迎学祭-九十九亜美の場合-
妹が迎学祭を楽しんでいますが……おやおや? 少し様子が変ですぞ
【外見で判断されています】
「じゃあ、明日からよろしくぅ!」
「うん! バイバーイ」
妙に高いテンションを維持したまま、今日初めてできた友達は去って行った。
迎学祭を一緒に回ろうと言ってくれたのだけど、あたしはそれを断った。
彼女は残念そうに笑ったけど、不満そうにはしていなかった。
ただ、彼女の取り巻きが少し睨んでいたのが気にはなったけど。
とと、そんなことより早く兄ちゃん所に行かないと。
別に約束なんてしてないのだけど、あたしは兄ちゃんのカフェまでなるべく早足で急いだ。
どう言う訳かあたしを構いたがる人間にはしっかりした人が多い。
クラスや友達のグループでリーダーシップを取る人ばかりなのだ。
中学時代の友人は「なんだか亜美って、放って置けないの」と事あるごとに言って、あたしの行く先に着いてきていた。
あたし自身としては、そんなに抜けてもいない。というかしっかりした人間だと思っているのだけど……。
なんかあたし、本当は天然なのかなと地味に悩んでいたりする。
「あ、君、ここさっき水こぼしたから滑らないように気を付けてね」
「あ、はーい」
モップで廊下を拭いていた男子生徒に話しかけられ、あたしは返事をした。
というか、彼の手の振り方、どう見ても年齢差が五以上ある子供に向けてるような振り方だ!
な、なんであたしを子ども扱いするんだ———!
あたしは今日から高校生なのに! 女子高生なのに!
その後も、風紀委員の腕章を付けた女子生徒や教師に「迷子かい?」と優しく道を教えられかけた。あたしの制服が見えないのか! コスプレだと思ったの? ちくしょ―――!
話しかけた後に気づいた人は気まずそうに「すみません」とか言ってくるし……。あたしの方が、気まずいですよ……。
【Girl meets Boy】
兄ちゃんの教室はどこなんだろう?
兄ちゃんは去年の一年四組だったらしいけど、出し物はそれぞれ生徒会が場所の配置を決めていたらしい。(春休み中兄ちゃんがそれでいざこざが起きていると愚痴っていた)
あたしは生徒会が配布していた出し物のパンフレットを開く。
パンフレットは学校の地図とどこにどの店があるのかというのが図で描かれているのだけど。
あたし、兄ちゃんがやってる店の名前知らない……。
せめて分かり易く『一年四組喫茶』みたいに記してくれているとありがたいのだけど、そんな名前の出し物は極僅かしかない。
「これはそれっぽい店を廻って探すしかないわね!」
こういうのを見て回るのも結構好きだし、それはそれで楽しいかもしれない。
体力にはちょっと自信があるし、それが特に面倒だとも思わない。
よーし、頑張ろ!
あたしはポケットに乱雑にパンフレットを突っ込んで、特別校舎へ走り始めた。
お昼を過ぎたばかりだからなのか、飲食を取り扱う店の多い特別校舎の一階には人だかりが多くなっていた。
学生や保護者だけでなく明らかにその辺に住んでいるであろうおっちゃん、おばちゃんもその中に混じっている。一応地域に開放しているんだった。
だからこんなに人が多いのか……。
出し物は兄ちゃんのクラスと同じカフェ系統のものや、ケーキ屋、ピザ屋、一風変わったものでは中華屋なんてものもあった。
地味にケーキ屋には心惹かれる……。まあ熱量のせいで諦める。今朝もシュガーロールを食べたことだし……。ああ、シュガーロールが食べたい! でも残念ながらどこも販売してないみたい!
そんな風に店を眺めていると、看板に紙が張り付けてあって、お客がお店に入っていない教室がちらほら見受けられた。
どうも一部のクラスでは既に売り物が尽きたらしい。張り紙には『売り切れ』や『営業終了』の文字が書かれていた。
人気だったのか、ただ予想以上にお客が着ただけなのか。
これが本物の店舗だったらクレームものだなぁと思いながらそれを眺めていると、またひとつの看板に『営業終了』の紙が貼られた。
それを貼ったのは男子生徒だった。
あたしは大変だなぁと思いながらその後姿を眺めていると、紙を貼り終えたのか、振り向いた男子生徒と目があった、ような気がした。
なぜ、「ような気がした」のか。それは彼の前髪が長くてその目を隠していたからだ。
「……何か?」
ぶっきらぼうな声があたしに降りかかった。
あたしは極めて遺憾ながら身長の発達があまり、人よりほんのちょっとだけ! よろしくない。故にあたしは平均身長よりも少し低いと思われる男子生徒でも見上げる格好になってしまう。
悔しい!
「あ、あの、元一年四組の出し物はどこかご存知ですか?」
せっかく声を掛けてもらったので、あたしは彼に尋ねた。
「知りません。他を当たってください」
男子生徒はそう言うと自分の出し物の教室へ戻ってしまった。
う~ん。ちょっと愛想がないね。そういうのはマイナスだぞ!
ま、あんまり気にしても仕方がない。
あたしは別の人を捕まえて、ようやく兄ちゃんの出し物がある教室が、さっきの男子生徒が入った教室の真上だと知った。
【見えない感情】
兄ちゃんの出し物の名は『カフェテリア・エディモ』らしい。紹介してくれた風紀委員にお礼を言いながら、あたしは二階のカフェテリアへ急いだ。
兄ちゃん、どんな顔するかなぁ~。来るなとか言ってたけど、嫌がられないかな~。
杞憂にもならない疑問を抱いて、あたしは苦笑いをかみ殺した。
兄ちゃんがあたしを怒ることはあっても、嫌がる素振りだけは見せない。そうあの人は心がけているのだろう。
兄ちゃんはなんだかんだ言ってもあたしの我儘を許してくれる。少なくともそういう素振りをする。
今日の入学式だって、パパやママが何を言おうと、あたしの方から兄ちゃんに断りを入れればいい話なのだ。そうすれば兄ちゃんは自分のクラスの出し物や、委員会だけに集中できたはずだ。
そうしなかったのはあたしの我儘だ。あたしはそうやって兄ちゃんに甘えているのだ。
そして兄ちゃんはそれを許してくれている。
あの人はあたしの我儘で苦労している。それを思うと。
あの人は、あたしのこと、嫌いなのかもしれない……。
そう、思ってしまう。
カフェテリアはあたしが思っていたよりも混雑していた。
主たる客層は若い男性、しかも永山高校の生徒以外も多い。この人たちはこんな四月の初めに何をやっているんだろう?
気になることは多かったけど、あたしは列の整理をしていた黒髪のツンツン頭の男子に「九十九小里さんはいらっしゃいますか?」と尋ねた。
「え? 九十九? えーっと、一時間くらい前に生徒会室に行ったんだけど……、まだ戻ってないみたいだね。あ! 皆さん押さないで! ちゃんと順番にお願いします!」
あたしは彼にお礼を言って、急いでその場から離れた。
列の整理を邪魔してはいけない。
でも、生徒会室ってどこなんだろう?
あたしはポケットに詰め込んだままの生徒会が発行したパンフレットの地図のことをすっかり忘れてしまっていた。
次回はぶっきらぼうな彼の視点。