みっきーがぜんぶわるいんだ
企画「もしかして:かわいい」参加作
高校生の恋なんてのは境界が曖昧なもんだ。とくに男側の視点ならば、好きな人が複数いて複数同時攻略しよう! そのうち一つ実ったらいいや! なんてのもよくある話だと思う。でもそういうのが、のちのち致命的になってしまうケースもあるわけで。
「…………」←俺。
「…………」←無言でさめざめと泣く写真部の先輩。
「…………」←彼女のアヤ、無表情が恐い。
なんか雰囲気だけで土下座してしまいそうな空間が形成されている。一人暮らしの俺の部屋なのに。自分の空間であるという意識がもぎ取られる感じがする。やべえ、なんか死にたい。
「と、とりあえずお茶でもいれますね」
三角系を形成している炬燵から抜け出そうとした。彼女に袖を掴まれた。口パクで言われる。
ニ・ゲ・ル・ナ。
恐いです。アヤ、高校での小動物系のかわいい雰囲気はどこへお留守にしたんでしょうか? 茶髪や童顔と見合ってとてもかわいかったはずなのですが。や、状況が状況なので仕方ないと思いますが。あ、あの、俺、一応無実ですよ? 先輩になにもいってないし、なにもしてないですよ? 学校と空気変わりすぎじゃないでしょうか。先輩も、いつもの落ち着いた雰囲気は? その白いカーディガンは先輩の雰囲気にとても似合っているのですが。
「ミギぐん……、“先輩みだいな人に彼女になって欲じいですよ”っていっばい言うがら、私のこと好ぎなのがと思っでだ」
まばたきと同時に、先輩のメガネの間から炬燵にぼたぼたと涙が落ちる。目元を拭おうとする。長い黒髪が震えている。庇護欲に駆られる感覚がある。慰めてしまいそうだ。アヤが俺を睨んでいなければ。
なにか言おうと軽く息を吸い込んだ。
「ちっ」
短い舌打ち。
やべえ、死にてえ。
「ええと、あなたは、ここになにをしにきたんですか?」
アヤが苛立たしげに先輩に問う。
先輩はぐずんと鼻を鳴らしたあと「あだじにもわがんない」と言った。
アヤ、再び俺の顔を見る。
俺、こんなときどんな顔をしていいのかわからない。
「笑えばいいと思うよ? いつもみたいに軽薄そうにへらへらと」
練炭か首吊り縄はどこですか。
「つまりミキくんは先輩さん?に対して前からアプローチをかけていて、そのあとで知り合った私にあっさりと乗り換えたわけですね」
て、的確な状況判断ですね!
「ぞんなのじらないよぅ」
さらに泣く先輩。
あたふたする俺。
「うん。わかった。むかつく」
アヤが深いため息を吐く。
「なにがムカつくって、人の彼氏の家にアポなしで来てこっちの都合ガン無視なくせに、自分は泣いても崩れないように金かかった化粧品でばっちり整えて服もおしゃれして、追い返せないように被害者感を全開にして泣きまくってるのがムカつく。家で一人で泣いてろって感じ」
それは言いすぎじゃないか?
って言いそうになったのをアヤが、すごく悲しそうな顔で制する。
「それなのにそれを庇ってるミキくんにもムカつく。ミキくんと私の仲ってこの人がこんなに簡単にあいだに入れる程度のものだったのかなって、嫌な気分になる。で、たぶん高校生同士の恋愛って、この人がちょっと泣いた程度であいだに入れるものだっていう現実を見たくない。ミキくんがこの人のことを迷惑だ。って思う気持ちが私より少ないのが、すごく嫌」
それだけ言って、彼女は黙り込んだ。
音が無くなる。
先輩が鼻を啜るのだけが、ときたま耳に届く
頭の中がぐっちゃぐちゃだった。
なんていうか、手も繋いでない。キスもしてない。ハグもしてない。告白もしてない。のに、なんでこんなこと言われなくちゃいけないんだろう? とも思った。
でもやっぱり悪いのは俺なわけで。
もしいまアヤと付き合っていなかったら、先輩に対して「付き合って欲しいな」くらいは思っていたわけで。
で、なによりいま俺は、アヤのことが大好きなのだった。
「落ち着いたら、帰ってもらおう」
このまま放り出すのは酷だから。と付け足す。
アヤがまた俺を睨む。俺はできるだけ真剣な表情で答えた。
通じたのかはわからない。アヤは無言のまま席を立ち、コーヒーをいれて戻ってきた。先輩の手前に置く。「ごべんなざい……」先輩が泣きながらコーヒーを啜る。彼女がバッグからハンカチをとって、カップを置いた先輩の顔を拭う。「美人さんが台無しですよ?」冗談めかして言い、軽く抱きしめた。
たっぷり三分ほどその百合百合しい光景は続いて。
「あの、あたし、じゃ、邪魔だし、帰りますね」
落ち着いてきた先輩がゆるく彼女を突き放して終わった。
「送ります!」
と、アヤ。
「あ、じゃあ俺も」
振り向いたアヤが手と目で俺を制した。
「いいの。私が送るの!」
続けて「つーか空気読めよ……」と低い声。
じょ、女性の低い声ってめっちゃ恐いんですね。
「お言葉に甘えようかな」
なぜか先輩も乗り気になり、俺を置いて二人は部屋を出て行く。
「あの、ほんとごめんなさい。ご迷惑おかけしました。ど、どうかしてました」
先輩が玄関でぺこりと頭を下げた。
…………。
なんだかなぁ。
俺はしばらく一人で、自分の不誠実さを噛み締めて、緊張の糸が切れたのか、少し眠たくなって、炬燵の暖かさが心地よくて。
でも眠らないようにアヤを待った。
しばらくしてアヤが帰ってくる。
隣にすとんと腰を下ろして上目遣いに俺を睨んだ。
「ミキくん」
「は、はい」
「……好き」
それから頬にチュー。
不意打ちだった。
「だから、こんなこと二度とないようにしてね。もう一回あったら、ええと、その、怒るからね」
ていうかいまもすごく怒ってるけど! 叫んで、耳まで真っ赤になって床に転がる。顔を背ける。「うーあー……」とか唸っている。「みっきーがぜんぶわるいんだ」ぼやくように言う。
そんなアヤを見てるとなんだかお腹の底から暖かいものが浮かび上がってきた。
ああ、幸せだなぁ。
だけど思うだけでは伝わらないから、俺はアヤをぎゅっと抱きしめたのだった。
「俺も、好き」
耳元でつぶやくように言う。
アヤがくすぐったそうに身を捩った。
それから。
先輩と顔をあわせるのが辛くなって、結局部活はやめてしまった。少しして下駄箱の中に一枚の手紙と写真が入っていた。
『隠し撮りです。ごめんなさい。捨ててください』
写っていたのは、学校を出るときの俺とアヤの後ろ姿だった。
ドラスティックによろしく。