希望
僕は暖かい場所に浮かんでいる。
優しさに包まれて僕は夢を見る。
僕は糸だった。
僕は粒だった。
体を分かち、僕は次なる道を歩む。
僕は鱗を持っていた。大海を泳ぎ、思考錯誤の上に丘を走った。
経験を重ねて僕は次の道を歩む。
僕は翼を持っていた。大空を飛びまわった。
時を重ねて僕は次の道を歩む。
僕は壮健な手脚を持っていた。草原を駆けまわり、時には樹上の登ったりした。
知識を得て、僕は更なる道を歩む。
僕は知識を持っていた。鱗を捨て、翼を捨て、力強さを捨て、僕は知恵を得た。
それは生存の歴史。
追い追われ続けた生命の系統樹。
連綿と続く進化の歴史。
僕はその全てを追体験している。
そして、悪夢が始まる。
細胞の一つ一つに刷り込まれた悪夢が。
それは罪である。
叡智を手にしたが故に他者を見下す傲慢の所業。
それは罪である。
力を手にしたが故に他者から命を奪う強欲の所業。
それは罪である。
知恵を手にしたが故に連鎖から外れた怠惰の所業。
それは罪である。
持たざることを認めず、輪から外れた嫉妬の所業。
それは罪である。
飢えも渇きも知らず、赴くままに食らう暴食の所業。
それは罪である。
同じ種族すらも蔑ろにする、快楽を得る色欲の所業。
それは罪である。
怒りの赴くまま破壊と殺戮をもたらす、支配者故の憤怒の所業。
負の感情が僕の世界を取り巻く。
血に塗れた光景が、呪われた光景が、絶望の光景が、僕の世界を浸食する。
憎しみの連鎖。
僕達の体を構成する罪の鎖。
犯した罪の醜い軌跡。
罪は決して消えることはない。そして止まることもない。
歩みを止めない限り、血塗られた道も、呪われた道も、続くのだろう。
罪も咎も絶やすことはできないのだろう。
僕は怖かった。
僕は怖かった。
僕は怖かった。
知らなければよかった。
ふと、光に包まれた。それは暖かな光。僕を包み込む光。そして、呪われた光でもある。
僕は怖かった。ここから出て行きたくなかった。
忘れなくては。僕がここで得た悪夢の記憶を。
僕は泣くことにした。泣くことで涙に記憶を溶かし流し去ってしまうことにした。
光が強くなった。もうここから連れ出されてしまうのだろう。
一際強い光が僕を包むと僕の意識は真っ白に染め上げられた。
そして、僕は夢の続きを新しく刻み始める。
「がんばりましたね、立派な男の子ですよ」
分娩室で医師が私に告げた。
痛みに耐えこの世に産み落とした我が子を医師が私に抱かせてくれる。
オギャアオギャアと泣く我が子に愛おしさを感じる。
ああ、この子は何を思って生まれてきたのだろう?
泣き続ける我が子を腕に私は思う。
この子の人生でどんな困難が立ちふさがろうと立ち向かっていけるような名前を付けてあげよう。
大きくなった時にそれを話してあげよう。
「名前は決めてらっしゃるんですか?」
「ええ」
私は疲れていながらも晴れやかな顔で頷いた。
「この子の名前は…」