ってみせます。そう、ひとりひとりの姉妹が楽しい家族のように生きていけるような、そんな帝国を築きたいです!」
「応援してるよアリーセ・・・」
そして婚姻の儀が始まる。
☆
「パパ~!」
一人の子供が父親の足に抱きつく。
「お、どうした?よいしょっと」
父親が子供を自分の肩に座らせると、目の前の建造物に目をやった。
「ほら!見てみろ陽太!これが新しいお家だぞ?まだ作ってる途中だけどな?」
「すごいねパパ!いつごろ完成するの?」
「あと半年ぐらいかなぁ~」
父親は建築中の自分の家を見てそう答えた。
「パパ見て!なにあれ?」
子供が興奮して足元を指差した。
「おぉ~!都会じゃああんまり見かけなかったものなぁ、おっと!いけね一匹踏んじまったっ」
「パパー!もっと近くで見たいよ!」
「そうか?ほら咬まれるなよ?」
父親はそういうと、子供を地面に降ろしてやる。
子供は一目散に巣めがけて走っていった。
近くにあった木の枝を巣めがけて突っ込んだりして遊んでいるようだった。
「イテッよくも咬んだな!」
そういうと、子供は咬み付いた一匹を指で捻ってつぶしてしまった。
「コノ!コノ!」
しまいには巣の上でタップダンスのように次々と出てくる群れを踏み潰して遊んでいた。
「おいおい!怪我するぞやめなさい!まったくっ」
その姿をにこやかに微笑みながらやさしく見守る父親。
そして感慨深く独り言をつぶやいた。
「そういえばあそこの巣、家が建ったら全部潰れてしまうよな・・・?」
蟻がとうございました~




