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恋する魔物と神父

恋する魔物に花束を捧げよ

作者: 煤竹

「ごきげんよう、今日も良い天気ね」

「………帰れ」


 彼らの日常はこうして始まる。





 にこにこと綺麗な笑顔で戸口に立っている女を見つめ、男はあからさまに溜息を吐いて扉へと寄り掛かった。

 今が真夜中で訪問するには非常識な時間であるとか、人の迷惑を顧みない女の行いを咎めたいとか、そういう気持ちが湧き出すよりも真っ先に信奉する神への祈りを胸の前で切り、あらゆる雑念を払拭して再度、男が言う。


「在るべき場所へ帰れ、魔物よ」


 男が切った聖なる十字により何らかの苦痛が発生したのか、その場にしゃがみ込んで震えている女へ冷めた視線を投げかける。苦しむくらいならここに来なければ良いのに、とは男が常々魔物女に向かって忠告していることだが、それを聞き入れてもらった試しは一度としてない。


「ううう、引退した神父の癖にその聖力は生意気よ……」

「引退って言うな。隠居だ、隠居」

「どっちだって同じことでしょうが」

「全然違う」


 ぜいぜいと呼吸を整えながら、しかし涙目は隠せない魔物女に、男は興味無さ気に右の小指で耳をほじる。


「ご丁寧に家の周りに聖水を撒いたりして下手な教会より結界が強いし……」

「ここは色んな魔物が出没するからな。熊避けみたいなもんだ」

「私が来られなくなるでしょ!」

「だから撒いてるんだよ馬鹿か」


 むきい!と感情を露わにする魔物女は擬態にぼろが出てしまい、清楚な白いワンピースの背中からこうもりのような真っ黒い翼がばさりと、スカートの下から翼と同じ色の長い尻尾がひょろりと顔を出す。


「私を家に入れなさい! そしてお嫁さんにしなさい!!」

「断る」


 話は終わりだと言わんばかりに、耳をかっぽじっていた小指にふっと息を吹きかけた男は「気を付けて帰れよ」と言って扉を閉めようとする。それに慌てた魔物女は「待って待って」と閉じかける扉に手を掛けた。


「いぃっっ!!」


 見掛けはただの山小屋だが神の力が宿る聖水により浄められたそこは聖域も同然で、闇の眷属たる魔物女が触れたとなれば神の雷の如き衝撃が彼女の身を襲うのだった。

 貼り付いたように扉から手が離れず勝手にひとりでびりびりと感電している魔物女だが、一歩、また一歩と男が住まいとしている山小屋の中へ入って来ようとする。実際のところ彼女の意思で進んでいるわけでは無く、徐々に麻痺し始めた彼女の身体が自身の制御を受け付けず前方へ倒れようとしているだけなのだが。


 見た目は山小屋、中身は大聖堂もかくやという魔物からすれば非常識かつ迷惑極まりない男の住まい。何故こんな山奥にひっそりと隠居し、そして聖力溢れる仕様にしているのかは男のみぞ知ることである。


 一連の流れを見届けた男はこれ見よがしに舌打ちをして、扉から魔物女の手を剥がし、ぽいっと捨てるように掴んだ手首を放す。喜劇のような見事なこけっぷりで尻餅をつく魔物女に、男は大層上からの目線で見下ろした。


「お前は馬鹿か? 俺の家に一歩でも入ったらお前なんぞ一瞬で消し飛ぶぞ」

「ぐぐぐ……」


 言われずともそのくらいのことは身に染みて理解している魔物女だったが、身体が麻痺しているために反撃の言葉は終ぞ出せなかった。


「もう二度と来るなよ」


 男はそう言い追い打ちをかけるように萎びた花束を魔物女の顔面へと投げ付けるとすぐさま扉を閉め、がたん、と閂を下ろした無情な音が聞こえた。


「……」


 ―――また今日も失敗に終わった。

 魔物女はがっかりしながらも痺れた身体に鞭打って、男が投げて寄越した花束にむしゃりと齧りつく。一口食べるごとに痺れは薄れ、三口食べる頃にはすっかり自由の利く身体となった。


 たまに魔物女が男の領域を侵そうと試みるも失敗し、こうしてびりびりと痺れることがあるのだが、その度に男は萎びた花束を魔物女へと投げ付けた。


 花束に使われている花の名はトリカブト。『あなたは私を殺した』という物騒な花言葉の通り人間には大層恐ろしい毒草で採取も難しく。けれど、魔物にとっては妙薬になる花だった。


「……絶対諦めないんだから。覚悟してなさいよ生臭神父!」


 閉じた扉の向こう側にいる男へ向けて言い放ち、魔物女はまだ少しよろめきながらも翼を羽ばたかせて住み処へと帰って行った。



 一方、山小屋に引き籠った男が何をしているかと言えば、主神を模り自ら彫り出した木像へ一心不乱に祈りを捧げているところだった。小屋の中央に跪き、四方の壁にそれぞれ聖書を一頁ずつ聖なる銀の釘で打ち付けた強力な結界の中で、組んだ両手に額を付けて罪深い己を悔い改めている最中だった。


「……主よ、今日も何とか魔を追い払うことに成功致しました。主に感謝の祈りを捧げます。ですが、日に日に魔の力も強まっているようです。既に聖水に耐性を付け始めており、聖十字には蹲るだけで済んでいます。ああ、主よ。このままではいつの日か聖書と聖銀による結界をも突破されてしまうのではないでしょうか。考えるだけで恐ろしいことです。あの魔が、あの女が、いつしか私の日常に溶け込んでしまうのではないかと危惧してしまいます。どうか、どうかお守り下さい。憐れな子羊に慈悲を。彼女は魅力的に過ぎて存在自体が私への暴力なのです。だからついつい集めるのがしちめんどくさいトリカブトなんざ集めて花束にしていつか彼女に愛を謳いながら手渡せればいいななんて考えていたら時が経ちいつの間にか萎れてそのくそみたいになった花束を彼女の可愛らしい顔へ素っ気無くも愛を込めて叩き付けてしまうのです俺は病気なんですなんとかしてくださいかのじょがすきすぎていきるのがつらいたすけて」


 男は懺悔のような、それとは似て非なるものをぶつぶつと呟いて頻りに十字を切るのだった。



 


押しかけ嫁になろうとする魔物とそんな魔物が可愛すぎて生きるのが辛すぎて山に引っ込んでるへたれ神父のお話。お粗末様でした。

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